うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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九話.友だちと木漏れ日

「くーちゃん、いま!」

「うん!――『ふぁいや』」

 

 二足歩行のトラに向かって、紅葉が炎の玉を放った。

 

「ガッ!」

 

 体毛の隙間から青い肌の覗くトラは、青い炎を吐いて紅葉の炎を押し返す。

 

「やあっ!」

 

 桜色のツインテールが舞い、トラの吐いた炎をカゼハバネが斬り裂いた。

 そのままの勢いで、跳ねるようにトラに近づく桜花。

 

 左手を突き出して、魔法陣を展開する。

 

散華(さんか)

 

「ガギィッ」

 

 八方に開いた桜色の魔法弾が、トラの体躯を撃つ。

 後方に体躯を転がすトラから、桜花は距離を取った。

 

「永愛、いける!?」

「もちろん。――『メテオ』」

 

「えっ…わああああああ!」

 

 空を覆っていた枝をへし折り、燃える岩石が落ちてきた。

 足元に魔法陣を展開して、魔法陣を蹴り慌てて逃げる桜花。

 

 轟音が響き、木々が揺れた。一斉に鳥が飛び立つ。

 

 えぐれた地面には、クレーター。

 茂っていた草を燃やし、パチパチと火の粉が上がる。

 

「…永愛?」

「ごめん、なさい。やりすぎちゃった」

 

「やりすぎだよぅ…」

 

 しんなりとキツネ耳が垂れた紅葉が、茫然とクレーターを見ながら呟いた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「でも永愛、すごかったよ! あのメテオって魔法、魔法陣も難しかったし強かった!」

「魔法が好きだから。沢山覚えたの。もっと、派手な魔法も使える」

 

 桜花に背後から抱きつかれた永愛が、両手で握った杖を胸の前で掲げる。

 

「あれより?…当てないでね?」

「…ごめんなさい。気をつける」

 

 森林の間の獣道を歩きながらも、尻尾をヘタらせた紅葉に永愛が小さく頭を下げた。

 永愛から離れた桜花が、紅葉を抱き上げて耳を揉みほぐす。

 

「きゃっ。くすぐったいよぉ」

「えへへ。――危ない魔法が来たときは、私が守るからね!」

 

 桜花に耳を揉まれた紅葉は耳が立ち上がり、小さく笑った。

 

 永愛が、懐から取り出した地図を広げ、見る。

 

「――もうすぐ、着きそう」

「んに。コムシの洞窟、だっけ? どんな洞窟だろ!」

 

 

 しばらく獣道を進むと、高い岩山が座ってあった。

 岩山の(ふもと)には、薄暗い洞窟の入口が広がっている。

 

「この洞窟みたい」

「なんだろ。…嫌な感じがする」

 

 両手を耳に当てて、洞窟をうかがい見る桜花。

 薄暗い洞窟の中はあまり見えない。

 

 手に毒調べの魔法を展開した桜花は、恐る恐る、慎重な足取りで洞窟に近づいた。

 

「なにか、思い出せそうで思い出せない」

 

「おねえちゃん、大丈夫?」

「やめて、おく?」

 

 洞窟の前で立ち止まって首を傾げる桜花に、紅葉と永愛が尋ねる。

 

「…ううん、危ない感じはそんなにしないし、入ってみよ」

「わかった」

 

 そろりそろりと、桜花は洞窟に足を踏み入れた。

 毒調べの桜色の炎が、ぼんやりと洞窟の壁を照らす。

 

「――むし…いっぱい」

「ん」

 

 洞窟の壁には、ぎっしりと詰まった黒い虫が、カサカサと(うごめ)いていた。

 床にも蠢く黒い虫。青いラピスの上を這いまわっている。

 

 桜花の動きが固まった。

 永愛の口から、吐息が零れる。

 

「どうしたの?…燃やす?」

「…驚かせると、入り口にも向かってくるかもしれない」

 

 尻尾をふりふりと振りながら二人を見る紅葉に、永愛が小さく首を横に振った。

 杖を握り、一歩下がる永愛。

 

「おうちゃん、退()く?……おうちゃん?」

 

 桜花は黒い虫の()う洞窟を見たまま、微動だにしない。

 

「おねえちゃん、大丈夫?」

「…桜花ドットエグゼが応答を停止しました」

 

 数匹の虫が、桜花の足元に走り寄ってきた。

 

「ひぅっ――てったい!…てったいー!」

 

