うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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三話.出会いの場所

「ねえ、ネム」

 

 紅葉を撫でながらも、銀十字(ぎんじゅうじ)をポーチにしまった桜花。

 ネムを見ると、今度は目が合った。

 

「なんじゃ?」

 

 揺れない目で、ネムが桜花を見る。

 桜花は右手を(かか)げ、桜色の光を(とも)す。

 

「無色のノートってなに?…私のこのノートと、関係ある?」

 

 数枚の桜の花びらが舞い、桜色のノートが手の上に現れた。

 ネムの顔が、桜のノートに近寄る。

 

「それは、ノートじゃの――じゃが、無色のノートは、オーカのそのノートとは似て非なるものじゃよ。……オーカは、帰りたいのか?」

 

 ネムの瞳を見ていた桜花は、ふっと肩の力を抜いた。

 

「どうだろう」

 

 紫紺の月を見上げる桜花。さらさらと、桜色の髪が(なび)く。

 

「ここでの旅は、楽しい。くーちゃんもいる。…でも、ゆき姉を心配させちゃう」

「……ふむ」

 

 ネムは桜花から目を逸らして、夜空を見上げた。

 夜空の向こうに、星樹の影が浮かぶ。

 

「無色のノートとは、眉唾物(まゆつばもの)の存在じゃよ。じゃが確かに…手にすれば、叶わないことは無いのかもしれんな」

「…そっか」

 

 ひんやりとした風が、桜花たちを撫でる。

 桜花が紅葉に絹布をかけるのを待って、ネムが口を開いた。

 

「星樹の上からの絶景は、話で聞くよりも、君たちの目で見た方が良かったじゃろう? 伝え聞くよりも、自らの目で見た方が、自らの体で感じた方が良いこともある」

「うん」

 

「それに、ノートとは本来…。いや、それも、自らたどり着くのが良いな。オーカは、知りたいか?」

 

 ニヤリと、笑ったネムが桜花を見る。

 桜花の吐息が空に吸い込まれて、そして桜花は柔らかく笑った。

 

「ううん。……でも、ちょっと、ワクワクしちゃうね」

 

 一枚の花びらが、舞っていた。

 

「もし見つけたら、どんなものだったか…オーカがボクに教えてくれても良いのじゃよ?」

 

 悪戯めかした笑顔のまま、ネムが桜花に頭を撫でる仕草。

 手の動きを桜花は受け入れる。

 

「あはは。いいね、それ。楽しみにしてて!」

 

 倒木の上でパタパタと足を動かすと、膝で寝る紅葉がむずがるように動いた。

 そっと撫でると、落ち着いた寝息に戻る。

 

「…ネムは、ここか星樹にいるの?」

「うむ、そうじゃの…」

 

 桜花と紅葉をそれぞれ見て、湖に目を向けるネム。

 

「ボクと結びつきが強いこの場所と星樹アルヴでなら、霊体になったボクでも出現できるようじゃ」

「思い出の場所って、さっき言ってたね」

 

 湖を見ていたネムは、そのまま湖に身体を向けた。

 半透明なネムの横顔を、月光が通る。

 

「うむ。…そして――ボクはこの場所で友人を失った」

「…え」

 

 桜花の瞳が、揺れる。

 ネムは小さく呟いた。

 

「彼女の死に、ボクは……間に合わなかったのじゃ」

 

 桜花は口を開いて、閉じて、ただネムを見る。

 ネムが振り返り、微笑んだ。

 

「すまんの。…じゃから、ここはボクの友人の眠る土地で、昼間のオーカたちの笑顔は、きっと彼女も喜んでくれたと思う」

「そう…なんだ」

 

 桜花の瞳が(うる)んでいる。

 いっぱいに(まぶた)を開いたままネムを見ると、ネムは優しげに微笑んで湖を見ていた。

 座ったまま、桜花はそっと、少しだけネムの近くに座り直す。

 

 暗い湖面に映る月と星空を揃って眺める二人。

 

「…大切な、場所なんだね」

 

 聞こえるか聞こえないかくらいの、吐息まじりの声が空気に吸い込まれた。

 再び、桜花の頭の上に添えられる、半透明なネムの手。

 

「優しい子じゃの。…ありがとう」

「…私こそ、ありがとう」

 

 湖面で、一匹の魚が跳ねる。

 波紋はゆっくりと広がり、やがて湖に溶けていった。

 

 

 朝焼けが、湖面に映っている。

 緑の大地に桜花が立つ。

 

