「
「オウカおねえちゃんたち、ゆっくりしてってね!」
再びミモザの家に招かれた桜花と永愛は、座布団に座っていた。紅葉は桜花の肩に乗っている。
木の中に設けられた部屋の窓からは、日差しが差していた。
桜花の背中に抱きつくリナリアの元気な声に、肩に座った紅葉の耳がピンと立った。
ミモザの隣に立つエルフが、桜花たちの前へ三つの木製のリングを置く。
リングは、桜花の頭がすっぽりと入るほどの大きさで、どこにも継ぎ目がない。
しげしげと木製のリングを眺めていた桜花が、ミモザを見た。
「昨日は歓迎の宴、ありがとう!…えっと、これはなに?」
「それは、シールリングと言いますわ。この腕輪を嵌めると、個人の保有するシールが記録されますの。パンや衣服など、里の様々なものと交換出来る、生活魔具なのです。さっそく、手首を通してくださいませ」
「うん!」
「…ありがとう、感謝する」
躊躇なく腕輪に手を通す桜花。紅葉が狐耳を傾げた。
「…くれはもいいの?」
「もちろんだよ!」
リナリアの返事を聞いて、紅葉の耳がぴょこんと立つ。
床に置いてあるもう一つのシールリングを持ち上げた桜花が、「はい、くーちゃん」と紅葉の前脚に通した。
角度を何度か変えて、シールリングをじっと観察していた永愛が、最後に腕を通す。
腕輪は縮んで、それぞれの手首や前脚にちょうど良い大きさになった。
「わあ! 腕輪になった!」
「ほんとだ、くれはも!」
「…使用者に合わせて、自動調整してる。キャッシュレス…? 思ったよりも、文明が進んでる?」
シールリングを見せ合ってはしゃぐ桜花と紅葉の隣で、永愛が腕輪を観察しながら呟く。
ミモザは微笑み、そして指を五本立てた。
「エルフの里では、毎月初めに四千シールが支給されるのですわ。ライの実パン一つが五シール、衣服が百〜三百シールくらいです」
「ふむふむ。そうなんだ」
「…たくさんシールを貯めると、何かあるの?」
シールリングを見ながら桜花がしきりに頷いていると、永愛がくりくりとした瞳をわずかに
「ふふ。シールを貯めると、貯まったシールを
「秘宝?…お宝?」
「はい。手ごろなものですとアルヴ様しか造れない黄道の羅針盤や、巫女お手製の
「おー! なんかワクワクするね!」
「すごいお宝、いっぱいなの!」
嬉しそうな桜花を見て、背中に張り着いていたリナリアがぎゅっと抱きしめた。
「すっかり、リナも懐いていますわね。ありがとうございます」
「友だちだもんね」
「おともだち!」
笑い合う桜花とリナリアに、ミモザは暖かな視線を向けながら話を続ける。
「それからリングの外し方ですが、外そうと念じることで取り外しができますわ」
「はえー、すごい。……わ、外れた!」
「すごいね、おねえちゃん!」
ミモザの言葉を聞いて早速、目の前に手首を挙げると、桜花のリングの輪は広がり肘まで落ちた。
リングを手首に戻して再び念じると、ちょうど良い大きさに縮まる。
隣で桜花を見ていた永愛は、リングを広げ、また縮め、呟いた。
「…なるほど。……やっぱり、進んでる」
桜花と紅葉にリナリアが楽しげにじゃれつき、永愛がリングを観察するのが落ち着くと、ミモザは口を開いた。
「客人としてお迎えした皆様のシールリングですが、エルフと同様に四千シール入っていますわ。ご自由に」
「わあ! ありがとう!」
桜花たち三人がそれぞれお礼の言葉を言うと、ミモザはゆるりと首を振った。
「エルフの里では当然のことですわ。それに、オウカさん、昨夜の宴でお肉も供出していただけましたので、その分のシールを付与します」
「んに? いらないよ?」
きょとんとした顔で断った桜花に、紅葉が鼻先を寄せる。
「おねえちゃん、いいの?」
「うん。だって、私たちの歓迎の宴でしょ? 私たちも何か出したかったから!」
「ふふ。やはり、旅人様は面白いですわね」
桜花と紅葉のやり取りを聞いていたミモザが、ころころと笑った。
ふと、何か思い出した表情になった桜花。
