胡散臭いTS美少女占い師は今日も路地裏で笑う   作:高丸

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第九話 最強の霊能力者

 

 放課後の柔らかな陽射しが住宅街を橙色へ染め始めていた。

 

 高校の校門を出た九条咲は、肩へ鞄を掛け直しながら緩やかな坂道を歩いていく。部活動へ向かう生徒たちの賑やかな声が風に乗って聞こえ、帰宅を急ぐ人々が駅前へ吸い込まれていく。どこにでもある、ごくありふれた夕暮れだった。

 

 そんな街並みを眺めながら、咲は小さく口元を緩める。

 

(弟子を持つのも、中々悪くないものね)

 

 ほんの数日前まで、自分一人で気ままに怪異を祓い、占い屋を営むだけの毎日だった。それが今では、放課後になれば修行をつける相手がいて、成長具合を考えながら予定を組むようになっている。

 

 少し面倒ではある。

 けれど、それ以上に悪い気はしなかった。

 

(今日は瞑想の続きをやらせましょうか。あの子の才能なら、きっと直ぐにでも感覚を掴めるはず)

 

 そんなことを考えながら住宅街を歩いていた、その時だった。胸の奥で細く繋がっていた感覚が、不意に途切れる。

 

「……え?」

 

 思わず胸元へ手を当てる。

 

 間違いない。

 一華へ渡した木のお守り。その位置を知るための術式が、完全に途切れていた。

 

 術式そのものが、何か大きな力によって覆い隠されたかのように、一切の反応を返さなくなっている。

 

「何が起きたの……?」

 

 呟いた、その直後だった。

 

 ――ドクン。

 

 世界そのものが鼓動した。

 空気が震える。

 

 地面が僅かに軋み、街路樹の枝葉がざわりと揺れた。電線へ止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、犬が怯えたように遠吠えを上げる。

 

 咲は反射的に顔を上げた。

 一華の中学校のある方角。

 

 そこから、空へ突き刺さるような膨大な霊力が噴き上がっていた。

 

「……っ」

 

 これまで祓ってきたどの怪異とも比べものにならない。霊脈そのものが暴走しているのではないかと思うほど濃密な霊気が、夕焼け空を赤黒く歪ませながら渦を巻いている。

 

 嫌な予感が、背筋を駆け抜けた。

 脳裏へ、一つの未来が蘇る。数日前、一華を占った時に見えた未来。

 

 放課後、路地裏で修行をしている姿。

 札術、瞑想、基礎の基礎から教えていく過程。少しずつ成長していく少女の未来。そこに、この光景はなかった。

 

「……違う」

 

 紅い瞳が僅かに揺れる。こんな未来は、存在していなかった。

 

(ありえない……)

 

 占いが外れた。

 

 その事実が、ゆっくりと実感を伴って胸へ落ちる。

 

 生まれてから今日まで、自分の未来視が外れたことなどただの一度もない。運命は必ず見た通りに辿っていく。だからこそ、自分は今まで占い屋をやっていた。

 

 その絶対が、今この瞬間、崩れた。

 

「一華……!」

 

 考える暇はなかった。

 

 地面を強く蹴る。

 

 アスファルトが砕けるような音を立て、咲の身体が一瞬で数十メートル先まで跳ぶ。

 屋根を蹴り、電柱を足場にして宙を駆け、住宅街を一直線に突き抜ける。吹き抜ける風が制服を激しくはためかせ、景色が線となって後方へ流れていく。

 

 途中で信号待ちをしていた人々が何事かと振り返るが、その頃には咲の姿はもう見えない。

 

 脳裏に浮かぶのは、一つだけ。

 初めてとった弟子の無事。

 

 それだけを願いながら、咲はこれまでにない速度で街を駆け抜けていく。

 

 やがて住宅街が途切れ、中学校の校舎が視界へ飛び込んできた。しかし、その姿を認めた瞬間、咲は思わず足を止める。

 

「……これは」

 

 学校全体を包み込むように、巨大な半球状の結界が展開されていた。

 

 薄く揺らめく紅色の膜は夕日に溶け込むように空まで伸び、その内側だけが現実から切り離された異界になっていることを、一目で理解する。

 

 結界の向こう側からは、人の気配も、車の音も、風の音さえ伝わってこない。

 

 そこだけが世界から孤立していた。だが咲は一切の躊躇なく結界へ踏み込む。

 

 膜に触れたと同時に、水面へ身を沈めるような感覚が全身を包み込む。歪んだ視界が収束するより早く校舎の昇降口から、一人の少女が全力で駆けてくる。

 

「咲さん!!」

 

「一華!」

 

 駆け寄ってきた一華の制服はところどころ埃がつき、肩で荒く息をしていた。

 

「怪我は!?」

 

「大丈夫です! でも、空が……!」

 

 一華の震える声につられるように、咲はゆっくりと空を見上げた。

 

 その瞬間、思わず目を見開く。

 