「それじゃあ、行くね。ネム、ありがとう」

「ネムさん、ありがとうございます!」

 

 ツインテールに結んだ桜色の髪を揺らし、桜花が振り返った。

 紅葉は、桜花の制服の胸元から顔を出している。

 

「うむ。この湖を下っていくと、エルフの里があるぞ」

「エルフ! お耳!」

「わわっ。おねえちゃん、揺れるよぅ」

 

 その場で跳ねる桜花に、抱きつく紅葉。

 ネムは目元を緩めて二人を見守る。

 

 ネムが一歩分、桜花たちに近づいた。

 

「そうじゃ、昨日の銀十字じゃが。……もし、旅の途中で星樹の珠を見つけることがあれば、銀十字を珠に刺して…星樹アルヴを解放してくれんか」

「星樹の、たま?」

「解放、ですか?」

 

 首を傾げる桜花と紅葉。

 

「うむ。星樹が入った珠のようなものじゃ。ボクのいる場所で刺してくれたら、解放できる。――あくまで、見つけたらで構わんからの」

「うん。よく分からないけど…でも、分かったよ!」

「くれはも、覚えておきます」

 

 桜花の背中に、白い翼が生えてぴょこぴょこと動いた。

 風が、草原を揺らしている。

 

「ネム、またね!」

「また、です!」

 

「うむ。またの」

 

 両手を上げてタッチする仕草をしてから、大きく手を振る。

 大地を大きく蹴って、駆けだした桜花。

 

 勢いづけて、青い空へ羽ばたいた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「えるふ、えるふ、お耳が長いー」

 

 桜花の歌声が、空に吸い込まれた。

 紅葉も胸元でリズムに乗って、揺れている。

 

 湖の下流に沿って、段々と広くなる川の上を飛ぶ。

 

「今日も、風が気持ちいい!」

「うん!」

 

 目を閉じて両手を伸ばし、風を全身で浴びる桜花。

 

 川の先で、いくつもの煙が昇っていた。

 煙の下には、木の上に組まれた家が並んでいる。

 

「くーちゃん、家だよ!」

「わぁ! 人がいっぱい、いるのかな」

 

 まだ少し遠くに見える里へ向かって、一直線に飛び続ける桜花。

 里の端にある、木の門が近づいてきた。

 

 

「ついたー!」

「とっ」

 

 翼をしまった桜花は目の前にある、木製の門を見上げる。

 紅葉が胸元から地面へ飛び降りた。

 

 門へ駆け寄ると、中世的な顔立ちのエルフが立っている。

 

「エルフだ! こんにちは、私は桜花!」

「こんにちは。…くれは、です!」

 

「ああ、いらっしゃい。旅人だね、こんにちは。シラキノと言うよ」

 

 桜花の瞳が小さく煌めいた。

 

「あの! お耳、触ってもいいかな!」

「おねえちゃん!?」

 

 エルフの耳を一点に見て、歩み寄る桜花。

 門に立つエルフは、後ずさりした。

 

「……エルフの耳は、異性が触ると求愛(きゅうあい)を意味するんだよ。エルフの性別は見分け(がた)いけど、僕は男なんだ。…愛らしいお嬢さんに言われて、悪い気はしないけどね」

「んに。そうなの?…ごめんなさい」

 

 その場に留まり、桜花はぺこりと頭を下げる。

 桜花と紅葉を見て、微笑むエルフの男性。

 

「ふふふ。同性の子と仲良くなったら、頼んでみると良いよ」

「うん…ありがとう、シラキノ!」

 

「もう。おねえちゃんってば、くれはの耳もいつも触ってるのに」

「えへへ」

 

 ぴょんと跳びはねた紅葉が桜花の肩に乗った。

 もこふかな毛皮で頬ずりする紅葉を、桜花が撫でる。

 

「…里に、入らないのかい? オーカにクレハ」

「そうだった! お邪魔します!」

(ふえ)の里ピレアへ、ようこそ。歓迎するよ」

 

 桜花たちは門をくぐり、里の中へ進んだ。

 

 木が立ち並ぶ、里。家々は全て、木の上にある。

 

「秘密基地みたい!」

「ふわぁ…。すごい」

 

 木と一体化したように建った家を、きょろきょろと見渡す桜花。

 家の外でフルートを吹いていたエルフに手を振ると、手を振り返された。

 

「いい町だね」

「うん!」

「…まずは、服屋さんに行きたいなぁ。それからお風呂に、ちゃんとしたトイレもあるかな!? どこだろ」

 

「きゃっ」

 

