星樹の上で、桜の花びらが舞う。
桜吹雪が渦巻き、流れ始めた。
ヴェムティアが、桜の花弁を見る。
「サクラ…お前の花? それは、美しいな」
「えへへ。ありがとう」
桜花を中心として回り、増えていく花弁は広がっていた。
時折、
紅葉が桜花を見上げる。
「おねえちゃん、どうする?」
「ん。おいで、くーちゃん」
桜花は上着に紅葉を入れて、ヴェムティアに向き直った。
「お待たせ。行くよ、ヴェムティア!」
「いつでも来い、オーカ、クレハ」
花びらが一斉に桜色に光り、そして更に、回転が早まり大きくなった。
桜花が、ヴェムティアへ向かって駆ける。
「っ!」
ヴェムティアの身体に花びらが当たり、
ぶつかった花びらの数だけ、桜色の炎が上がる。
「なるほど、面白いな」
「でしょ!」
ヴェムティアが、緑の翼を開いた。
駆ける桜花は、横向きに走りだして距離を取る。
風が、勢いを増し始める。
『暴風』
強大な突風が、ヴェムティアの正面の花びらを吹き飛ばした。
桜花はヴェムティアの周囲を周るように、走る。
正面に暴れる風を起こすヴェムティアの背後に、いくつもの桜の花びらが当たった。
桜色が爆ぜる。
「おお。風に流されて、花弁が我を攻めるか。
「うん!」
立ち止まることなく風を切り、走り続ける桜花。
桜花の身体に触れる花びらが、仄かに輝き消えていった。
花びらが当たる度に、桜花のマナが高まっていく。
「ふむ。これならどうだ? 『
ヴェムティアの身体を中心として、桜の花弁を吹き飛ばす風が起こった。
桜花は立ち止まり、低く身構える。
「くーちゃん!」
「うん!」
紅葉の首に下がる紅炎のルビーが煌めき、そして
『火のクリーン!』
桜花たちが、分厚い紅い火の球に包まれた。
炎は風に揺れ、そして消える。
桜花が、桜色の魔法陣を構えた。
『魔弾』
いつもよりも二回り分、大きな魔法弾が風を押し返す。
そのまま、ヴェムティアに真っすぐ飛来する。
魔法弾はヴェムティアの腹に当たって、爆発して
「もうだめぇ…ごめん、おねえちゃん」
「ううん。ありがとう」
ぺたんと倒れた紅葉の狐耳を、柔らかく撫でた桜花。
目の前の風竜は、変わらず立っている。
吹き飛ばされた桜の花びらが、風に流されて戻ってきていた。
肩で息をしていた桜花は、深く息を吸った。
両手を広げて、桜色の魔法陣を展開する。宙に大きな魔法陣が描かれた。
手が、震えている。
ヴェムティアが翼を広げて構えた。
「くく。しなやかで、強いな。――その力で、お前たちは何を為したい?」
「…なす?」
きょとんとした表情で、尋ね返した桜花。
小首を傾げて、ヴェムティアを見る。
「そうだな。やりたいこと、だ。この世界で生きる為の、祈りでも
「やりたいこと…祈り…」
ヴェムティアを見て、紅葉を見て、それから少し目をつむる桜花。
桜の花びらが、桜花に触れた。
目を開けた桜花は、再びヴェムティアの瞳を見る。
「私は、冒険が好き。くーちゃんも、この世界も。だから」
「ふむ」
ヴェムティアが小さく頷き、桜花をじっと見ていた。
「私はもっと、世界を旅したい!」
高らかに告げて、花が咲いたように笑う桜花。
「いくよヴェムティア! 私のありったけ!」
「来い、オーカ」
ヴェムティアは身じろぎすることなく、桜花を待つ。
桜花は強く、両手を握り締める。
いっぱいに伸ばした両手の幅をずっと超えて、展開された桜色の魔法陣が、強く輝いた。
