超ド級巨大生物 VS 女装メイド   作:細川 晃

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第7話 あなたのために

 

 

 

 五月上旬。

 

 あれから四日が経った。

 

 アルバトロスとの最終決戦である第七次討伐作戦に備え、僕は賽原基地の地下深くに設けられた専用の訓練施設で、朝も夜も、寝食すらも惜しんで実戦的なシミュレーション訓練に励んでいた。

 

 訓練には、脳核に電子情報をインストールすることで構築されたバーチャル・リアリティを用いている。

 

 それはまさに、現実と見分けがつかないほどリアルな明晰夢であった。

 

 僕は賽原基地の地下で、手術台みたいな固いベッドに寝転がり、眠るように意識を手放すだけで、限りなく現実に近い古今東西の様々な戦場を絶え間なく追体験していったのである。

 

 その過程で、人類社会を滅ぼした一辺五キロメートルの立方体型巨大生物――アルバトロスについて詳しく学び、実戦の感覚というものを五感で理解し、より効率的な装甲義体の運用方法を自分なりに模索していった。

 

 これまでに追体験した戦場は、二〇一二年の関東絶対防衛戦から始まり、二〇一八年までの世界各地での小規模戦闘、第一次から第六次までの討伐作戦と多岐に渡る。

 

 昨日までの三日間で、自分は計十二の戦場において激戦と呼ばれた戦いをそれぞれ最低三度はくぐり抜け、記憶喪失によって失われてしまった戦闘経験の蓄積に努めた。

 

 そして今日からはついに第七次討伐作戦をより実戦的に意識した、最高難度の戦闘訓練に挑んでいる。

 

 ようするにアリス様が造り上げた僕の新しい体、来栖野式特二十型装甲義体〝アマツバメ〟の設計理念である、単独でのアルバトロス討伐を成功させるための訓練。

 

 友軍からの支援を一切受けることなく、たったひとりで、アルバトロスを完全に殺し切るというものである。

 

 はぁ、まったく。なんてひどい作戦を想定しなければならないのだろう。

 

 思い返すだけでため息が出てしまう。

 

 太平洋戦争末期、最後の戦いに臨むべく沖縄方面に出撃した戦艦大和にだって、護衛として九隻の軍艦が随伴していた。

 

 それなのに、全人類の命運をかけた最終決戦に、僕は友軍の支援もなく単独で挑まなければならないのである。こんなめちゃくちゃな作戦を立案しなければならないほど、人類側は追い詰められているのだろう。

 

 一応現実には、第七次討伐作戦の前段階として、敵戦力の間引きを目的にした大規模作戦が実施されるらしいのだが、今のところ確定した情報が一つもない。どの方面軍が、どれだけの戦力を投入するのか、いつ作戦を実施するのかで、上層部が揉めに揉めているらしい。

 

 自分としても、そんな不確定要素を訓練内容に反映させるつもりはなかった。

 

《これより戦闘シミュレーションを開始します。本機のレーダーが検知した高エネルギー反応への到達を最優先目標とし、アルバトロスの体内を単独潜行。最深部に存在する敵の〝コア〟を完全破壊してください》

 

「…………」

 

 脳内に響く渡り鳥の中性的な機械音声に無言で従い、僕は両腰に装着された機械式の鞘であるブレードランチャーへと両手を伸ばす。

 

《対物ブレード〝相州五十七代鬼正〟抜刀》

 

 鞘の内部から自動的に押し出された無機質な柄をそれぞれ握り締め、二振りの対物ブレードを同時に抜き放った。

 

《フィールドのランダム生成、開始》

 

 直後、膨大な電子情報によって構築された仮想空間が眼前に現れる。

 

 ――それはアルバトロスの体内を再現した直径二十メートル、総延長数千キロメートルもの無機的な空洞であった。

 

 アルバトロスの体内に張り巡らされた長大な空洞は、それこそのたうつ蛇か、毛細血管のように行く手で縦横無尽に曲がりくねり、無数に枝分かれしている。

 

 この総延長数千キロメートルもの空洞こそ、僕が第七次討伐作戦において単独で走破しなければならない戦場であった。さながら一寸法師である。鬼を退治するためにその体内へと単身乗り込んだ一寸法師も、今僕が感じているような、筆舌に尽くしがたい恐怖と緊張を味わったのだろうか?

 

 なお不幸中の幸いとでも言うべきか、空洞内は視界ゼロの暗闇に閉ざされているわけではなかった。

 

 地面や天井そのものがわずかに発光しており、空洞内は薄ぼんやりとした青白い光で照られている。当機の人工眼球には、高度な暗視能力が備わっていることもあり、わずかな光量であっても視界は十分に確保されていた。

 

《戦闘訓練、開始》

 

「――っ」

 まずい。

 

 とりとめのない空想にふけっている場合じゃなかった。

 

 とにかく時間がない。

 

 肩甲骨付近の推進機構から荷電粒子を最大出力で噴射し、力いっぱい地面を蹴って駆け出した。

 

 第一次から第六次まで、これまで六度行われてきたアルバトロス討伐作戦というのは、そのどれもが非常にシンプルな作戦である。

 

