夕陽に照らされて赤く染まったピレアの里の門。その前には、一人のエルフが立っている。
桜花たちが、走りオオカミから飛び降りた。
「シラキノ、ただいま!」
「おかえり。オーカにクレハ、トア。今日は遅かったね。大事ないようで良かった」
「えへへー。ごめんね、温泉に入ってたら遅くなっちゃった!――クゥもルゥも、乗せてくれてありがとう」
頬に鼻先を擦り付けてくるクゥの、もふもふの頭を抱きしめる桜花。
その横では、手を伸ばした永愛がルゥの腹を撫でる。
「それじゃあ、クゥとルゥは預かるよ。貸し
「うん、ありがとう。クゥ、ルゥ、またね!」
クゥとルゥをシラキノへ預けた桜花たち三人は、門をくぐってピレアの里の中へ戻った。
「おねえちゃん、ライの実パン買って帰る?」
「いいね! ブッシュ・ココナッツも買おう」
「エーコンさんの書庫も行きたい」
里の中を巡っていると、いつの間にか日は暮れて、辺りはすっかり暗くなっていた。
リナリアの家の樹に着いた三人が扉を開けると、リナリアが駆け寄ってきた。
勢いよく飛び込んで、桜花に抱きつくリナリア。
「みんな遅いー! 待ってたの!」
「あはは、ごめんね。これ、お土産だよ!」
ポーチから取り出したブッシュ・ココナッツを渡す桜花。
ココナッツを受け取ったリナリアのエルフ耳が、ピクピクと動く。
「わああ…ごくり。――っもう!…寂しかったんだから。……おかえりなさい」
「うん。ただいまだよ」
差し出した桜花の手が頭を撫でると、リナリアの表情はほころんだ。
「そうだ。姉さま言ってた。明日からは雨だって。だからリナリアのお家にいてね?」
△▼△▼△▼△▼△
部屋にはめ込まれた窓の向こうから、ざあざあと雨音が落ちる。
窓から外を覗くと、大粒の雨がピレアの木々を濡らしていた。
ベッドに身体を倒した桜花。結んでいない髪が、ベッドに広がる。
「すごく降ってるね」
「尻尾がしっとりするよう」
桜花の腹の横で、紅葉が尻尾ごと身体を丸めた。
ベッドの上でパタパタと足を振っていた桜花の隣に、リナリアが飛び込んでくる。
「んふふ。恵みの雨だよ! 姉さまも今日はお家で休んでいいって!」
「今日は、お休み。…占い当たった」
「姉さまの天気占い、外れたことないの」
ベッドに身体を投げ出したまま、誇らしげに胸を張るリナリア。
紅葉のもこふかな毛並みに手を伸ばす。
「ふふ、くすぐったいよお。リナリアちゃん」
「クレハちゃん、柔らかい」
身じろぎする紅葉の身体を、両手で触り続けるリナリア。
二人分の笑い声が部屋に響く。
「へへへ。――あれ?…クレハちゃん」
「なあに?」
リナリアの手が止まって、紅葉の胸元をじっと見る。
そこにあるのは、キラリと光る紅炎のルビー。
「このルビー、どうしたの?…これたぶん、すごいチカラを持ってる」
「そうなの? ネムさんにもらったんだよ」
「そのルビー、すごいの?」
しげしげと、紅葉の首に下がるルビーを見るリナリア。指先でルビーの表面を撫でる。
椅子に座って本を読んでいた永愛が顔を上げて、リナリアの様子を見ていた。
「すごいよこれ。こんな宝石、初めて見た」
「そんなものをくれるなんて…ネムさんって何者?」
「んー。エルフの霊?…そういえば聞いてなかったなあ。でも、私たちの友だちだよ!」
ルビーから手を離したリナリアが、ベッドに身体を沈めた。
「分かんない!…炎のマナを貯めておけるのは、合ってる?」
「うん。毎日少しずつ貯めておいて、強い魔法にしたいときに使うんだ」
紅葉の話を聞いて、ふむふむと頷くリナリア。
「分かんないけど、祈りのこもったすごいルビーだね。……これ、絶対に口に入れちゃダメだよ? チカラが溢れて、暴走しちゃうかも」
「ありがとう、リナリア。くーちゃん、気をつけてね」
「そうなんだ。…わかった、ありがとう」
紅葉とリナリアの頭を一撫でして、ベッドで寝返りをうった桜花。
再び本に視線を落としていた永愛に目を向けた。
「永愛、今日は何の本を読んでるのー?」
桜花に呼ばれて顔を上げる永愛。
「これは、
「ふむふむ。…成り立ち?」
一度、小さく頷いた永愛が本のページをめくった。
一つのページを開いたまま、指先を文字に沿って動かす永愛。
「冒頭にはこう書いてある。――『昔むかし、世界には闇が居た。いずこより、六柱の銀神様が現れ、そして銀神様は人々を導く。導かれた人々は銀神様と共に闇と闘った。その闘いは天地を割り、大海を穿ち、世界を変えた。二柱もの銀神様も欠けながら、多くの闇を封じた。そして争いは鎮まり、やがて人々は別々に暮らすようになり、銀神様も眠る。闇は今も、待っている』」
読み終えた永愛が、口を閉じる。桜花が首を傾げた。
「闇…銀の神?……ヴェムティアが言ってた、
「リナリア、お勉強したよ! 銀神さまは、虹銀を纏うんだって。世界を救った偉大な神さまなんだよ」
上体を起こして座ったリナリアが、エルフ耳をピンと張って答える。
本を閉じた永愛が、リナリアを見る。
「闇というのは…黒い竜も関係あるの?」
「んー。闇の一つ、って聞いたよ。封印できなくて、今でも潜む脅威なんだって。それ以外の闇は知ることが危険なんだって」
リナリアがエルフ耳を振るわせてしぼませる。永愛は、本の表紙に目を落とした。
「そう…。怖いね。――この世界って何なんだろ」
「永愛。――こっちに来る? あったかいよ?」
コクリと頷いた永愛は椅子に本を置いて、桜花の寝転がるベッドの端に寝そべる。
四人が寝るベッドは、少し窮屈になった。
「えへへ」
「わ」
「きゃ」
ベッドに転がる永愛を、桜花は紅葉とリナリアごと抱きしめる。
「ぽかぽかする!」
「んに。あったかいね」
「…そう、だね」
永愛が、小さく三人を抱きしめ返した。
「この世界って、なんなんだろうね。私はまだ分かんないけど、危険もあるよね。でも…竜がいて、エルフがいて、魔法がある。私は、すっごくワクワクして楽しくて、好きだな」
「そう…。わたしも」
窓の外からは、変わらず雨音が森を叩いている。
桜花は身体を起こして、外の森を見る。
「ねえ、永愛。くーちゃんに、リナリアも。明日は遠出しよっか。…明日じゃなくても、晴れたら! 大瀑布って見てみたくない!?」
「ついてく!」
「気になる。でも、二日はかかるくらい遠いって」
「リナリアは…一日で帰らないとダメかも。走りオオカミでも二日、遠いよ?」
リナリアの耳が、しょんぼりとしぼんでいく。桜花が明るく笑った。
「えへへ。そうだね。だから、飛んで行けばいいんだよ!」
「…飛ぶ? でも、そんなに速く飛べないよ?」
リナリアがコテンと首を傾けた。エルフ耳が肩に掠める。
「うん。私に任せて! 冒険しよう!」
ふわりと、桜色の髪が踊った。