「おねえちゃん…」
樹の床に倒れた桜花を、紅葉が
「終わり、だね」
騎士剣を提げ、桜花に歩み寄るクリス。
桜花は、動かない。
「…ゆるさない」
紅葉の身体に、紅いマナが光った。マナを全身に巡らせる、紅葉。
クリスが、紅葉に目を向けた。
「ふん。やるの?」
「くれはも、おねえちゃんを守るんだ」
紅葉は後ろ足で、強く地面を蹴った。
駆けながらも鳴き声で詠唱を始め、身体の前に魔法陣を展開する。
「アンタから、斬ってほしいみたいだね」
クリスが騎士剣を後ろに引いて、構えた。
紅葉が、迫る。
引いた騎士剣を握る手に、力を込めるクリス。
「は?」
クリスの手前で、紅葉は地面を強く蹴って横に跳んだ。
そのまま、倒れる桜花の傍に走る。
『ふぁいや!』
紅い魔法陣が光り、火の玉が放たれた。
クリスに、紅い火炎が迫る。
「はっ」
しかし、火の玉はクリスの一閃に斬り離されて、消えた。
クリスが、火の玉の消えた先を見る。
「マナタケ?」
桜花のポーチから顔を出した紅葉が、生のマナタケを
そのまま、
「うん。斬るなら、くれはが先だよ」
強くなった紅いマナが紅葉の身体を覆い、鳴き声と共に紅い魔法陣が展開される。
ニヤリと、クリスが笑った。
クリスの姿が、紅葉の前から消える。
即座に右後ろに跳ねた紅葉。
左から現れた騎士剣が、紅葉のいた場所を薙ぐ。
『ふぁいや!』
『
紅葉が放った火炎の玉。
クリスが片手に展開した
火炎の玉を突き抜けた魔法弾を、躱す紅葉。
再び詠唱を鳴いて、身体の前に魔法陣を展開する。
横から伸びてきた、ブーツの先。
「ぎゃんっ」
クリスに蹴り上げられた紅葉が、球のように飛ばされた。魔法陣が、霧散する。
地面を転がりながらも、起き上がった紅葉。
紅いマナを身体に
姿勢を低くして、周囲を見る。
クリスが、右にいた。
後ろ向きに跳ねながら、叫ぶ。
『ふぁいや!』
魔法陣から放たれる直前の火炎の玉を、クリスは魔法陣ごと斬った。
刃が、紅葉に届く。
「きゃん!」
紅葉の身体が、樹の床に転がる。
床に、紅い血が滴っていた。
地に伏せた紅葉が、起き上がろうと脚に力を込める。
「ま…だ……くれはは…! せめて…一回…!」
立ち上がろうとする紅葉の脚は、震えていた。
か細い鳴き声で、詠唱を始める。
クリスは騎士剣を真っすぐ、前に構える。
「弱さは罪ね。…苦しまないように、斬ってあげる」
騎士剣の切っ先が鋭く輝いた。
紅葉の魔法陣は、まだ完成していない。
「終わり、よ」
表情を変えないまま、騎士剣を後ろに引いたクリス。
二人の間に、桜の花びらが舞っていた。
「くーちゃん…ごめん。起きたよ」
紅葉とクリスが、声の聞こえた方へ振り返る。
桜花が、立ち上がっていた。
手に握るのは、カゼハバネ。
「…おねえ、ちゃん」
桜花の姿を見た紅葉は、崩れ落ちる。
漂う桜の花びらが、増えた。
桜花が、桜色のマナを纏う。
「クリスって、言ったね」
「エルナ騎士団、第三席の、ね」
琥珀色の瞳が真っすぐに、青い瞳を見つめる。
「私は、桜花。いまの私はくーちゃんのお姉ちゃん。そして、旅人」
クリスは騎士剣を桜花に向けて、大きく後ろへ引いた。
桜花が、カゼハバネを構える。
「だから、あなたを斬るね」
「やってみなよ、旅人」
クリスの全身を、鈍色のマナが包んだ。
笑うクリスと、唇を引き結ぶ桜花。
左手を前にかざして、魔法陣を展開した桜花に、クリスが続く。
『『
桜色と鈍色の魔法弾が交差する。
迫る鈍色の弾幕を前に、桜花は真っすぐ駆け流れるように躱す。
左手には、桜色の魔法陣。
右で、オレンジの髪が
反射的に低くしゃがんだ桜花の頭上を、騎士剣が通った。
『ふぁいや』
桜花の放った桜色の炎を、クリスが切り裂く。
カゼハバネが、風を斬った。
甲高い音が鳴り響き、桜花が後ろに跳ねる。
「ふーん。やればできるじゃん」
クリスから視線を逸らさないまま、もうひと跳びした桜花。
魔法陣を展開する。
『キュア』
桜色の魔法光が、地面に伏した紅葉の傷を癒した。
『
「ぐっ」
桜花の背後から、鈍色の魔法弾。
当たった瞬間に八方に散って、吹き飛ばされた桜花を襲う。
「やっ!…っ!」
カゼハバネを振って二つの魔法弾を斬ったが、残りの魔法弾は桜花に向かった。