「そうだ! 宴のあと、リナリアも家に泊めてくれてありがとう!」
「うん! オウカおねえちゃんたちが来て、ぽかぽかだった」
「わたしも、ありがとう。……リナリアちゃん、自分の家を持ってるのすごい」
「えへん。エルフのシキタリなの!」
桜花に続いてお礼を言う永愛が感心したようにコクコクと頷くと、リナリアは誇らしげに胸を張った。
ミモザが変わらず柔らかな口調で説明をする。
「エルフはみな、共に育った一本の
「それで、どこも木が家になってるんだ! リナリアも一人で寝れてえらいね!」
「そうなの! だから一緒で嬉しかった!……ピレアにいる時は、リナリアのお
上目遣いになったリナリアが、桜花の服の
「わ、いいの?」
「うん、まだ少し狭いけど…でもちゃんときれいにしてるよ! クレハちゃんも、トアおねえちゃんも、泊まれるよ!」
身振り手振りで部屋の様子を表すリナリアの頭を撫でた桜花は、紅葉も一撫でしてから、紅葉と永愛に問いかけた。
「くーちゃん、永愛、いいかな?」
「うん、おねえちゃんと一緒!」
「むしろありがたい」
リナリアの瞳がキラキラと輝いて、桜花たち三人を順番に見る。
「それじゃ、泊まらせてもらうね!」
「やったあ!」
リナリアはその場で跳びはねて、それから三人の周りをぴょんぴょんと跳ねまわった。
リナリアの様子をぼんやりと見ていた永愛が、ミモザに向き直る。
「…ここには、珍しい魔導書があると聞いた。図書館、見てもいい?」
控えめに手を挙げる永愛。
隣の桜花がピンと手を挙げて、肩に乗った紅葉が揺れ、慌てて体勢を整えた。
「私も行きたい!……それと、服屋さんにも行きたいなあ。…制服、ボロボロになっちゃうと嫌だし」
ワンピース型の白い制服の裾を摘まんで、指先で
「はい、大丈夫ですわ。あなたたちなら里の者たちも歓迎でしょう。司書長のエーコンと、服飾のガーベラの住む木へ訪れてください」
「リナリアも行く! 案内してあげる!」
ぴょんぴょんと跳ねるリナリアを、ミモザが撫でる。
「リナは、お勉強が……いえ、仕方ありませんね。案内が終わったら、しっかりやるのですよ」
「はーい!」
「オウカさん、トアさん、クレハさん。リナのこと、お願いできますか?」
桜花はにっこりと笑い、紅葉と永愛を見てから大きく頷いた。
「まっかせて! リナリア、よろしくね!」
「うん!」
△▼△▼△▼△▼△
ミモザの家から出て、土が踏み固められたような里の道を歩く四人。
「ご本と服、どっちから行く?」
「うん? まずは本で――」
「先に服でいい」
両手で桜花と永愛の手を引くリナリアが尋ねると、桜花を
「ううん、先に図書館でいいよ?」
「そっちは時間がかかるから、生活用品が先」
永愛の顔を覗き込む桜花に、永愛はふるふると首を振る。
「そっかあ。…ありがとうね、永愛! くーちゃんもリナリアも、いいかな?」
紅葉とリナリアの返事を聞いて、桜花たち四人は、軽い足取りで里の中を進んだ。
衣服のシルエットの描かれた看板が下がる樹木。
その幹に取り付けられた木製の扉を開けると、涼やかなベルの音が、部屋の中に響いた。
「こんにちは!」
「…おや。これは可愛らしいお客さんが来たね。昨日の宴の旅人たちと、リナリアちゃんじゃないか」
「ガーベラさん! 服を買いに来たの!」
店の中にはいくつかの衣服がかけられ、棚には、質感や色の異なる何巻もの糸と、小物が置かれている。
その奥にはクリーム色の髪をしたエルフがいた。
「桜花だよ! よろしくね。こっちは、くーちゃんと永愛」
「くれは、です。あの、よろしくおねがいします」
桜花の肩から飛び降りた紅葉と、小さく頭を下げる永愛。
「そうかい。あたいはガーベラ。どんな服でも
「作るの!? すごい!」
「えへん。服の魔法、すごいんだよ!」
目を輝かせながら、きょろきょろと店内のあちこちに視線を向ける桜花を見て、リナリアが誇らしげに胸を張った。
