桜色のツインテールを風に靡かせて、森の上を飛ぶ桜花。木々の隙間から覗く、流れる川の水面が煌めく。
耳元で、肩に乗る紅葉の声が響いた。
≪さっきのワニ、大きかったね。…飛んできてたトゲもバチバチも、怖かった≫
≪うん。マナも濃くて重い感じだったし、ちょっぴり危なかったかも。逃げれて良かった!≫
振り返ると、うんうんと頷く紅葉とリナリア。
永愛がぼんやりと考え込んでいた。
≪永愛、どうしたの?≫
≪…さっきの巨大ワニ。あれはこの辺りでは何頭も生息するのか、一頭だけの特異な魔性なのかが気になってる。…広い場所では巨大化した種が棲みやすいとも聞く≫
永愛の視線の先には、近づくにつれて少しずつ大きくなっていく湖と、大滝。依然としてまだ遠い。
≪…そうだね。リナリアはどう思う?≫
≪んん、えっとね。あっ!……タウェンの大瀑布の近くだと、水辺が危ないって姉さまが言ってたかも。…ごめんなさい!≫
≪そうなの?…それじゃ、滝の傍まで行けない≫
心なしか肩を落とした永愛。リナリアが慌ててテレパスの声を上げる。
≪だ、大丈夫だよ!…滝を対岸から見るのは平気なんだって。それと、飛んで上から見るのも大丈夫みたい!≫
≪んに。それなら大丈夫、かな?……でも、日帰りで行ける?≫
≪お願い、リナリア行ってみたいの!≫
真上から降り注ぐ陽の光を見上げた桜花はむむむと唸り、背後に視線を向ける。
≪くーちゃんと永愛はどうかな?≫
≪わたしは、大丈夫。おうちゃんも、待ちきれないはず≫
≪くれはも大丈夫だよ!≫
えへへと笑った桜花は大きく頷いて、紅葉の身体を服の胸元に入れる。
≪じゃあ、行こっか!…でも、危なそうだったら引き返さなきゃだね≫
紅葉の頭を一度撫でてから、永愛とリナリアのロープを手繰り寄せた桜花。二人の身体をロープで自身に巻きつけた。
≪おねえちゃんたち、あったかい!≫
≪ん。どうするの?≫
桜色の魔法陣を背中に展開した桜花はニヤリと笑った。
「慣れてきたし、スピード上げるよ!『追い風』」
突風が桜花たちの身体を押し上げて、翼で風を捉えた桜花は加速する。
「きゃあああああ!!」
悲鳴と歓声がドップラー効果を起こして、空を駆けていった。
△▼△▼△▼△▼△
水の落ちる轟音が鳴っている。
「なにこれー!」
「すごく…大きい。海が落ちてるみたい」
桜花に抱きついたリナリアが歓声を上げて、桜花はただ目の前を見る。
「滝の幅も、水量も、大きすぎる」
空から見下ろすタウェンの大瀑布。
波立つ青い水面の一角が途切れたように絶え、轟々と滝が落ちている。
切り立った崖から落ちる広い滝の、その滝壺では雲のような水飛沫が上がる。
「見てー! 虹もかかってる!! すごいすごい!」
「わあ…綺麗」
リナリアが指差す先には、滝壺にかかる虹が光る。
湖面を見た紅葉がひょこんとキツネ耳を立てた。
「リナリアちゃん、湖の先が見えないよ!」
「ホントだ。すごい!」
湖の水面の先には森が見えず、水平線。その両側の端には砂浜が広がる。
滝の真上を通ると、上昇気流が髪や服を吹き上げた。
「すっごいね」
速度を落として旋回する桜花。
止まない轟音を耳にしながら、落ち続ける瀑布と果てまで続く青を眺めていた。
「空気がひんやりしてて、気持ちいいね!」
タウェンの大瀑布の対岸にそそり立つ崖の上に降りた四人。
滝壺から上がる水気を帯びた風を全身に浴びる。
「あそこ、見て」
永愛が控えめに指差した先には、滝壺から顔を出す水色の巨大ワニ。細長い魚を丸のみにした。
「…わあ。これは、水辺には近寄らないのが良さそうだね…」
「あっちにもいるよ」
エルフ耳をしおれさせたリナリアが、下流の大河を指し示す。
悠々と泳ぐ二頭の巨大ワニの背中が見えた。
「クレハちゃん、あっち、ほら!」
「リナリアちゃん、待ってよぅ」
巨大ワニの背中を追って崖の岸を駆けだすリナリアを、紅葉が追う。
トゲだらけの水色の背をじっと見る永愛。
「この滝の流域に棲む生態なのなら、分類不能の意味は、未知だけではないかもしれない…?」
「そうなの?」
取り出した魔性図鑑をめくって尋ねる桜花。図鑑には変わらず分類不能と表示されている。
永愛は小さく頷いた。
「ここは名の知られた場所のはず。見渡すだけで当然のようにいる巨大ワニに名が無いはずはない、はず」
「そっかあ。そんなこともあるんだね」
「そうだ。今度ネムに会ったら、一緒に聞いてみよう」
「うん、ぜひ」
永愛の手を取り桜花が微笑むと、永愛は小さく握り返した。
二人に向けて、リナリアの声が上がる。
「オウカおねえちゃん、トアおねえちゃん。来てー!」
「おねえちゃん、ズーイッチョだよ!」
リナリアと紅葉が手と尻尾を振って、桜花たちに駆け寄ってきた。
両手でそれぞれ桜花と永愛の手を掴んだリナリアが二人を引っ張り、紅葉が先導する。
「わわっ。…ズーイッチョ?」
「こっちこっち!」
「――これは、鳥の、像?」
紅葉とリナリアに連れられて向かった場所には、精巧に造られた三体の石像があった。
三体は滝を見るかのように並んでいる。
「ズーイッチョ鳥と、ウサワタと――トウセキドリ、だね。くーちゃん、リナリア、すごいの見つけたね!」
「尾羽や耳のフサフサまで再現されてる」
「あれ。でも、これ…」
石像の正面から横に回りこむと目の部分は穴になって、空が見えていた。
「この石像、オリーブの出題に書いてあった、始まりを告げる鳥に関係あるの?」
「どうなんだろ。でも、目がないね」
ズーイッチョ鳥の像をペタペタと触る桜花たち。目を覗き込んでみるが、石の質感のままだ。
「洞窟の中でも、青き瞳でもないね、おねえちゃん」
「んに。目の向こうの空を見ると、青かも?」
「道が示されるって書いてあったね!」
リナリアの言葉を聞いて、辺りをきょろきょろと見るが、変化は見当たらない。
「現時点では、不明。でも、怪しい」
「だね!…洞窟も探してみようか」
さすさすと硬質な石像を撫でてから、桜花たちは地図を開いた。