 上を向いて歩いていると、誰かにぶつかった。

 そこにいたのは、猫耳パーカーを被り、首の後ろに大きな鍔の魔女帽子の少女。

 

 ライトブルーの髪が、フードの隙間から見える。

 

「魔女の子だ!」

 

 地面に座り込んだ少女に、桜花が抱きついた。

 杖が地面に転がっている。

 

「むむ。…あったか、い……あなたは、白の街で会った」

「桜花だよ。明里桜花! こっちは妹のくーちゃん」

「くれは、です」

 

 笑顔の桜花に抱きしめられたまま、動かない少女。

 桜花の瞳を見つめている。

 

「あなたのお名前は?」

「…わたしは、永愛(とあ)。藤宮永愛」

 

 永愛から離れた桜花は手を伸ばして、転んだままの永愛を起こした。

 

「永愛! よろしくね!……それと、ぶつかっちゃってごめんね?」

「おねえちゃん、遅いような…」

「え、えへへ。そんなことも、あるよね!」

 

 桜花たちやり取りを見ながら、手を握られたままの永愛。

 そっと両手を添えた。

 

「いい。わたしも、ごめん。…それよりも、あれから無事だったんだ。良かった」

「…? 私はずっと元気だよ! 永愛も、元気そうで良かった!」

 

 こくりと頷いた永愛。くりくりとした藤色の瞳が、桜花と紅葉を見ている。

 

「永愛は、前からここに来てるの?」

「ううん。さっき来たところなの」

「そっか。それなら」

 

 桜花は手を離して、村に身体を向ける。

 

「三人で一緒に村を見よう?」

「…いいよ」

「うん!」

 

 桜花は地面に転がる杖を拾い、永愛に手渡すと、再び手を繋ぐ。

 

 桜花に手を引かれる永愛と、肩に乗る紅葉。

 軽い足取りで、桜花は村へ踏み出した。

 

「見て! 木と家が合体してる!」

「すごいね!」

「興味深い。自然と共生というより、一体化してる?」

 

 村の中へ進んでいく桜花は、弾むよう。

 何人かのエルフの住人とすれ違う。

 

 挨拶をすると、返事が返ってきた。

 

「永愛はここに、何しに来たの?…冒険?」

「ううん。…わたしは、秘伝の魔導書を探しに来た」

「魔導書、いいですね」

 

 ピクンと立った紅葉の耳が、桜花の頬を撫でる。

 くすぐったそうな桜花は、紅葉の耳を一撫でした。

 

「くーちゃんも魔導書見たいんだ。…魔導書、見つかるといいね!」

「ありがとう」

「魔導書…くれはも、読みたいな」

 

 ぼんやりと呟いた紅葉に、永愛が視線を向けた。

 

「それなら、一緒に読む?…三人で」

「いいの?」

 

 首を傾げる桜花。その瞳は煌めいている。

 

「いいよ。楽しそう」

「わ! えへへ!」

「ありがとうございます!」

 

 桜花が永愛に抱きついて、三人の歩みが止まった。

 身体を少し離して、永愛の肩を両手で掴む。

 

「珍しい魔導書、どこを探すの?」

「…まずは、この村の図書館に行ってみようと思ってる」

「図書館…おねえちゃん、あの木の上の建物は違う?」

 

 紅葉が前足で差した先の木には、木製の看板が取り付けられた建物があった。

 看板には、本の絵が描いてある。

 

「あそこかも!」

「お手柄だ」

 

 二人の目線を受けて、紅葉の尻尾が大きく振られた。

 桜花が再び、永愛の手を握る。

 

「じゃあ、行こう!」

「うん」

 

「ちょっと待って、お姉ちゃんたち!」

 

 踏み出そうとした桜花たちの横から、幼い声が聞こえた。

 振り向くと、そこにいたのは桜花よりもずっと幼い、エルフの女の子。

 

「旅人さんたちだよね! 私たちの村にようこそ! かんたいの(うたげ)の用意があるから、来て!」

 

 エルフの子は金糸雀(カナリア)色のおかっぱを揺らして、桜花たちを手招きする。

 

「わぁ!…くーちゃん、永愛、いいかな?」

「うん」

 

 桜花の視線の向いた、紅葉と永愛が頷いた。

 

「ありがとう。宴、行くよ!」

「うん! 来て!」

 

 永愛と手を繋いでいる桜花の、逆の手を握ったエルフの女の子。

 握った手を引っ張って、村の中を進んでいく。

 

 木漏れ日の差す中、桜花たちの笑い声が響いていた。

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