うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

22 / 25
七話.ホタルの洞窟

 空魚の泳ぐ、森林の間の踏み固められた地面を、二頭の走りオオカミが走る。

 

「すごい! 気持ちいい!――ありがとう。クゥ、ルゥ!」

 

 走りオオカミの背中に乗ったまま、身を乗り出してその背に思い切り抱きつく桜花。

 フサフサの毛並みに、桜花の顔が埋もれた。

 

「…おねえちゃん、苦しいよぅ」

「わわっ!…ごめんくーちゃん」

 

 桜花の腹と走りオオカミの背に挟まれた紅葉の声に、桜花は慌てて身体を起こす。

 押し潰されていた紅葉のキツネ耳が、ひょこんと戻った。

 

「ふふっ。おねえちゃん、楽しそう」

「楽しいね!」

 

 隣を走っていた永愛の声が、風の音に紛れつつも桜花に届く。

 

「…そろそろ、目的地に着く」

「うんっ! 行こう!」

 

 手綱をほんの少し引くと、走りオオカミは更に速度を上げた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「てやっ!」

「ブオオオオッ!」

 

 桜色のツインテールが、(なび)く。煌めくカゼハバネの刀身。

 地面に着くほど長い耳を持つ、丸々と太ったバイソンが地面に倒れた。

 

「ごめんね」

「…桜花、ちゃん。すごく…強い」

 

 桜花の後ろにいた永愛が、ぱちくりと瞳を瞬かせる。

 「えへへ」とはにかんだ桜花は、ポーチから魔性図鑑を取り出した。

 

「おねえちゃん、図鑑、どうだった?」

「んっとね」

 

 バイソンの前で図鑑を開くと、ページがパラパラとめくれ、一つのページで止まる。

 

「…ロップバイソンって言うんだって。お肉はミネラルが豊富でジューシーで、特に耳の部分がコリコリでおいしいらしいよ」

「わあ。…お腹ぺこぺこ」

 

 桜花が図鑑を読み上げている間、穴が開きそうなほど図鑑を見つめていた永愛が、口を開く。

 

「――その図鑑、高度な魔法がかかってるの?…魔具? こんな魔具を、どこで…」

「お友だちのネムにもらったんだ! 見てていいよ!」

 

「んっ。…ありがとう」

 

 桜花が魔性図鑑を永愛に手渡すと、永愛は魔性図鑑を開いた。

 図鑑から目を離さなくなった永愛に微笑んだ桜花は、カゼハバネを握り直した。

 

「よーし。それじゃ、解体していくよ」

 

 

 森の中の開けた地面に、焚き火の炎が上がる。

 串に刺さった肉から肉汁が落ち、香ばしい匂いが漂っていた。

 

 くぅ、と紅葉の腹の音が鳴った。

 

「くーちゃん、もう少し待っててね」

「…うん。ありがとう」

 

「…桜花、ちゃん。解体できて、逞しい。……猟師の子?」

 

 魔性図鑑を膝に置いた永愛が、桜花に視線を向ける。

 

「ううん。――でも、生きるってことは頂くってことなんだって、私のおじいちゃんから聞いた…から?」

「…そう、なんだ」

 

 桜花をじっと見つめたまま、永愛は唇を一度開いて、そして閉じた。

 火から離れた場所に座っている走りオオカミに視線を移す桜花。

 

「リナリア、来れなかったね」

「うん、今日はお勉強だって。ミモザさんに、連れてかれちゃったね」

「お勉強、えらいなあ」

 

 桜花の視線に釣られ、紅葉も二頭の走りオオカミを見る。

 伏せたまま大あくびをした走りオオカミは、前脚の上に頭を乗せた。

 

「桜花、ちゃん。聞いてもいい?」

「うん? どうしたの、永愛。……えっと、呼びづらいなら、呼び捨てでも、おうちゃんでもいいよ?」

 

 つっかえながらも桜花を呼んだ永愛に、桜花が胸に手を当てて答える。

 永愛は何度か口を開け閉めして、息を吸った。

 

「……おう、ちゃん。は、平成…初期の生まれ? わたしの時代とは少し違う気がすると、思ってた」

「んに。そうだよ? 永愛は違うの?」

 

 首を傾げる桜花。永愛が小さく頷く。

 

