ピレアの里内を流れる川沿いに、いくつもの太い枝が分かれた木があった。
その根元の扉の上には、皿に乗ったご飯の絵が描いてある。
「はいよ、お待たせ!」
腕に四枚の器を乗せたエルフの女性が、一枚ずつ食事を置く。
器には、湯気を立てるホカホカの白米。そして、とろりとした茶色いルーがかかっている。
身を寄せた桜花はスンスンと鼻を鳴らすと、笑顔を輝かせた。
「いい匂い! カレーライスだあ!」
「…エルフの料理に、カレー?」
「ふふん。旅人さんはカレーを見ると喜ぶって! ほんとだった! ポプラおねえちゃんのカレー、おいしんだよ!」
「いつも言ってるでしょ、リナリア。それに、ピレアの森で採れる
両手を腰に当てたリナリアの前に、ポプラと名乗ったエルフが器を置いた。
他のエルフよりも頭一つ分以上、背が高い。
「おねえちゃん、カレーライスっておいしいの?」
耳をピンと立てた紅葉が、目の前に置かれた器を嗅いでから、桜花に目を向けた。
「とってもおいしいよ!…でもくーちゃんに玉ねぎって大丈夫かな?」
「キツネちゃんに玉ねぎは毒になるからね。抜いておいたよ」
「わあ。ありがとう!――くーちゃん、大丈夫だって」
桜花が笑いかけると、下がりかけていた紅葉の尻尾がふさふさと揺れた。
「ほんとう!? ポプラさん、ありがとうございます!」
「良いんだよ。さ、たんとお食べ!」
カレーの湯気が鼻をくすぐると、桜花のお腹が鳴る。「えへへ」と笑う桜花に、一同が微笑んだ。
桜花が手を合わせると、紅葉と永愛が続き、そんな三人を順番に見たリナリアが習った。
「いただきまーす!」
スプーンを持つとカレーライスを
途端に花の咲いたような表情になって、噛み締める。
「んんん!――おいひい!」
桜花の笑顔を見たリナリアが大きく胸を張った。
「どう? オウカおねえちゃん、ビックリした?」
「とっても! ピレア、すごい。…ね、くーちゃん」
「辛い…のにおいしい!」
満足げな顔になったリナリアのエルフ耳がピクピクと震えている。
よく見ると、ポプラの耳も同じように震えていた。
「うへへへー! そうでしょー!」
四つの器が空になるまで、そう時間はかからなかった。
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「カレーライス、おいしかったね」
「ピリリとしてるのに、おいしくて不思議だった」
木々に囲まれたピレアの道を歩きながら肩に乗る紅葉を見ると、尻尾がゆったりと揺れていた。
隣を歩く永愛も、腹を撫でて桜花に視線を向ける。
「うん、なかなか美味――」
「着いたよ! ここが、エーコンの図書館!」
桜花たちを先導していたリナリアが、大きな声を上げた。
里の他の木々よりも一際大きな青々とした樹は、葉も大ぶりだ。
幹に設けられた、見上げるほどの大きさの扉をリナリアが押し開けた。
「エーコンおじさん、来たよ!」
「リナリア、いらっしゃい。聞こえていましたよ。――まったく、ここの呼び名は書庫だと何度も言っているでしょうに」
入口に設けられたテーブル越しに、木のコブで作られた椅子に座ったまま振り向くエルフ。
日光を反射して、黒縁メガネのガラスが光る。
「ショコ…旅人さんがご本、読みたいって!」
リナリアが指し示した部屋の中には、部屋一面に本棚が並び、隙間なく本が収まっている。
室内の奥には、壁際に沿うような登り階段。
エーコンのいる机に向かって、永愛が一歩近づいた。
「永愛。お願いします」
「桜花だよ!」
「くれは、です」
三者三様に頭を下げると、エーコンが柔和に微笑む。
「ええ、勿論。一階にある書棚なら、ご自由に見ていってください」
「また二階はダメなの?…けちー」
唇を尖らせたリナリアが、「ぶー」と鳴くような声を上げた。
ほんの少しだけ眉尻を下げるエーコンは、穏やかな表情のまま。
「そう言わないでくださいな。二階には、アルヴ様か巫女様の許可が必要なのです」
「…姉さま、ダメだって言うんだもん。むー」
頬を膨らませたリナリアがそっぽを向くと、桜花たちと目が合った。
顔が赤くなり頬から空気が抜けて、俯いてしまう。
桜花が手を差し出すと、大人しく撫でられるリナリア。
「大きくなって、あなたが巫女になるという術もあるのですよ」
「…むぅ」
俯いたままリナリアは再び唇を尖らせた。
リナリアのやり取りをぼんやりと見ていた永愛に、エーコンが向き直る。
「いけない、旅人さんをお待たせしていましたね。どうぞごゆっくりと、知識を深めてください」
「ありがとう。……素敵。見たこともないような本が、こんなにたくさん」
頭を下げると、すたこらと足早に室内へ入っていく永愛。その足取りは心なしか軽い。
「永愛、早いよー! お邪魔します!」
「えっと、見させてもらいます」
永愛に続いて、桜花と紅葉が室内へ踏み出した。
何列も並ぶ本棚に、厚さの異なる本が収まっている。
右側の本棚に並べられた本の背表紙に目を滑らせる桜花。
『ピレアの歴史』『初心者でも読める魔法陣』『魔法物理学』『古今東西武器百科』と、統一感のないタイトルが雑然と並べられている。
ふむふむと頷いた桜花は、その向かいにある左側の本棚も見てみた。
『基礎化学』『フルート入門』『六銀神の
「色んな本があるんだ。…どれがいいかな」
「エーコンおじさん、いつもジャンルを揃えないんだよ?」
