「くーちゃん、いま!」
「うん!――『ふぁいや』」
二足歩行のトラに向かって、紅葉が炎の玉を放った。
「ガッ!」
体毛の隙間から青い肌の覗くトラは、青い炎を吐いて紅葉の炎を押し返す。
「やあっ!」
桜色のツインテールが舞い、トラの吐いた炎をカゼハバネが斬り裂いた。
そのままの勢いで、跳ねるようにトラに近づく桜花。
左手を突き出して、魔法陣を展開する。
『
「ガギィッ」
八方に開いた桜色の魔法弾が、トラの体躯を撃つ。
後方に体躯を転がすトラから、桜花は距離を取った。
「永愛、いける!?」
「もちろん。――『メテオ』」
「えっ…わああああああ!」
空を覆っていた枝をへし折り、燃える岩石が落ちてきた。
足元に魔法陣を展開して、魔法陣を蹴り慌てて逃げる桜花。
轟音が響き、木々が揺れた。一斉に鳥が飛び立つ。
えぐれた地面には、クレーター。
茂っていた草を燃やし、パチパチと火の粉が上がる。
「…永愛?」
「ごめん、なさい。やりすぎちゃった」
「やりすぎだよぅ…」
しんなりとキツネ耳が垂れた紅葉が、茫然とクレーターを見ながら呟いた。
△▼△▼△▼△▼△
「でも永愛、すごかったよ! あのメテオって魔法、魔法陣も難しかったし強かった!」
「魔法が好きだから。沢山覚えたの。もっと、派手な魔法も使える」
桜花に背後から抱きつかれた永愛が、両手で握った杖を胸の前で掲げる。
「あれより?…当てないでね?」
「…ごめんなさい。気をつける」
森林の間の獣道を歩きながらも、尻尾をヘタらせた紅葉に永愛が小さく頭を下げた。
永愛から離れた桜花が、紅葉を抱き上げて耳を揉みほぐす。
「きゃっ。くすぐったいよぉ」
「えへへ。――危ない魔法が来たときは、私が守るからね!」
桜花に耳を揉まれた紅葉は耳が立ち上がり、小さく笑った。
永愛が、懐から取り出した地図を広げ、見る。
「――もうすぐ、着きそう」
「んに。コムシの洞窟、だっけ? どんな洞窟だろ!」
しばらく獣道を進むと、高い岩山が座ってあった。
岩山の
「この洞窟みたい」
「なんだろ。…嫌な感じがする」
両手を耳に当てて、洞窟をうかがい見る桜花。
薄暗い洞窟の中はあまり見えない。
手に毒調べの魔法を展開した桜花は、恐る恐る、慎重な足取りで洞窟に近づいた。
「なにか、思い出せそうで思い出せない」
「おねえちゃん、大丈夫?」
「やめて、おく?」
洞窟の前で立ち止まって首を傾げる桜花に、紅葉と永愛が尋ねる。
「…ううん、危ない感じはそんなにしないし、入ってみよ」
「わかった」
そろりそろりと、桜花は洞窟に足を踏み入れた。
毒調べの桜色の炎が、ぼんやりと洞窟の壁を照らす。
「――むし…いっぱい」
「ん」
洞窟の壁には、ぎっしりと詰まった黒い虫が、カサカサと
床にも蠢く黒い虫。青いラピスの上を這いまわっている。
桜花の動きが固まった。
永愛の口から、吐息が零れる。
「どうしたの?…燃やす?」
「…驚かせると、入り口にも向かってくるかもしれない」
尻尾をふりふりと振りながら二人を見る紅葉に、永愛が小さく首を横に振った。
杖を握り、一歩下がる永愛。
「おうちゃん、
桜花は黒い虫の
「おねえちゃん、大丈夫?」
「…桜花ドットエグゼが応答を停止しました」
数匹の虫が、桜花の足元に走り寄ってきた。
「ひぅっ――てったい!…てったいー!」