 作戦の概要はこうだ。

 

 使い捨ての強襲用ブースターユニットを装備した戦闘員が、統合軍基地の滑走路から出撃。

 

 高高度をマッハ二十以上の極超音速で飛翔しながら大洋を横断。目標座標に到達後は高度を落としつつ敵の防空網をくぐり抜け、アルバトロスの体表面上の横穴から内部へと突入。

 

 突入時、燃焼の終了したブースターユニットは投棄。

 

 その後、可及的速やかに、人類統合軍が〝コア〟と呼称するアルバトロスのメイン動力炉を破壊するのだ。

 

 それは今後予定されている第七次討伐作戦においても変更はない。

 

 正直、かなり不安の残る内容ではあるけれど、一介の戦闘員が作戦に関してあれこれ口出ししても仕方がないので、僕はアリス様を筆頭とした賽原基地の技術者たちを信頼すると心に決めていた。

 

《警告、前方五百メートルに敵集団を発見》

 

 当然ではあるけれど、アルバトロスの体内に張り巡らされた長大な空洞は、整備された安全な鍾乳洞なんかでは決してない。

 

「もう出てきた……っ」

 

 身の毛もよだつ警告音が脳内で鳴り響き、思わずうめく。

 

 僕は今まさに、敵のコアを破壊するべく空洞の最深部を目指して行動しているわけだけど、敵もただ黙って殺されてくれはしない。

 

 アルバトロスの体内には戦車や装甲車、もしくは兵隊蟻とでも表現するべき生物が、数万体から多い時には数十万体ほど潜んでいる。

 

 体高一・八メートル、全幅二メートル、全長二・五メートル。

 

 全身が重金属製の堅牢な甲殻に覆われ、戦車の装甲すら切り落とす鋭く尖ったアゴを持ち、ハエのような三対六本の脚によって空洞内の天井や地面を俊敏に這い回る。

 

 口部からは、直径四十ミリの徹甲弾を戦車砲すらも凌駕する初速で発射し、近距離の標的に対しては強力な酸性の消化液を噴射する。

 

 人類統合軍が〝キメラ〟と呼称するその生物は、アルバトロスから遠隔的にエネルギー供給を受けるという共生関係にある。そして宿主の体内に侵入した異物を排除するべく、戦場として分類するならば、それほど広いとは言い難い空洞内に何百何千もの群れをなして、一斉に襲いかかってくるのだ。

 

 

 

《敵総数、索敵エリア内に五百五十》

 

「電磁流体装甲、出力全開っ!」

 

 高速で対流する荷電粒子が最大濃度で周囲に展開されたのと同時に、かすかな閃光が前方で連続して瞬いたかと思うと、針のような形状の金属塊が鉛色の光沢を放ちながら途切れることなく飛来した。

 

 それは前方のキメラが発射した、タングステン合金製の四十ミリ徹甲弾であった。

 

 その威力は凄まじく、コンクリート壁や瓦礫などの遮蔽物を粉砕し、戦車を除く軍用車両や航空機は、この砲弾によって即座に破壊されてしまう。

 

 当然、戦車に比べればずっと薄い装甲しか持ち合わせていない渡り鳥では、キメラの砲弾の直撃には到底耐えられない。それは電磁流体装甲の出力を全開にしたとしても、根本的な解決にはなっていなかった。

 

 飛来する砲弾の数が一発や二発ならば問題はない。

 

 自機の周囲を対流する荷電粒子の防御層が、機体に接触する前に砲弾を確実に蒸発させるからだ。けれど、砲弾の数が百や二百となると話が変わってくる。電磁流体装甲の能力にも限界はあるため、それだけの数を一斉に撃ち込まれてしまえば、ほぼ確実に防御層を突破されてしまう。

 

 しかも莫大な電力を消費する兵装の使用は、常に排熱の問題がつきまとう。排熱処理が間に合わなければ思考能力が低下し、より深刻化すれば、戦場の真ん中で昏倒するはめになる。

 

 廃工場での戦闘で、僕が意識を失って倒れたのも排熱に問題があったからだ。

 

 オーバーヒートによって脳核、つまり生体脳がゆで上がりそうになった結果、安全装置が働いて義体機能を強制停止させたらしい。

 

 現状、排熱の問題は、渡り鳥の一部兵装の搭載を見送ることで大幅に改善されたが、それでも油断はできない。苛烈な長時間戦闘が想定される第七次討伐作戦では、電磁流体装甲の使用も極力ひかえなければならなかった。

 

「邪魔だ!」

 接敵するにつれて弾幕の密度が急激に高まっていく。

 

 殺到するキメラの砲弾を迎撃するべく、両手に携えた対物ブレードを幾度も振るった。

 

 研ぎ澄まされた相州鬼正の刀身は驚くほど鋭く、かつ粘り強い。

 

 対物の名は伊達ではなく、砲弾を十や二十斬り払ったところで刃こぼれすらしなかった。

 

「――退けぇっ!」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶと、推進装置の全力噴射を維持したまま、三枚の金属板によって形成された三次元推力偏向パドルを小刻みに開閉し、地上をジグザグに駆け抜け、殺到する何百もの砲弾を回避した。

