うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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十四話.風と竜

「くーちゃん!」

「うん! 『ふぁいや!』」

 

 紅葉の身体の前に展開された紅い魔法陣から、火の玉が放たれた。

 赤褐色のクマの背中に当たる。

 

「グゴォ!」

 

 クマが紅葉に振り返った。瞬間、桜色のツインテールが、舞う。

 

「やっ!」

 

 桜花が握るカゼハバネが、クマの足を斬りつけた。

 再び桜花を(にら)んだクマが、太い前足を振り下ろす。

 

 身体を覆うほどの前足が、桜花に迫る。

 

 桜色の魔法陣を足元に展開させて、桜花は大きく跳躍した。

 更にもう一度魔法陣を蹴って、ふわりとクマの頭上に跳ぶ。

 

 かざした手のひらの前に魔法陣が輝き、桜花の声が樹の空間に響いた。

 

散華(さんか)

 

 魔法弾が炸裂して、クマを飲み込んだ。

 

「ごめんね」

 

 小さく呟いて、軽やかに桜花は地面に着地した。

 

 

 パチパチとはぜる焚火の横で、肉の塊が焼ける。

 香ばしい匂いが漂っていた。

 

「お腹、ぺこぺこだ…」

「くれはも」

 

 お腹を押さえて、肉を見つめる桜花と紅葉。

 肉汁が、地面に滴った。

 

 焼けた肉を前に、桜花たち手を合わせる。

 

「いただきます!」

 

 肉の刺さった枝を二本持ち、二人でそれぞれかぶりついた。

 

「ん!ほふほふ!」

「はふい」

 

 口の中で肉を冷まして、良く噛み、飲み込んだ。

 目を輝かせた桜花と紅葉が、顔を見合わせる。

 

「脂っこくないのに、おいしさがギュッと()まってる!」

「すっごくおいしいね!」

 

 はぜる焚火の傍で、枝に刺した肉から肉汁が滴っていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 数えきれないほどの、泡が浮いていた。

 樹の床から泡が生まれては、(ちゅう)を漂う。

 

「わあ。シャボン玉!」

「きれい、だね」

 

 桜花と紅葉が、色とりどりの泡を見上げている。

 

「なんだろう、このシャボン玉。カラフルだ」

「七色以上あるよ!」

 

 緑や黄色、赤や銀の泡の浮かぶ中を、きょろきょろと見ながら進む桜花たち。

 桜花の前に泳いできた泡が、一つ。

 

「んに…?」

 

 そろそろと、桜花が指で触れた。

 触れた泡が、弾ける。

 二人分の少女の声が、辺りに広がった。

 

『ネム。ほら、こっちに来るのじゃ。今日の授業じゃ』

『えー。今日も? 授業ばっかだと、先生の堅苦しい言い方が移っちゃいそうだよー』

『そう言うな。仮にも巫女なのじゃからな。良いか? 星樹とは、世界のマナを浄化して循環させ――』

 

 声は、段々と小さくなっていった。

 桜花と紅葉以外の、人の姿はない。

 

 桜花と紅葉は顔を見合わせて、それから周りにある泡を見る。

 紅葉の身体に、漂う泡が一つ触れた。

 

『ラルカリリア。君は聖女でありながらボクたちに付くのか』

『そうじゃな。愛するエルフたちを守る為なら、ボクはその計画に乗ろう。……例え銀と、戦うことになっても』

『じゃから、ボクはきっと――』

 

 声は再び、小さくなっていく。

 

「これたぶん、ネムの思い出なんだ」

「うん。…思い出が、入ってるんだね」

 

 桜花は泡を見ながら、少しだけ目を細めた。

 

「…くーちゃん、行こうか。勝手に見られたら嫌かもだし」

「うん。…そうだね」

 

 泡に触れないように、避けながらも奥に進む。

 桜花がぼんやりと呟いた。

 

「一個だけ見ちゃって、ネムに悪いことしたかな…」

 

 尻尾を(ゆる)やかに振りながら、紅葉が答える。

 

「…会ったら、ごめんなさいする?」

「そうだね、そうしよう!」

 

 奥へ進んだ桜花たち。

 部屋の中では、変わらずいくつもの泡が生まれて、そして宙を泳いでいた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 強い風が、吹いていた。

 桜花のツインテールが、制服の(すそ)が、バタバタと(なび)いている。

 

「おねえちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。くーちゃんもしっかり掴まっててね」

 

 制服の上着の中から、紅葉が顔を出している。

 向かい風を受けながらも、樹の道を踏みしめ歩いていた。

 

「あれ…」

「どうしたの、おねえちゃん」

青火草(あおひそう)の香り…ううん、気配?」

 

