光る樹壁に囲まれた通路を、気負いない足取りで歩く三つの影。
桜花と紅葉と、その後ろで浮くネムだ。
破れた跡の見当たらない、白い制服を着た桜花がネムに聞く。
「んに。さっき倒したトウセキドリって、おいしいの?」
「ふむ。なかなか美味いぞ。……しかし、オーカたちもここ数日で、この辺りの魔性には難なく対処できるようになったの」
それを聞き、笑顔になる桜花。紅葉も、嬉しそうに尻尾が揺れる。
「えへへー。いろいろ教えてくれてありがとう!…トウセキドリ、あとで食べようね。くーちゃん!」
「うん! 上手に焼くよ。まかせて!」
「ありがとう。楽しみだね!」
明るい通路のなか、三人は進む。
道の端では、緑色のウサワタがころころと転がっていた。
樹の中の一部屋で、紅葉が地面に向かって、前足を動かす。
小さく息を吸い、そして唱える紅葉。
『クリーン』
てしてしと地面を叩くと、足元に描かれた魔法陣から、紅い魔法光が放たれた。
光の球が周囲に広がり、場が綺麗になる。
「くーちゃん、魔法陣を描けるようになったね!」
「うん。お姉ちゃんが、一緒に練習してくれたからだよ」
「もう! くーちゃんかわいいなあ!」
抱きしめて、何度も頭を撫でる桜花。紅葉は目を閉じて身を任せる。
それから紅葉は、用意されていた串に刺さる鳥肉の中心に向かって、『ふぁいや』を唱えた。
焼けるトウセキドリの肉を、囲む三人。少しずつ焼き色がついていく。
紅葉が、そっとネムを見て、疑問を口にした。
「…でも、不思議ですよね。倒した魔性はそのままでも腐ったりしないなんて」
「うむ。マナがあるからな。――正確には、生きた誰かが所有しない限り、マナとなりやがて世界に還るということじゃ」
「はえー。マナって不思議だね。……ネムにはマナがないの?」
きょとんとした顔で、ネムを見る桜花。
ネムは、軽く頷くと、微笑みながら言う。
「うむ。……今のボクにはマナがないぞ。霊体じゃからな」
「そうなんだ。ネムも、大変なんだね」
桜花はふむふむと頷き、脚を伸ばした。
少しの静寂のあと。
焼ける肉から視線を動かさないまま、紅葉がネムに問いかける。
「あの…ネムさん」
「ん? なんじゃ、クレハ」
小首を傾げながら、ネムが紅葉に顔を向けた。
紅葉は一度、小さく息を吸い、言葉とともに出した。
「――ネムさんって幽霊、なんですよね。さびしく、ないんですか…?」
不意を突かれた表情になるネム。
一瞬、視線が宙を彷徨う。そんなネムを、紅葉はじっと見つめる。
それからネムは腕を組み、考えながらも言葉にしていく。
「そうじゃの…。ボクは幽霊としての年期は浅いからな。……じゃが、寂しくないと言えば、嘘になる…か」
一度、言葉を切るネム。炎が、小さくはぜる。
黙ったまま、続く言葉を待つ紅葉。
ネムが、小さく息を吐く。
「うむ、そうじゃな。…とは言え。ボクには、ボクの意志を継ぐ者がおるからな」
「…そうなん、ですね。――それはとても、いいですね」
ネムから視線を外し、紅葉は炎に向かって小さく呟いた。
焼ける肉から垂れる肉汁を、ぼんやりと眺める紅葉。
炎が、揺れている。
ネムが、ふっと笑う。
「何を言っておる。クレハも、オーカも、ボクと接した記憶を持つのじゃから、同じことじゃぞ」
紅葉が、目を見開きもう一度ネムを見た。
「――それ、とってもいいね!」
紅葉とネムの話を、静かに聞いていた桜花が、明るい声を上げた。
二人に向かって、「えへへ」と笑いかける。
「私もくーちゃんも、ネムのこと覚えてるよ! ね、くーちゃん!」
「おねえちゃん……うん。――うん、とても、いい!」
炎を囲み、笑い合う桜花と紅葉。微笑むネム。
肉はいつの間にか、こんがりと焼けていた。
樹の地面に、滴り落ちる肉汁。
「わあ。お肉、焼けたね! くーちゃん、食べよう!」
「うん!」
トウセキドリ肉が刺さった串を二本、手に取る桜花。
紅葉と分け合って、肉を食べ始めた。
「ごちそうさまでした!――おいしかったね、くーちゃん」
「うん。ジューシーだった」
揃って完食した桜花と紅葉は、両手を胸の前で合わせる。
口の端や手に付いた油を、『クリア』の魔法で綺麗にした。
「それじゃ、行こっか!」
元気よく立ち上がった桜花の掛け声。
近くに立てかけておいた小剣を、手に取り腰に差す。
三人は、明るい迷宮の通路を進み続けた。
△▼△▼△▼△▼△
通路の中を泳ぐ空魚を、視界の隅に収めながら歩く桜花たち。
桜花がふと、立ち止まる。つられて足を止める、紅葉とネム。
「ん? なにか、音がする。…ごろごろ?」
「うん。地面を、ころがってるような…」
桜花たちの前には、なだらかに登っている樹の道。緩やかな曲がり道だ。
その先から、丸まったまま転がる虫が現れた。
「――おっきなダンゴムシ!」
「こっちにくるよ、おねえちゃん。……くれはたち、つぶされちゃう!」
桜花よりも大きなその虫は、桜花たちのほうへ向かって、坂を転がってくる。
ネムが、「…おお」と間の抜けたような言葉を発した。
