記憶の澱   作:ゆゆみみ

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第5話 芽吹きの昼

 

「あれっ? 三嶋くん?」

 

 コンビニに飲み物でも買いに行こうとTシャツにジーンズというラフな格好で外に出たところだった。不意に聞こえた声に顔を向けると、そこに目を丸くした戸賀崎さんの姿があった。

 

「えっ、戸賀崎さん?」

 

 突然の邂逅に思考が追いつかず、歩き掛けのままその場に立ち尽くす。水色のワンピース姿に思わず見とれてしまった、というのも否定は出来ない。

 

「へぇ、三嶋くんの家って此処なんだ?」

 

 戸賀崎さんは僕の出てきたアパートへと視線を移す。僅かにその目が細められた気がしたが、その声色は平坦なもので特別興味を持った様子は無い。それはそうだろう、興味のないクラスメイトの家を知ったところでどうということはないのだから。

 

「うん、まぁ……。戸賀崎さんもこの辺なの?」

 

 僕は何と返していいか言葉に少し迷ってから、差し障りのない無難なものへと落ち着かせた。

 

「ううん、違うよ。ただ散歩に来てただけ」

 

「わざわざこんな暑い日に?」

 

 この辺りはコンビニと小さな公園程度しかない閑散とした住宅街だ。しかも、今日は猛暑日で外に出るのに適した日でもなく、思わず僕は小首を傾げた。

 

「こんな日だからこそ、だよ。だって、空がこんなにも青いから」

 

 そう言って戸賀崎さんは手の平を庇にして空を見上げた。僕も釣られて上を見上げる。戸賀崎さんの言う通り、今日は雲一つない綺麗な青空をしていた。照り付ける太陽が眩しく、思わず僕は目を細めた。

 

 空が綺麗だから散歩をする、そんなものなのだろうか。先日も学校の屋上に来ていたし、そういう感性の持ち主なんだと推測する。

 それでも暑いものは暑い。再び戸賀崎さんへと視線を戻すと、彼女もこちらを見ながら片手を団扇代わりにして首筋を扇いでいた。

 

「……えっと、アイスとか飲み物とか奢ろうか? あっちにコンビニあるから」

 

 話題に困った僕は、暑そうにしている戸賀崎さんにそう提案してコンビニのある方角を指差す。

 

「えっ、そんなのいいってー。……ふっ、優しいんだね。三嶋くんは」

 

 戸賀崎さんは僅かに驚いた表情で顔の前で広げた手の平を左右に振り、小さな笑い声を零してから優しげな笑みを僕に向けた。

 

「ねねねっ、それよりさっ! 三嶋くぅん」

 

 不意に悪戯っぽい表情になった戸賀崎さんが楽しそうに口端を上げ、両腕を背中側に回しながら小走り気味に僕の目の前へと寄ってくる。

 ふわりと甘みの混ざった柑橘系の香りが鼻腔を擽り、整った顔立ちが間近に迫ってきたことで上半身を引き気味にして一歩後ろへと下がった。

 

「な、なに……?」

 

 それでも戸賀崎さんは距離を詰めて、内緒話をするように片手を口元に当てて僕の耳元にへとその唇を近づける。

 

「あのさぁっ、────」

 

 愉しげな声色で、戸賀崎さんは囁き掛ける。その言葉が耳に届いた瞬間──僕の脳に靄がかかり始めた。

 

 

「はい、買ってきたよ」

 

 戸賀崎さんの声で、僕は意識を取り戻した。視線を声の方向に向けると、上半身を屈めた戸賀崎さんが水滴の付いた水のペットボトルを僕に向けて差し出していた。

 

「……あれ?」

 

 僕は、ベンチに座っていた。周囲を見渡すと、此処が近所にある小さな公園の一角だった。一拍遅れて、起こした(・・・・)のだと漠然と気付く。

 

「大丈夫? とりあえず、水分を摂った方がいいよ。熱中症かも知れないから」

 

「あ……うん、ありがとう」

 

 一先ず、差し出されたペットボトルを受け取った。すぐ近くにある自動販売機で買ってきたのだろうか、受け取ったそれは心地よい冷たさを持っていた。

 状況把握が出来ないままだったが、酷く喉が乾いていることに気付き、言われるがままに蓋を開けてペットボトルへと口を付ける。冷たい水が乾ききった喉を潤し、僕は喉を鳴らして飲んでから小さく息を零した。

 

「じゃ、私はそろそろ帰るね。三嶋くんも早く帰った方がいいと思うな、やっぱり心配だし」

 

 若干の名残惜しさのようなものを感じさせる声色で、言葉の通り心配そうな表情を浮かべている戸賀崎さんに、僕はなんと言っていいか分からず小さな頷きを返す。

 

「またね、(たの)しかったよ」

 

 僕の記憶は家先で戸賀崎さんと出会った所までしかないために、何を話したのか、何をしたのか、一切の記憶は無い。

 

 戸賀崎さんは、小さく手を振ってからその言葉の通り軽やかな足取りで楽しそうに鼻歌を奏でながら去っていった。

 

「……はぁ。なんなんだよ」

 

 幸い戸賀崎さんが何か不自然に感じている様子はなかったが、何も分からない僕はただ溜め息を落として頭を抱える以外には何も出来ない。

 

 蝉の鳴き声が、酷く耳障りだった。

 

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