「ここにある糸でなら、色も材質も選べるさ。どんな服が欲しいんだい?」
桜花は少しの間、指を下唇に当てて悩む様子だったが、リナリアを見て閃いた表情になる。
「エルフのひとたちが着てるみたいな服がいいな! それと、丈夫なの!――あっと、くーちゃんと永愛は?」
「この服、コラッサって言うんだよ。オウカおねえちゃんと、おそろい!」
リナリアは、花柄の
腰回りを境目として、上下で色合いが変わるような衣装だ。
「くれははアクセサリーを見てみるね」
「わたしは、魔女の服だから大丈夫」
紅葉がトコトコと店内の棚を見て回り、永愛は入口近くの糸を眺める。
桜花の傍に歩み寄ってきたガーベラが、棚から糸を持ち上げる。
「それじゃあ、オウカちゃんのコラッサに使う意図は、
柔らかそうな糸と、滑らかで硬そうな糸を持って
「模様…桜の花ってできるかな?」
「サクラね、聞いたことはあるけど、この大陸では咲かないね。どんな花なんだい?」
「えっとね、これだよ!」
桜花は手のひらを胸の前に広げて、小さく息を吸う。
ふっと吐息を吐くと、桜色の光と共に桜の花が三つ、手のひらの上に現れた。
「わあー!すごい! オウカおねえちゃん、お花の魔法!?」
リナリアの声に永愛が振り向いて、桜花の手のひらの上の桜の花を見ると、目を広げて近寄ってきた。
「なにを、したの? そんな魔法、知らない」
「えへへ、綺麗でしょ。私の考えた魔法なんだよ!」
はにかむ桜花と桜の花を交互に見る永愛。桜花はもう一つ、桜の花を咲かせた。
やがて肩の力が抜けて、ぱちくりと目を瞬かせる。
「…そう。凄いんだね」
「ありがとう!」
しげしげと桜を観察していたガーベラが、「うん」と頷いた。
「サクラ、綺麗だね。それじゃ、試着室へおいで。腕がなるよ」
布のカーテンで仕切られた一角へ連れられた桜花。
一緒に入ってきたガーベラと二人になった。
両手に持っていた二種類の糸を、ガーベラは木製の小ぶりな机の上に置く。
「オウカちゃん、体のサイズに合わせて繕うから、悪いけど今着ている服を脱いでもらえるかい?…ああ、あたいは女だから大丈夫だよ」
「うん! よいしょ」
桜花がジャケット型の上着を脱いで、ワンピース制服に手をかけると、「あれ」と声を上げたガーベラ。
「どうしたの?」
「その服は、花妖精の
「えへへ。お手製縫製、みたいだよ」
「そうかい。妖精に気に入られるなんて、オウカちゃんは良い子だね」
話しながらも、脱ぎ終わった桜花の制服を受け取ったガーベラは、制服をまじまじと見ると微笑んだ。
それから、木のテーブルに畳んだ制服を置くと、着ていたコラッサの袖から木の棒を取り出した。
空中に、クリーム色の魔法陣を描いていく。
「待たせたね。終わるまでじっとしてて。『縫製魔法』」
魔法陣が発光して二種類の糸が持ち上がり、糸の先が桜花の肩へ向かう。
糸は、肩から順に編みこまれていった。
「すごい、魔法みたい!…魔法だった!」
桜花が編まれる糸を見ているうちに、あっという間にコラッサが編みあがる。
淡い色合いのコラッサには、桜をモチーフにした刺繍。
「すごい、可愛い!」
その場でくるくると回ると、スカートがふわりと広がる。
「オウカちゃん、似合ってて可愛いじゃないか。一着二百シールだけど、五着まとめ買いだと百五十シールにまけとくよ」
「五着ください!」
右手を広げて、五本とも指を立てる桜花は、ご機嫌だった。
ガーベラの店を出た桜花たち四人。
店の前で桜花はまた、くるくると回った。
「服買えたー! ふわふわひらひら!」
「おねえちゃん、とってもかわいい!」
「オウカおねえちゃん、おそろい!」
紅葉とリナリアも、桜花と一緒になって回り踊っていると、桜花の腹が鳴った。
「…あはは。お腹ぺこぺこ、みたい」
「お昼ご飯にする?」
永愛が首を傾げて尋ねると、桜花はこくん頷いた。
「リナリア、おすすめがあるよ! ビックリするかも!」
リナリアに導かれて、四人はピレアの里の中を進んだ。