うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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十三話.上層の日々

「うぅん…」

 

 閉じた(まぶた)の裏が、明るい。

 手に握った布を握り直して、丸まった。

 

「あ、起きた?」

「起きたかも」

「起きろー!」

 

 三つの姦しい声が聞こえる。

 ふわりと、花の香りがした。

 ぼんやりと瞼を開くと、そこには赤青黄と三色の妖精がいた。

 

 胸元では、紅葉がすやすやと眠っている。

 

「朝なの!」

「ぐっすりだった」

「ちょっとって言って朝じゃん!」

 

「んに…おはよう。ありがとう?」

 

 目を擦りながら、一度頭を下げる桜花。

 手には、白い布を握っていた。仄かに青く光っている。

 

 手で撫でてみると、(つや)やかな手触り。

 

「んぅ。…おはよう、おねえちゃん」

 

 毛布を撫でていると、紅葉が目を覚ました。

 首元の傷は、ふさがっていた。

 

 ぱちぱちと瞬きをして、毛布を見て、妖精を見る。

 

 ニィと笑った妖精たち。

 

「ポーチにあった(まゆ)の絹で、ボロボロの服を直したの!」

「ついでに余った布で、毛布も()った」

花妖精(はなようせい)のお手製縫製(ほうせい)だ!」

 

 背の羽根を羽ばたかせて、くるくると回る妖精たち。

 桜花の白い制服は、ほつれも直っていた。

 

「わあ!すごい! ありがとう!」

「ありがとう、ございます」

 

 満面の笑顔の桜花は、制服を何度も撫でる。

 桜花たちのお礼を聞いた妖精たちは、踊り始めた。

 

 光る銀の粉が舞っている。

 

「服も毛布も丈夫だよ!」

「破れにくい」

「花妖精のお手製特製だ!」

 

 妖精たちの踊りを、きょとんと眺める桜花。

 おもむろに立ち上がり、紅葉を抱き上げる。

 

「あはは! すっごい!すごいよくーちゃん!」

「うん! すてき!」

 

 紅葉を抱いて、回る桜花。

 桜色のツインテールがほどけて、ふわふわと踊る。

 

 伏せたままの森林ウルフの鼻が、ピクピクと動いていた。

 

 

「ララ、リリ、ルル! ありがとうー!」

「ありがとうございました!」

 

 頭の上で大きく手を振る桜花と、尻尾を振る紅葉。

 小さな身体をいっぱいに広げた妖精たちに見送られる。

 

「ニンゲンにしては良い奴らだったの!」

「元気でね」

「また踊ろうな!」

 

 結び直した桜色のツインテールを揺らして、桜花は星樹の通路へ歩き出した。

 ぎゅっと、胸元のペンダントを握る。

 

「好きだな。この世界」

「くれはもだよ!」

 

 桜の花びらが一枚、桜花の背後で舞っていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 静かな星樹の道を、桜花が歩く。

 でこぼこした通路を登って、そして(くだ)る。

 

 上着の中からは紅葉が顔を出していた。

 

「ここってもう、上層なんだ」

「そうみたい」

 

 空気に手をかざして、深い呼吸をする。

 喉元に手を当てた桜花。

 

「マナが澄んでる。気持ちいい」

「くれはも、マナが回復していってる感じがする」

 

 目を閉じて息を吸う紅葉の、ふかふかの頭を撫でる。

 

「まだ無理しちゃだめだよ」

「…うん。見てて、くぉん――」

 

 紅葉の鳴き声により、展開された紅い魔法陣。

 図形はあちこちの光の強さがまばらだった。

 

『ふぁいや』

 

 ぼすんと、抜けるような音と同時に煙が出た。

 

「いまはちょっと、マナが落ち着かないみたい……ごめんね」

 

 狐耳をへたらせる紅葉。

 微笑んだ桜花が狐耳をもみほぐす。

 

「昨日はありがとう、くーちゃん。無理、させちゃったね」

「…ふふ。くれはこそ、ありがとう」

 

 くすぐったそうに、身をよじる紅葉。きょとんとした瞳で桜花を見る。

 

「おねえちゃんは平気?」

 

 おとがいに指を当てた桜花。頷き、右手を掲げる。

 

「魔法は使えるよ!」

 

 手のひらに、桜色の魔法陣を展開した。

 

『キュア』

 

 紅葉の身体を、じんわりと温かく桜色の光が包む。

 力を抜いて、受け入れる紅葉。

 

 ふと、首を傾げた。

 

「――あれ。指で魔法陣を描かなくても魔法使えてる」

「うん。頭の中でイメージしたら出来たよ!」

 

 紅葉の瞳が輝く。耳が、しゃきんと立った。

 

