うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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六話.冒険しよう

 ピレアの里内を流れる川沿いに、いくつもの太い枝が分かれた木があった。

 その根元の扉の上には、皿に乗ったご飯の絵が描いてある。

 

「はいよ、お待たせ!」

 

 腕に四枚の器を乗せたエルフの女性が、一枚ずつ食事を置く。

 器には、湯気を立てるホカホカの白米。そして、とろりとした茶色いルーがかかっている。

 

 身を寄せた桜花はスンスンと鼻を鳴らすと、笑顔を輝かせた。

 

「いい匂い! カレーライスだあ!」

「…エルフの料理に、カレー?」

 

「ふふん。旅人さんはカレーを見ると喜ぶって! ほんとだった! ポプラおねえちゃんのカレー、おいしんだよ!」

「いつも言ってるでしょ、リナリア。それに、ピレアの森で採れる香草(こうそう)とライの実粉を使ったカレーライスは絶品なんだよ」

 

 両手を腰に当てたリナリアの前に、ポプラと名乗ったエルフが器を置いた。

 他のエルフよりも頭一つ分以上、背が高い。

 

「おねえちゃん、カレーライスっておいしいの?」

 

 耳をピンと立てた紅葉が、目の前に置かれた器を嗅いでから、桜花に目を向けた。

 

「とってもおいしいよ!…でもくーちゃんに玉ねぎって大丈夫かな?」

 

 (おとがい)に指を当てて桜花が首を傾げると、木製のスプーンを配っていたポプラが声をかける。

 

「キツネちゃんに玉ねぎは毒になるからね。抜いておいたよ」

「わあ。ありがとう!――くーちゃん、大丈夫だって」

 

 桜花が笑いかけると、下がりかけていた紅葉の尻尾がふさふさと揺れた。

 

「ほんとう!? ポプラさん、ありがとうございます!」

「良いんだよ。さ、たんとお食べ!」

 

 カレーの湯気が鼻をくすぐると、桜花のお腹が鳴る。「えへへ」と笑う桜花に、一同が微笑んだ。

 

 桜花が手を合わせると、紅葉と永愛が続き、そんな三人を順番に見たリナリアが習った。

 

「いただきまーす!」

 

 スプーンを持つとカレーライスを(すく)い、勢いよく頬張る桜花。

 途端に花の咲いたような表情になって、噛み締める。

 

「んんん!――おいひい!」

 

 桜花の笑顔を見たリナリアが大きく胸を張った。

 

「どう? オウカおねえちゃん、ビックリした?」

「とっても! ピレア、すごい。…ね、くーちゃん」

「辛い…のにおいしい!」

 

 満足げな顔になったリナリアのエルフ耳がピクピクと震えている。

 よく見ると、ポプラの耳も同じように震えていた。

 

「うへへへー! そうでしょー!」

 

 四つの器が空になるまで、そう時間はかからなかった。

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「カレーライス、おいしかったね」

「ピリリとしてるのに、おいしくて不思議だった」

 

 木々に囲まれたピレアの道を歩きながら肩に乗る紅葉を見ると、尻尾がゆったりと揺れていた。

 隣を歩く永愛も、腹を撫でて桜花に視線を向ける。

 

「うん、なかなか美味――」

「着いたよ! ここが、エーコンの図書館!」

 

 桜花たちを先導していたリナリアが、大きな声を上げた。

 里の他の木々よりも一際大きな青々とした樹は、葉も大ぶりだ。

 

 幹に設けられた、見上げるほどの大きさの扉をリナリアが押し開けた。

 

「エーコンおじさん、来たよ!」

「リナリア、いらっしゃい。聞こえていましたよ。――まったく、ここの呼び名は書庫だと何度も言っているでしょうに」

 

 入口に設けられたテーブル越しに、木のコブで作られた椅子に座ったまま振り向くエルフ。

 日光を反射して、黒縁メガネのガラスが光る。

 

「ショコ…旅人さんがご本、読みたいって!」

 

 リナリアが指し示した部屋の中には、部屋一面に本棚が並び、隙間なく本が収まっている。

 室内の奥には、壁際に沿うような登り階段。

 

 エーコンのいる机に向かって、永愛が一歩近づいた。

 

「永愛。お願いします」

「桜花だよ!」

「くれは、です」

 

