階段のようになっている魔法陣を一番下まで降りて、地下へと続く洞窟の入口に着いた。
近づいても変わらず、洞窟に吹き込む風と吹き出す風が交互に吹いている。
「お姉ちゃん…この洞窟、ちょっと怖くて、不思議だね」
「…うん。えへへ、ちょっぴりワクワクしてきた!」
桜花に抱きかかえられていた永愛が魔法陣に降りて、その下で揺れる白い花畑をのぞき込む。
「レッドマレッジの花、洞窟の内部には無くて良かった」
「この白いお花は、毒のない…えっと、ホワイトマリッジ?」
しゃがんだ桜花が、指先に灯した毒調べの炎を白い花弁に近づける傍らで、永愛がリュックから取り出した本を開いた。
桜花の桜色の炎が花弁に触れても、揺らめきも色も変化はなかった。
「毒調べの炎だと、毒はなさそうだよ」
「…あった。これはたぶん、ホワイトマリッジで合ってる。――毒調べの魔法、とても便利」
「えへへ。これもネムに教えてもらったんだ」
今度は、洞窟の際に生えていたレッドマレッジの花弁へ毒調べの炎を触れさせる。
凍りついたかのように炎の揺らぎは止まり、その色は黄色に変化した。
「ホワイトマリッジ……ミモザさんから、見つけたら取って来てって言われてた花?」
「そう、この花。蜜には治癒の力が宿っていて、花言葉は旅立ちと祝福」
魔法陣の上から伸ばした永愛の手がホワイトマリッジの花弁に触れると、花弁は仄かに白く光る。
指先に灯した魔法の炎を消して、桜花は白い花の咲く洞窟に足を下ろした。
洞窟の奥から吹く風に靡いたホワイトマリッジが、桜花のふくらはぎを撫でる。
「…このお花の光、じんわり温かくて、気持ちいい」
「ほんとだ。ぽかぽかする」
桜花に続けて、紅葉と永愛が地面に降りてくると、三人の立つ場所だけが白く光る。
白い花弁を両手で包む桜花。
「永愛、ホワイトマリッジはこのまま取っていいの?」
「……花の蜜が薬効成分だけど、取り出し方が特殊と書いてある。花の茎ごと取る」
「ありがとう、分かったよ!――もらっていくね」
ホワイトマリッジの茎を折って、摘み取った花の花弁に指が触れると、今度は光らなかった。
集めた花をポーチにしまっていく桜花たち。
「そろそろ、大丈夫そう?」
「うん、十分だと思う!」
桜花の側に座って花を摘んでいた永愛が、地下に続く洞窟の奥を指差す。
「奥、行く?」
「行きたい。行ってみよう!」
今度は紅葉が灯した毒調べの炎を前に浮かべて、三人は奥へ足を踏み入れた。
進むにつれて段々と暗くなる洞窟の内部には、白い花畑。岩肌からはぽつぽつと、ラピスの結晶が突き出している。
毒調べの炎と、足元の白い花の灯りがぼんやりと進路を照らしていた。
「綺麗だね」
「たしかに。…幻想的」
「お姉ちゃん、永愛さん。あっちのほう、坂道じゃなくなってるよ!」
地下へと下る洞窟の先は坂が終わって開け、平坦な地面に花畑が続いているのが見える。
「…先が明るくなっている」
「ほんとだ。なんでだろ?」
道の先からは、ぼんやりとした灯りが漏れている。
向かい風と追い風が交互に吹く下り坂を、慎重に進んでいくと、視界が広がった。
「…わあ。すごい」
洞窟の内部で広がる空間には、風に揺れるホワイトマリッジの花畑を歩く、何頭もの白いシビレヒツジの群れ。
シビレヒツジの身体に触れた花弁の灯りが光源になって、洞窟内は明るくなっていた。
「納得。だから、ここは明るいの」
「白いし、外にいた子たちよりも大きいよ」
桜花たちには気にも留めず、のんびりと花を喰んでいるシビレヒツジたちは、洞窟の外の個体よりもひと回りほど大きい。
ヒツジたちの方向に向けて、スンスンと鼻を鳴らす紅葉。
「大丈夫?…毒、吐いたりしない?」
「んっと……うん、大丈夫そうだよ。毒の花を食べない子は毒を持たないって書いてる」
開いた図鑑に書いてある文章を、指でなぞって読み上げた桜花は、それから図鑑を閉じた。
「シビレヒツジも私たちを気にしてないみたいだし、奥に行ってみよう」
「うん」
桜花を先頭に、足元の光る奥へ進んで行く。
すれ違いざまに白いヒツジのもこもこの羊毛を触ってみると、「ブエエエ」と鳴いた。
「この子たち…可愛いね!」
「お、お姉ちゃんっ!」
思わずヒツジに抱きつく桜花に、紅葉が慌てて声を上げる。
羊毛に顔を埋めた桜花が頬ずりするも、抱きつかれたヒツジは動じることもなく、その口で花をむしって食べていた。
永愛が、人差し指でヒツジに触れる。
「…平和的」
「えへへー。ふかふか!――あれ、何か聞こえる」
羊毛から顔を上げた桜花が、小首を傾げる。
耳を澄ますと、三人の耳にしゃがれたような声が響いた。
≪…きこえるか? おまえたち、たびびとだのん?≫
顔を見合わせる桜花たち。桜花の瞳がキラキラと輝きを増していく。
≪テレパスだね。旅人だよ! あなたは誰?≫
≪ぼくは、このこたちのおうさまだのん。そこよりもおくにきてほしいのん≫
≪えっと。くーちゃん、永愛。……うん、行くよー!≫
煌めく桜花の瞳を見た永愛と紅葉は、しばらくの
しゃがれた声に導かれて、洞窟の奥へ奥へと進んで行く。
道のりは先ほどから変わらず、のんびり過ごすヒツジの群れと、その足元には光る花畑が見えている。
交互に吹く風は、段々と強くなって桜花たちの身体を前後に押し、巨大な呼吸音のような音になっていた。
≪ま、まだですか…?≫
≪もうすこしだのんー≫
声の主に問いかける紅葉の尻尾が少しずつ震え始めた。
「くーちゃん、おいで」
桜花に呼ばれて肩に乗ると、尻尾の震えが止まって、今度はキツネ耳がピクピクと前方に動く。
「…罠、かもしれない。…という可能性もある、かも」
歯切れ悪くささやいた永愛の頭を、魔女帽子越しに桜花が撫でた。
「声に怖い感じはしないから、たぶん大丈夫だよ。むしろ…」
≪ついたのーん≫
洞窟の奥。暗くてよく見えない前方から、生温かな気配を感じる。
紅葉が灯していた魔法の炎を奥にかざすと、そこは壁があり、行き止まりになっていた。
「つ、着いちゃった…」
「ここ?」
その壁は、崩れた岩が山積みとなっていて、壁の向こう側が見えることはない。
≪よくきたのん。ここだのーん≫
「どこだのーん?――あっ」
きょろきょろと声の主を探していると、見つけた。
壁の中心の辺り、少し見上げた位置に、三人が横並びになってもすっぽりと入れそうなくらいの、シビレヒツジの口が突き出していた。