「おねえちゃんすごい!」

「えへへー。くーちゃんが治ったらコツを教えるね」

「わ! ありがとう」

 

 目の前にある樹の段差をよじ登った桜花。

 「よっと」と声に出して、今度は(くだ)る。

 

 でこぼこの通路で、首を傾げた。

 

「あれ、なんか湿った感じ?」

 

 桜花は胸の前で、手を上に向ける。

 スンスンと、鼻で空気をかぐ紅葉。

 

「雨の匂い、かな」

「今度はなにがあるんだろ」

 

 段差の先からは、湿った風が吹いていた。

 

 

「木の外、だね」

小雨(こさめ)だよ、おねえちゃん」

 

 星樹の樹の洞から、桜花たちは枝の上に出た。

 霧雨(きりさめ)が降っている。

 

 枝の下には、雲海(うんかい)が広がっていた。のろのろと流れている。

 

「静かだね。落ち着く」

「うん」

 

 幹の入口に戻った桜花は、壁に背中を預けて座った。

 膝の上に、紅葉を乗せる。

 

 ポーチから取り出した、魅惑蝶(みわくちょう)絹布(きぬぬの)を二人でかぶる。

 

「花妖精のお手製縫製、だね」

「お手製特製、も!」

 

「えへへ。すべすべさらさら」

 

 ぎゅっと毛布に包まれた桜花たち。

 

「あたたかい…」

 

 外からは、ひっそりと霧雨の振る音がしていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 紅炎のルビーが明滅(めいめつ)している。

 紅葉の首から下がったルビーは何度か光り、元の色に戻った。

 

「ふう…」

「マナ、貯め終わった?」

「うん」

 

 脱力した紅葉が、桜花の膝の上に寝そべる。

 

「そうだ。ノート、出せるようになったんだよ」

 

 開いた両手に桜色の光。

 桜花の手の上に、桜柄のノートが現れた。

 

「ノートって、そのノートなの?…なにか違うような」

 

 桜花の膝の上から、ノートを(のぞ)き込む紅葉。

 ノートには、《桜のノート》《ゆきねえはどこだろ》《ワクワクの冒険をしたい!》と書いてあった。

 

「どうだろう。…でも、絵日記も描けるよ!」

 

 右手に握ったペンで、紅葉の絵を描いていく桜花。

 最後に、《くーちゃんも一緒!》と書き加えた。

 

「ふふ。うれしい。――でも、ペンも出せるんだね」

「うん、ちょっと便利だ」

 

 手に持ったノートとペンは、溶けるように消えていった。

 紅葉を抱きかかえたまま、立ち上がる桜花。

 

 絹の毛布をポーチにしまう。

 樹の床を、スニーカーのつま先で二度叩いた。

 

「そろそろ、行こうか!」

「うん!」

 

 

 幅の大きな樹の通路を、歩く桜花たち。

 

「道が広いね、おねえちゃん」

「うん。さっきからウサワタもいない」

 

 静寂(せいじゃく)の空間に、桜花の足音だけが小さく響く。

 立ち止まると、何も音がしない。

 

「んに。――なんだろう。すごいマナ」

「くれはにも、わかるよ。ちょっとこわい」

「でも、トゲトゲしてないから、大丈夫だよ」

 

 そっと紅葉を撫でて、桜花はそろそろと歩く。

 

 通路を抜けると、広く大きな空間に出た。

 そこにいたのは巨大な魔性。

 三本の尻尾のある、ヒョウのような魔性が寝そべっている。

 

「おっきい」

 

 首を伸ばして、魔性を見上げる桜花。

 チラリと、魔性が桜花たちを見て、そして顔を伏せた。

 

「こんにちは」

 

 伏せた顔を上げないまま、桜花に視線を向ける魔性。

 

「旅人、か」

 

 木の匂いと共に、低いうなり声のような音が響いた。

 桜花が明るい声で答える。

 

「桜花だよ! こっちはくーちゃん。妹なんだ」

「えっと…妹の、くれはです」

 

 胸の中の紅葉が、おずおずと桜花に続いた。瞳が揺れている。

 ブフーと、魔性の鼻息で小さな風が起きた。

 

 桜花の髪が揺れて、紅葉は耳をピンと張る。

 

「ここ、通ってもいいかな? 上に行きたいんだ」

 

 桜花が、斜め上を指差す。

 指の先には、壁に空いた通路。

 

「好きにしろ」

 

 低いうなり声の後、魔性は目を閉じた。

 

「ありがとう!」

 

 桜花は、床に寝そべる魔性の肢体の周りを回って、反対側の壁まで歩いた。

 

