「けど、おうちゃん。あの花――レッドマリッジと、あの魔性はどうするの?…撃つ?」
「んに?」
桜花の指し示す台地の上に広がる赤いレッドマリッジの花畑。下まで漂ってくる、甘ったるいような花の香り。
そこから桜花たちを見下ろす黄色いヒツジに、永愛が杖を向ける。
「め、メテオ撃つの!?」
慌てた紅葉が、軽い身体で永愛の肩に飛び移った。ふるふると首を振って、指先で紅葉を撫でる永愛。
「メテオはしない。ヘイルキャノンもある」
「…それって、地面も破壊したりする?」
「しない…と思う。……気をつければ」
杖を両手でぎゅっと握った永愛が心なしか普段より輝く瞳で桜花に視線を向ける。
紅葉が、すがるような瞳で桜花を見た。
「お、おねえちゃあん…」
「あはは。永愛、今はまだ大丈夫だよ。――見てて!」
台地に向けたカゼハバネを、気負いないまま桜花が一振りすると、いくつもの魔法陣が宙に向かってらせん状に展開された。
足元の草を喰み始めているヒツジの更に上空まで、塔のように魔法陣が並ぶ。
見上げる永愛の肩から紅葉が跳んで、桜花の肩に戻った。
「…これは、なに?」
「こうするんだよ。よっと!」
身体にマナを巡らせた桜花は跳躍して、魔法陣に乗った。
更に跳躍してもう一段高い魔法陣に乗ると、魔法陣から身を乗り出して下で待つ永愛に声をかける。
「こうやってジャンプしてけば上まで行けるよ!」
「…そう」
一番手前の魔法陣に向かって永愛が両足を揃えて跳ぶと、魔法陣には指先も掠めることなく地面に落ちた。
「ふぎゅっ」
「…あっ。――永愛、大丈夫!?」
地面に張り付くように倒れた永愛に、魔法陣から飛び降りた桜花が駆け寄って抱き起こす。
ほんのり赤く頬を染めた永愛が、ふいっと桜花から顔を逸らした。
「……行けない」
「えと、ごめんね。マナでの体の強化、知らなかったよね。強化するやり方、教える?」
「おうちゃんくらい高くジャンプ出来ても、たぶん無理。…わたし、運動音痴」
握った拳をむんっと前に出した永愛は、その拳をチョキの形にした。
「そっかあ。それなら、一緒に行こう。永愛、浮く魔法使える?」
「ありがとう。…でも、後で強化の魔法も教えてほしい。――マキナル・ウーラ・アル・ヘイスオル・ティムオル。『浮遊』」
「もちろん、任せて!」
ふわりと、地面から浮いた永愛を桜花が横抱きに抱き上げた。すると、桜花の腕の中で永愛の身体が揺れる。
「あれれ?」
「…このままだと、重力が打ち消されてるから、浮いてしまう」
ふわふわと揺れ続ける永愛の身体は、桜花が身じろぎする度に斜めや上に動いて安定しない。
「すごい魔法なんだね。じゃあ、抱っこにしよう!」
「…んっ」
永愛を抱えたまま、抱き合った姿勢へ変えた桜花は、魔法のヒモで永愛を固定した。
両手を真上に上げても、永愛が落ちることはない。
「ばっちりだ!」
「これ、赤ちゃんみたい…」
桜花の肩に顎を乗せる姿勢になった永愛がささやいた。
「んに。ほんとだ、可愛い!――それじゃ、くーちゃんも掴まっててね。今度こそ、行くよー!」
「うん!」
地面を蹴って軽々と跳躍した桜花は、リズムよく魔法陣を跳ねあがっていく。
永愛がしがみついている間に、台地より高い魔法陣の塔の一番上に着いた。
「ほら見て。くーちゃん、永愛!…毒があってもお花畑が綺麗!」
「うん、お花は綺麗だね」
「でもなぜ…あの魔性は痺れないの?」
桜色の魔法陣の上から見る景色は、台地いっぱいに広がる一面のレッドマリッジの花畑だった。
花畑には、黄色や緑、紫など、様々な色のヒツジの魔性が
「ここで調べてみるね!」
浮遊魔法を解いた永愛を魔法陣に下ろした桜花は、ポーチから取り出した魔性図鑑を開いた。
肩に乗る紅葉が、図鑑をのぞき込む。
「なにか分かった?」
「…うん。あのヒツジ、シビレヒツジって言うんだって。レッドマリッジの花を食べて、痺れ毒を体内に溜めるみたいだよ。だから、耐性があって花の毒は効果がないみたい」
「それは……。毒を活用する、生物のよう。他に、書いてない?」
