記憶の澱   作:ゆゆみみ

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昨日上げ忘れたので。


第18話 従姉と従妹

 

「やあやあ、マイリトルシスター。わざわざ会いに来てくれるなんて、お姉ちゃんは嬉しいよ。さ、掛けたまえ」

 

 診察室のデスクに腰掛けている私は、来訪した従妹(いとこ)に、仰々しく両手を広げて芝居がかった声を上げた。如何にも『不機嫌ですよ』と両腕を組んで仏頂面をしている彼女に座るように促すと、患者用の椅子に無言のまま乱雑に座った。

 

「……相変わらず、良い趣味してるわね」

 

 その視線は、診察室の奥で今日も安楽椅子に座したモノへと向けられている。今回は、白と薄い桃色を基調とし、控えめにフリルが施されたファッションだ。妹は冷淡な目でソレを見つめ、心からの軽蔑が込められた言葉を吐き捨てた。

 

「可愛いだろう? 所謂地雷系ってやつさ。今度はロリータ系もいいかもねえ。花音ちゃんも着てみるぅ?」

 

「あのさ、気安く名前で呼ばないでくれる?」

 

「ああん! そんなこと言われたらお姉ちゃん悲しい!」

 

 私は指で涙を拭う素振りを見せる。彼女は私の相変わらずの芝居がかった言動に眉をぴくりと上げ、表情にも不満さをありありと溢れさせていた。私の前ではいつもこんな感じだ。

 学校では元気溌剌!天真爛漫!な大人気キャラらしいが、あくまで『キャラ』でしかないのは私がよく知っていた。幼い頃から知っている彼女は、(まさ)しくこの通りである。

 

「ねえ、さっさと本題に入りたいんだけど」

 

「分かってるよお、三嶋くんのことだろう?」

 

 従妹の表情が益々険しいものとなり、椅子の上で組んだ足、その地面に付けている側のつま先で不機嫌そうに床を叩いている。正直、従妹とはいえ美少女にそんな視線を向けられるとぞくぞくとした快楽を覚えた。人生二度目だ。本気で新たな扉を開きそうである。

 

「なんでそんな気持ち悪い顔してんの? ほんと、名は体を表す、なんて嘘ばっか」

 

「あははっ、それは花音ちゃんもだろう?」

 

 どうやら恍惚が外に出てしまっていたらしい。従妹の視線に嫌悪と侮蔑が浮かぶ。ポーカーフェイスを自負する私としては手痛い失態だ。

 しかし、彼女の言葉は全くもってその通りだと思う。自分自身然り、花の音なんて華やかな名前然り。尤も、彼女の場合、見た目だけを見れば正しいのかもしれないが。

 私の言葉が気に入らなかったのだろう、眉間に皺が寄り益々不機嫌の色が濃くなる。

 

「だから気安く名前で呼ぶなって。……で、三嶋くんの件なんだけど、アンタは手を引いてくれる?」

 

 舌打ちと共に再び名前呼びを拒否される。昔からこうだ。私に対してはどうにも(なび)いてくれない。

 

「新しい玩具として気に入ったかい? ……でも残念。その言葉、そっくりそのまま返すよ。少年は私がもらう」

 

 私は背もたれに体重をかけて不敵な笑みを浮かべながら従妹に言った。当たり前だ。私は少年を──三嶋透という個人を、好んでいる。好意、いや、最早恋慕と言っていい。

 今までは常に傍観者として、観測者として非日常を(たの)しんでいた私が、初めて当事者として参加するほどなのだ。

 例えば、半年前のあの少年(・・・・)は見ているだけで眼福だった。彼を囲む環境を、実妹と同級生の醜くも美しく、そして愉《たの》しい愛憎劇に少し手を貸す程度で十分に心は満たされていた。