 ごつごつとした樹の壁に手をかける。

 手足を使って、じわじわと登り始めた。

 

「くーちゃん、掴まっててね!…んしょ」

 

 少しずつ登る桜花たちに、魔性がチラリと視線を向ける。

 

「旅人よ。キミたちはまだ飛べないのか?」

 

 登る姿勢のまま、首だけで振り返る桜花。

 

「飛べないよ。いつか、飛びたいけどね!」

「……そうか。ぼくの尻尾に乗るがいい。十分に届くだろう」

 

 起き上がった魔性により、小さな地響きが走った。

 桜花たちに向かって、一本の尻尾の先を伸ばす。

 

「…いいの? ありがとう!」

 

 壁を蹴って跳んだ桜花は、魔性の尻尾にしがみついた。しなやかな手触り。

 少しして尻尾が動いて、桜花たちに浮遊感が起きる。

 

「わあ!」

 

 尻尾が静止すると、壁の上にある通路の前にいた桜花たち。

 立ち上がり、樹の通路に飛び移った。

 

「ありがとう! また会ったら、今度はお名前教えてね!」

「ありがとうございます!」

 

 尻尾を下げた魔性は、再び寝そべって顔を伏せた。

 桜花たちを一度見て、尻尾を小さく振った。

 

 大きく手を振り返した桜花を見て、魔性はまた目を閉じる。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 桜花たちは、部屋に出た。

 

「木の中に、木が生えてる」

「森があるね、おねえちゃん」

 

 隣に立つ紅葉が、桜花を見上げる。

 

「果物もいっぱい。おいしそう」

毒調(どくしら)べの魔法の出番だね!」

 

 樹の中の木々はたわわに、赤やオレンジ色の果実を実らせていた。

 木々を、じっと見る桜花。

 

「んに。ちょっと待ってね、くーちゃん」

 

 ポーチから、魔性図鑑を取り出した。

 図鑑を開き、ページがめくれるのを待つ。

 

 開いたページを桜花が読み上げた。

 

「ここの木、魔性もいるみたい。果実花(かじつはな)って言って、果物の木に擬態(ぎたい)して、伸ばした枝で獲物を取るんだって」

「ぇ…。この中、入らないほうがいいの?」

「んっとね。実がなっているのに、花も咲いているのは果実花みたいだよ」

 

 二人は揃って、目の前の森に視線を移した。

 花が咲き果実の()る木々が何本か、ある。

 

 ごくりと、紅葉の喉が鳴る。

 紅葉を見て、小さく微笑む桜花。

 

「近くに行き過ぎないようにしなきゃだね」

「おねえちゃん…うん!」

 

 桜花は、一歩踏み出した。

 

 

「シャクシャクで、あまい!」

「うん! みずみずしいって感じ!」

 

 たわわに実る木々の中で、赤い果実を持って「おいしいね」と笑い合う桜花と紅葉。

 周囲に、花の咲いた木はない。

 二口目をかじると、また果汁が(あふ)れ出した。

 

「何個かもらっていこうね」

「うん! くれは、この果物好き!」

「えへへ、よかった。オレンジの実も、あとで味見しようね」

 

 紅葉のくりくりの瞳が、輝く。

 

「する! たのしみ!」

 

 二人は揃って、赤い果実を三口目。

 

 

 ヒュン――と風を斬る音。

 桜花がカゼハバネで、伸びてきた枝を斬った。

 

「ふう…ごめんね。……そろそろ、出口かな?」

「たぶん?」

 

 木々の間を抜ける、桜花たち。

 目の前には、花と実を宿した木が並んでいる。

 

「むむ。あんまり、切りたくないなあ」

「どうするの?」

「そうだ!…おいで、くーちゃん」

 

 紅葉を抱き上げて、制服の上着の中に入れた。

 桜色のマナを全身に巡らせる。

 

「行くよー!」

 

 助走をつけて、大きく地面を蹴り、桜花は跳んだ。

 魔性の木を跳び越えようとする桜花に向かって、果実花からいくつもの枝が伸びる。

 

 そして、桜花は足元に展開した桜色の魔法陣を踏んで、もう一度跳んだ。

 桜色のツインテールが、(なび)いている。

 

「やっ! とっ!」

「すごい! おねえちゃん、飛んでるよ!」

 

 また展開した魔法陣を踏んで跳び、桜花が駆ける。

 

 天井近くを駆けて、桜花たちは魔性の木を跳び越えた。

 全身を包んでいた桜色を、解く桜花。

 

「ん。跳べたね!」

「うん!」

 

 紅葉の頭がぐりぐりと、桜花に押し付けられる。

 くすぐったそうに、桜花が笑っていた。

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