 

 そして彼我の距離五百メートルを瞬時にして詰め寄り、無数のキメラが密集し、天井も地面も鉛色に塗りつぶされた空間へと迷わず飛び込んだ。

 

「――はっ」

 刹那、相州鬼正の特長的な灰色の刃が走り、ほぼ無音でキメラの堅牢な甲殻をするりと斬り裂いた。

 目の前に立ちふさがっていたそのキメラは、大きく斬り裂かれた胴体部から濁った赤い体液を間欠泉さながらにまき散らして崩れ落ちる。

 

 近場のキメラを同様に三体斬り伏せて橋頭保を確保すると、僕は地面に散らばった死骸を足場に、敵の包囲網を突破するべく可能な限り低く跳んだ。

 

 彼我兵力差は一対数十万と絶望的だが、最深部のコアさえ破壊してしまえばアルバトロスは即座に停止する。

 

 同時にキメラも一匹残らず死滅するため、無理に相手をする必要はない。

 

「――くっ」

 討伐作戦において、なにもよりも重視すべきなのが、速度である。

 

 僕が敵中突破を試みている最中にも、キメラは空洞の壁面を三対六本の節足で軽快に這い回り、時には頭上からボロボロと落下してくる。

 

 そういった敵個体に接触し、運悪く組みつかれてしまうと、もう助かる見込みは薄い。

 

 即座に脱出しなければ消化液で溶かされるか、鋭いアゴで食い殺されてしまうのだ。

 

 また頭上からの強襲を回避しても、背後をとられてしまえば命の危機に直結する。

 

 立ち止まってはならない。

 呆然と立ち尽してもならない。

 なによりも速度を重視する。

 

 それはつまり仲間が負傷しても立ち止まってはならない、仲間が戦死しても呆然と立ち尽くしてはならない、という意味だ。対アルバトロス戦闘において、立ち止まること、行動不能に陥ることは死と同義である。

 

 この数日間、絶え間なく戦闘訓練を繰り返す中で、僕は少しずつ過去の記憶というものを思い出していった。ただその記憶は、人物名や実際の出来事に関するものではなかった。

 

 人類統合軍の軍人としての心構え、対アルバトロス戦における鉄則や、重機械化歩兵部隊の隊長としての振る舞いなど、思い出したのは感情を伴わない純粋な知識や経験則に限定されていた。

 

 それらすべてが実戦の中で培われた知識や経験なのだとするならば、いったい僕はどれほどの戦友たちを見殺しにして、作戦の完遂を目指したのだろうか。

 

 二〇一二年の関東絶対防衛戦で僕だけを残して消滅したという第一〇一重機械化歩兵連隊。

 

 僕が隊長を務めていたという戦略機動部隊〝ハミングバード〟も作戦の度に代償を払い続け、かつて部隊に所属していた隊員は、ひとり残らず戦死してしまっている。

 

 生半可な精神力では、関東絶対防衛戦を経験した時点で再起不能だ。

 

 それほどの経験をしていながら、僕はどうやって正気を保ち続けたのだろうか。

 

 いや、もしかすると正気ではなかったのかもしれない。

 

 漠然と考えただけで言い知れぬ恐怖を感じて背筋が凍りつく。

 

 だから僕は考えるのをやめた。

 

「――っ」

 まもなく訓練開始から四十分が経過する。

 

 都合三百体ほどのキメラを斬り捨てたところで、右手で振るっていた対物ブレードの刀身が根元から折れてしまった。

 

 破損した兵装は迷うことなく投棄し、ブレードランチャーから新しい相州鬼正を抜刀する。

 

 どこに視線を向けてもキメラだらけで、その数は空洞の奥へと進んでいくにつれ、加速度的に増加していく。しかしそれは、この先がアルバトロスの最深部に通じているという確固たる証拠でもあった。

 

 肩部に並ぶ双発の推進機構が、こちらの意思に応えて唸りを上げる。その強烈な推進力に身を任せ、一羽の兎が月面を飛び跳ねるが如く、一足飛びに数百メートルを滑空していく。

 

 一歩進むごとに、強酸性の消化液、四十ミリの徹甲弾が、横殴りの雨となって降り注いだ。

 

 その豪雨の中を延々と突き進み、立ち塞がるキメラは真横を走り抜けながら斬り刻む。

 

 右に左にと軽快なステップを踏み、飛び上がっては空中で体をひねりつつ回避運動を取り、時には体を高速で回転させながら刃の生えそろったコマとなって、十重二十重の敵陣に斬り込んでいった。

 

「もう折れた」

 

 鈍い金属音と共に、ほんの数分前にランチャーから取り出したばかりの相州鬼正が刀身の中ほどから砕け散った。そして直後、訓練開始と同時にこれまで使用してきたもう一振りの鬼正も砲弾を弾いた途端に折れ曲がってしまう。

 

「――ちっ」

 舌打ちが我慢できない。

 

 あきらかに集中力を欠いていた。

 

 けれど態勢を整えている余裕などなかった。

 

