ことはすべてエレガントに……? できらぁ!!   作:星乃 望夢

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すまない、居ても立っても居られずに書いてしまってすまない。


第1話 貴方にこそ、報われて欲しいのだから!!

 

「――美しいな。今日も地球は、そして君も」

 

 柔らかく差し込む秋の陽光が、白薔薇にも劣らぬ優雅な微笑みを照らし出す。

 

 手にしたアンティークのティーカップから立ち上るダージリンの香りを嗜みながら、金髪の青年が私に語りかけた。

 

 彼の名は、トレーズ・クシュリナーダ。

 

 のちに地球圏統一連合・SMSを創設し、秘密結社OZの総帥として歴史の表舞台に君臨し、そして世界を動かすことになる男。 

 

 そして、今の私にとっては何よりも愛してやまない「兄」であった。

 

「兄さんの美しさには敵いませんよ。……それに、こちらの母上も」

 

 私は自分のティーカップを静かにソーサーへと置き、傍らのソファで微睡むように微笑む母、アンジェリーナへと視線を向けた。

 

 私の名は、ヴァン・クシュリナーダ。

 

 長子であり類稀なるカリスマ性を持つトレーズこそが、名門クシュリナーダ家の正当な後継者に相応しい。

 

 だが、母アンジェリーナの再婚によって生を受けた私という存在は、血統を重んじるロームフェラ財団の複雑怪奇な権力闘争において、常に嵐の中心に据えられていた。

 

(……いや、本当の俺は、しがない日本の『ガンダムオタク』だったはずなんだけどさ)

 

 心の中で、私は静かに自嘲の息を吐く。

 

 物心ついた時、私の脳裏に唐突に前世の記憶が甦った。

 

 そして、自分の置かれた状況を正確に把握した瞬間、深い絶望感に襲われた。

 

 ここはアフターコロニーの世界。

 

 それも、血塗られた権謀術数の只中だ。

 

 そして私は、本編が本格的に幕を開ける前に暗殺される哀れなクシュリナーダ家の「ヴァン」その人であった。

 

 AC-188年、秋。

 

 すなわち、今。

 

 アディン・ロウに命じられた少年時代のヒイロ・ユイが暗殺任務に向かう中、ロームフェラ財団内の保守派が差し向けた別の暗殺者に先を越され、私は母アンジェリーナと共に別荘の爆炎に巻き込まれて消え去る運命にある。

 

 冗談ではない。

 

 前世でブラウン管や液晶画面越しに幾度も憧れ、その高潔にしてエレガントな生き様と、「10万人目の戦死者」となる気高き死を迎えるトレーズ閣下が、今、息遣いすら聞こえる目の前にいるのだ。

 

 おまけに、この母アンジェリーナは、複雑な生い立ちを持つ私に対し、打算のない無償の愛を注いでくれている。

 

(母上を殺させはしない。……そして、兄さん。あなたを死なせはしない。張五飛の刃に貫かれて満足するなど、この私が絶対に許さない)

 

 壁掛けのアンティーク時計が、運命の時刻が迫っていることを冷酷に告げていた。

 

 私たちの滞在する美しい別荘の周囲に、微かな、だが確かな殺気が立ち込めている。

 

 財団内の権力闘争において、私と母を「目障りな不確定要素」と見なした愚か者たちが差し向けたプロの暗殺部隊だ。

 

 本来の正史であれば、数分後にこの穏やかな部屋は無惨にも爆破され、私の命は潰える。

 

「ヴァン? どうしたんだい、少し顔色が悪いようだが」

 

 微かな空気の変容を察知したのか、トレーズが静かにティーカップを置き、切れ長の瞳を私に向けた。

 

 17歳にして既に完成された、底知れぬ洞察力を秘めた視線。

 

「いえ、兄さん。……少し、外を這い回る『ネズミ』の足音が気になっただけです」

 

 私はゆっくりと立ち上がり、右手の指を高く掲げ、パチンと高く鳴らした。

 

 ――瞬間、窓の外の庭園で、連続して鈍い破裂音が響き渡った。

 