手を前へ、突き出した。
『桜の
魔法陣から、桜色の炎が放たれた。
炎は桜の花弁を飲み込むほどに、より速く大きくなる。
ヴェムティアが口角を上げる。
『
風が、
大きく燃え上がっていた桜色の炎の勢いは徐々に減衰して、ヴェムティアに届く頃には、小さな炎へ。
ヴェムティアは炎を、手で握りつぶす。
炎は散って、消えた。
桜色のツインテールが、舞う。
「やっ!」
魔法陣を蹴り、跳躍した桜花。
その身体は、ヴェムティアの喉の前に届く。
カゼハバネの刀身が、桜色に輝いた。
「やーっ!!」
カゼハバネが、風を斬る。
桜色の混ざる緑の刀身が、滑るようにヴェムティアの喉を撫でた。
浅く切れた喉元から、じんわりと赤い血が
「へへ…」
力の抜けた桜花が、宙から落ちる。
柔らかな風が吹き、桜花の身体を支えた。
「見事だ、旅人よ」
風に浮いた桜花が、ゆっくりと地面に降りた。
仰向けに横たわった、桜花の顔を紅葉がのぞき込む。
「…んに」
「おねえちゃん…寝てる」
「オーカにクレハ。今は休め。十分に魅せた旅人に、休息の場を
「えと…はい! ありがとうございます」
桜花のポーチから
「くれはも、へとへと…」
布の中に潜り込み、桜花の胸元に寄り添った。
「ヴェムティアさん」
「なんだ?」
眠たげな目のまま、頭を持ち上げた紅葉はヴェムティアを見つめる。
「くれはの祈りは、おねえちゃんと一緒に生きること、だよ」
「そうか…。
桜花に身体を預けた紅葉は、そのまま眠りに落ちる。
桜花と紅葉、二つ分の寝息。
星樹の葉が、風に揺れる。
青い空の下、そよ風が吹いていた。
△▼△▼△▼△▼△
蒼月が、夜空に
雲一つない空に、無数の星々が
「綺麗…」
「月が、近くにあるみたい」
桜花が、月に手を伸ばす。半月だった。
絹布を被って、夜空を見上げる桜花と紅葉。
「星樹アルヴの
「えへへ。登ってよかった」
「うん。ほんとに。――そういえば、ここの月って色が変わるんですか?」
紅葉がヴェムティアを見上げた。狐耳がピクンと小さく動く。
「そうだ。この月は、日ごとに色が変わる」
「不思議な月なんですね」
「ほえー。すごいなぁ…」
ぼんやりと空を眺める、桜花のツインテールが
紅葉を少し抱きしめた桜花の周りを、ヴェムティアが片翼で包んだ。
翼が風を防ぐ。
「ヴェムティア、
桜花は覆われた翼から流れてくる
「ああ。あの草は、強大な竜の気配を真似ることで、自らを守っているからだな。因果が逆だ」
「そうなんだ。…色んな植物があるんだね」
「だから、魔性は近づいて来ないんですね」
少しの静寂が落ち、桜花が空を見上げる。
ただ静かに夜空を眺める、桜花と紅葉に、ヴェムティア。
「わ…流れ星だ」
「おねえちゃんとこれからも――消えちゃった…」
一瞬の煌めきが空を滑って、隠れた。
「オーカよ」
「んに?」
微笑んだ桜花が、ヴェムティアに目を向ける。
ヴェムティアが、蒼い半月に目を移した。
「あの月が、手に入るとしたらどうする?」
「……月?」
「そうだ。多くの者が惹かれるあの月を、だ」
桜花はおとがいに指を当てて、「んー」と声を上げた。
「私は、見てるだけが好きだなぁ。くーちゃんは?」
「くれはも。…おねえちゃんと見てると、あったかい」
「うん、私も。とっても温かくて、素敵」
ぎゅっと桜花に抱きしめられた紅葉が、その身体を
紅葉のもこふかの毛並みを、柔らかな手つきで撫でる桜花。
