うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

2 / 15
二話.迷子のしるべ

 スキップしながら進む草原の道。

 その先で、ウサギに似た耳が生えた、丸い綿毛のような生物が、地面を縦に横に転がっている。

 

「あれは、ウサワタ、だっけ。ルカが教えてくれた、食べられるとか」

 

 ころころと転がる何匹もの白いウサワタ。

 動物ではないようで、(かじ)ると柔らかくて綿のような食感らしい。『そのままいける。困ったらウサワタ』とはルカの言だ。

 

「でも可愛くて、食べるのはちょっと、うーん…?」

 

 弾むように転がるウサワタの一匹を抱き上げて、ぼんやりと眺める。

 そうしていると、桜花の視線の高さで舞う、虹色に輝く蝶を見つけた。

 

「ふわあ。ちょうちょだ!きらきらだ! 待って待ってー!」

 

 ウサワタを地面に戻し、蝶をトコトコと追いかける。舞い散る虹色の鱗粉(りんぷん)が、道しるべのよう。

 右に左に揺れながらも真っすぐと飛ぶ蝶に誘われ、草花や動物、道行く人に目もくれずに通り過ぎる。

 

 土から顔を出す石がヘルメットのモグラを、視界の隅に入れても何のその、だ。

 いつの間にか森林に足を踏み入れていたが、桜花はただ蝶を追っていた。

 

 林道を進むが、足取りは止まらない。

 幸運にも、巨大な芋虫や、大きな角のアルマジロの傍を、何事もなく通っていく。

 

 そして、来た道なんて分からないほど森を進んだ頃。

 

 

「――お花畑だっ」

 

 森の中、突如視界が開けた。

 たどり着いたのは、色とりどりの花が咲き乱れる花畑。

 周囲を木々に囲まれた中、ぽつんと咲き誇る花々は静謐(せいひつ)さをも感じる。

 

 そこは、手入れされているかのように整った、花々の楽園だ。

 中央には、青葉の茂る木が一本佇む。蝶は、いつの間にか視界から消えていた。

 

「なんだか、すっごい場所見つけちゃったなぁ」

 

 桜花は吸い寄せられるように、木に向かって歩く。

 

「迷子になったかもだけど、…そんなこともあるよね!」

 

 木の根元までたどり着くと、そのまま仰向けに寝そべってしまう。

 

「いっぱい歩いたし、ここでひと休みしよっと。光合成だあ! えへへー」

 

 美しい花畑の中、花々を揺らすそよ風が体を撫ぜる。

 空には、白い雲がたなびいている。

 やがて桜花は、微睡(まどろ)みに逆らうことなく眠りに落ちていった。

 

 すやすやと穏やかに眠る姿は、童話の中の一幕のよう。

 無垢な寝顔を、花々に晒していた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「…ふに」

 

 ぐっすりと眠った桜花が目を覚ますと、そこは先ほどと同じ花畑の中。

 大きく伸びをして起き上がり、草花の絨毯の上に座る。

 

「…そういえば、ここはどこだろ。また知らない場所に来ちゃった」

 

 寝起きの桜花はしばしぼんやりとしていたが、やがて少しずつ覚醒してゆっくりと立ち上がる。

 

「うん。――よっと…ひぇっ!」

 

 しかし、起き上がりそのまま足を踏み出した第一歩。

 

 次の瞬間、地面が消えた。

 踏み出した足は空を切り、桜花の身体はそのまま穴の中へ落ちていく。

 

「んにゃあああああああああ! そんなことある、のー!?」

 

 寝惚けていた意識は一気にパッチリだ。

 真っ暗な穴の中を、小さな体躯が滑り落ちる。

 なすがまま、深部へと導かれていく。

 

 暫くそのままでいると、壁がぼんやりと青い光を発するようになった。

 

「わ…! きれい! 鍾乳洞のすべり台みたい…!」

 

 光る壁面を眺めつつ滑っていると、先から段々と明るい光が差し込んできた。

 どうやら、出口のようだ。

 

「きゃーーーっ!! ――ひゃっ」

 

 ようやっと穴から抜け出した桜花は、洞から地面に投げ出される。しばし滞空した後、尻餅をついた。

 

「いたたた…。おしりがつぶれちゃったかも」

 

 桜花が落ちてきた場所。

 鬱蒼(うっそう)と茂る、大きな木々に囲まれている。

 

