うたう竜と桜の世界【StarNotes】   作:逢生 藍

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十四話.行きたい場所

 規則的に、ページをめくる音が部屋の中に響く。

 柔らかな照明に照らされた、樹の内部にある部屋で永愛が椅子に座って本を読んでいた。

 

 勢いよく、部屋の扉が開く。

 

「上がったよー。やっぱりお風呂に入れるって幸せだね!」

「ほかほか!」

「お姉ちゃんのドライヤーの魔法、心地よくなってた。…ふわぁ」

 

 元気よく部屋の中に入ってきた桜花とリナリア。その一歩後ろから、大あくびをしながら紅葉が続く。

 本に目を落としていた永愛が顔を上げた。

 

「おかえり。」

「トアおねえちゃんは一緒に入らなくて良かったのー?」

 

 風呂上がりの温かなリナリアがふわりと永愛に抱きつく。

 こわごわと慎重に伸ばされた永愛の指先が、そっとリナリアの頭を撫でた。

 

「本、止まらなくて」

 

 しおりを挟んで膝の上の本を永愛が閉じると、背表紙には『アンレターの冒険記』と書いてあった。

 ベッドに座って、足に乗せた紅葉を柔らかな手つきで撫でる桜花が、永愛の本に視線を移す。

 

「その本、今日借りてきてた本だね。面白かった?」

 

 コクリと頷く永愛が口を開く。

 

「そう、とても。――アンレターという昔この世界にいた猫人族(ねこひとぞく)の冒険家が、緑の大陸と呼ばれるこのエルフの大陸や、白の大陸、赤の大陸、青の大陸を冒険した伝記。他の獣人種(じゅうじんしゅ)や翼人種(よくじんしゅ)、人魚種(にんぎょしゅ)と様々な種族に会って、大陸を渡り歩いている。それでも未踏域が多くて、太古の幻想や大いなる存在が潜んでいるんじゃないかと言われてる。例えば、この緑の大陸の南半分の地域は――」

「うにゅー! トアおねえちゃんが止まらなくなっちゃった。リナリア、頭がバクハツしちゃうぅ…」

 

 淡々と続く永愛の語りを、差し込まれたリナリアの声が止めた。リナリアの尖った耳先がぐるぐると回っている。

 ほんのりと頬を赤らめて、視線を逸らす永愛。

 

「えと、ごめんなさい。…つい」

「あはは。――猫さんの冒険家かあ。いいな。永愛、その本好きなんだね!」

「気に入った」

 

 ベッドにうつぶせになって、立てた腕の手のひらの上に顔を乗せている桜花。

 隣では寝息を立てる紅葉がベッドに丸まっている。

 

「この大陸の南半分の地域って、なにがあるの?」

「…表層でも強力な魔性や、幻獣と呼ばれる存在が目撃されている、らしい。自然の気が充満していると書いてある」

「幻獣……それは、すごくワクワクする。会いたいね。うん、行ってみよう」

 

 足を交互に揺らしながら、半分閉じかけた瞳でぼんやりと天井を見上げる桜花。

 リナリアが隣に潜り込んできた。

 

「えっとね。そっちはとっても危ないみたいだよ。姉さまが、アルヴさまくらいじゃないと危ないんだって」

「そうなんだ。…それならもっと強くなったらだね。楽しみだなあ」

 

 隣で寝るリナリアの頭を撫でながら、桜花は大きなあくびをした。

 

「おうちゃん、眠そう」

「えへへ。…マナをたくさん使ったから、もう眠たいみたい」

「オウカおねえちゃん、いっぱい空を飛べるから、空の大陸も行けそうかも。――羽根、綺麗だった」

 

 大人しく撫でられながらエルフ耳をへにゃらせたリナリアが、桜花の背中を見つめる。

 

「空の大陸もあるの? 浮いてる?」

「浮いてるみたいだよ。でも、場所はヒミツなんだって」

「それは、不思議。魔法で浮いてる?」

 

 再び開いた本に目を落としていた永愛が顔を上げて、小さく首を傾げた。

 ほとんど目を閉じかけているリナリア。

 

「んー。分かんない。明日、お勉強のときに姉さまに聞いてみる…」

「ありがたい。ありがとう」

 

 柔らかに微笑んだ桜花は、リナリアの耳を一揉みする。

 

「行きたい場所が、どんどん増えていっちゃう。…すてきだね」

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 ズーイッチョ鳥の鳴き声が、窓の外から響いてきた。

 

「んに。…朝、だ。――あれ、重い」

 

 差し込む朝日が顔に当たり、目を覚ました桜花。両腕が動かない。

 両隣を見てみると、永愛とリナリアが桜花の腕に抱きついて、紅葉は胸の上にいた。

 

「…動けない。まあ、そんなことも…あるよね。……おやすみぃ」

 

 動かない身体に諦めた桜花は、再び目を閉じて、夢の中に戻った。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 走りオオカミのクゥとルゥが風を纏い、シダの茂った湿地を駆ける。

 湿った大地を踏みしめるも、その体躯は地面に沈むことなく走り続けている。

 

「クゥ、ルゥ、魔法で泥に落ちないように走れるんだ。すごい!」

「しかも速いよ、お姉ちゃん!」

「風の魔法を足先に展開している。面白い」

 

 背中に乗る桜花がその毛並みを撫でると、クゥが一度吠えた。

 

「えへへ。ありがとう」

 

 湿地には、ところどころに赤い花が咲いていて、その花を右に左に避けながら二頭は駆ける。

 

「お利口。赤の花、ちゃんと避けてる」

 

 避ける動きの度に揺られながらも、桜花たちは湿地を走り続けた。

 

 

 クゥとルゥが足を止めて、たどり着いた場所は湿地の中で一段高い台地だった。

 下から見える台地の上は、赤い花が咲いている。

 

 桜花の肩の上に乗った紅葉が、スンスンと鼻を鳴らした。

 

「あの花、さっきもあった毒の花?」

「そう。花弁に、触れるだけで痺(しび)れる毒がある」

 

 紅葉の尻尾がピンと張る。

 

「そっかあ。――クゥ、ルゥ、ここで待っててもらえる?」

「アォン!」

 

 桜花が二頭の鼻先を撫でると、クゥが吠え、ルゥが桜花に鼻を擦り付けた。

 もう一度撫でてから、台地に視線を向ける桜花。

 

 台地の上の赤い花畑からは、角まで黄色いヒツジが桜花たちを見下ろしていた。

 一度、唾を飲みこむ。

 

「それじゃ、四つ目のラピスの洞窟、行こっか!」

 

 腰に差していたカゼハバネを抜く桜花。

 半透明の刀身の先が、台地を指した。

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