 悲鳴すら上げる間もない。

 

 赤外線センサーと連動した自動狙撃システム、そして私が密かに数年がかりで育成し、莫大な私財を投じて武装させた私兵部隊が、庭の茂みに潜んでいた暗殺者たちを完璧に包囲し、音もなく無力化していく。

 

 血の一滴すら窓ガラスにはねさせない、極めて洗練された「清掃作業」だった。

 

「……ヴァン。これは?」

 

 トレーズが目を細め、静かに立ち上がる。

 

 その瞳には肉親の暴走に対する動揺ではなく、状況を瞬時に分析し、私の意図を測ろうとする冷徹な光が宿っていた。

 

「財団の愚かな老人たちが、正当な血筋を盾に私と母上を消そうと目論んだのです。……ご安心を、兄さん。脅威は全て排除しました。先ほど報告が入りましたが、あの中には、アディン・ロウという男に雇われた無口な少年暗殺者も混ざっていたようですがね」

 

 私はあえて、軽口を叩くように肩をすくめた。

 

 未来のガンダムパイロット、ヒイロ・ユイ。

 

 まだ感情の死滅していないあの少年を、ここで始末するわけにはいかない。

 

 私の私兵には彼だけを特別扱いし、「圧倒的な力の差を見せつけた上で、武装を解除して野に放つ」よう命じておいた。

 

 あの冷たい瞳を持つ少年に、「圧倒的敗北」と「生きる意味」の呪いを刻み込むために。

 

 彼が後にガンダムに乗って降りてくる日、それは必ず我々の最大の敵となる。

 

 突然の銃声に驚き、身をすくめる母アンジェリーナの肩を優しく抱き寄せながら、私は兄に向かって恭しく、そして深く一礼した。

 

「私はクシュリナーダの血を引く者。ですが、地球と宇宙の覇権を握り、この愚かで愛おしい人類を導くべきは、私ではない。兄さん……トレーズ・クシュリナーダ、あなた以外にあり得ない」

 

「ヴァン……君は、一体どこまで先を見ている?」

 

「全てです」

 

 私は顔を上げ、狂気にも似た情熱を瞳に宿して、兄の完璧な貌を見つめ返した。

 

「これから先、歴史は血の海に沈みます。コロニーと地球、強者と弱者の終わりのない憎悪の連鎖。兄さんが表舞台でその業火の中心に立ち、気高く世界を導くというのなら……私は、裏から全ての障壁を排除する『死の商人』になりましょう」

 

 一歩、兄へと歩み寄る。

 

「新型モビルスーツの完全な量産体制の構築、連合への兵器供給による莫大な資金洗浄、そして腐敗したロームフェラ財団の完全掌握……汚れ仕事は、全て私が引き受けます。兄さんの手を、これ以上卑劣な血で汚させはしない。だから……」

 

 ──だから、どうか。

 

 未来で、己の命を「敗者の美学」として投げ出すような、あんな残酷で悲しい真似だけはしないでほしい。

 

 あなたの死を対価に得られる平和など、私にとっては無価値なのだから。

 

 静寂が降りた室内。

 

 やがて――。

 

「……ふっ、ははははっ!」

 

 トレーズは突然、腹の底から、底抜けに愉快そうに笑い出した。

 

 その笑い声は、凄惨な死線を越えたばかりの空間にあっても、どこまでも気高く、そしてエレガントだった。

 

「私の弟は、これほどまでに強大で、恐ろしく、そして美しい覚悟を持っていたとは。……いいだろう、ヴァン。君が用意するその壮大な舞台、私がこの身を賭して、誰よりも華麗に踊ってみせよう」

 

 差し出されたトレーズの右手を、私は力強く握り返した。

 

 二つの影が、秋の陽光の中で重なり合った──。

 

 

◇◇◇

 

 

 AC-191年。

 

 母アンジェリーナを巻き込もうとした、あの忌まわしい別荘での暗殺未遂事件から、早くも3年の月日が流れていた。

 