桜花の後ろについてきていたリナリアが本のタイトルを指さすと、エーコンが座ったまま答えた。
「あっはっは。こう見えてしっかりと法則があるのですよ。司書には分かるので無問題です。それに、探している書籍と異なる本も目にして、新たな発見にもなります」
「そうなんだ。たしかに、選ぶのも楽しいね」
なんとなく、目の前にあった『エルフの森林を歩くには』というタイトルの本を手に取ると、ページをめくってみた。
エルフの森林に生息する魔性についてのページに目が
「おねえちゃん。この魔性、見たことあるよ」
「わあ。ほんとだ。この緑の尻尾が綺麗だったね」
鳥類のページを開いたとき、一緒に覗いていた紅葉が反応する。
そのページには、ズーイッチョ鳥という魔性が載っていた。
桜花と紅葉を見て、リナリアが後ろから本を覗き込む。
「…ズーイッチョだ! 朝に『ズーイッチョ』って鳴くの!」
ズーイッチョ鳥の鳴き声を真似るリナリア。
「わ、似てる。可愛い!」
桜花に抱き着かれて、嬉しそうな様子のリナリアのエルフ耳が震える。
並ぶ本棚の奥にいた永愛がひょっこりと現れると、静かな足取りでエーコンに近寄った。
「エーコン、さん。
「うーん。ここにはその書籍は置いてないですね。……ああ、でも知恵の古木と呼ばれたオリーブの著書に、似たような記述があったかもしれません」
考え込むような仕草をした後、エーコンは席を立ち、迷いない足取りで本棚の奥へ永愛を案内する。
一つの本棚の前まで来ると、表紙に『オリーブの出題』と書かれた本を取り出した。
差し出された本を、両手で受け取る永愛。
「感謝する。……『学徒よ。日々、学び続けるために、役立てよ』」
早速、本を開いた永愛は見開きに書いてある一文を読み上げた。
「出題…面白そう!」
「きゃっ」
「わわっ。永愛、ごめん!」
読んでいた本の横から上がった桜花の声に驚いた永愛。桜花が慌てて謝った。
桜花に気づいた永愛は、ふるふると頭を振る。
「いい。…それよりも、これ」
永愛が指差したのは、オリーブの出題の目次のうち、一行。
『蒼海のグリモアを求める者へ』とそこには書いてある。
目次に表記されていたページを開くと、四つの文のみが記されていた。
『洞窟内のラピスが示す青き道を
始まりを告げる鳥の青い瞳を見つめるとき、道は示される。
ただしラピスは持ち出すことなかれ。
青は誰の物にもならず、座すことで姿を示す。』
永愛が読み上げると、桜花はきょとんとした顔で紅葉とリナリアを見る。
しかし、紅葉もリナリアも首を傾げるのみだった。
「…んに。なんだろうね。永愛、分かる?」
「さっぱり」
四人揃って文章を見返していると、エーコンが声をかけてきた。
「ピレア周辺ではかなりの量のラピスが眠っています。…中でも、露出するほど豊富にラピスが眠る洞窟が、村の周囲に四つあります。そこを探してみるのも良いかもしれませんね」
「なるほど。ヒントになるものが見つかるかもしれない」
読んでいた本から目を離して、永愛が顔を上げる。
「ええ。そのうち、一番近いのはホタルの洞窟です。最も遠いタウェンの
エーコンの説明を聞いて、みるみるうちに輝いていく桜花の瞳。
「いいね…ワクワクする!――全部行こ! 冒険しようよ!」
桜花の宣言に、永愛と紅葉、リナリアも大きく頷いた。
エーコンの書庫の入り口まで戻った桜花たち。
永愛が、本を両手で抱きしめている。
「オリーブの出題、借りていってもいい?」
「はい、勿論。一度に一冊ずつ、シールリングで借りられますよ。…貸し出しは一日五シールです。十日以内に返却してください」
そこまで言ってからエーコンが、右手のシールリングを差し出す。
永愛が同じく右手のシールリングを差し出して、二つのリングを触れ合わせると、ベルの鳴るような音が鳴った。
シールリングをじっと見つめる永愛。
「…不思議。これだけで取引完了するなんて」
「はい、アルヴ様と巫女様のお力とご尽力ゆえなんです」
「未来みたいだね!」
つられて、シールリングをかざして眺めていた桜花。
腕を降ろして、扉に向き直った。
「よーし! それじゃ、冒険だ!」
「今から里を出ると、夜になってしまいますよ。明日、朝から出られるのが良いでしょう」
踏み出そうとした桜花の足が止まる。
「ありゃ。…そっか。明日からだね!」
「おねえちゃんたち、リナリアのおうちに行こ!」
耳をピンと張った嬉しそうなリナリアが、連れ出そうと桜花たちの手を引いた。
樹の外へ桜花たちが出る直前に、エーコンが声をかける。
「そうだ。今はアルヴ様が不在です。紳士なカラスは真実を隠すと言います。外での冒険は、紳士なカラスにお気をつけて」
「んに? わかった。ありがとうー!」
繋がれた手を引かれるままお礼を口にして、エーコンの書庫を後にした。
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晴れ渡った空から、
白い体毛のオオカミの背に乗った桜花と、その膝の上には紅葉。
もう一頭には永愛が乗っている。
「お願いね。――行こう!」
「アォーーーン!」
走りオオカミのフサフサの背を何度か撫でて、手綱を引くと、オオカミは力強く大地を踏んで走り出した。
足元で転がっていたウサワタを、一息に置き去りにする。
「ひゃぅっ」
「はやーい!」
歓声を上げる桜花の、桜色のツインテールが風に