身体を逸らすも、いくつかが直撃する。
視界の端で、オレンジの髪が靡く。
反射的にカゼハバネを振る桜花。
甲高い音が鳴り、桜花が弾き飛ばされた。
桜花を弾き飛ばしたクリスの姿が、消える。
カゼハバネに左手を添え、両手で桜色の魔法陣を展開した桜花が、叫んだ。
『火のクリーン』
球状の火の幕が、桜花を包む。
「チッ」
舌打ちが、聞こえた。
桜色の火炎の球を、騎士剣が斬る。
桜花の姿は、火の中になかった。
クリスの右から、カゼハバネの斬撃。
桜色のツインテールが、舞う。
騎士剣で受けたクリスが、姿勢を崩した。
カゼハバネから手を離した桜花が、両手で魔法陣を展開する。
崩れた姿勢のまま、左手に魔法陣を展開する、クリス。
『ふぁいや!』
『
桜色が鈍色を飲み込み、鈍色が桜色を貫通した。
カゼハバネを拾い、鈍色の魔弾を、躱し、斬る桜花。
魔弾が肩を掠めた。
熱が消え、炎が晴れると、そこには騎士服が少し焦げたクリスの姿。
「アンタ、良くやったわね」
騎士剣を納めたクリスが、身体の前に両手をかざす。
身体よりも大きな魔法陣を起動したクリスに、桜花が駆ける。
強い、鈍色の光。
『騎士団の、剣』
鈍色の魔法陣が輝き、そして、その瞬間に、クリスの背後から紅い炎が直撃した。
「…は?」
倒れたままの紅葉の足元には、紅い魔法陣。
首に下げた、紅炎のルビーが
霧散する、鈍色。
「やぁーー!」
クリスの眼前に届いた桜花が、袈裟斬りの斬撃を放った。
斜めに斬られたクリスの身体から、鈍色のマナが漏れ出る。
「ちっ。『キュ――」
「やっ!」
咄嗟に右手に魔法陣を展開したクリスを、桜花が斬る。
クリスは、地面に倒れた。
肩で息をしながら、カゼハバネを握る桜花。
震える脚で、立つ。
「…やるじゃない、アンタたち。――ここじゃ、こんなもんか。……次は、本気で相手してあげる」
「私たちは…生きるよ」
鈍色のマナが、クリスの傷口から激しく浮き出した。
そして、全身が鈍色のマナとなり、クリスは消えた。
銀色の十字架が、地面に落ちた。
「はぁっ…はぁっ!」
桜花は足を引きずりながら、一歩ずつ紅葉に向かう。
力なく地面に伏した紅葉の前に、倒れこんだ桜花。
『キュア』
桜色の魔法光が紅葉の身体を包んだ。
紅葉の呼吸が、少し落ち着いた。
「マナが…空っぽだ」
ポツリと呟いた桜花は、そのまま意識を失う。
桜の花びらが、舞っていた。
△▼△▼△▼△▼△
「ふぅ…はぁ…」
星樹の樹の壁に手をついて、ゆっくりと歩く小さな背中。
白い制服の、あちこちが擦れている。
「おねえちゃん、大丈夫…? くれはも、歩くよ」
ジャケット型の上着の胸元では、桜花を見上げる紅葉。
「大丈夫だよ、くーちゃん。脚がぷるぷるしてたから、いまはだめ」
涙交じりになった瞳を、紅葉はいっぱいに開いた。
土まみれの二人は、少しずつ進んでいく。
「どこかで、休まなきゃだね。たぶん、こっち。…なんかあったかい」
「…うん」
小さく返答した紅葉の頭を、桜花の手のひらが撫でる。
ほつれた桜色のツインテールを僅かに揺らしながら、耳に手を当てた。
「――うん。怖い音も、してない」
壁から手を離さずに、歩んでいった。
「…つい、た」
ふらつく足取りで、たどり着いた桜花。
そこには、魔性たちがいた。
ウサワタが跳ね、森林ウルフが目を閉じ伏せて、トウセキドリが羽を休める。大蛇がとぐろを巻いていた。
足を踏み入れた桜花たちへの反応もない。
銀色の光が、飛んでいる。
手のひらほどの大きさの、三人の妖精が踊っていた。
羽根からは、キラキラと銀の光の粉が舞う。
「ちょっと、休ませてもらってもいいかな?」
桜花が声を絞り出して問うと、妖精たちが桜花に気づいた。
「話しかけてくるなんて珍しいニンゲンなの」
「勝手に休んでいけばいい」
「ただし! 争いごとするなら出てってもらうからな!」
背の羽根をぴょこぴょこと動かしながら、交互に喋る妖精たち。
「うん。ありがとう」
「…大丈夫なの?」
胸元の紅葉が、桜花をうかがい見る。
「大丈夫そうだよ」
微笑んだ桜花は、壁沿いに部屋の隅まで歩く。
紅葉を抱え寝そべって、目を閉じた。
やがて、小さな寝息を立て始める。
「ららりりるるー」
妖精たちの歌声が、聞こえた気がした。