紅葉を抱き上げ永愛の手を掴み、桜花は身体にマナを巡らせて洞窟の入口から走り出た。
獣道を
肩で息をして、ぺたんと地面に座り込む。
永愛が、桜花の肩にそっと触れた。
「おうちゃん、大丈夫?…まだ行ける?」
「ここの洞窟じゃない! 絶対ない!…帰る」
涙目になって唇を震わせる桜花の腹に、紅葉が額を擦りつけた。
桜花は両手で紅葉をぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと呼吸を落ち着けていく。
「少しなら平気だけれど、あんなわちゃわちゃしてるのは、無理…。んに。鳥肌立ってる…」
「そう。それなら、この洞窟はやめて、残り二つから見てみる?」
桜花の背中をゆっくりと撫でながら、永愛が桜花の瞳を覗き見る。
何度も頷く桜花。
「うん。…ごめんね」
「問題ない。…友だち、でしょ?」
永愛の言葉を聞いて、桜花の瞳が見開かれた。唇が大きく弧を描き、顔に血色が戻ってくる。
「友だちだよ! 私たち、みんな、友だちで仲間!」
「きゃっ」
「ぎゅむっ」
勢いよく永愛に抱きつく桜花。二人の間に挟まれた紅葉が、押しつぶされる。
嬉しそうに笑う桜花の顔を見て、永愛と紅葉もほころんだ。
「あはは! 怖かったのに、怖くなくなっちゃった!」
花の咲いたような笑顔を浮かべる桜花。
紅葉と永愛は、桜花に抱きしめられたまま。
「――あれ?…あそこ、煙が上がってる。もしかして」
桜花の見る方向の空には、白い煙が立ち上っていた。
△▼△▼△▼△▼△
「温泉だあ! 温泉だよ。くーちゃん、永愛!」
「くれは、温泉好き!」
乗っていたクゥから降りた桜花は、白い湯気の立ち込める泉まで駆け寄った。
岩で囲まれた泉は、白く濁っている。
泉に流れ込むのは、岩の隙間からこんこんと湧き出るお湯。
桜花の肩から飛び降りた紅葉が、毒調べの炎を泉に近づける。
「おねえちゃん、炎も変わらないよ」
「くーちゃん、ありがとう。大丈夫みたいだね」
泉のお湯に指先を入れると、じんわりと温かい。
「お湯加減もちょうど良いみたい。みんなで入ろう!」
「うん!」
「温泉…初めて」
ルゥから降りた永愛が桜花の隣にしゃがんで、お湯に指を付ける。
「温かい。森の深くにお風呂なんて、素敵」
「入ると、もっと気持ちいいよ!――クゥとルゥも、おいで」
桜花が呼ぶと、クゥが駆け寄ってきた。ルゥは、そろそろと近づいてくる。
「それじゃ、入ろう!」
「あったかい。体に染み渡る。温泉ってこんなに良かったの」
「えへへ。ぽかぽかで気持ちいいね」
白い温泉の湯に浸かり、身体を伸ばす三人。傍には走りオオカミのクゥとルゥも入る。
空を見上げると、
湯の中に身体を浮かせた桜花が呟いた。
「生き返るなあ」
「良かった。――でも、おうちゃんも苦手なものあるんだ」
手に
「あはは。そ、そんなこともあるよね」
「冒険や戦闘では敵なしだと思ってたから、意外」
「そんなことないよー? 星樹の中ではいっぱい失敗しちゃったし」
「おねえちゃんは強いけど、とってもかわいいんだよ?」
湯の中をぱちゃぱちゃと泳いで、紅葉が永愛の側まで来た。
紅葉のキツネ耳に、そっと触れる永愛。
「うん。そうだと思う」
「えー。くーちゃんも永愛も、とっても可愛いよ!」
キラキラと、差し込む木漏れ日が白い泉を照らす。
三人の明るい声は、森の木々に吸い込まれていった。