《警告。前方四キロメートルの地点に、推定一千の敵集団を発見。続いて後方より、推定五千を超える大規模な敵集団が接近中、このままでは挟撃されます》

 

 視界の端に突如として、周辺の地形情報と敵の位置、それから接近中の敵集団が詳細に記されたマップが浮かび上がる。渡り鳥に搭載された人工知能は、現在僕が、どれほど危機的な状況下に置かれているのかを端的に知らせてくれていた。

 

「――――」

 後方から迫りくる敵集団の猛烈な突き上げに悲鳴を上げそうになる。

 

 眼前に広がる地形は、まるで機械で掘削したかのように直線的であった。

 

 そんな均一な空洞が延々と四千メートルも続き、その終着地点にはおよそ一千体ものキメラが布陣しており、次々と徹甲弾を口部から発射している。

 

 さながら防衛陣地に据えつけられた機関砲群による一斉掃射であった。

 

 毎秒数百発もの徹甲弾が前方より絶え間なく飛来する。

 

 直径二十メートルしかない空洞内は、あっという間に敵の濃密な弾幕によって塗り潰されてしまった。

 

 地形は一本道。

 前方には敵陣地。

 後方からは敵の大集団が接近中。

 退路はない。

 

「……いくじなし」

 

 体内で、ムクドリ型永久発電機構が心臓さながらに律動し、渡り鳥の性能を引き出すべく、各部へと潤沢な電気エネルギーを供給し始めた。

 

 その際に発生した膨大な熱エネルギーが、高温の蒸気を伴って全身から立ち昇る。

 

 アマツバメの頭髪が体内からその熱を吸い上げ、脳核を最優先で冷却しながら、淡い黄金色の光沢を放ってゆらめいている。

 

「そもそも逃げ道なんて最初からないんだ」

 

 そう呟きながら、僕は破損した両手の対物ブレードを手放した。両腰のブレードランチャーに手をかざし、速やかに押し出された柄を左右同時に引き抜く。

 

 これでランチャー内の予備は、左右合わせて残り五本。

 

 大丈夫、まだ戦える。

 

「――ぅあああああああッ」

 こぼれそうになる悲鳴を噛み殺し、自らを奮い立たせるべく叫びながら、滑るように地面を駆ける。

 

 降り注ぐ数千の砲弾を懸命に回避し、かわしきれなかった数百の砲弾は両手の刃を振るって迎撃する。しかしそれでも対処しきれなかった数十もの砲弾が、電磁流体装甲の防御層を食い破らんと殺到した。

 

「ぐうぅっ」

 その時、大きな衝撃と鈍い痛みが腹部を貫く。

 

《腹部被弾、装甲貫通。搭乗者にダメージ。複数の人工臓器、および第三動力ケーブル損傷。主機出力二十五パーセントダウン》

 

 破損した装甲の一部が脱落し、黒ずんだ血液が損傷した腹部からどくどくと流れ出ている。

 

 それは明らかに重症だったが、全身義体のサイボーグは生身の人間よりもよほど頑丈に造られている。また強すぎる痛みは義体側でセーブされるように設定されているため、戦闘継続にも大きな支障はなかった。

 

 僕は被弾した衝撃で崩れかけていた体勢をどうにか立て直し、再び敵陣に向かって走り出したが、明らかに推進装置の出力が低下していた。

 

 機体が最高速度に到達すれば、それこそ三秒未満で走破可能な四千メートルという距離が、今の自分には果てしなく遠い。速力が低下したところを狙い撃ちにされ、満足な回避運動も行えなくなった途端に何百もの砲弾が瞬間的に降り注ぐ。

 

 当然だ。敵は容赦などしてくれない。

 

《左肩部および左上腕に被弾。左腕、脱落。機動能力を喪失しました》

 

 左肩に大きな風穴が開き、左腕が一本まるごとちぎれ飛んだ。

 

 体勢を崩した僕は受け身を取ることもままならず、顔面から地面に倒れ込む。

 

 肩に被弾した衝撃で眼球の毛細血管が破裂したのか、左目の視界が赤く染まっていた。

 

「アアあっ――まだまだぁっ!」

 

 大破。満身創痍。

 

 だからどうした。まだ戦える。

 

 闘争か、死か。

 

 高濃度のアドレナリンが脳内を駆け巡り、ひととき、死の恐怖から解放される。

 

 しかし、その無謀な闘争の先に待ち構えていたのは、至近距離から発射されたキメラの砲弾が頭部を貫通するという、冷たくて残酷な死の感触だけだった。仮想空間内における僕の死によって戦闘シミュレーションは強制中断され、意識が現実へと浮上する。

 

 

 

 目覚めた直後、猛烈な吐き気に襲われ、手術台みたいな固いベッドから跳ね起きた。

 

「――うっ、おえぇぇっ」

 空っぽの胃袋が別の生物みたいに痙攣し、自分の意思とは関係なく体が震えて、涙が頬を伝っていく。

 

「小春、これを使って」

「アリス様……、すみません」

 