「…あれは、ヨロイマルムシ。やつは――」
「逃げるよ! くーちゃん、ネム!」
「う、うん!」
しかし、桜花の声に
桜花たちは即座に
「来てる来てる来てるー!」
「そうじゃ、ヨロイマルムシは、狙った獲物に向かって方向も変えられるぞ」
「こわすぎ、ます…!」
両手両足を大きく動かして、逃げる桜花と紅葉。
振り返ると、先ほどよりも近づいてきているヨロイマルムシ。
桜花たちにぶつかるまで、あと少しだ。
「んに! くーちゃんはそのまま、前に走って!」
「おねえちゃん!?」
駆けていた足で、強く地面を踏み、桜花はヨロイマルムシに振り返った。
桜色のツインテールが、舞う。
腰から抜いた小剣の切っ先を、前に向ける。
「…えやっ!――っ!」
その体躯に斜めに沿うように、突き出された小剣。響く甲高い音。
桜花は吹き飛ばされ、地面を転がり、折れた小剣の刀身が地面に刺さる。
ヨロイマルムシは、剣によって進路をズラされて、壁にぶつかった。
地面にうつ伏せに倒れた桜花が、手足を動かし、膝を立てる。
「ふ…ぅ…」
『キュア』
紅葉の声が、響いた。
起き上がろうとした桜花の身体を、光が包む。
紅葉が、地面に描いた魔法陣から、癒しの魔法を発動させていた。
桜花の切り傷や
「…くーちゃん、ありがとう! 今のうちに、坂を上ろう!」
「うん…!」
モゾモゾと体躯を開こうとするヨロイマルムシを後目に、桜花たちは再び、通路の奥へ駆け出した。
「ふぅ…。はぁー…」
荒い呼吸を整える、桜花たち。
壁に手を当てて、何度か大きく呼吸をする。
「なん…とか、逃げれたね!」
「うん、つぶされなくて、よかったぁ」
そのまま、樹の通路を背にして座り込む桜花。
紅葉が隣に来て、桜花に身体を預けた。
微笑んだ桜花が柔らかな手つきで、紅葉の頭を撫でる。
ふと、桜花が片手に握る折れた小剣に、紅葉が気づいた。
「おねえちゃんの剣、折れちゃったね…」
「…うん。でも、まあ、そんなこともあるよね。私たちが無事だったんだから、それが一番だよ」
気負いないまま、紅葉に向かって笑顔を見せる桜花。
「うむうむ。物はいつか壊れるからの。――むしろ刃のこぼれたあの小剣で、良くぞここまで保ったものじゃ」
ネムの目線は、折れた剣に向いている。半ばほどから、割れている。
桜花は小剣の残った刀身を、何度か指でなぞる。
何度かなぞって、ぽつりとこぼした。
「うーん。…どうしようかな」
「ふむ、そうじゃな。……そうじゃ」
少し考え込み、ぽんと手を打つ動作をしたネム。
桜花たちの目が向く。
「剣なら、あるかもしれん。もうすぐ着く中層の、その手前の部屋に。…まだ、刺さっておるままじゃろうからな」
「――そうなの?…使っていいの?」
「うむ。勿論じゃ。このまま進むと、明日くらいには行けるじゃろう」
桜花と紅葉が顔を見合わせる。桜花が、にかっと笑顔を向けた。
「よーし! それじゃあ早速、取りに行こー!」
「おー!」
勢いよく、右手を上に突き上げる桜花。
紅葉の掛け声が、それに続く。
「まあ、たどり着くのは明日くらいじゃろうがな。それまでは、魔性に出会ったら魔法で対抗するしかないの」
「…ありゃ。うん。そうする!」
元気よく返事をする桜花。
さっそく、迷宮の中を進み始める。
三人が去った後には、樹の壁に立てかけられた折れた小剣。
△▼△▼△▼△▼△
「うむ。そこは、そうじゃ。…その描き方だと、暴走するぞ。もっとしなやかに」
「むむ。むずかしいね」
薄暗くなった星樹の壁と、咲いた
桜花たちは、魔法の練習をしていた。
「うむ。だいたいそんなところじゃ。――クレハも、あともう少しといったところかの」
「はい! ありがとうございます!」
桜花の隣で、地面に魔法陣を描いていた紅葉。顔を上げて、尻尾を揺らす。
描かれていた、桜花と紅葉二人分の魔法陣が霧散した。
「さて、明日には新たな剣のある部屋と、そして中層にも辿り着けるじゃろう」
ネムが目を閉じ指を立てる。
座った桜花の膝の上には、紅葉。揃って、じっと話を聞く。
「中層からは迷うこともあるし、魔性の強度も上がってくる。――それでも、と。…これは、野暮な質問じゃったの」
瞳をきらきらと輝かせる桜花。
にまっと笑い、元気よく一言。
「明日も楽しみだね!」
「うん。おねえちゃんと冒険だ!」
桜花の笑顔に向かって、紅葉も明るく返す。
二人はそのあと、共に魔法の練習をして、そのまま眠りについた。
迷宮の部屋の隅で、小さな呼吸が、静かに沈む。
――そして、朝。
「おはよう、オーカ、クレハ。――昨日も、戻っていたのか?」
「…うに。おはよう。……ゆき姉のいる世界に、帰ってたよ」
閉じかけた目で、ぼんやりと返答する桜花。
ごしごしと目をこすり、何度かあくびを繰り返した。
しばらく経って目が覚めると、抱きしめていた紅葉を降ろし、立ち上がる。
つま先で地面を二度叩き、胸元のペンダントを握りしめた。
一度、息を吸い。そして、はじけたように笑う。
「よーし! 行くよ!」