規則的に、ページをめくる音が部屋の中に響く。
柔らかな照明に照らされた、樹の内部にある部屋で永愛が椅子に座って本を読んでいた。
勢いよく、部屋の扉が開く。
「上がったよー。やっぱりお風呂に入れるって幸せだね!」
「ほかほか!」
「お姉ちゃんのドライヤーの魔法、心地よくなってた。…ふわぁ」
元気よく部屋の中に入ってきた桜花とリナリア。その一歩後ろから、大あくびをしながら紅葉が続く。
本に目を落としていた永愛が顔を上げた。
「おかえり。」
「トアおねえちゃんは一緒に入らなくて良かったのー?」
風呂上がりの温かなリナリアがふわりと永愛に抱きつく。
こわごわと慎重に伸ばされた永愛の指先が、そっとリナリアの頭を撫でた。
「本、止まらなくて」
しおりを挟んで膝の上の本を永愛が閉じると、背表紙には『アンレターの冒険記』と書いてあった。
ベッドに座って、足に乗せた紅葉を柔らかな手つきで撫でる桜花が、永愛の本に視線を移す。
「その本、今日借りてきてた本だね。面白かった?」
コクリと頷く永愛が口を開く。
「そう、とても。――アンレターという昔この世界にいた
「うにゅー! トアおねえちゃんが止まらなくなっちゃった。リナリア、頭がバクハツしちゃうぅ…」
淡々と続く永愛の語りを、差し込まれたリナリアの声が止めた。リナリアの尖った耳先がぐるぐると回っている。
ほんのりと頬を赤らめて、視線を逸らす永愛。
「えと、ごめんなさい。…つい」
「あはは。――猫さんの冒険家かあ。いいな。永愛、その本好きなんだね!」
「気に入った」
ベッドにうつぶせになって、立てた腕の手のひらの上に顔を乗せている桜花。
隣では寝息を立てる紅葉がベッドに丸まっている。
「この大陸の南半分の地域って、なにがあるの?」
「…表層でも強力な魔性や、幻獣と呼ばれる存在が目撃されている、らしい。自然の気が充満していると書いてある」
「幻獣……それは、すごくワクワクする。会いたいね。うん、行ってみよう」
足を交互に揺らしながら、半分閉じかけた瞳でぼんやりと天井を見上げる桜花。
リナリアが隣に潜り込んできた。
「えっとね。そっちはとっても危ないみたいだよ。姉さまが、アルヴさまくらいじゃないと危ないんだって」
「そうなんだ。…それならもっと強くなったらだね。楽しみだなあ」
隣で寝るリナリアの頭を撫でながら、桜花は大きなあくびをした。
「おうちゃん、眠そう」
「えへへ。…マナをたくさん使ったから、もう眠たいみたい」
「オウカおねえちゃん、いっぱい空を飛べるから、空の大陸も行けそうかも。――羽根、綺麗だった」
大人しく撫でられながらエルフ耳をへにゃらせたリナリアが、桜花の背中を見つめる。
「空の大陸もあるの? 浮いてる?」
「浮いてるみたいだよ。でも、場所はヒミツなんだって」
「それは、不思議。魔法で浮いてる?」
再び開いた本に目を落としていた永愛が顔を上げて、小さく首を傾げた。
ほとんど目を閉じかけているリナリア。
「んー。分かんない。明日、お勉強のときに姉さまに聞いてみる…」
「ありがたい。ありがとう」
柔らかに微笑んだ桜花は、リナリアの耳を一揉みする。
「行きたい場所が、どんどん増えていっちゃう。…すてきだね」
△▼△▼△▼△▼△
ズーイッチョ鳥の鳴き声が、窓の外から響いてきた。
「んに。…朝、だ。――あれ、重い」
差し込む朝日が顔に当たり、目を覚ました桜花。両腕が動かない。
両隣を見てみると、永愛とリナリアが桜花の腕に抱きついて、紅葉は胸の上にいた。
「…動けない。まあ、そんなことも…あるよね。……おやすみぃ」
動かない身体に諦めた桜花は、再び目を閉じて、夢の中に戻った。
△▼△▼△▼△▼△
走りオオカミのクゥとルゥが風を纏い、シダの茂った湿地を駆ける。
湿った大地を踏みしめるも、その体躯は地面に沈むことなく走り続けている。
「クゥ、ルゥ、魔法で泥に落ちないように走れるんだ。すごい!」
「しかも速いよ、お姉ちゃん!」
「風の魔法を足先に展開している。面白い」
背中に乗る桜花がその毛並みを撫でると、クゥが一度吠えた。
「えへへ。ありがとう」
湿地には、ところどころに赤い花が咲いていて、その花を右に左に避けながら二頭は駆ける。
「お利口。赤の花、ちゃんと避けてる」
避ける動きの度に揺られながらも、桜花たちは湿地を走り続けた。
クゥとルゥが足を止めて、たどり着いた場所は湿地の中で一段高い台地だった。
下から見える台地の上は、赤い花が咲いている。
桜花の肩の上に乗った紅葉が、スンスンと鼻を鳴らした。
「あの花、さっきもあった毒の花?」
「そう。花弁に、触れるだけで
紅葉の尻尾がピンと張る。
「そっかあ。――クゥ、ルゥ、ここで待っててもらえる?」
「アォン!」
桜花が二頭の鼻先を撫でると、クゥが吠え、ルゥが桜花に鼻を擦り付けた。
もう一度撫でてから、台地に視線を向ける桜花。
台地の上の赤い花畑からは、角まで黄色いヒツジが桜花たちを見下ろしていた。
一度、唾を飲みこむ。
「それじゃ、四つ目のラピスの洞窟、行こっか!」
腰に差していたカゼハバネを抜く桜花。
半透明の刀身の先が、台地を指した。