 空を覆う緑の天井は遥か高く、見上げるほどの巨大な木々。

 その根も大きく、桜花の身長ほどのものもある。

 

 地面には緑のウサワタが転がり、中空では桜花の身長ほどの大きさの空魚がまったりと泳いでいる。

 

「ここは…森? むー。大っきな木がたくさん。てっぺんが見えないや。――どっちに行こうかな」

 

 きょろきょろと辺りを見渡すも、道がなく、人の気配も全くない。

 視界のすべてが青々とした、大森林。大きな木々ばかりで、木の先が見えない場所もある。

 

「あれは…山?」

 

 視線を動かしていると、木々の|梢|こずえ》が重なる隙間から、一本の幹が見えた。

 その大きさは、天を衝くほどの超弩級。

 

「んに。木、かな…?」

 

 部分的に見えるその幹は、他の木々と比肩することが無い巨大さだ。

 

「山よりおっきい、かも。――ん?」

 

 目を奪われていると、ふと、ガサガサと葉が擦れる音が鳴る。

 音の方向へ顔を向けると、背後の茂みが揺れている。

 

 桜花は静かに、唾を飲む。茂みから、目が離せない。

 

 茂みの揺れは大きくなり、そこから、二足歩行の豚が現れた。

 濃い緑色の肌に、(しわ)の寄った顔。下あごから生えた牙と額に一本のツノ。

 背丈は桜花より小さいものの、ゴツゴツとした筋肉質の体。

 

 名付けるとすれば、子豚鬼が適切だろうか。

 

「グゴッ」

「――ひっ」

 

 短い時間、桜花と子豚鬼の視線が交錯する。

 ポツリと、口から言葉が溢れる。

 

「……ピンチ、かも」

 

 土を鳴らし、子豚鬼が桜花に近付いてきた。

 右手に持った、刃こぼれをしている小剣が鈍く光る。小剣は、桜花の腕ほどの長さだ。

 唸り声を上げながら、近づいてくる子豚鬼。

 

「うっひゃああああああ!」

 

 弾かれたように足が動いた桜花は、そのまま、全力で逃げ出した。

 

 あちこちに投げ出された木の根を避けて、超えて。

 でこぼこの土道を、足をもつれさせながらも転ばないよう、必死に走る。

 肩越しに後ろを見ると、子豚鬼はニタニタと笑いつつ追ってきている。

 

 子豚鬼はつかず離れず、一定の速度で追ってくる。その様子は、まるで獲物を追い詰める狩人のようだった。

 

「はぁっ…はぁっ!」

 

 声が、出ない。全身を使って、ひた走る。

 逃げる桜花は幾度も木々の間を抜け、いつの間にか前方に見えるのはなだらかな傾斜の丘。

 そして、坂を登ると、丘と思った先にあったのは――大峡谷だった。

 

 

 吹き荒れる風音が、轟々と唸る。底の見えない深い崖が、桜花の視線を飲み込む。

 向こう岸まではひたすらに遠く、いわゆる崖っぷちの状況だ。

 

 ザリ――と靴が地面を擦る音が、耳に残る。

 

「あう…」

 

 逡巡している間に、退路を断つように子豚鬼は迫ってきていた。

 ジリジリと、距離を詰めてきている。舌なめずりをする表情に浮かぶ、ニタリと邪悪な笑み。

 ちらりと崖下に視線を向けると、崖底は見えない。

 

 気付けば子豚鬼は、追い詰められた桜花の眼前にいる。桜花の両脚は小刻みに震えていた。

 

 動けない桜花を後目に、子豚鬼は思い切り小剣を振りかぶる。

 胸元をぎゅっと握りしめる桜花。

 

 小剣は桜花の肩を目掛けて、振り下ろされた。錆びて刃こぼれした刃が、鈍く光る。

 桜花の目にはその全てがスローモーションに見えるが、体が動かない。

 琥珀色の双眸(そうぼう)に、じわりと涙が滲んだ。

 

 桜花が窮地に晒されたその時。

 

『あぶないっ!』

 

 どこからか、桜花に届く少女の声。

 瞬間、脳裏に浮かぶ誰かの笑顔。

 弾けたように足は土を蹴り、真横に跳び頭から地面を転がる。

 

「ひぇあああ!! あぶなかった!――そうだ…!お家に、帰らなきゃ…!」

 