 空気を嗅いでいると、通路の先から光が差した。

 登るにつれて光は強くなる。

 

「外だ」

「広いね」

 

 通路から出ると、(みき)の上だった。幹の果ては、遠い。

 円形に広がる幹から、何本もの太い枝が伸びている。

 

「空が、綺麗」

 

 高く、青い空を眺めながら、もう一歩外に踏み出した。

 

「えっ」

 

 その場で動きを止める桜花たち。

 

 竜がいた。

 緑色の竜が、こちらを見ている。

 

「旅人か。良く来た」

 

 重く、濁りのない声が桜花たちに届いた。

 風が少し、強くなった。

 

「どうした。来ないのか?」

「……ううん。行くよ」

 

 竜に向かって、桜花が踏み出す。

 近づくにつれて、大きくなるその姿。

 竜の後ろの幹の端は、遠くのまま、あまり変わらなかった。

 

 背筋を伸ばして(あお)ぎ見る桜花に、緑の竜が眼差(まなざ)しを向ける。

 

「桜花だよ。こっちはくーちゃん」

「く、くれはです」

 

 紅葉の狐耳は、ピンと張っていた。

 

「そうか。我は、風竜。ヴェムティアだ」

「ヴェムティア。かっこいい名前だね」

 

 ヴェムティアが、少しだけ桜花に向かって首を伸ばした。

 

「その剣。風葉羽(かぜはばね)か」

「うん、そうだよ」

 

 桜花は、腰のカゼハバネの(さや)を撫でる。

 

「なるほど。お前たちは、あの泣き虫エルフから認められたわけだな」

「なきむしえるふ?」

 

 きょとんとした表情の桜花。紅葉を見るも、首を傾げた。

 

「いや、そうか。そうだな。……虹銀(にじぎん)を祈った神たちは欠け、我が盟友たちも倒れた、か」

 

 桜花たちから視線を逸らさないまま、ヴェムティアは遠い目をした。

 小首を傾げて、桜花が問う。

 

「…めいゆう?」

「うむ。泣き虫エルフと、聖女の神だ。お前たちを世界に迎えた声は、名乗らなかったのか?」

「聞いてないかも。…でも、ネムなら私たちの友達だよ」

「そうか。くく」

 

 喉を鳴らして、笑ったヴェムティア。

 

「そして、お前たちは新たな風だな」

 

 そこまで言葉にして、風竜は瞳を閉じた。

 風の音が、鳴っている。

 

「……いいな。血が(たぎ)る」

 

 ほんの一瞬、暴風が桜花たちを襲った。

 思わず目をつむった間に、風は弱まっていた。

 

「せっかくだ、手合わせをしないか? 古の時代より伝承の絶えない、竜種たる我が相手をしよう」

 

 風竜の翼が開いた瞬間。

 莫大な突風が、吹いたようだった。

 桜花のツインテールが、風に流される。

 

 視線を落とすと、紅葉は桜花を真っすぐに見返した。

 花が咲いたように、桜花は笑った。

 

 両脚を揃えて、風竜を見る。

 

「…うん。お願い、します!」

 

 ぺこりと頭を下げた桜花。

 

 風が、凪いだ。

 くはは、と風竜ヴェムティアは笑い、首を上げる。

 

「お前たちの存在(いろ)を見せてみろ」

 

 桜花が、腰からカゼハバネを抜いた。

 半透明の緑の刀身が、明るい日差しを反射する。

 

「くーちゃん、行くよ!」

「うん!」

 

 桜色と紅色のマナが、二人の身体を巡る。

 左手に、桜色の魔法陣を展開した。

 

『ふぁいや!』

 

 桜色の火炎が、風竜に飛ぶ。

 (そら)に発動させた魔法陣を蹴り、桜花は空を駆ける。

 

「良い駆け出しだ」

「わっ!」

 

 緑の翼が羽ばたいて、炎は弱まり掻き消えた。

 風に煽られた桜花の身体が、(ちゅう)を舞う。

 

「っ! くーちゃん!」

 

 よろめきながらも、発動させた魔法陣の上に桜花は立った。

 胸元の紅葉から、紅い魔法陣。

 

魔弾(まだん)!』

 

 紅い魔法弾が炸裂する。

 風竜の尻尾が、動いていた。

 

 尻尾の一振りによって、魔弾は薙ぎ払われる。

 魔法陣を使って、空へ跳躍した桜花が近づくも、風竜の瞳に捉えられた。

 

散華(さんか)

 

 桜色の魔法弾が八方に散って、風竜を襲う。

 

「かっ!」

 