 それはまるで太陽そのものだった。

 燃え盛る深紅の輝きが天を灼き、直視するだけで眼球が焼けるような圧倒的霊圧。そこから降り注ぐ霊力は大地を満たし、怪異の力を引き上げる。

 

 咲の背筋を冷たいものが走る。

 

(この圧倒的な霊力……何よりこの姿……)

 

 ここ最近、急激に増加した怪異。及びその活性化。この場を覆う絶対的な威圧感。

 全ての点が一本の線で繋がる。

 

「……そういうことだったのね」

 

 咲は静かに呟いた。

 

「お前が元凶だったの。百鬼夜行の主――空亡……!」

 

 その名を口にした瞬間。校舎全体が、大きく震えた。

 

 窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

 割れた窓という窓から、黒い奔流が雪崩れ落ちるように飛び出した。

 

 妖、そして無数の悪霊。

 校舎中から溢れ返る異形の群れは、広場を黒く埋め尽くしながら咲たちへ殺到してくる。

 

 数はざっと見ただけでも千を越えている。ほとんどは力の弱い低級。しかし、その中に明らかに異質な存在が混ざっている。

 

 翼を広げ空を滑空する天狗。地面を砕きながら這い出る土蜘蛛。二本角を生やした鬼。甲羅を軋ませる河童。巨体をうねらせる大蛇。鋭い牙を剥き出しにした牛鬼。

 

 上級妖怪が、軍勢の指揮を執るように前へ出てくる。

 

 一華の顔から血の気が引いた。

 

「こ、こんなの……」

 

 咲は迫り来る妖怪の群れを一瞥すると、静かに周囲へ視線を巡らせた。

 

「……ここじゃ場所が悪いわね」

 

 そう言うと一華の身体を軽々と抱き上げる。

 

「えっ、さ、咲さん!?」

 

「口を閉じなさい。舌を噛むわよ」

 

 咲は地面を蹴った。

 

 爆発的な脚力で校門前の広場を駆け抜け、妖怪の群れが押し寄せるより一瞬早く校庭の中央まで跳躍する。着地と同時に、一華を静かに下ろした。

 

 ここなら視界が開ける。

 囲まれにくく、咲も自由に動ける。

 

 何より――。

 

(あの数なら、必ず一華を狙う個体を回してくる)

 

 自分だけを相手にするとは思っていない。一華という弱点を突けば、どれだけ咲が強かろうが隙は生まれる。だからこそ、一華を絶対に戦場へ放り出すわけにはいかなかった。

 

 咲は懐から一枚の札を取り出し、全力で霊力を流し込む。札は空中で静止し、光を放ちながら強固な結界へ変わる。

 

 半透明の膜が一華を包み込み、幾重もの術式が重なっていく。

 

「貴方が結界から出た瞬間、敵は一斉に貴方を狙う。だから、絶対に出ないで」

 

「……でも!」

 

「この数を相手にしながら、貴方まで守り切れる保証はないわ」

 

 一華は息を呑む。

 咲は振り返ることなく続けた。

 

「私が全部片付ける。それまで、この中で待ちなさい」

 

「……はい!」

 

 その返事を聞いた瞬間、咲は前へ歩み出る。

 

 千を超える妖怪が、一斉に咆哮を上げながら迫る。地鳴りのような足音。空を覆う羽音。無数の殺気が、一点へ収束する。ただ静かに一枚の札を指先へ挟み、群れを見据える。

 

「……さっさとかかって来なさい。時間の無駄だわ」

 

 その一言と同時に、指先から札が放たれた。

 

「――破」

 

 札は白い流星となって軍勢の中心へ突き刺さり、次の瞬間、轟音と共に炸裂した。

 

 ――ドォォォォォンッ!!

 

 爆ぜた霊力が津波のように広がり、一撃で数十体もの妖怪が断末魔すら上げる間もなく光となって消滅する。しかし、その程度で軍勢は止まらない。倒れた妖怪の屍を踏み越え、次から次へと異形が雪崩れ込む。

 

 先頭を走る鬼が咆哮を上げ、大地を踏み砕いた。

 

「グオオオオオォッ!!」

 

 踏み込みだけで空気が震え、目には見えない衝撃波が一直線に咲へ襲い掛かる。同時に河童たちが地面へ両手を叩き付けた。校庭の至る所から水柱が噴き上がり、何十本もの濁流が巨大な蛇となって咲へ牙を剥く。

 

 その背後では土蜘蛛が腹部から漆黒の糸を吐き出し、鋼鉄にも勝る強靭な蜘蛛糸が空間を覆い尽くしていく。糸には紫黒い瘴気がまとわりつき、触れた芝生は一瞬で腐り果てた。

 

 さらに上空では数体の天狗が巨大な団扇を振るい、暴風を渦へ変える。竜巻が幾重にも重なり、校庭全体を飲み込まんと唸りを上げる。その風へ紛れるように、姿の見えない鎌鼬が無数の真空刃を放った。目に映るものは何もない。ただ空気だけが裂け、透明な斬撃が四方八方から咲の身体を切り刻もうと迫る。