 声の聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには軍服姿のアリス様がポツンと立っていた。

 彼女から清潔な白いタオルと、飲料水の入ったペットボトルを順々に受け取り、僕はようやく生きた心地を取り戻す。

 

 ああ、まただ。またダメだった。

 

 こんなことではアルバトロスの単独討伐なんて夢のまた夢だ。

 

 心の奥底からふつふつと自責の念が湧き上がる。

 

 今回の仮想訓練では、近接兵装の相州鬼正を通常よりも壊れやすく設定し、敵集団との遭遇頻度を高め、全長四千メートルもの直線の空洞を意図的に配置するなど、実戦で想定されるよりも遥かに過酷な状況設定がされていた。

 

 けれど本来、幾多の外部兵装を身に纏うアマツバメには、その圧倒的に不利な状況を跳ね除けるだけのポテンシャルが秘められているはずなのだ。

 

 今回の訓練における敗因の一つは、その真価を十分に発揮できなかったこと。

 

 戦略兵装機構〝渡り鳥〟の腕部に内蔵された遠距離兵装。

 

 荷電粒子砲〝雷鳥〟の使用が禁止されていることが一因だった。

 

「アリス様、荷電粒子砲の調整はまだ終わりそうにないですか?」

 

 僕の質問に、彼女が珍しく表情を曇らせる。

 

「主砲の搭載は、当面見送られる」

 

「え?」

 視界の彩度が急激に低下した気がした。

 

「電力効率が想定していたよりも遥かに悪い」

 

「……原因は?」

 

「シミュレーター上では正常に動作している。なのに、実機を使用すると異常に発熱して冷却が追いつかなくなる。電力消費を抑えて発熱を抑制することは可能。でも、そうすると今度は十分な火力が得られない」

 

 はぁ、きびしいなぁ……。人類にもっと時間があれば……。

 

「どうにかなりませんか?」

 

「開発責任者の一人、式上博士の戦死が大きな痛手になっている。彼女は研究職でありながら優れた義体適性を有していたため、ハミングバードの隊員でもあった。そして、南米における第五次討伐作戦の成功は、彼女の英雄的挺身の上に成り立っていると言っても過言ではない」

 

「……式上博士」

 

 かすかにだけど、式上ゆき博士という女性を僕は覚えている。

 

 彼女は先天性のアルビノで、全身が淡雪みたいに真っ白な、とても小柄な女性だった。

 

 全身を機械化した後も自身の身体的特徴を継承していて、いつも忙しそうに賽原基地の各所を歩き回りながら、真っ白な長い髪をなびかせていたような気がする。

 

 

 式上博士は、式上家の第五十七代目当主、相州(相模国)――現在の神奈川県一帯において、およそ一千三百年以上の昔から先祖代々刀剣を鍛造してきた名家の生まれで、特に金属工学に精通し、様々な分野の兵器開発において天才的な才能を発揮したらしい。

 

 対物ブレードの相州五十七代鬼正も、彼女がほぼ独力で開発したという逸話をどこかで聞いた覚えがあった。

 

「現在も専門の職員を割り当て、式上博士の残したデータや設計資料を精査している。ただ、それにも相応の時間が必要になる。荷電粒子砲の再調整は、おそらく第七次討伐作戦には間に合わない」

 

「それなら機械化歩兵部隊のレーザー小銃を装備すれば――」

 

「無意味。あれは対装甲義体用の歩兵装備。キメラの甲殻は耐熱性と断熱性に優れた多重構造のタングステン合金製で、歩兵用の光学兵器を数十秒間照射し続けたとしても、蒸し焼きにすることもできない。二十ミリ機関砲でハチの巣にするほうが遥かにマシ」

 

「じゃあ機関砲を装備すれば――」

 

「確かに多目的二十ミリ機関砲ならばキメラに対しても十分効果的ではある。ただ、機関砲はシステム全体の総重量が百キログラムを優に超える。携行可能な三百発の砲弾を撃ち尽してしまえばアルバトロスの体内では補給もできず、その重い砲身がすべて死重量となる。あまりにも非効率」

 

「そう、ですか……」

 

 純粋にショックだった。

 

 コンパクトながら大火力を発揮できる荷電粒子砲こそが、対アルバトロス戦闘の切り札だと考えていただけに落胆が大きい。

 

 けれど、この程度でへこたれるわけにはいかない。

 

 苦しいのは誰だって一緒だ。

 

 誰もが第七次討伐作戦の成功を祈っている。

 

 毎日訓練に没頭していても、それがヒシヒシと伝わってくるのだ。

 

 この作戦に費やされる予算の半分もあれば、全世界の人々に、数年間は十分な食事と医薬品を提供することができるらしい。

 

 僕はそんな、人の命よりも大切な予算を食い潰しているのだ。

 

 だから諦めるわけにはいかない。

 

 とにかく、訓練を頑張ろう。

 

 もっと頑張って、実力を上げていかないと話にもならない。

 

 次の作戦は絶対に失敗が許されないのだから。

 

「アリス様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。僕はもう大丈夫ですから、そろそろ訓練を再開させてください」

 

 楽しくはないし、嬉しくもない。それでも人は笑えるみたいだ。

 

