「うったげー、うったげー!…ここだよ!」
「…おっきな木と家!」
見上げる四人の前にあるのは、高く太い木と、その中腹に組み上げられた木造の家屋。
地面には、中腹まで続く
肩に乗った紅葉が、尻尾を揺らしている。
「すごいね」
「
永愛の言葉を聞いた、エルフの女の子が耳をピクピクと動かした。
胸を反らして両手を腰に当てる、エルフの子。
「えへん。エルフは木と共に生きるんだ。ここは、姉さまのおうち! お客さまはこっちから入るの!」
エルフの子はグイグイと桜花の手を引いて、木の根元に空いた穴へ誘った。
大人も十分に入れるような穴の中をくぐる四人。
「わあ! 部屋になってる!」
「ふふふん。すごいでしょー」
木の部屋は、壁も床も樹木のまま、飾り付けられていた。
桜花たちの様子に、女の子は胸を張る。
「上で姉さまが待ってるの!」
部屋の中を見ていた桜花を、女の子は再び手を引いて、壁に沿って登る階段へ誘う。
三人は、誘われるままに上の階へと上っていった。
「いらっしゃい。旅人様。笛の里ピレアは、皆様を歓迎しますわ」
二階の奥の部屋で桜花たちを迎えたのは、若いエルフ。
両隣には、二人のエルフが控えている。
「こんにちは! 私は桜花。歓迎、ありがとう!」
「えっと、くれは、です」
「永愛。…よろしく」
ぺこりとお辞儀をした桜花に、紅葉と永愛が続いた。
滑らかな動作で、お辞儀を返すエルフたち。
「丁寧に、ありがとうございます。
微笑みを向ける、ミモザ。
桜花を見上げていたエルフの子が、桜花の手を離してミモザへ駆け寄った。
ミモザに抱きついて、桜花たち三人へ向き直る。
「リナリア・ピレアだよ! 姉さまの妹なの!」
「こら。リナ、お客様の前では、もう少しお淑やかになさい」
「えー」
唇を尖らせるリナリアを見て、桜花が小さく微笑んだ。
「えへへ。お姉ちゃんが大好きなんだね、リナリア」
「…くれはも、おねえちゃん好き」
肩に乗ったまま頬ずりする紅葉を、桜花が撫でる。
ほんの少し、永愛と繋いだままの手が握られた気がして、そしてすぐに力は抜けた。
ほんの少し、永愛が歩み出る。
「…二人は同じ家名なの?」
「ええ。…と言いましても姉妹だからだけではなく、
「なるほど。興味深い」
人差し指の関節を顎に当てて、永愛が思考に耽りだした。
「ささ、どうぞ。お座りください」
ミモザが、木の床の上にある座布団を手で差す。
永愛と手を離し、緑の座布団に座ると柔らかく身体を受け止められた。
紅葉が桜花の膝に飛び移る。
「柔らかい、もこもこしてる」
「ふふ。それは
「おー」
ぱふぱふと、座布団を手で叩く桜花。
桜花たちの対面にミモザがゆっくりと座り、その隣にリナリアが勢いよく座る。
「改めて、良くお越しくださいました」
「…エルフは排他的と聞いていたけど、違ったみたい」
呟くように口にした永愛に、ミモザが笑顔を向ける。
「そんな時期もありましたが、今では…ご覧の通りですわ。それに、旅人様はこの世界では少し特殊ですから」
「んっと。時の旅人、だっけ」
小首を傾げる桜花に、ミモザが頷いた。
「はい。皆様のような、異なる世界から来た方々のことですわ」
「世界を渡るときに、カセが外れるんだよ!」
「
永愛が、ほんの少し前へ乗り出した。
「その原理は、
「なるほど。だからわたしたちは旅人さまで…」
「はえー。ヴェムティアも、心のままにって言ってたような。…それに、ネムも」
口の中で転がすように呟いた、桜花の声を拾ったミモザの耳が大きく跳ねる。
ミモザが、座ったまま身を乗り出した。
「オウカさんは、風竜様と
「うん! 仲良くなったの。ヴェムティアも、そう思ってくれてたらいいなぁ」
顔を下に向けた永愛が、吐息と共に「…竜」と繰り返す。
勢いよく立ち上がったリナリアが、桜花に駆け寄ってきた。
「オウカお姉ちゃん、ヴェムティア様に会ったの!? おっきかった?」
桜花の前で、手足をいっぱいに伸ばして広げるリナリア。
「うん。この家より大きかったよ。それにすっごく強かった! ね、くーちゃん」
「強かったよ。…怖いくらい」
「わあー!」