 

 普通の術師なら、この一斉攻撃だけで命を落としていた。だが、咲は静かに一歩を踏み出す。

 

「遅い」

 

 未来視によって数秒先の光景は既に見えている。故に、身体は迷いなく最適解だけを選び続ける。

 

 衝撃波の隙間を駆け抜け、水蛇が激突する寸前を潜り、透明な斬撃を髪一本の距離で躱していく。その姿は、まるで風の流れそのものだった。

 

 鬼が巨腕を振り上げる。

 

 岩すら砕く剛力。

 咲はその拳が落ちるより先に懐へ潜り込んでいた。

 

「ふっ……!」

 

 霊力を纏わせた拳が鬼の鳩尾へ深々と突き刺さる。

 

 一撃だった。

 

 鬼の巨体が紙屑のように宙を舞い、後方の妖怪をまとめて薙ぎ倒しながら一直線に吹き飛ぶ。校舎へ激突した瞬間、コンクリートが爆ぜ、壁面は大きく陥没。鬼の身体はそのまま壁へ深くめり込み、完全に沈黙した。

 

 そこへ河童たちが一斉に水流を操る。濁流が幾重にも重なり、一つの巨大な奔流となって咲を飲み込もうと襲い掛かる。

 

「裂」

 

 三枚の札が放たれ、光刃となって水流そのものを縦横に切り裂く。真っ二つになった濁流の間を咲は駆け抜け、その勢いのまま河童の群れへ飛び込んだ。

 

「シィッ…!」

 

 懐へ潜り込むと同時に掌底が河童の胸を撃ち抜く。霊力が体内で炸裂し、一体が霧散する。返す肘が別の河童の頭蓋を砕き、振り抜いた裏拳がさらに一体を横殴りに吹き飛ばす。間髪入れず放たれた回し蹴りが、迫り来る数体をまとめて薙ぎ払った。

 

 その足元へ、土蜘蛛の糸が音もなく絡み付く。同時に黒い瘴気が噴き出し、腐臭を撒き散らしながら咲を飲み込もうと広がった。

 

 だが、咲は眉一つ動かさない。

 

「燃えなさい」

 

 一枚の札が放たれる。

 

 土蜘蛛の糸へ触れた瞬間、札は青白い霊炎へと変わった。霊炎は蜘蛛糸を音もなく焼き払い、瘴気までも触れた端から浄化していく。

 

「縛符」

 

 間髪入れず二枚目の札が舞う。

 無数の光の鎖が土蜘蛛の巨体へ絡み付き、八本の脚を地面へ縫い付けた。

 

「ギィィィィィッ!?」

 

 土蜘蛛は地面を砕きながら暴れるが、鎖は微動だにしない。咲は静かに印を組む。

 

「──滅」

 

 光の鎖が一斉に輝き、土蜘蛛の巨体は悲鳴ごと青白い光へ溶け、跡形もなく消滅した。

 

 背後から暴風が迫る。

 数体の天狗が嵐を纏い、一斉に急降下してきた。暴風が重なり、一つの巨大な竜巻となって咲を押し潰そうとする。

 

 咲は前へ踏み出した。未来視が示す、嵐の中で唯一存在する死角。その一点だけを駆ける。最初の天狗が刀を振り下ろす。

 

 半歩ずれて回避。左手で手首を掴む。

 

「甘い」

 

 そのまま外側へ鋭く捻り上げ、体勢を崩した天狗を勢いそのまま背負い投げで地面へ叩き付ける。

 

「はぁっ!」

 

 巨体が土煙を巻き上げるより早く、右拳へ極限まで霊力を集中。

 

「ふっ……!」

 

 鋭い下段突きが頭蓋を貫き、霊力が内部で炸裂した。

 

 仲間の死を見ても天狗たちは怯まず、暴風に身を乗せ、風そのものと化したような速度で一斉に咲へ斬り掛る。

 

 天狗の視界から咲の姿が掻き消える。

 

 瞬きほどの刹那、咲は群れの背後へ回り込んでいた。閃いた蹴りが一体の首をへし折り、振り抜いた拳が胸を貫き、放たれた札が閃光と共に数体を呑み込む。振り返りざまの手刀が最後の首を刎ねた。

 一拍遅れて、天狗たちの身体が同時に崩れ落ちる。

 

 倒しても倒しても校舎から怪異が溢れ続ける。それでも、咲が浄化する速度はその勢いを上回っていた。

 

 つい先ほどまで校庭を埋め尽くしていた千を超える妖怪は、いつの間にか半数以上が消え去っている。咲は止まらない。札が閃き、拳が唸り、蹴りが大気を裂く度に異形は次々と光となって消滅し、舞い上がる黄金色の霊子だけが夕焼けに染まる校庭へ雪のように降り積もっていった。

 

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