 汚してしまったタオルと飲みかけのペットボトルをベッドの足元に置き、無感情な笑みを顔に張りつけて、固い枕の位置を調整しつつ横になる。

 

「小春」

 

 しかしアリス様は、いつものように部屋から無言で立ち去りはしなかった。

 

 彼女は憂いを帯びた青い瞳で、僕を枕元から静かに見下ろしている。

 

「なんですか?」

「…………。頑張って」

「はい、頑張ります」

 

 一も二もなく頷くと、意識を仮想現実世界へと埋没させた。

 

 賽原基地の地下で戦闘シミュレーションを開始してから、今日で四日目。

 

 この日から僕は一切の食事も睡眠も取らず、ひたすら訓練に励み続けた。

 

 臨戦態勢に突入したこの体は、完全に人の形をした兵器となり、生理現象すらも戦闘機械には不要な機能としてすべて削ぎ落とされていった。

 

 眠気は来ないし、疲れもない。

 

 お腹は空かないし、なにも食べなければ、なにも排泄されない。

 

 体から老廃物すらも分泌されなくなった時、僕は改めて、自分は生身の人間ではないのだと実感した。

 

 四日目から七日目までの九十六時間で、訓練の試行回数は百五十一回を数えた。

 

 そのうち、最深部でコアの破壊に成功したのはわずか十五回。

 

 作戦成功確率、一割弱。

 

 いくら想定される実戦よりも過酷な状況設定がされた最高難度の訓練であろうとも、あまりにも成功確率が低すぎる。

 

 当然、こんな結果に満足なんてできるわけがない。

 

 訓練、訓練、ひたすら訓練、がんばらないと。

 

 こうしている間にも、日本の国土を食い荒らした元凶にして、生前の僕が第六次討伐作戦で仕留めそこなった最後のアルバトロスが、北米の西海岸を猛烈な勢いで蹂躙し続けている。

 

 明日にも、第七次討伐作戦が発令されるかもしれない。休んでいられる時間なんて一分一秒すらありはしないんだ。そう自分に言い聞かせながらひたすら訓練に没頭していると、いつの間にか七日目が終わっていた。

 

 明けて八日目。僕は半日ぶりとなる五分ほどの小休止を終えて、三日ぶりに口にした飲料水のペットボトルを片手に、訓練を再開するべく固いベッドの上に戻ろうとしていた。

 

 ところが。

 

「あ、れ?」

 変だな、足が前に出ない……。

 

 急に手足の自由が利かなくなり、視界が傾いていく。

 

 僕は受け身も取れずに倒れて、頭部を床に強く打ちつけた。

 

 起き上がるどころか、身じろぎすらもできはしない。

 

 

「小春? 小春っ!」

 その直後、アリス様が血相を変えて駆け寄ってきた。彼女は身動きのとれない僕を仰向けにして、その小さな白い手で両肩を何度も叩いていた。

 

「申し訳、ありません。僕は、また迷惑を……」

 あぅ、声もほとんど出せない。

 

「いいから喋らないでっ! 誰か、誰か来て! 早くッ!」

 

 それから数分も経たずに意識を失ってしまった僕は、全身義体向けの集中治療室とでも言うべき場所に運び込まれた上で、精密な検査を受けた。

 

 検査結果によると、どうやらこの体は極度の過労状態にあるようだ。

 

 この七日間、僕の体であるアマツバメは、常に戦闘モードになっていたらしく、本来身体の不調を伝える疲れや痛みといった重要な危険信号すらも、不要だからと強制的に遮断していたようだ。

 

 そういう状態で睡眠を一切取らず、七日間連続して戦闘訓練に明け暮れた結果、脳核が悲鳴を上げ、雪風小春という人格の崩壊を防ぐべく、義体が強制シャットダウンされた、らしい。

 

 意識が回復してからしばらくして、僕は初めてアリス様に叱られた。

 

 彼女は声を荒げることなく、軍人然とした強い言葉も使わなかったが、自分の体調管理すらできないようでは、実戦を生き抜くことはできないと、こっぴどく怒られてしまった。

 

 急がば回れ、ということだろう。

 

 残された時間は少ないけど、今回の一件で焦ってばかりでは仕方がないと思い知らされた。

 

 翌日から急遽、数日間の休養を取るようにアリス様から厳命されてしまった僕は、ひさしぶりに鶺鴒館へと帰ることにしたのだった。

 

 

 

 五月中旬。

 

 その日、僕はひさしぶりに来栖野家のメイド服をクローゼットから取り出した。

 

 このクラシカルな紺色のロングドレスと純白のエプロンの組み合わせはまさに王道だ。

 

 ハンガーに吊るして遠くから眺めるだけでも可愛いし、よく纏まったステキなデザインだと素直に思う。

 

 だけど、実際にこれを着てみるとなると話はまったく別である。

 

 なにせ、僕は男なのだ。

 

 第六次討伐作戦の末に戦死し、複製された脳核しか持たない全身義体化のサイボーグだとしても、僕は男性の心を宿す正真正銘の人間なのである。

 

