「ズーイッチョ!」
ズーイッチョ
日差しに照らされて、ピレアの木々に滴る朝露が煌めく。
ピレアの里の門で、手をかざす桜花。
「晴れたね。ぽかぽかだよ!」
「オウカおねえちゃんたちと、冒険できる! 姉さまも行って良いって!」
ぴょんと跳びはねたリナリアが、桜花たちの周りを走り回る。
永愛が、楽しげな桜花を見る。
「今日は、日帰りって言ってたけど。どうやって行くの?」
「くれはも気になってた。…どうするの?」
キツネ尻尾をフリフリと振る紅葉が、桜花の肩の上で首を傾げた。
にんまりと笑う桜花。
「ふっふっふー。飛んで行くんだよ! 永愛、みんなにあの浮かぶ魔法使える? くーちゃんは先にみんなに保持魔法をお願い」
「う、うん」
「任せて。『マキナル・ウーラ・アル・ヘイスオル・ティムオル』」
永愛が詠唱を唱えると、藤色の魔法陣が展開された。
紅葉が地面に展開した魔法陣が紅く輝き、四人の身体を光が包む。
『浮遊』
永愛が魔法名を唱えると、四人の身体が宙に浮いた。
「浮遊の魔法、リナリア好き!」
「すごいよね!――それじゃ、こうしてっと。こうかな」
空中に魔法陣を描き始める桜花。何度か描き直して、描き終わった魔法陣が桜色に光った。
『投げない投げ網』
魔法陣から桜色のロープが三本伸びて、その端が桜花の腰周りに結びつく。
「へ?」
「…まさか」
「改変魔法だ! すご-い!」
桜花に結びついた三本のロープの反対側が伸びて、宙を浮く紅葉、永愛、リナリアに結びついた。
「じゃあ、行こう!」
桜花の背中から、白い翼がふわりと生える。背中の翼を大きく羽ばたかせ、桜花は大きく加速した。
「きゃー!」
「…やっぱり。…ぶっ飛んでる」
「すごーい!」
桜色のロープに引かれ、風を切る永愛たちの身体。
空に昇り、四人はピレアの里を飛び立った。
△▼△▼△▼△▼△
「これって、みんなの声が聞こえないかも」
一面に広がる森の上を飛ぶ桜花。後ろを振り返ると、ロープに引かれて飛ぶ三人の姿が見える。
きょろきょろと周りを見ていたリナリアと目が合うと、笑顔で返された。
≪オウカおねえちゃん、速いね≫
「んに! 声が聞こえた?」
桜花の耳元で、リナリアの声が響く。リナリアは口を開いていない。
≪これ、テレパスの魔法だよー。みんなを繋いだから、伝えようとしてみて≫
≪そんなことできるんだ! こう?≫
≪んあっ。大きすぎ…。も、もう少し小さめで大丈夫だよ!≫
リナリアの耳がピクピクと震える。紅葉が耳を倒し、永愛は両耳に手を当てていた。
≪ご、ごめんね。今はちょうどいい?≫
≪良い。それにしても、この魔法、便利。…意志を飛ばしてる?≫
≪そうだよ! 巫女はみんな使えるんだって!≫
桜花の耳元で、リナリアと永愛の声が響いた。
遅れて、紅葉の声が届く。
≪こ、これで…。できてる?≫
≪できてるよ、くーちゃん!…わわっ≫
身体ごと振り返り、両手で大きく丸を作った桜花の身体が傾く。
三人の悲鳴を聞きながらも、何とか体勢を整える桜花。
≪ビックリした!≫
≪おうちゃん、危ないことは禁止≫
≪え、えへへ。はーい≫
一度後ろを振り返ると、桜花は前へ向き直る。
木々が点に見えるほどに、遥か先まで広がる森。遠く森の中に、湖が見えた。
≪向こうに湖があるね。まだ遠そうな感じ≫
≪もしかして、タウェンの
≪速度と方角からすると、あそこで良さそう。でも…遠近感がおかしい≫
前方に見える、森の中の湖からは水が落ち、滝になっている。
≪遠近感?≫
≪そう。この距離から見えるのは、相当な大きさ。星樹アルヴのような≫
≪タウェンの大瀑布、おっきいんだって!≫
湖に向かって飛び続けるも、その全景の大きさはほとんど変わらない。
紅葉の声が、耳元で響いた。
≪おねえちゃん。ずっと飛んでるけど、休憩する?≫
≪そうだね、休もう≫
≪リナリア、お腹空いた!≫