 風竜の咆哮(ほうこう)が、桜色を吹き飛ばした。

 衝撃波に飛ばされる桜花の胸元に、紅葉がいない。

 

『ふぁいや!』

 

 一人で地面に立っていた紅葉から、炎の玉が放たれた。

 風竜が、僅かに口角を上げる。

 

「良いな」

 

 紅い炎は、風竜の手で握りつぶされた。

 桜花が、駆ける。

 

 カゼハバネの背を身体に沿わせて、身をかがめ、風竜の腹へ滑り込む。

 

「やっ!」

 

 固い音とともに、カゼハバネが弾かれた。

 迫る竜の手を、大きく後ろに跳ねて躱す。

 

 カゼハバネを構える桜花と、隣に立つ紅葉。

 

 星樹の枝が、さわぐ風に揺れる。

 

「まだ、いけるよ。くーちゃん」

「うん」

 

 琥珀色の瞳が、煌めいた。

 青い空に立つ、桜色の魔法陣。その後ろに紅色の魔法陣が連なった。

 

『ふぁいや!』

「いまっ! 『ふぁいや』」

 

 紅い炎が桜色の魔法陣を通過した途端、桜色が混ざる。

 二色の混ざった火炎が波打ち、風竜へ飛んだ。

 

「いいぞ。『暴風』」

 

 ヴェムティアが翼を開くと、強大な突風が巻き起こった。

 枝が、しなる。

 

 二色の炎が風と拮抗(きっこう)する。

 徐々に、炎は勢いが弱まっていった。

 暴れる風に、足元に展開した桜色の魔法陣で踏ん張る桜花たち。

 

 炎が消えて風が止み、桜花が駆けだした。桜色の魔法陣を蹴り、加速していく。

 

 胸の前に魔法陣を展開して、叫んだ。

 

『火の散華!』

『暴風』

 

 いくつもの炎の玉が散らばって、ヴェムティアへ向かうも、再び風が放たれる。

 炎の玉は弱まり消えていった。

 

「くーちゃん!」

「うん! おっきく、『ふぁいや!!』」

 

 大きく描かれた魔法陣から、紅い火炎が爆ぜた。

 火柱が向かう先には、ニヤリと口角を上げたヴェムティア。

 

『旋風』

 

 渦巻く向かい風が火柱を搔き消し、紅葉の身体を吹き飛ばした。

 

「きゃっ…――」

「やあ!」

 

 ヴェムティアの巨躯の側面に飛び込んだ桜花が、カゼハバネを振るう。

 風を斬る音の鳴る太刀筋は、竜の鱗に弾かれた。

 

「惜しいな」

「あうっ」

 

 竜の翼に打たれた桜花は弾かれ、地面を転がる。

 

 地面に倒れた桜花はヴェムティアを見つめ、膝を立てて起き上がった。

 

「…おねえちゃん、だいじょうぶ?」

「まだ、立てるよ」

 

 桜花の隣に、紅葉が並ぶ。紅葉の脚が、ふらついている。

 

 桜花の口元が緩んだ。

 

「えへへ。…楽しいね」

「…えっと、おねえちゃん?」

 

「くはは。楽しい、か。…ああ、楽しいな」

 

 星樹の(こずえ)が、風にさわぐ。

 桜花が、笑った。

 

「ヴェムティア!」

 

 風竜ヴェムティアは、静かに桜花を見る。

 

「魔性がいて、魔法があって、あなたがいる!――この世界って、なに!?」

 

 真っすぐにヴェムティアを見つめ、風にはためく髪も制服もそのままに、桜花が叫ぶ。

 

「そうだな。人々の夢と祈りの集まった無垢(むく)な世界、言うならば…透明な世界、だ。無垢なればこそ、自由に定義すると良い」

「無垢、透明……自由に。そっか。…うん。そうする!」

 

 風は、吹き続ける。

 桜花は胸元のペンダントを、ぎゅっと握り締めた。

 

「私は、明里桜花!」

 

 花が咲いたような笑顔。

 

 桜花の周りで、桜の花びらが舞っていた。

 

『咲いて、散って、まわって、集めて、燃える』

 

 ささやくように(うた)う桜花の頭上に、桜色の魔法陣が開いた。

 ひらひらと漂う、桜の花びらが増えていく。

 

 ヴェムティアが両翼をたたみ、桜花を見る。

 鼻先が動いて、空気を()いだ。

 

「花の匂い? 花弁が飛んでいる?」

「桜だよ。私の名前の花」

 

 高らかに、桜花の声が通る。

 

『桜の花びら』

 

 桜色の魔法陣が輝き、星樹の上で桜吹雪が舞った。

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