 今日だって本当は、ここ最近の普段着になりつつある軍服を着て家事を行おうとしたのだけど、アリス様の強い反対によって着用を断念しなければならなかった。

 

 僕を男だと知っていてもなお、どうしてメイド服を着させたがるのか理解できなかったし、正直言って勘弁してほしかったのだけど、ご主人様の熱心なご要望とあっては致し方なしである。僕は羞恥心に抗い、内心で悶絶しながら、どうにかこうにか来栖野家のメイド服に袖を通していく。

 

 各種下着類、純白のストッキングやガーターベルトなども含め、着慣れた衣類の着用には、もはやそれほど時間を必要とはしなかった。僕はひとり静かに泣いた。

 

 そんな壮絶な葛藤の末にやってきた、おだやかな午後の昼下がり。

 

「うん、よく乾いている」

 

 溜まっていた洗濯物をひと通り洗い終えた僕は、お日様の香りがする真っ白なシーツを抱えてお屋敷一階の廊下をぽてぽてと歩いていた。

 

 昨日訓練中に過労で倒れたばかりだから、本当は安静にしていなければいけないのだけど、自室でなにもせずにひとりでぼーっとしていると、あれこれ余計なことを延々と考えてしまって逆に気が休まらなかった。

 

 変な話だけど、こうして来栖野家のメイドとして無心で働くことこそが、今の自分にとっては効果的な休養となるのだろう。

 

 さあ、午後も張り切って行こう!

 

 あっ、そうだ。シーツを片づけたら、早いとこ水回りの掃除を終わらせてしまおう。

 

 長いこと鶺鴒館を留守にしていたせいで、水回りの汚れが特にひどいんだ。

 

 僕がお屋敷に居ない間は、アリス様も賽原基地で寝泊まりしていたみたいだけど、使わなくても汚れていくのが水回りというものであるからして――。

 

「小春」

「――わっ!?」

 

 その時、なぜか廊下の物陰に潜んでいたアリス様が、背後から抱き着いてきた。驚きのあまりシーツを落としそうになる。後ろから回された両手が、なぜか僕のお腹をつまんでいた。

 

「ふー」

「あの、アリス様?」

「なに? 小春」

 

 背中に顔を押しつけているのか、彼女はくぐもった声で返事をする。

 

「その、どうしたのですか?」

「べつに、とくに理由はない」

 

 しばらく背中に張りついていたアリス様は、エプロン越しにつまんでいたお腹から手を離すと、無表情ながらどこか満足そうな様子で離れていった。

 

「小春、お茶にしよう」

 

「あ、その、すみません。もう少し待っていただけませんか? 早めに浴室を掃除してしまわないと……」

 

「…………」

 

 すると、のそのそと歩いて僕の真正面に立ちふさがったアリス様は、なにをするでもなく、こちらをじーっと見つめて無言の抗議を開始した。

 

 丁寧に切りそろえられた黒髪の奥で、深い青――瑠璃色の瞳が怪しく輝いている。

 

 ああ、ダメだ。やっぱり断れない。

 

「……もう、わかりました。これからお茶にします。でも、このシーツだけは仕舞わせてください」

 

「わーい」

 ぬぼーっとした表情のまま両腕を上にあげて、彼女は最大級の喜びを表現していた。

 

 そんな仕草の一つひとつが、たまらなく愛おしい。

 

 なんというか、僕はアリス様のお願いにとことん弱い。

 

 これまであまり真剣に考えて来なかったけど、やっぱり僕は、純粋にアリス様のことが好きなんだと思う。もし今、彼女から愛の告白を受けたなら、きっと二つ返事でそれを受け入れてしまうに違いない。これが惚れた弱みというやつなのだろう。

 

 ひとまず家事を中断して抱えていたシーツを片づけると、愛しのご主人様のご要望を叶えて差し上げるべく、急いで鶺鴒館一階のリビングへと向かうのだった。

 

 

 

 どこか遠くでカッコウが鳴いていた。

 

 西日に彩られた山間部。庭先のロータリーを一望できるリビングにて、僕とアリス様は自然と向かい合う形でやわらかなソファに腰を下ろし、今のご時世では極めて高級な嗜好品になってしまった本物の紅茶を飲みつつ寛いでいた。

 

 彼女は背中を小さく丸めて、木のみを齧るリスみたいな仕草でカップのふちを両手で持ち、紅茶を冷ましながらちびちびと飲んでいる。

 

「ところで、アリス様はどうして僕にメイド服を着させたがるのですか?」

 

「…………」

 

 穏やかな時間が流れてゆき、そろそろ二杯目の紅茶も飲み終わろうかという頃合いを見計らって、僕は対面に座るご主人様に、これまで聞けなかったいくつかの事柄を思い切って尋ねてみることにした。

 

「今朝も僕が統合軍の制服を着ていたら、今すぐメイド服に着替えるべきだって、言ってましたよね?」

 

「言った」

 仏頂面のアリス様は、かすかに首を縦に振って肯定の意志を示す。

 

「あの、僕はこれでも男ですよ?」

 