「わたしは、令和後期の生まれ。……令和って言うのは、平成の一つ後の年号」

「そうなんだ。…私、永愛から見ると、おばあちゃん?」

 

「違う。…年代的にはそうかもだけど、そうじゃない。……この世界に来た旅人の時代は、ばらばら」

 

 「ふむふむ」と何度か繰り返していた桜花は、がばっと顔を上げた。

 

「そんなことも、あるんだ。面白いね! 永愛、私にとっては未来人だ!」

「そうかも、しれない。…おうちゃんみたいに温かなひと、初めて」

 

「そうなの?」

 

 地面を見つめ始めた永愛に、桜花は立ち上がってゆっくり近づく。

 永愛の前まで来ると、ゆっくりと抱きしめた。

 

「えへへ。あったかい?……あれ、違った?」

「……そうじゃないけど、そう」

 

 桜花の小さな身体に包まれた、更に小さな永愛が弛緩(しかん)する。

 

 紅葉の声が、割って入った。

 

「えっと…おねえちゃん、お肉が焦げてきてる……」

「えっ。わあああああ!! 焦げちゃう!!」

 

 永愛の身体を離した桜花は、慌てて焚き火から肉を離した。

 

 

「ごちそうさまでした!…おいしかったあ」

「くれは、もう食べられないぃ…」

 

 三人と二頭の走りオオカミは、たっぷりの肉で満腹になり、それぞれ地面や倒木で休んでいる。

 走りオオカミは、食べ終わった後の骨を舐めていた。

 

「んに。クゥもルゥもお腹いっぱいみたいだね。残りのお肉はポーチにしまっておくよ!」

 

 傍に置いていた肩掛けポーチを拾って、ごそごそと肉を詰め込んでいく桜花。

 永愛が桜花の様子をじっと見ている。

 

「そのポーチ、空間収納機能付き…。容量はあるの?」

「んー?…分かんない! 重さは中身の分だけ増えるみたいだよ!」

 

 永愛に向けて、ポーチをかざす桜花。

 

「たぶん、それ…かなり貴重。…おうちゃん、只者じゃ、ない」

「ほえー。でも、これをくれたネムがすごいのかもだよ?」

 

 しげしげとポーチを眺めていると、紅葉が足元まで来た。

 

「…おねえちゃんもネムさんも、すごいよ?」

「えー。んへへ。くーちゃんも、永愛もだよ!……でも、すごいものなんだ。ネムにありがとう、だね」

 

 ポーチに肉を詰め込み終えると、桜花たちは出発した。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 森林の中でうねうねと延びる細い道を、歩いて進む桜花たち。走りオオカミを引き連れている。

 

「けっこう、木が多くなってきたね」

「借りた地図では、ホタルの洞窟はこの辺り。…もう少し先かも」

 

 木漏れ日の差す道を歩いていると、その先が開いてきた。

 

「洞窟だあ!」

「おねえちゃん、待ってー!」

 

 木々がまばらになった先には切り立った崖がそびえ、岩肌に洞窟。

 駆け寄る桜花を紅葉が追いかける。

 

 洞窟の前に立った桜花の笑顔が輝き始めた。

 

「洞窟だよ! 冒険の香りがする!」

「…ここ、みたい。岩肌は普通。中にラピスがあるの?」

 

 桜花に追いついた永愛が、ホタルの洞窟を観察している。

 洞窟の周囲には青いウサワタが転がっていた。

 

「入って、みる?」

「入ろう!…ここで待っててね、クゥ、ルゥ」

「アォン」

 

 クゥの鼻先を撫でると、スピスピと鳴く。桜花に(なら)ってルゥを撫でる永愛。

 

 何度か撫でてから手を離した桜花は、指先に魔法陣を展開させた。

 

「それじゃ、行こっか!…洞窟の中は危ないかもしれないし――『毒調べ』」

「うん!」

 

 桜色の炎が桜花の指先に灯ったのを見て、聞こえないくらいの声で永愛が呟く。

 

「…無詠唱。おうちゃん、やっぱり…普通の旅人じゃない」

 

 鼻歌を歌いながら進む桜花と紅葉に一歩遅れて、永愛が続いた。

 

 洞窟の中に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が三人を迎える。

 ゆらゆらと、洞窟の中を照らす毒調べの桜色の炎。

 

