「最初にいた街…えっと。白の街、が崩壊したの?」
桜花の身体が前のめりになると、膝の上で眠る紅葉が身じろぎした。
紅葉を撫でつけながらも見つめ返した桜花に、永愛が小さく口を開き告げる。
「街全体でなくて、西地区が崩壊したの。――この世界が本物になって、わたしたち時の旅人が帰れなくなった日、すぐに」
「帰れなくなった……あの日。私が星樹にいたときだ」
「…そう。いなかったのなら、よかったのかもしれない。お告げが終わってすぐに、黒い竜から襲撃されたの。たぶん、二十五メ-トルプールくらいの大きさ」
永愛の瞳が揺れる。唇が細かく震えていた。
静かに手を差し出した桜花が手を握ると、柔らかく握り返す永愛。
「……ヴェムティアくらいの大きさの竜なのかな」
「わたしは離れた距離だったから逃げられたけど――見ただけで、絶望そのものだった」
「そっか…」
ぶるりと、桜花の背筋が震える。
くすぶる焚き火をぼんやりと見る永愛の肩が、桜花の肩にほんのり触れた。
「この世界は、元の世界では考えられないほど強大な脅威もいる。ある日突然、理由のない死の危険に曝されることもある」
「うん…そうだね」
目を閉じたままピクリと動いた紅葉の耳を、揉み解す桜花。
「だけど、あの街の旅人は、帰る方法を探す人もいるけれど、街の修復に勤しむ人も多い。…大丈夫。復興されていってる」
「そっかあ…。私も、お手伝いできるかな」
「おうちゃんなら、きっとなんでも」
青い空を見上げると、雲を貫きそびえる星樹の幹が見えた。
「…黒い竜は、どうなったの?」
「西地区を破壊したら、帰った。……帰ったのかは分からないけど、どこかへ行った。――だからわたしたちは、脅威に遭っても生き残るために、戦う力も必要になる」
一片の桜の花びらが舞って、永愛の膝に乗った。
△▼△▼△▼△▼△
「ただいま!」
「おかえりなさい! オウカおねえちゃん、トアおねえちゃん、クレハちゃん!」
ピレアの里の、リナリアの家の前で桜花たちを出迎えたリナリア。
勢いよく桜花に抱きついた。
「ごめんなさい。今夜は黒の月って言い忘れてたの…。夜になる前に、帰ってきてくれて良かった!」
「黒の、月?」
「おうちゃんたちは、まだ見たことないんだ」
リナリアの頭を撫でながら首を傾げる桜花に、永愛が答えた。
澄んだ空気の中、リナリアの家の樹から伸びた枝に座って、四人が星空を見上げる。
「…月が真っ黒だね。夜の空よりも黒くて、穴が空いたみたい」
「空も、いつもより暗くて…ちょっと怖い」
「黒の月の日の夜は、いつもより暗いんだよ。――それに、こわーいお化けが出るかもって、姉さまが言ってたの」
いっぱいに広げた両手で空を差したリナリアは、その後に手で目と口を吊り上げさせた。
桜花の右隣に座った永愛が、小首を傾げる。
「おうちゃんたちは、黒い月を見たのは初めてなんだっけ」
「初めて!」
「くれはも」
「月はね、七色あるの!」
左隣に座るリナリアが、桜花に向かって身を乗り出す。
ピンと張られたエルフ耳をむにむにと揉み解すと、「にゅうー」と声を出す。
「リナリア、詳しいね!」
「にゅー。…ふふん。リナリア、ちゃんと教えられるよ! えっとね、いまの月は紅、蒼、翠、…んと。それから…紫、金、銀、黒の順番で毎日巡るの」
つっかえながらも、最後まで言い切ったリナリアの耳先がピクピクと動く。
髪を
「そうなんだ。ありがとう」
「んふふー」
「くれは、覚えられないかも…」
キツネ耳がしんなりと
「大丈夫だよ! リナリアが教えれるし、黒の月の日だけ気をつけてたらいいの」
「ありがとう…気をつける!」