減速して、降下していく桜花と、それに引かれて続く三人。
木々の隙間を流れる大河のほとりに着地した。
△▼△▼△▼△▼△
穏やかな流れの大河のほとり。その高台に、焚き火を囲んで座る四人。
串に刺さった何本もの空魚が焼けている。
「冒険ごはん…おいしそう。まだかなまだかな」
「とっても美味しいよ。もう少しだからね」
エルフ耳を小刻みに振るわせて、口の端からよだれを垂らすリナリアの口元を、桜花が拭う。
本を読んでいた永愛が顔を上げた。
「おうちゃん、サバイバルもできるんだ」
「えへへ。昔、山でおじいちゃんに教えてもらったんだよ」
「おねえちゃん、すごいよね。いいな」
桜花の膝に座る紅葉が、桜花の腹に額を擦り付ける。もこふかの毛並みを柔らかに撫でる桜花。
「冒険、楽しいね」
再び本に視線を落とした永愛と、焼けていく空魚から視線の動かないままのリナリア。
川の流れる音に、時折本のページをめくる音が混ざっていた。
「焼けたよ!」
「わあああ!――あつい!」
桜花の声を聞いて、前のめりに空魚に手を伸ばしたリナリアが、慌てて手を引っ込める。
「あははは! 魚を持っちゃ、熱いよ。大丈夫だった?」
「うん…。ふっーふっー」
「手が赤くなっちゃってるね。――『キュア』」
手に息を吹きかけるリナリアを、桜花の放った魔法の光が包む。
焼けた魚の串を取ってリナリアと永愛に手渡し、紅葉の前に置いた葉で作った皿にも載せる。
「おいしそう!」
「ありがとう」
「それじゃ、手を合わせて…いただきまーす!」
香ばしく焼けた魚に、勢いよくかぶりつく。
口の中で、脂の乗った淡白な身から強い旨みが広がった。
「おいしい!」
「この空魚、今まで食べた中で一番かも!」
焼け終えた空魚を食べつくすまで、そう時間はかからなかった。
「くれは、お腹いっぱい」
「美味だった」
勢いの弱くなった焚き火の傍で、身体を伸ばす四人。
「冒険ごはん、また食べたいな」
「そうだね。また行こうよ!」
「…うん!」
お腹を擦るリナリアに桜花が笑いかけると、満面の笑顔を返すリナリア。
大河から、水しぶきの落ちる音がした。桜花の後ろの大河を見た、リナリアのエルフ耳が硬直する。
「んに?」
振り返ると、桜花を一飲みに出来そうなほどのワニが大河から出てきていた。
ヌメヌメとした水色の皮が光を反射する。皮の至るところからトゲが生えていた。
「ひっ」
「針の巨大ワニ?……足が六本ある」
「…図鑑、見てみる」
ポーチから魔性図鑑を取り出した桜花が、巨大ワニに向かって図鑑を開く。
開いたページに目を落とした桜花。
「…分類不能、だって」
「グギャォオオオオオオオ!!」
巨大ワニの体中のトゲが逆立つ。トゲの間からは、バチバチと電気が走っていた。
「…分類不能は、どうするの?」
「あはは…。こういうのはね、逃げるんだよ!――くーちゃん!」
「うん!」
桜花の肩に飛び乗る紅葉。
桜花はマナを身体に纏い、勢いよく立ち上がると、永愛とリナリアの手を引き走り出す。
『保持魔法』
紅い魔法が、四人の身体を包む。
『火のクリーン』
桜色の炎の壁が桜花たちの背後に立ち上がると、爆発音が鳴った。
「きゃあ!」
何本ものトゲが回転して、地面に転がった。
足を止めずに走り続ける桜花たちを、巨大ワニが追う。巨躯が動く度に、地面が揺れる。
「永愛、浮遊魔法をお願い!――『投げない投げ網』」
「分かった――『マキナル・ウーラ・アル・ヘイスオル・ティムオル』。『浮遊』」
桜色のロープが四人を繋ぎ、藤色のマナに包まれると宙を浮く。
即座に、背中に翼を生やす桜花。
「一気に、行くよ!」
「ひゃあああ!」
そして、リナリアの叫び声と共に空へ向かって加速した。
グングンと、その場から離れる桜花たち。
≪怖かったあ…。テレパス、繋いだよ!≫
≪なんとか、逃げ切れたね≫
ほうっと吐息を吐いた桜花が振り返ると、巨大ワニがただ桜花たちを見上げていた。