歓声を上げたリナリアは、跳ねるようにパタパタと桜花たちの周りを走った。
一緒に笑う桜花に、微笑むミモザが声をかける。
「せわしない子で、すみません。宴の準備が出来たらお呼びしますので、それまでゆっくりなさってください」
「…感謝する」
「ありがとう。村の中を歩かせてもらうね」
立ち上がった桜花に抱きついてきたリナリアを受け止め、頭を撫でる。
嬉しそうに、桜花に頬ずりするリナリア。
「リナリアが、案内してあげる! 一緒に行こ!」
「うん!…くーちゃん、永愛、行こう?」
ミモザの家を出た四人は、リナリアに手を引かれ村の中を散策した。
△▼△▼△▼△▼△
星空に、笛の音が響く。
高い音や太い音が調和して、空に吸い込まれていった。
「綺麗な音色――。今日は、金色の月なんだ」
「月? わあ…金色の月は初めて見たね」
広場に置かれた木の長椅子に座る、桜花と紅葉が空を見上げる。
永愛が、二人の隣に座った。
「この世界の月は七色あるみたい。毎日、色が変わってる」
「そうなんだ。毎日楽しめるね!」
しばらくの間、夜空の下で沈黙した三人。
にこやかなままに目を下げた桜花は、広場の中心で演奏する数十人ものエルフを見た。
それぞれが様々な楽器を奏でていて、その周りで踊るのは更に多い人数のエルフ。
「素敵な演奏。楽しくなってきた!」
「笛を持ってるひとが多いのかな?」
「そうかも。笛に関係する楽器が多いの。フルートにオカリナに、あれは…ピッコロ?」
三拍子の調子に合わせて揺れる、かがり火が踊る。
広場の中心に、ゆったりとした衣装を羽織ったミモザとリナリアが歩いてきた。
静かなお辞儀をした二人は、小さく息を吸い、フルートに口を当てた。
透明で柔らかな音色が、森を包み込む。
音は段々と賑やかになり、踊り始めるエルフたち。
桜花が、立ち上がった。
「踊りたい!」
「わ。おねえちゃん、踊れるの?」
「分かんない! でも、楽しめるのが一番なんじゃないかな!」
「それなら、一緒に踊る?……桜花ちゃん」
俯いたままの永愛が、桜花に向かって手を差し伸ばした。
花の咲いたような笑顔で、差し出された手を取る桜花。
「――うん!永愛! くーちゃんも行くよ!」
「うん!」
広場に入った三人は、軽やかな足取りで踊り始める。
時々足をもつれさせながらも、賑やかにはしゃいでいた。
「ふぅー。踊った!」
「初めてにしては、上手だった」
息を切らして、木の椅子に並んで座った桜花たち。額には汗が浮かぶ。
両手に持つのは、上半分が切られて器のようになっている丸い緑の実。
実の中には、甘い香りの奥に樹木が混ざったような匂いの、白く透明な液体がたっぷりと入っている。
喉を鳴らして、
「これ、するっと甘くておいしい。ジュースみたい!」
「さっぱりしてるよ!」
「そちらは、ブッシュ・ココナッツという名産品ですわ。品のある甘さと香りが人気なんですの」
「オウカおねえちゃん! リナリアと姉さまの舞、どうだった!?」
桜花へ抱きついてきたリナリアを、ココナッツを
側まで近づいてきたミモザの手にも、ブッシュ・ココナッツが乗っている。
「とっても綺麗で、上手だった。楽しいね!」
「えへん。いっぱい練習したんだ」
胸を張ったリナリアは、誇らしげだ。
ミモザがリナリアの隣に立ち、静かに頭を撫でた。
「ボアのお肉も提供して頂いたようで、ありがとうございます」
「いっぱい持ってたから。みんなで食べたほうがおいしいし!」
木の椅子に置いていたポーチを、ぽんぽんと叩く桜花。
ポーチを叩く様子を、永愛がじっと見ている。
小さく、紅葉の腹の音が鳴った。
「クレハちゃん、お腹ぺこぺこなの? 取ってくる。待ってて!」
「くれはも行くよ!」
リナリアが桜花から離れ、木のテーブルへ走っていった。
追いかけていく紅葉を、見守る桜花。
ミモザが、口を開いた。
「改めまして。歓待の宴、楽しめているようで、何よりですわ」
「うん、すっごく! ありがとう」
「今日は特別な宴でしたが、満月の夜の度に、エルフは儀式も兼ねて宴をするんですの。…それに、年に一度、ピレアだけでなく弦の里や鍵盤の里と
