記憶の澱   作:ゆゆみみ

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第1話 同級生は笑う

 

──この世界は、残酷だ。

 

 

「──……い。おーい、三嶋(みしま)くーん」

 

 僕を呼ぶ、声が聞こえた。

 視界にノイズが走り、脳に靄がかかったような感覚。慣れ親しんだものだ、起こった(・・・)のだろう。程なくして視界がクリアになる。

 青空の下、学校の屋上。それは記憶にある。お昼ご飯を食べに来たのだ。

 

 しかし、目の前のクラスメイトは突然現れた存在だ。最近は滅多に起こしていなかったし、学校ではおそらく初めてではないだろうか。

 

戸賀崎(とがさき)、さん」

 

 ──戸賀崎(とがさき)花音(かのん)

 

 クラスメイトのことはさすがに覚えている。

背は僕より少し低く、亜麻色のボブカットに可愛らしい顔立ち。赤いリボンのセーラー服も相まって、爽やかな青春の象徴のような存在。七月後半、夏空の下が良く似合う少女。乳酸菌飲料のCMを連想させるような雰囲気だ。

 

「良かった!話してる途中で急に何の反応もしなくなったから、びっくりしちゃったよー」

 

「えぇと、何の話をしてたんでしたっけ・・・・・・?」

 

 内心、冷や汗を掻きながら問いかける。数秒程度なら問題は無い。だが、もしも数分、それか数十分のことであれば激しい違和感を覚えるだろう。問題のない学校生活をしないといけないのに。そうしないと、姉さんにも余計な心配をかけるのに。

 僕の心配を他所に、戸賀崎さんはにっこりと邪気のない笑みを浮かべた。

 

「なんで敬語ー? 話っていうか、ちょっと声掛けただけ? 何してるのかなー、って思って」

 

「あ、そ……そうだったね。ごめん、ちょっと考え事してて」

 

 可愛らしい笑顔の戸賀崎さんに、僕は苦笑いを返す。それなら逆に不自然な質問だっただろうか。しかし、「話してる途中で」とは言っていたから、一言二言は会話をしていたのだろう。

 それなら、これくらいの言い訳で切り抜けられるだろうか。

 

「ううん、大丈夫だよ。それで? 三嶋くんは、こんな所で何してるの?」

 

「あー、見ての通りお昼食べてるんだよ」

 

「えっ、こんなに暑いのに屋上で!?」

 

 目を見開いた戸賀崎さんは広げた手の平を口元に当てた。まるでアニメや漫画のような仕草だ。それでも違和感がないのだから美少女というのは凄まじい。

 一先ず、急場は凌げたようだ。今までははっきりとした原因があったために、今回なぜ発生したのかは分からない。もし今後も起こったら、と思うと悪寒に襲われるが、とりあえず今は戸賀崎さんと会話を続ける。

 

「うん、なんとなく」

 

「え、特に理由とかないの?」

 

「そうだよ。戸賀崎さんこそ、何でこんな所にいるの? 部活?」

 

「ううん、部活じゃないよ。私、帰宅部だから。三嶋くんこそ帰宅部でしょ? なんでいるの?」

 

 そう、今は夏休み。部活でもない限り、学校に来る人はほとんどいない。補習期間も終わっているし、そもそも僕はその対象ではない。

 

「なんとなく、かな?」

 

「何それー。ま、私も人のこと言えないけどね。何となく学校に来て、何となく屋上に来てみたら、三嶋くんがいた感じー」

 

 本当に、何となくだった。

 戸賀崎さんと同じ。何となく学校に来て、屋上に来て、お昼を食べていたら、いつの間にか彼女が目の前にいた。

 強いて言うなら、あの日(・・・)だからだろう。あまり、家には居たくなかった。あの時とは違う場所だけれど。それでも、嫌な気持ちにはなってしまうから。

家に居たくなくて、そうしたら自ずと行く場所は学校しかなくなっていた。姉さんを一人にしたのは申し訳ないとは思っている。

 

「そっか。じゃ、僕は食べ終わったし、そろそろ帰るよ。戸賀崎さんは?」

 

 家に帰るつもりはなかったが、このまま屋上にいるのも何となく気まずかった。食べ終わった菓子パンの袋をポケットに捩じ込みながら、戸賀崎さんに問いかける。

 

「んー、私はもう少し居よっかな。私も、なんとなく」

 

「そっか。それじゃ」

 

「うん、またね」

 

 笑顔で手を振る戸賀崎さんに、僕は片手を挙げて答える。

 真夏の日差しで熱されたドアノブを捻り、屋内へと入ると何ともいえない不安感に苛まれて足早に階段を下りる。今度の診察で、今日のことを話しておかないといけない。今後の生活に関わってくるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の閉まる音、少女は手をゆっくりと下ろした。それと同時に爽やかな笑顔が消える。

 

「ふーん、本当だったんだ。おもしろーい」

 

 代わりに浮かぶのは、歪んだ笑みだった。

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