 私は10代半ばという異例中の異例の若さにして、歴史と伝統を重んじるロームフェラ財団における特務理事の座に就いていた。

 

 血統の良さだけではない。

 

 私がもたらした天文学的な利益が、特権階級の老人たちに私を認めざるを得ない状況を強いたのだ。

 

「……信じられん。あの小僧、また地球圏統一連合の軍事予算を丸ごと引き出したというのか」

 

「汎用機リーオーの追加配備計画に加え、空戦用MSエアリーズの独占製造権の取得……。さらには資源衛星からの供給ルートまで完全掌握だと? これでは我々長老格の立つ瀬がないぞ!」

 

 重厚なマホガニーの扉で閉ざされた、豪奢な円卓の間。

 

 天井から吊るされたシャンデリアの眩い光の下で、デルマイユ侯爵をはじめとする財団の重鎮たちが、忌々しげに私の提出した分厚い報告書を睨みつけている。

 

 彼らの顔に浮かぶのは、理解を超えた若輩者の台頭に対する嫉妬と、自分たちの既得権益が侵食されていくことへの焦燥だった。

 

 私は部屋の隅の暗がり――彼らの視線が直接届かない特等席で、最高級のダージリンの香りを楽しみながら、心の中で彼らの狼狽を嘲笑っていた。

 

(当然だ。私は『未来』を知っているのだから)

 

 前世の記憶――私が密かに『虚憶』と呼ぶそれ。

 

 それは、どの技術がいつ実用化され、どの紛争でどのような兵器が求められ、そして誰が歴史の表舞台から消え去るかという、究極にして絶対的な「予言書」だった。

 

 私はその知識を総動員し、宇宙と地球におけるモビルスーツの量産・補給ラインを、連合の腐敗した官僚機構の隙を突いて完全掌握した。

 

 生産ラインの規格化による劇的なコストダウン、ダカールやニューエドワーズなど主要基地への兵站網の構築。

 

 生み出された利益はもはや国家予算すら凌駕する天文学的な数字となり、そのすべては、兄トレーズが密かに創設した特務部隊『OZ』の拡大、そして来るべき独立のための資金として洗浄され、注ぎ込まれている。

 

「――お言葉ですが、諸侯方」

 

 私がティーカップを置き、静かに口を開くと、重鎮たちはビクッと肩を揺らし、一斉に私へと視線を向けた。

 

「連合軍は今、コロニーの不穏な動きに過敏になり、急速にして強迫的な軍備拡張を求めています。私の提案した一元化された規格による圧倒的なコストダウンと量産性は、彼らの要求を完璧に満たし、同時に財団の金庫に莫大な富をもたらしました。あなた方の懐も、過去にないほど潤っているはずです。何ら不満を抱かれる理由はないはずですが?」

 

「い、いや、ヴァン殿。我々も君の尋常ならざる才覚は認めている。君がもたらした富は確かに財団の礎を盤石にした。しかし、これではまるで……」

 

「まるで、軍部も経済も、すべてが兄――トレーズ・クシュリナーダのために動いているようだと? ……その通りですが、何か問題でも?」

 

 にこやかに、しかし一切の反論を許さない絶対的な冷酷さを持って微笑むと、デルマイユ侯爵らは顔を引き攣らせ、苦々しい沈黙へと沈んだ。

 

(愚かな老人たちめ。せいぜい今のうちに、特権階級の甘い蜜を啜っておくことだ。いずれ兄様の手で、お前たちのような血を流す覚悟を持たぬ寄生虫は、歴史の舞台から無惨に退場させられるのだから)

 

 実質的に彼らを屈服させ、会議を早々に切り上げた私は、重い足取りで財団本部の私室――重厚な防音設備と最高度のセキュリティが施された執務室へと戻った。

 

 扉を開けると、そこには、私の帰りを静かに待つ一人の青年の姿があった。

 

「兄様!」

 

「おかえり、ヴァン。相変わらず、気位ばかり高い老人方の機嫌取りはお手の物だな。君の肩には、見えない重圧がずっしりと乗っているようだ」

 