「…そうか。くく。やはり、お前たちは旅に向いているな」
ヴェムティアが笑い声を上げた。
星樹の枝が、風に吹かれてざわめいている。
「そうだ。オーカが使ったサクラの花の魔法だが、周囲のマナを吸収していたな? 星樹の外では透明なマナが少ないから、気をつけるがいい」
桜花が小さく頷いた。
「うん。…気をつけるね」
澄んだ空に散らばった無数の星々と、大きく光る蒼月。
桜花たちはいつしか、かすかな寝息を立てて眠っていた。
△▼△▼△▼△▼△
空が白んでいく。
紫の混じった黄金色の空。
星樹の上で、緑の身体の竜が、桜花たちを見る。
「もう行くのか?」
「うん。楽しかったよ!」
「くれははちょっぴり怖くて、でも綺麗でした!」
ひんやりとした風が、寝起きの身体を撫でていった。
「…そうか」
ヴェムティアが宙に手を伸ばすと、白い光が生まれた。
光はゆっくりと、桜花に飛んでくる。
「お前たちの旅に、風の翼を貸し与えよう」
光は桜花の背中に留まると、白い翼へと姿を変えていった。
桜花の背から少し離れて、翼が生まれる。
「わあぁ! 羽が生えた!ありがとう!」
「おねえちゃん、すごい!」
ふわふわと背中の翼を動かす桜花。
ヴェムティアは目を細めて、桜花たちを見る。
「飛び続ければ、どこまでだって行けるだろう。ただし、白き森には近づくなよ」
「白き森? 分かった!」
「おねえちゃん……ほんとに?」
「たぶん?」
羽を振りながらも笑い合う桜花と紅葉と、喉の奥を震わせ笑うヴェムティア。
桜花たちが落ち着いてから、「もう一つ」と続けた。
「空を飛ぶには、不可欠の魔法を教えよう。空温保持魔法、単に保持魔法とも呼ぶ」
ヴェムティアは、宙に緑色の魔法陣を描いた。
輝く瞳で、桜花が魔法陣に近寄る。
「保持魔法? 初めて見る!」
「そうだ。お前たちの周りの空気を快適にする魔法だ」
「すごい! ありがとう!」
「ありがとうございます!」
二人は揃って、ヴェムティアの展開した魔法陣を見る。
早速、覚えた魔法陣の展開に成功した。
「またね、ヴェムティア!」
「ヴェムティアさん、またです」
「ああ、また会おう。――いつでも、お前たちの
ぶんぶんと手を振る桜花と、小さな前足を振る紅葉。
星樹の幹の端に、桜花が立つ。
制服の上着からは、紅葉が顔を出す。
地平線の彼方から、日が昇る。
遥か下には白銀の
ヴェムティアの声が、背後から聞こえた気がした。
「旅人たちよ。その心のままに。世界を、謳歌せよ」
桜花の足が、幹の
小さな身体が、空に舞う。制服の裾がたなびいていた。
背中の翼を開くと、空を滑った。
前に、身体が進む。
「わわっ」
姿勢が安定せず、身体がぐらついた。
上下に左右に、空が揺れる。
「だ、大丈夫?」
「……うん。――こう、かな」
翼を動かし、少しずつ姿勢を変えていく。
少しずつ前へ、進むようになっていった。
「あっ」
風を切る。空を、飛んでいた。
自然と、二人分の笑い声が漏れる。
「飛んでる! 飛んでるよ、くーちゃん!」
「飛んでるよ! おねえちゃん!」
冷んやりとした風が、頬を撫でる。
群青の空が、広い。
「ズーイッチョ!」と、鳴き声を上げる緑色の鳥が飛び立った。
長い
「ネムが言ってた通り…絶景、だ!」
背中の翼を羽ばたかせて、
陽の光を反射して、
「うん。行こう!――知らない世界へ!」
そして彼女は、明日も羽ばたく。