「えっと」と呟いた桜花がページの下の記述を読む。
魔法陣の下から桜花たちを見上げるシビレヒツジは、息を吸い込んで段々と膨らんでいた。
「ここ、毒を溜めた分だけ毒の毛玉を吐くって書いてあるよ」
「そう……まずい」
『ベエエエエエエ!!』
舌を震わせたような鳴き声と共に、シビレヒツジが毛玉を吐いた。
風に乗って飛ばされた黄色いもこもこの毛玉が、桜花たちに向かってくる。
「やっ――『火のクリーン』」
垂直に展開された桜色の魔法陣を中心として、張られた炎の膜に触れた毛玉が燃えていく。
「くーちゃん、この魔法陣からふぁいやの準備をお願い」
「うん、任せて!」
桜花の張った炎の膜が膨らんで、そして消えた。
視界には、再び赤い花畑とヒツジ。黄色いヒツジの周りに、色とりどりのシビレヒツジが集まってきている。
息を吸い込んで膨らんでいくシビレヒツジの群れ。紅葉が急いで魔法陣を描いている。
「…おうちゃん、やっぱりヘイルキャノンする?」
「そだね…」
杖を構えた永愛の瞳が、きらりと煌めく。
「くーちゃん、おいで。永愛はヘイルキャノンの準備をお願い。…あんまり地面を壊さないように。――もっと高くに行こう!」
「ん。マキナル・レイシクルカノ・サイコル・ステヌ・フォス――」
ささやくような詠唱を唱え始める永愛。
永愛の身体を横抱きに抱いた桜花は、全身にマナを巡らせる。
紅葉が肩に乗るのを待ってから、更に上空に展開した魔法陣を目がけて、足元の魔法陣を蹴って跳んだ。
トントンと、展開した魔法陣に飛び移っていく。
「詠唱、終わった。いつでも撃てる。空は、飛ばないの?」
「ありがとう。飛んでもいいんだけど、空で止まれないのと、花畑に降りるときに危ないかも――くーちゃん!」
『ベエエエエエエエエ!!』
鳴き声と共にシビレヒツジが吐き出した色とりどりの毛玉が、高い上空の桜花たちへ向かってくる。
「うん!――『ふぁいや』」
先ほどまで桜花たちがいた宙に残された紅葉の赤い魔法陣から、炎の玉が放たれて、色とりどりの毛玉を飲み込んだ。
「永愛、いける?」
「勿論。『ヘイルキャノン』」
永愛の杖の先から藤色の魔法陣が広がって、いくつもの氷の
一つ一つがシビレヒツジよりも大きな飛礫が、轟音を立てて地面をえぐり、掘り返された土と花が宙に舞う。
「ひゃあ…すごい」
「…メテオと変わらないよぅ」
「頑張った。どう?」
むんっと両拳を前に出して、桜花たちに振り向く永愛。帽子越しに、桜花がそっと永愛の頭を撫でる。
「んに、すっごい魔法だね。魔法陣も複雑だし、覚えたのすごいよ」
「ん。そう」
大人しく桜花に撫でられる永愛は、ほんの少し目を細めて口元がほころんだ。
「魔法の強さも変えられそうだったから、今度一緒に魔法の練習しよ!」
「…是非。もっと強くできる?」
「え。まだ強く…」
紅葉の尻尾がびくりと動いて丸まったのを見て、桜花は「あはは」とだけ笑った。
△▼△▼△▼△▼△
ぴょんぴょんと、地面よりずっと高く展開した魔法陣の上を跳び移っていく桜花と、一緒に移動する紅葉と永愛。
眼下に果てしなく広がっている赤い花畑には、ぽつぽつと点のようになって見えるシビレヒツジが歩いている。
「すごく広くて綺麗だね」
「うん。赤いお花の湖みたい」
「…あった。あの、口を開けてる洞窟」
永愛が指差した先には、花畑の中。ぽっかりと地面に穴が空いたかのように続く洞窟があった。
「近づいてみるね」
「うん」
洞窟に向かって降りていくように展開した魔法陣を跳び移り、洞窟の真上に立つ桜花たち。
上から覗く薄暗い洞窟の内部は、白い花が咲いているのが見えた。
白い花が揺れている。洞窟からは、風が吹いていた。少し時間が経つと、今度は洞窟に向かって吹き込む風が起こる。
「この洞窟……息をしてるみたい」
「…行く?」
小さく首を傾げた永愛の瞳が、桜花をじっと見る。桜花は唾を飲みこんで頷く。
「うん。行こう!」
桜色の魔法陣が、洞窟の入口まで階段のように続いた。