 更に返す刀で、切り付けてくること二閃、三閃。

 危うげながらも、何とか避ける。悲鳴と共に避ける。避ける。

 

 桜色の髪の一房すら捉えることなく、小剣は空振り続けた。

 なかなか当たらないことに焦れた様子で、切りかかってくる子豚鬼。

 その反面、何度も避けるうちに桜花の動きには余裕が出てきた。

 

「おっにさん、こっちらっ! ひゃあああああ!!」

 

 思わず、煽るような言葉をかけて火に油を注ぐと、子豚鬼の顔が怒りに染まり勢いは苛烈になる。

 それでも幾度もの剣戟を躱し続ける桜花。

 痺れを切らしたのか子豚鬼の剣は、段々と大降りになっていった。

 

「ゴギャ! ギャギャ! ギャッ!」

「…ひゃっ! よっ!ほっ! やっ!」

 

 段々と互いの位置関係が移り変わり、そして、勢い余ってバランスを崩した子豚鬼の体は、崖際まで来てしまう。

 片足が崖の宙に浮き、もう片方の足のみで下へ落ちないように踏ん張る体制となった。

 踏ん張る子豚鬼に、桜花はこわごわと両手を前に出す。

 

「ど、どりゃあっ」

「ゴギャーー!!」

 

 崖際でふらつくその姿を好機と見た桜花は、その背中を押した。

 一瞬の間、宙を浮く子豚鬼と桜花の視線が交錯し、そして子豚鬼は真っすぐに深い崖を落ちていった。

 

 子豚鬼の発する悲鳴が遠ざかってゆく。

 

「………」

 

 危機は、脱した。眼下には、深い谷。

 へなへなと両足の力が抜けて、お尻から地面にへたり込む。

 手には、ゴツゴツとした背中を押した感触。

 琥珀色の(まなこ)が潤み始めた。

 

 制服の袖で、目じりを拭うが、潤んだままだ。

 

 何度も、拭う。

 ふいに、こぼれる雫を拭う手が止まった。

 

「あれ、わたし、いま、ひとりだ」

 

 ポツリと、漏れ出た声。

 手は、もう動かなかった。

 

「ふぇ…うぇっ! ぅぇぇええええん!」

 

 幼児(おさなご)のような号泣が止まらない。

 頬から零れ落ちる透明な水滴は地面を濡らし、桜花の声は空に吸い込まれていった。

 

 

 一頻(ひとしき)り涙を流した桜花は、ごしごしと目を擦る。いつの間にか、空は夕焼け色に染まっていた。

 地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…んに」

 

 崖から少し下がった位置で、徐に空を見つめて呆けていると、森の中から声が聞こえてきた。

 

「おねえちゃーーん!」

 

 幼い少女の声が桜花を呼ぶ。森の中から、小さな影が駆け足で近付いてきた。

 赤い毛玉に見えるそれは、紅い毛並みの小さな狐。

 

「おねえちゃんっ」

「っんにゃ!」

 

 紅い小狐が何処からか現れて、桜花に飛びついた。

 軽い衝撃が走って、もこもこの毛皮が胸元に埋まる。小さなその体躯を抱き抱える桜花。

 その声は、子豚鬼から襲われる桜花に、危険を報せた声だった。

 

「おねえちゃん、やわらかい。…さっきは大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。……お姉ちゃんって呼ばれるの、なんか、いいねっ」

 

 くりくりとした瞳で桜花を真っ直ぐに見つめ、頭を擦り付けてくる小狐。

 自然と動いた手で優しく撫でると、心地よさげな表情を浮かべる。

 しっとりもこもこの毛並みだ。

 

 ひとしきり甘えた小狐は、ぴょんと桜花から離れて地面に戻った。

 

「おねえちゃん。あっちの木に、わたしたちが入れそうな穴を見つけたよ。暗くなる前に、そっちに行く?」

 

 前脚で差し示す森の中は、変わらず巨木が立ち並んでいる。

 夕暮れ闇も相まって、その先は一層暗く見える。

 

「…うん、行こうか。ありがとう!」

 

 桜花は、足を踏み出して森の中へ進んだ。

 崖際に落ちていた子豚鬼の小剣を、拾って片手に握り、鋪装のない道を踏み締め追いかけた。

 

「……おねえちゃん。大丈夫? 疲れてるみたい」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 (まぶた)が半分閉じたまま笑顔を見せる桜花の、両脚の膝はプルプル震えていた。