「性別はあまり関係ない。男性がメイド服を着ようが、女性が燕尾服を着ようが、私はどっちでもいい。似合っているか、似合っていないか、それが重要」

 

 カップを受け皿に戻し、アリス様はいつになく力説していた。

 

「はぁ、なるほど?」

 

「小春は、メイド服を着るのがイヤ?」

 

「もちろん嫌ですよ。何度も言いますけど、僕はこれでも男ですから」

 

「……似合ってるのに」

 

 まあ不本意ながら、僕は現代風にアレンジされた等身大の西洋人形みたいな容姿をしているわけだし、そりゃあ似合っていると思う。自己が認識できないほど重度の記憶喪失になってしまった影響もあるけれど、鏡に映ったメイド服姿の自分は、それはもう花が咲き乱れんばかりに可愛らしい。

 

 でも、だからこそ声を大にして言いたい――。

 

「どれだけメイド服が似合っていたとしても、僕はれっきとした男なんです!」

「むー」

 

 話は平行線のまま時間だけが過ぎていった。

 

 すっかり冷めてしまった紅茶をちびちびと飲んでいると、アリス様はどこか思いつめた様子で手元のカップに視線を落とした。

 

「小春……」

 少し間を置いてからのっそりと顔を上げる。

 

 澄んだ瑠璃色の瞳が、こちらを不安そうに見つめていた。

 

「なんですか?」

 

「……。あなたはレズビアンについて、どう思う?」

 

「ほえっ!?」

 

 ついさっきまで、もしかして紅茶によく合う甘いものでも食べたくなったのかな? なんて呑気に考えていたものだから、突如として投げかけられた質問があまりにも予想外すぎて変な声が出てしまった。

 

 かーっと顔や耳が赤くなり、体温が急上昇するのを自覚する。

 

「あ、あう……」

 れ、れずびあん? それって、女性が好きな女性ってことだね? 動揺して手がぷるぷると震えている。紅茶のカップを落とさずに受け皿へと戻した自分を褒めてあげたいくらいだ。

 

「軽蔑する?」

「い、いえ! 軽蔑しません! 趣味や嗜好は個人の自由ですから……!」

「そう」

 

 と、とにかく冷静にならないと、落ち着けー、落ち着けー。

 

「えーっと、つまりアリス様は、ご自身がレズビアンだとおっしゃりたいわけですか?」

「うん」

 

「その、冗談とかではなく?」

「……うん」

 

「も、もう一度確認しておきたいのですけど、アリス様は本当に女の子が好きなんですか?」

 

「女の子が好きというよりも、男性が極度に苦手と言ったほうが適切ではある」

 

「男性が、苦手……」

 じゃあつまり、僕のことも苦手……?

 

「筋肉質で、強面で、私よりも遥かに背の高い人。そういう男性が私はとても苦手。賽原基地には私の苦手な男性が多いけど、彼らは非常に優秀な人達だからある程度は大丈夫。ただし、恋愛対象には絶対にならない」

 

「だから、僕にメイド服を着させようと?」

 

「…………」

 アリス様は再び紅茶のカップに視線を落とした。

 

「私が男性を苦手としているから、結果として、現在のあなたにメイド服の着用を強制させてしまっていることは否定しない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「最初にメイド服を着始めたのは、あなた自身。当初私は、一切強制しなかった」

 

「……はい?」

 

 脳内が疑問符で埋め尽くされていく。自分からメイド服を着始めた? 

 

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ! 女装なんて僕は絶対に――」

 

「今の小春は覚えていないかもしれない。けれどあなたは確かに、自分からメイド服を着始めた」

「記憶を失う前の僕は、自主的にメイド服を着用していたんですか!?」

 

「そう。小春は昔から可愛くて、可憐で、驚くほどメイド服が似合う男性だった。あなたは真の意味で、私がこれまでに出会ってきたすべての存在の中で、一番美しいと思う」

 

「――――」

 ショックだった。ただただショックだった。

 

 ショックすぎて、途中からアリス様の言葉が頭に入ってこなかった。

 

 記憶を失う以前の、自分自身に対する理想像が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 

 人類統合軍の兵士として数々の戦場を渡り歩き、戦略機動部隊〝ハミングバード〟を率いて五度もアルバトロスの完全撃破に成功した人類の英雄。

 

 武勇に優れ、仲間思いで、自らの死も恐れない正統派の軍人。

 

 けれどそんなのは想像の産物で、現実はただの女装野郎。

 

 やむを得ない事情もなく、誰かに強制されたわけでもなく、自ら進んでメイド服に袖を通して女装するなんて、それじゃまるでただの変態じゃないか!

 

 もしかすると、長い軍隊生活のせいでいろいろと抑圧されて、ストレスが溜まっていたのかもしれない……。

 

「ど、どうして以前の僕は女装していたのでしょうか?」

 

「全部、私のため、だと思う」

 

 震える声で尋ねると、アリス様はいつも以上にか細い声でぼそぼそと呟く。

 

 心なしか彼女の耳が赤くなっていた。

 

「二〇一九年、今から四年前。……あなたは私に対して好意を抱いていると、告白している」

 ――!?

 

 

 

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