 三者三様に頭を下げると、エーコンが柔和に微笑む。

 

「ええ、勿論。一階にある書棚なら、ご自由に見ていってください」

「また二階はダメなの?…けちー」

 

 唇を尖らせたリナリアが、「ぶー」と鳴くような声を上げた。

 ほんの少しだけ眉尻を下げるエーコンは、穏やかな表情のまま。

 

「そう言わないでくださいな。二階には、アルヴ様か巫女様の許可が必要なのです」

「…姉さま、ダメだって言うんだもん。むー」

 

 頬を膨らませたリナリアがそっぽを向くと、桜花たちと目が合った。

 顔が赤くなり頬から空気が抜けて、俯いてしまう。

 

 桜花が手を差し出すと、大人しく撫でられるリナリア。

 

「大きくなって、あなたが巫女になるという術もあるのですよ」

「…むぅ」

 

 俯いたままリナリアは再び唇を尖らせた。

 リナリアのやり取りをぼんやりと見ていた永愛に、エーコンが向き直る。

 

「いけない、旅人さんをお待たせしていましたね。どうぞごゆっくりと、知識を深めてください」

「ありがとう。……素敵。見たこともないような本が、こんなにたくさん」

 

 頭を下げると、すたこらと足早に室内へ入っていく永愛。その足取りは心なしか軽い。

 

「永愛、早いよー! お邪魔します!」

「えっと、見させてもらいます」

 

 永愛に続いて、桜花と紅葉が室内へ踏み出した。

 何列も並ぶ本棚に、厚さの異なる本が収まっている。

 

 右側の本棚に並べられた本の背表紙に目を滑らせる桜花。

 

 『ピレアの歴史』『初心者でも読める魔法陣』『魔法物理学』『古今東西武器百科』と、統一感のないタイトルが雑然と並べられている。

 

 ふむふむと頷いた桜花は、その向かいにある左側の本棚も見てみた。

 

『基礎化学』『フルート入門』『六銀神の黎明(れいめい)』『ヒナアラシの飼育法』『エルフの森林を歩くには』と、やはり様々なタイトルが並んでいた。

 

「色んな本があるんだ。…どれがいいかな」

「エーコンおじさん、いつもジャンルを揃えないんだよ?」

 

 桜花の後ろについてきていたリナリアが本のタイトルを指さすと、エーコンが座ったまま答えた。

 

「あっはっは。こう見えてしっかりと法則があるのですよ。司書には分かるので無問題です。それに、探している書籍と異なる本も目にして、新たな発見にもなります」

「そうなんだ。たしかに、選ぶのも楽しいね」

 

 なんとなく、目の前にあった『エルフの森林を歩くには』というタイトルの本を手に取ると、ページをめくってみた。

 エルフの森林に生息する魔性についてのページに目が()まる。

 

「おねえちゃん。この魔性、見たことあるよ」

「わあ。ほんとだ。この緑の尻尾が綺麗だったね」

 

 鳥類のページを開いたとき、一緒に覗いていた紅葉が反応する。

 そのページには、ズーイッチョ鳥という魔性が載っていた。

 

 桜花と紅葉を見て、リナリアが後ろから本を覗き込む。

 

「…ズーイッチョだ! 朝に『ズーイッチョ』って鳴くの!」

 

 ズーイッチョ鳥の鳴き声を真似るリナリア。

 

「わ、似てる。可愛い!」

 

 桜花に抱き着かれて、嬉しそうな様子のリナリアのエルフ耳が震える。

 

 並ぶ本棚の奥にいた永愛がひょっこりと現れると、静かな足取りでエーコンに近寄った。

 

「エーコン、さん。蒼海(そうかい)の魔導書、ある?…秘伝の魔導書、この里にあると聞いた」

「うーん。ここにはその書籍は置いてないですね。……ああ、でも知恵の古木と呼ばれたオリーブの著書に、似たような記述があったかもしれません」

 

 考え込むような仕草をした後、エーコンは席を立ち、迷いない足取りで本棚の奥へ永愛を案内する。

 

 一つの本棚の前まで来ると、表紙に『オリーブの出題』と書かれた本を取り出した。

 差し出された本を、両手で受け取る永愛。

 

「感謝する。……『学徒よ。日々、学び続けるために、役立てよ』」

 