 しかし、今回は違う。私はどっぷりと介入している。直接手を出している。(ようや)く手に入れたいと心から願うものが見つかった。例え一方的に溺愛している従妹に頼まれたとしても、容易に首を縦に振ることなど出来なかった。

 

「ふぅん、アンタも敵なんだ。アレだけじゃなくて。ま、厄介なのはアレの方だけど」

 

 ──アレ。

 

 十中八九、少年の姉のことだろう。最早、その表現は彼女を人と見なしていないようにしか聞こえず、思わず笑いかけた。

 少年の姉。才色兼備の大和撫子。あくまで表向きは。

 

 我々の、特に従妹の家は相当な金持ちだ。私は、あの事実(・・・・)は伝えていないが、自力で、否、金の力で真実に辿り着いている可能性は多いにある。いや、きっと辿り着いているのだろう。だからこそ、最大の脅威として認識している。

 そう、彼女の言う通り、少年を手にするにあたって何よりも障害になりうるのは彼の姉である。何よりも強固な、物理的(・・・)な障害だ。私も、その存在によって下手に動けずにいる事実がある。そう、恐怖を抱いているのだ。これは、真っ当な感情だろう。彼女を知れば知るほどに。

 

「アンタも敵なら、それはそれでいい。私には同級生っていう、アンタとアレにはない絶対的アドバンテージがある。外堀から埋めていけばいい」

 

「外堀、ねぇ……。その程度で、あの怪物(・・)を突破できるとでも?」

 

「──さすがに、それは無理だって分かってる。だから、最終的には強硬策に出る。お金。そう、お金。それさえあれば、どんなことだって出来る。そして、私にはそれがある。有り余るほどに」

 

 立てた人差し指を中空でくるくると回し、此処に来てから初めて従妹は笑みを浮かべた。意地汚く、歪んだ、悪意に塗れた笑み。私が想像していたよりも数倍淀んだ内面を垣間見て、そこにまた愉悦を感じ、一人酔いしれる。

 

「また気持ち悪い顔してる。そんな顔、間違っても三嶋くんに見せないでね? 彼が穢れるから」

 

 笑顔は軽蔑に変わった。穢らわしいゴミに向けるような目。やはり、ぞくぞくする。どうにも彼女の前では表情に出てしまうらしい。いや、実はポーカーフェイスだと思っているのは自分だけなのかもしれない。そんなことは、どちらでもよかったが。

 

「じゃ、私は帰る。アンタが譲るつもりはないって分かったから」

 

「おいおい、お茶くらい飲んでいってもいいだろうに。せっかくなんだから恋バナでもしようぜ!」

 

「要らない、アンタの淹れた物なんて。他に話すこともない。そもそも、アンタと会話なんてしたくない。今回は仕方ないから来ただけ。それじゃ」

 

 立ち上がって背を向ける彼女の背中にサムズアップと共に声をかけるも、私の提案は素気無(すげな)く拒否され、一瞥すら貰えない。そして、背中を向けたままドアを開け、不機嫌さをぶつけるように乱暴にドアは閉められた。診察室に殊更大きな音が響く。

 視界の外。びくり、と僅かにソレが身を跳ねさせたことに、私が気付くことは無かった。

 

 仕事中ということもあり、いつもの紙巻きではなく、加熱式の煙草を白衣のポケットから取り出し、大きな溜め息を吐いてから一服する。加熱されただけの、燃焼されていないタールを含有しない蒸気は、いつも以上に軽く、味気なく感じた。

 

「やれやれ、一筋縄ではいかないねえ。ふふっ、ふふふふふふ……」

 

 これから物語は大きく動く。その確信があった。争奪戦が、始まる。口角を吊り上げ、抑えきれない笑い声を漏らして自らの身を抱きしめる。

 

 ──やはり、人生には刺激が欠かせない。




作中(前作含め)、医師の名前は出していません。因みに従姉関係なので、苗字も違います。実態とは乖離している、ということで皆様のご想像にお任せします。
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