「もっと、すごくなるんだ。行くよ!」
大きく手を挙げた桜花に、ミモザが微笑んだ。
「質問、いい?」
ココナッツをちびちびと飲んでいた永愛が、ミモザに目を向けている。
ぱちくりと瞬きをするミモザ。
「はい。
「…あなたは無色のノートについて、何か知ってる?」
小首を傾げた永愛は、こくりとココナッツをもう一口。
「無色のノート! 永愛も探してるんだね!」
桜花が永愛に抱きつく。桜花の腕にそっと手を添えた永愛は頷いて、「興味がある」と呟いた。
ミモザは拳を顎に当てて、むむむと声に出す。
永愛のくりくりとした瞳がキラリと輝いて、ミモザを見つめる。
「無色のノート、ですか…。手にすれば、どんな願いも叶うノートだと云う伝承しか存じないですわ。――そして」
ミモザは眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべる。
「ノートについては、私の権限では、お話できないのですわ。――それこそ、アルヴ様でもないと」
「そう。話せない、の。……ごめんなさい」
永愛は桜花に抱きつかれたまま、小さく頭を下げて、それから再び目を上げた。
「もう一つだけ。あなたたちが、わたしたち旅人に臨むものってなに?」
ミモザが、ごくりと唾を飲み込んだ。一拍の間を置いて、口を開く。
「……旅人様は、世界に
「福音…」
「幸せをってことかな? いいね」
「…それは、
「んに。アルヴさま?…アルヴさまって?」
首を傾げる桜花。右に傾け、そして今度は左に傾ける。
ミモザの表情に、少し影が落ちた。
「はい。ですが、彼女は今――」
「オウカおねえちゃん! パンだよ!」
空気に割り入ったリナリアの声と共に、元気に駆け寄ってくる紅葉とリナリアの姿。
リナリアは両腕いっぱいにパンを抱え込んでいる。
「持ってきた! ライの実パン!」
「おねえちゃん! 外はサクッとしてるのに、中は柔らかくて、すっごくおいしいよ!」
「わあ! ありがとう! リナリア、くーちゃん!」
目の前で急停止したリナリアが抱え込んだパンを手に取り、永愛に目を向ける桜花。
続けて永愛の前まで走ってパンを差し出すリナリアに、永愛は恐る恐るパンを受け取った。
永愛に向けてにこりと笑いかけると、桜花は顔の前にパンを持ち上げる。
「いただきまーす!」
口を大きく開いて、白いパンにかぶりついた。
カリカリの食感の後に中身は柔らかな食感が続き、何度も噛んで飲み込む。
続けてブッシュ・ココナッツをゴクゴクと飲み干した。
「さくさくもちもちだあ! えへへ、おいしいね!」
「おいしい。ナッツ系の香ばしさもあって、森のパンと言っても
「ほんと!?…えへん! リナリアたちの国の名物なんだー!」
トトトと、桜花の隣に歩み寄って腰に抱きつくリナリア。
尖った耳が桜花の脇腹に刺さる。撫でやすい高さの頭を撫でる桜花。
大人しく撫でられたリナリアは、桜花を見上げる。
「オウカおねえちゃん、クレハちゃんから聞いた!お耳触っていいよー!」
「え!ほんとう!? いいの!?」
「もちろん!」
輝くような笑顔になった桜花に、リナリアはぶんぶんと首肯する。
「良かったね、おねえちゃん」
「くーちゃん、ありがとう!…ちょっと、触らせてもらうね、リナリア」
両手をそろそろとリナリアの両耳に添える桜花。慎重に力を込めて、揉みしだく。
「むにむにしてて、こりこりだあ」
「にゅうー」
耳を触る桜花に、リナリアは目を閉じて気の抜けた表情をしている。
何度か揉んで、桜花は吐息を一つこぼした。
「えへへ、ありがとう!」
「もういいの?…それじゃ、みんなで踊ろ!」
手を離して満足げに笑う桜花の片手を、リナリアが掴み引っ張る。
子ども相応の力で、引かれる桜花の腕。
「わわっ。くーちゃんと永愛も、行こう!」
「うん!」
手を引かれながらも振り返って紅葉と永愛を誘うと、紅葉は桜花とリナリアを追いかける。
永愛がミモザに目を向けた。
「どうぞ、楽しんできてください。隣人と笑い合い、今を楽しむことも、掛け替えのないことなのですわ」
「…そうする」
宴に混ざる、四人の小さな影。リズムに乗って踊り歌う。