 早速、本を開いた永愛は見開きに書いてある一文を読み上げた。

 

「出題…面白そう!」

「きゃっ」

 

「わわっ。永愛、ごめん!」

 

 読んでいた本の横から上がった桜花の声に驚いた永愛。桜花が慌てて謝った。

 桜花に気づいた永愛は、ふるふると頭を振る。

 

「いい。…それよりも、これ」

 

 永愛が指差したのは、オリーブの出題の目次のうち、一行。

 『蒼海のグリモアを求める者へ』とそこには書いてある。

 

 目次に表記されていたページを開くと、四つの文のみが記されていた。

 

『洞窟内のラピスが示す青き道を辿(たど)れ。

始まりを告げる鳥の青い瞳を見つめるとき、道は示される。

ただしラピスは持ち出すことなかれ。

青は誰の物にもならず、座すことで姿を示す。』

 

 永愛が読み上げると、桜花はきょとんとした顔で紅葉とリナリアを見る。

 しかし、紅葉もリナリアも首を傾げるのみだった。

 

「…んに。なんだろうね。永愛、分かる?」

「さっぱり」

 

 四人揃って文章を見返していると、エーコンが声をかけてきた。

 

「ピレア周辺ではかなりの量のラピスが眠っています。…中でも、露出するほど豊富にラピスが眠る洞窟が、村の周囲に四つあります。そこを探してみるのも良いかもしれませんね」

「なるほど。ヒントになるものが見つかるかもしれない」

 

 読んでいた本から目を離して、永愛が顔を上げる。

 

「ええ。そのうち、一番近いのはホタルの洞窟です。最も遠いタウェンの大瀑布(だいばくふ)で、走りオオカミの足でも泊まりの距離ですが、巨大な滝の流れる(さま)壮観(そうかん)ですよ」

 

 エーコンの説明を聞いて、みるみるうちに輝いていく桜花の瞳。

 

「いいね…ワクワクする!――全部行こ! 冒険しようよ!」

 

 桜花の宣言に、永愛と紅葉、リナリアも大きく頷いた。

 

 

 エーコンの書庫の入り口まで戻った桜花たち。

 永愛が、本を両手で抱きしめている。

 

「オリーブの出題、借りていってもいい?」

「はい、勿論。一度に一冊ずつ、シールリングで借りられますよ。…貸し出しは一日五シールです。十日以内に返却してください」

 

 そこまで言ってからエーコンが、右手のシールリングを差し出す。

 永愛が同じく右手のシールリングを差し出して、二つのリングを触れ合わせると、ベルの鳴るような音が鳴った。

 

 シールリングをじっと見つめる永愛。

 

「…不思議。これだけで取引完了するなんて」

「はい、アルヴ様と巫女様のお力とご尽力ゆえなんです」

 

「未来みたいだね!」

 

 つられて、シールリングをかざして眺めていた桜花。

 腕を降ろして、扉に向き直った。

 

「よーし! それじゃ、冒険だ!」

「今から里を出ると、夜になってしまいますよ。明日、朝から出られるのが良いでしょう」

 

 踏み出そうとした桜花の足が止まる。

 

「ありゃ。…そっか。明日からだね!」

「おねえちゃんたち、リナリアのおうちに行こ!」

 

 耳をピンと張った嬉しそうなリナリアが、連れ出そうと桜花たちの手を引いた。

 樹の外へ桜花たちが出る直前に、エーコンが声をかける。

 

「そうだ。今はアルヴ様が不在です。紳士なカラスは真実を隠すと言います。外での冒険は、紳士なカラスにお気をつけて」

「んに? わかった。ありがとうー!」

 

 繋がれた手を引かれるままお礼を口にして、エーコンの書庫を後にした。

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 晴れ渡った空から、(まぶ)しいほどの日が昇る。

 

 白い体毛のオオカミの背に乗った桜花と、その膝の上には紅葉。

 もう一頭には永愛が乗っている。

 

「お願いね。――行こう!」

「アォーーーン!」

 

 走りオオカミのフサフサの背を何度か撫でて、手綱を引くと、オオカミは力強く大地を踏んで走り出した。

 足元で転がっていたウサワタを、一息に置き去りにする。

 

「ひゃぅっ」

「はやーい!」

 

 歓声を上げる桜花の、桜色のツインテールが風に(なび)いていた。

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