頷き合う紅葉とリナリア、それから月を見上げる永愛を、順に見た桜花が微笑んだ。
「えへへ。みんなでいるの、楽しいね!」
「…あったかい」
「ねえねえ、リナリアのおうち、お風呂のお部屋作ったんだよ!…一緒に入ろ?」
「わあ…お風呂! 入る―!」
「わわっ」
目を輝かせて両手を挙げた桜花は、紅葉が膝から転がりそうになり、慌てて紅葉を受け止めた。
△▼△▼△▼△▼△
「…おう、ちゃん」
目を閉じたままの永愛が、布団の中で手を伸ばしても、伸ばした手は布団を掴むだけだった。
何度か布団の中を探っていると、フサフサした細長いものを掴む。
「きゃっ」
「……ん」
永愛が目を覚ますと、うすぼんやりとした部屋の中。右手には、紅葉の尻尾が握られていた。
「痛いよぅ」
「ごめん、なさい」
辺りを見回すと、永愛たちが並んでも寝れるほど広いベッドの上。
目の前には紅葉と、リナリアがスピスピと寝息を立てて眠っていた。
「おねえちゃんを探しているの?」
「…そう。夕べは一緒に眠ったけど、いない。昨日の朝もそうだった。…何かしてるの?」
永愛が小首を傾げると、紅葉の耳がひょこんと立つ。
「おねえちゃんならたぶん、お外だよ。いっつも早いんだ。こっち」
軽い足音とともにベッドから降りた紅葉に、永愛が続く。
「…紅葉ちゃんは、おうちゃんといつから一緒なの?」
「んっとね。ずっと、かな?……あ、えと。星樹に入る前から?」
紅葉の尻尾がふりふりと揺れている。
「そう…。仲が良くて、素敵。姉妹みたい」
「んへへ。おねえちゃんと妹なんだー」
紅葉の尻尾がぶんぶんと揺れ始めて、永愛の口元がわずかにほころんだ。
樹の内部の廊下を進んでいると、ヒュン――と風を切る音が聞こえてくる。
扉を開けて外へ出ると、そこにはカゼハバネを振る桜花がいた。
「んに。くーちゃんに、永愛? おはよう!」
紅葉と永愛に気づいた桜花が振り返り、剣を振る手を止めた。
「おねえちゃん、おはよう!」
「おはよう。…おうちゃんは毎朝、剣の鍛錬をしてるの?」
「うん、そうだよ。段々上手く振れるようになって、楽しいんだ!」
桜花がもう一度カゼハバネを振ると、柔らかな初動から鋭い剣閃が走った。
連続して振り続けると、桜花のツインテールが踊り、風の音がリズムよく鳴る。
永愛が、胸の前で小さく拍手をした。
「すごい。綺麗」
「えへへー」
「オウカおねえちゃーん。クレハちゃん、トアおねえちゃん、どこー!」
リナリアが桜花たちを呼ぶ声が、家の中から聞こえた。顔を見合わせる三人。
「こっちだよー!」
黄金色の朝日が、木々の隙間から差し込む。晴れた空は、茜色と群青色のグラデーションになっていた。
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胸元の服の内側にしまった指輪のペンダントをぎゅっと握り締める。
スニーカーのつま先で、地面を二度、トントンと叩いた。
「――うん。今日も、行こうか!」
里の外に立つ、桜花。
肩に乗る紅葉と隣に立つ永愛。それから二頭の走りオオカミに笑いかける。
「今日もよろしくね。クゥ、ルゥ」
「アォン」
桜花が鼻先を撫でると、二頭は鼻を鳴らすように桜花にすり寄った。
「永愛。今日はどこに行くの?」
「次は、コムシの洞窟が近い。そこでいい?」
永愛が指し示した地図を、覗き見る桜花。
地図には、ピレアの里と星樹の方向や、手書き文字で洞窟の場所が描かれてあった。
「コムシ?…うん、いいよ!」
クゥの背に飛び乗った桜花の膝に、紅葉が座る。
永愛が続けて、ルゥの背中によじ登った。
「それじゃ、行こう。冒険だー!」