「――うん、大丈夫そう。色も揺れも、変わってないね」

 

 毒調べの炎を灯したまま、奥へと進んでいく。

 

 青い、光が見えてきた。

 

「わああ!――綺麗…宝石が、青に光ってる!」

「あれがラピス? 綺麗だね、おねえちゃん!」

 

 洞窟の奥では、壁や地面、天井からもラピスの宝石が生えている。

 壁から伸びたラピスに触れて、観察する永愛。

 

「…ラピスが示す、青き道を辿(たど)る…。始まりを告げる鳥…?」

「すべすべ。…持って帰ると、悪いね」

 

 桜花と紅葉もそれぞれ近くのラピスに触れると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。

 

「おねえちゃん、永愛さん。あそこ、光ってるよ!」

「んに?…ほんとだ! くーちゃん、えらい!」

 

 紅葉の前足が示した先には高い岩壁があり、その上の空間からは青い光が瞬いていた。

 桜花が紅葉を抱き上げて、その場で回る。

 

「…上に、行ってみる?」

「行こう!」

「うん。…任せて。『マキナル・ウーラ・アル・ヘイスオル・ティムオル』」

 

 呪文を唱えたあと、永愛と桜花、紅葉の身体がふわりと宙に浮く。

 

「浮いてる…!」

「すごい、なにこれ! さっきのも魔法使いみたいでかっこいい!」

 

「…詠唱、知らない?」

 

 空中に浮きながら、身体の前でふよふよと足を泳がせて、満面の笑みになる桜花。

 

「初めて聞いた!」

「そう…やはり」

 

「そうだ。くーちゃん、おいで。永愛も!」

 

 紅葉を服の胸に収めて、桜花は考え込んでいた永愛の片手を掴む。

 「よーし!」と口に出してから、背中から翼を生やした。

 

「飛ぶよ!――軽い!」

「ひゃあぁ!」

「――っ」

 

 グンと加速して風を切り、洞窟の中を飛翔する三人。

 

 あっという間に岩壁の上に着いた。

 岩壁の上に立つ桜花の隣で、永愛が座り込んで深呼吸をしている。

 

「わあ…おとぎ話の中みたい…」

「…きれい」

 

「……ふぅ、はぁ。…これは、幻想的。まさに、ホタルの洞窟」

 

 三人の眼前には、瞬くように淡く光る壁と、その光と同じ周期で青く輝くラピスの鉱床(こうしょう)が広がっていた。

 

「洞窟の壁に生えたコケが光って…その光の青をラピスが反射してる?…これは」

「来てよかったね!」

 

「――うん。そう。とても、そう」

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 洞窟の外の、木陰の下に座ってひと休みする桜花たち。

 走りオオカミの横腹に背中を預けた桜花が、背伸びをした。

 

「んー。ホタルの洞窟、綺麗だったけどグリモアの暗号は分かんなかったね」

「たぶん、現状では判断する材料が足りない。…他の洞窟も見てみたい」

「楽しみだねえ」

 

 膝の上で眠る紅葉を撫でながら、ぼんやりとあくびを嚙みしめる桜花に、永愛が向き直る。

 

「おうちゃん」

「永愛、なに?」

 

「…魔法とは、再現可能な技術と聞いた。わたしが使ってみても、そうだと思う。…無詠唱魔法は相当な熟練が必要で、それでも魔法は決まった効果に限られる、はず」

「ふむふむ。そうなんだ」

 

 上体を起こして、割座(わりざ)で向き直る桜花。

 

「――だからこそ、あなたの魔法は技術の枠を超えている……気がする。少なくとも普通の旅人じゃ、ない。なぜ?」

「んー。なんとなく、こうかなって思ってやってみてるから、分かんない!…普通って違うの?」

 

 首を傾げる桜花が尋ねると、永愛はぱちくりと瞬きを繰り返した。

 

「…もしかして。おうちゃんは、しばらく白の街に戻ってない?」

「うん? 最初に会ってから帰ってないよ?」

 

「そう…それなら、知っておくべきかもしれない」

 

 不思議そうな顔の桜花を見つめ、永愛は一度、唾を飲んだ。

 

「…わたしたちが最初に来た白の街。…その西地区は、崩壊した」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。