 小狐は何度も気遣わしげに桜花の様子を伺いつつも、一人と一匹は大地の上を歩く。

 

「そういえば、あなたのお名前はなんていうの? 私の名前は桜花だよ!」

 

 桜花の問いに小狐の尻尾がピンと硬直して立つも、すぐにしぼむ。

 

「…わたしの名前は、無いよ。だから、好きに呼んでくれたらうれしいな」

 

 消え入るような声で答えが返ってきた。前を往くその表情は見えない。

 

「そっかあ。ふむむ。……それなら、あなたの名前は紅葉だね。紅い葉っぱと書いて、くれは!」

「くれ、は?」

 

 小狐の足が止まり、くりくりの瞳で桜花を見つめ返す。

 

「うん。あなたは、紅葉。素敵な名前でしょ?」

「……くれは。…くれは! うん!うれしい!」

 

 再び抱き着いてくる紅葉を抱きとめ、桜花はもこもこの毛並みを撫でつけた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「おねえちゃん!こっちだよー!」

 

 再び歩みを始めた紅葉の尻尾は、フリフリと揺れている。

 その足取りは跳ねるようだ。

 

「着いたよ!」

「んに、ここが」

「うん。わた…、くれはの四本足じゃ登れなさそうな良い場所なんだ。だから夜も安全かなって思って」

 

 夕闇が落ち薄暗くなった頃、たどり着いたのは一本の木。

 高いところに空いている(うろ)は、ちょうど桜花の体が入るくらいだ。

 

 紅葉へ肩に乗るよう促して、するすると軽快に木登りをする桜花。

 片手に小剣を握りながらも、慣れた動きで木の洞に辿り着いた。

 

「中は真っ暗だね。何も見えないや」

「うーん、ちょっと待っててね。クォンクオォン」

 

 ぴょんと器用に洞の縁に跳び降りた紅葉は、音律の乗った鳴き声を発する。

 すると桜花の目の前には、赤く輝く拳大の魔法陣が映った。

 

 紅葉が最後に「ふぁいあ!」と唱えると、魔法陣が弾ける。

 

「わああ! 何これ!魔法!? すっごい!」

「うん。なんかね、使えるみたい。熱くないようにもできるんだっ」

 

 彼女たちの目の前には、ランタンほどの大きさの火球が灯った。人肌程度の温度で暖かい。

 仄かに照らされた洞に潜り込むと、内部は一段下がっていて、木の下からは見えないような構造になっている。

 

 桜花は緩慢(かんまん)な動きで木の壁を背もたれに三角座りになると、紅葉を膝の上に乗せた。

 上着を脱いで、紅葉ごと包まる桜花。

 

「今日は、ここまで!」

 

 洞の中から見上げると、木々の緑の隙間から夜空が覗く。

 人々の暮らす灯の無い世界。隙間から見えるその空は、紫紺の三日月が煌めき星々が瞬いていた。

 

「紅葉。ううん。くーちゃん。もこもこでふかふかで気持ちいい。…もこふかだ」

「くーちゃん…えへ。おねえちゃんも。ほっぺもふにふにですき」

 

 静寂の世界。桜花と紅葉を隠す闇は優しい。

 

「ここまで案内してくれてありがとう。……それに、夜に一人は寂しいから、くーちゃんがいてくれて嬉しい。助けられちゃったね」

「くれはも、おねえちゃんと一緒であったかい」

 

 ぎゅっと抱きしめる紅葉の体温は高く、じんわりと暖まる。

 

「明日からも、一緒にいてくれる?」

 

 優しく紅葉の毛並みを撫でる桜花が、問う。

 

「もちろんだよ!……うれしいな。とってもうれしい」

 

 ぐりぐりと、桜花のお腹に額を擦り付ける紅葉。

 そして、再びの静寂。

 

「……そういえば。さっきの火を出した魔法、どうやったの? もっかい見せて!」

「何でか分からないけど、使えたの。やってみるね」

 

 紅葉が呪文を唱えると、先程と同様に魔法陣が発動して火が灯る。

 

「すごいすごーい! もっかい!」

「うん!」

 

 桜花の瞳がキラキラと輝く。その後も何度もせがまれたものの、楽しそうに応える紅葉。

 夜闇は桜花たちを、包み込んでいる。

 

 そして桜花は紅葉を抱きしめたまま眠りに落ち、この不思議な世界の初日を終えるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。