記憶の澱   作:ゆゆみみ

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第10話 放課後のボーイミーツガール

 

 それからまた、数日が過ぎたある日の放課後。あれ以来小林くんがカラオケなどに誘ってくれることは無かった。しかし、いつもの仲良しグループの中では行っているらしい。

 自分から断ったくせに、そもそも約束を忘れてしまったのは僕だと言うのに、なんていうのは理不尽な思いなんだろうな。僕は意地汚い自身の心に酷く自己嫌悪する。

 

 これまでと同様に窓の向こう側への景色へと目を移す。季節の変わり目、というのだろう。十六時にも関わらず、既に橙色の夕暮れの光が校庭を照らしている。遠くに聞こえる、野球部だかサッカー部だかの気合いの入った声。それを外野からぼーっと眺めているのが趣味のひとつではあった。

 あまり、褒められた趣味では無いのかもしれないが。それすらも自己嫌悪めいた感情になって、人知れずため息をつく。

 

「おやぁ? 溜息つくと幸せが逃げちゃうよー? それにほら、眉間に皺が寄っちゃってるぞー」

 

 いつの間にか、目の前に戸賀崎さんが立っていた。気配なんて、まるで感じなかった。戸賀崎さんは迷うことなく僕の眉間に手を伸ばすと、それを摘んでぐにぐにと動かす。突然のことに。僕は抵抗も出来ずにただされるがままとなる。

 正直、好きな気持ちがなかったとしても、こんな風に身体接触をされていたら勘違いされて、なにか拗れていくかもしれない。それくらい、戸賀崎さんの距離感の近さは問題だろう。

 

「あのさっ、戸賀崎さんは気にしないかもだけど、こういうの気にした方がいいよ? 簡単に勘違いする人もいると思うし」

 

 我ながら、言い淀みながらとはいえ、伝えたいことは伝えることが出来た。これで、戸賀崎さんが不用意に近づくことはないだろう。

 

「ふーん? じゃあ三嶋くんは勘違いしちゃうわけだ?」

 

「いや、一般論を言っただけで僕がそういうわけでは……」

 

 しどろもどろになりながらも言い返す。

 

「別に勘違いしてもいいよ(・・・・・・・・・)

 

「へっ……?」

 

 今度は戸賀崎さんの言葉の意味を咀嚼するのに時間がかばかり、僕は素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。

 

「……なんてね、冗談」

 

 そう言って戸賀崎さんは舌先を軽く外に出した。やはりそんなアニメのような表現も似合うのだから、やはり美少女というのは凄い。しかし、その言葉を聞いて、少し冷静さを取り戻す。要はただ揶揄られたのだ。

 

「ふふっ、三嶋くんって純粋なんだね。すぐ騙されちゃいそう」

 

 小さな笑い声と共にちらりと戸賀崎さんが僕の方へと視線を向けた。確かに戸賀崎さんの言う通り、エイプリルフールにはよく騙された記憶がある。尤も、中学以前の記憶であるゆえに朧気ではあるが。

 

「気をつけた方がいいよ? 世の中、善人ばっかりじゃないんだからさぁ」

 

 忠告とも言える言葉。けれども、それを言う戸賀崎さんの表情は、何処か悪戯っぽく、どこか楽しそうに見えた。

 

「じゃー、私は帰るね。また明日、三嶋くぅん。ばいばい」

 

 あっけらかんとした様子で戸賀崎さんはそう言い残して、ひらひらと片手を揺らめかせながら教室を後にした。名前を呼ぶ声に、何やら得体の知れない粘り気を感じた気がする。勿論、そんなものは気の所為なのだろうけれど。

 戸賀崎さんに触れられた眉間が熱い。意識、してしまっているのだろうか。友人がいない故に異性への耐性もまた、ない。接したことのある異性は、それこそ姉さんくらいのものだ。

 

 あんな風にボディタッチされたら、勘違いする人も出てくるのではないだろうか。それが彼女なりの生き方なのかもしれないけれど。

 いずれにしても、孤独を選んだ僕とは対照的だと思う。何を考える訳でも無く、ただ戸賀崎さんが去っていった扉を見つめる。

 不意に、戸賀崎さんがそこから顔だけを覗かせた。思わずびくりと体を強ばらせる。戸賀崎さんは意地の悪い笑みを浮かべ、片手をひらひらと振った。足音が遠ざかっていくことから、今度こそ帰ったのだろう。

 

「はぁ……」

 

 どっと、疲れた気がする。自意識過剰なのかもしれないが、何故だか戸賀崎さんに気に入られているような気がする。

 

 ──気になるのは彼女の前で記憶障害を二度起こしていること。

 

 彼女は具体的なことまでは分からずとも、僕に何か特別な事情があることを知って、それでちょっかいを掛けてくるのかもしれない。

 平穏な学生生活のためには、何処かで一度話し合いの場を設けなければいけないかもしれない。それだけ、僕にとっては死活問題なのだ。

 大きく、溜め息をつく。幸せが逃げるというが、果たして逃げるほどの幸せが僕に残っているのだろうか。

 

 教室の時計を見る。いつの間にか、時間が経っていた。完全下校時間だ。僕は億劫に感じながらも机の横に掛けた鞄を手に取って、玄関へと向かって歩く。

 

 ──ふと、視線を感じた。

 

 周囲を見回すが、夕暮れの差し込む校内には誰の姿もない。気の所為、なのだろう。上履きを履き替えて、先程の視線が気になって、やや足早に学校を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……可愛いなぁ」

 

 廊下の影から、一人の少女が姿を現す。片手を口に当てて、くすくすと笑う。それは普段の爽やかで人懐っこい笑みとは、正反対のものだった。

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