 紅葉を抱き上げ永愛の手を掴み、桜花は身体にマナを巡らせて洞窟の入口から走り出た。

 

 

 獣道を(さかのぼ)って、クゥとルゥの座って待つ広場まで走った桜花。

 肩で息をして、ぺたんと地面に座り込む。

 

 永愛が、桜花の肩にそっと触れた。

 

「おうちゃん、大丈夫?…まだ行ける?」

「ここの洞窟じゃない! 絶対ない!…帰る」

 

 涙目になって唇を震わせる桜花の腹に、紅葉が額を擦りつけた。

 

 桜花は両手で紅葉をぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと呼吸を落ち着けていく。

 

「少しなら平気だけれど、あんなわちゃわちゃしてるのは、無理…。んに。鳥肌立ってる…」

「そう。それなら、この洞窟はやめて、残り二つから見てみる?」

 

 桜花の背中をゆっくりと撫でながら、永愛が桜花の瞳を覗き見る。

 何度も頷く桜花。

 

「うん。…ごめんね」

「問題ない。…友だち、でしょ?」

 

 永愛の言葉を聞いて、桜花の瞳が見開かれた。唇が大きく弧を描き、顔に血色が戻ってくる。

 

「友だちだよ! 私たち、みんな、友だちで仲間!」

「きゃっ」

「ぎゅむっ」

 

 勢いよく永愛に抱きつく桜花。二人の間に挟まれた紅葉が、押しつぶされる。

 嬉しそうに笑う桜花の顔を見て、永愛と紅葉もほころんだ。

 

「あはは! 怖かったのに、怖くなくなっちゃった!」

 

 花の咲いたような笑顔を浮かべる桜花。

 紅葉と永愛は、桜花に抱きしめられたまま。

 

「――あれ?…あそこ、煙が上がってる。もしかして」

 

 桜花の見る方向の空には、白い煙が立ち上っていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「温泉だあ! 温泉だよ。くーちゃん、永愛!」

「くれは、温泉好き!」

 

 乗っていたクゥから降りた桜花は、白い湯気の立ち込める泉まで駆け寄った。

 岩で囲まれた泉は、白く濁っている。

 泉に流れ込むのは、岩の隙間からこんこんと湧き出るお湯。

 

 桜花の肩から飛び降りた紅葉が、毒調べの炎を泉に近づける。

 

「おねえちゃん、炎も変わらないよ」

「くーちゃん、ありがとう。大丈夫みたいだね」

 

 泉のお湯に指先を入れると、じんわりと温かい。

 

「お湯加減もちょうど良いみたい。みんなで入ろう!」

「うん!」

「温泉…初めて」

 

 ルゥから降りた永愛が桜花の隣にしゃがんで、お湯に指を付ける。

 

「温かい。森の深くにお風呂なんて、素敵」

「入ると、もっと気持ちいいよ!――クゥとルゥも、おいで」

 

 桜花が呼ぶと、クゥが駆け寄ってきた。ルゥは、そろそろと近づいてくる。

 

「それじゃ、入ろう!」

 

 

「あったかい。体に染み渡る。温泉ってこんなに良かったの」

「えへへ。ぽかぽかで気持ちいいね」

 

 白い温泉の湯に浸かり、身体を伸ばす三人。傍には走りオオカミのクゥとルゥも入る。

 

 空を見上げると、(こずえ)を覆うたくさんの木の葉が、陽射しを遮っている。

 湯の中に身体を浮かせた桜花が呟いた。

 

「生き返るなあ」

「良かった。――でも、おうちゃんも苦手なものあるんだ」

 

 手に(すく)ったお湯を見ていた永愛が、桜花を見て尋ねると、桜花は照れたように笑った。

 

「あはは。そ、そんなこともあるよね」

「冒険や戦闘では敵なしだと思ってたから、意外」

 

「そんなことないよー? 星樹の中ではいっぱい失敗しちゃったし」

「おねえちゃんは強いけど、とってもかわいいんだよ?」

 

 湯の中をぱちゃぱちゃと泳いで、紅葉が永愛の側まで来た。

 紅葉のキツネ耳に、そっと触れる永愛。

 

「うん。そうだと思う」

「えー。くーちゃんも永愛も、とっても可愛いよ!」

 

 キラキラと、差し込む木漏れ日が白い泉を照らす。

 三人の明るい声は、森の木々に吸い込まれていった。

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