 OZの総帥服――高貴な青と金であしらわれた制服に身を包んだトレーズが、コロニーの夜景が広がる窓辺から振り返る。

 

 その洗練された立ち振る舞い、憂いを帯びた切れ長の瞳は、どんな名画の英雄よりも美しかった。

 

「機嫌取りではありませんよ。彼らは私が撒いた黄金の餌に群がる、知性の欠けたハイエナに過ぎない。……それより、本日はどういったご用件で? レディ・アンやルクレツィア・ノインといった、優秀な士官たちの育成は順調ですか?」

 

「ああ。彼女たちは素晴らしい。純粋で、ひたむきだ。特にレディの私への忠誠心は、ヴァン、君に似て少し過激なところがあるがね。彼女の心の危うさは、私が背負うべき業の一つだろう」

 

 トレーズはくすりと笑いながら、軍手袋に包まれた手で、私のデスクに一枚の分厚いデータディスクを置いた。

 

「ツバロフ技師長が、新たな兵器体系の基礎理論を提出してきた。彼はこれを『未来の軍隊の完成形』と呼称している。……財団の老人たちは、自分たちの血を流さず、末端の兵士の命すら消費せずに済むこの完全自律システムに、大層ご執心のようだ」

 

「無人機……さしずめ、『モビルドール』とでも言いましょうか」

 

 私は目を細め、ディスクの表面を指でなぞった。

 

 出た、歴史の分岐点。

 

 トレーズが最も嫌悪した「魂のない殺戮兵器」。

 

 そして、彼が自らの美学を貫くために、OZ総帥を辞任する直接の引き金となった忌まわしき代物だ。

 

「兄様は、この構想をどう思われますか?」

 

「美しくない──」

 

 トレーズは即答した。

 

 一切の躊躇もない、研ぎ澄まされた刃のような声音。

 

 その瞳の奥には、効率と生存のみを至上とする現代の狂気に対する、静かな怒りと深い悲哀が揺れていた。

 

「人は戦いの中でこそ、己の限界を知り、存在意義を問い、そして成長する。恐怖に打ち克ち、他者の命を奪うことの罪悪を背負いながら、それでも前に進む意志。そこにこそ人間の尊厳がある。……機械に殺戮の全権を代行させ、安全圏からそれを眺めるなど、生命への、そして戦場に散っていったすべての者たちへの冒涜だ。私は、強き意思を持って戦い、散っていく者たちにこそ、最大の敬意を払いたい」

 

(……ああ、やはり。あなたはどこまでも気高く、そして恐ろしいほどにエレガントだ)

 

 トレーズの孤高の哲学。

 

 それはともすれば狂人の戦争賛美と受け取られかねないが、私は知っている。

 

 彼が誰よりも命の重さを理解し、戦死者の名前と人数をすべて記憶し、その魂の重圧にたった一人で耐え続けていることを。

 

 私は深く頷き、ディスクを手に取ってシステムコンソールへと挿入した。

 

「ご安心を、兄様。このシステムは、あなたの崇高な理想には決して届かない。……ですが、ツバロフには好きに開発させましょう。老人たちの目くらましと、軍事予算を引き出すための絶好の餌にはちょうどいい。ですが――」

 

 私はコンソールに浮かび上がる複雑なAIの論理ツリーを見つめながら、ニヤリと、悪党のような笑みを浮かべた。

 

「このシステムは、人間を介在させない無人機であるがゆえの、致命的な弱点がある。ツバロフの自尊心を利用し、私が開発資金を提供する代わりに、基幹OSの設計にはこちらの息のかかった技術者を紛れ込ませます。私の策が成れば……そう、『水瓶座』の星光と共に、いざや、全モビルドールの機能を掌握し、機能停止へと追い込むことすら可能となりましょう。……兄様の描く美しい人間の戦いを、あんな空っぽの鉄人形どもに邪魔などさせはしません」

 

 トレーズは少し驚いたように目を見張り、やがて呆れたような、しかし限りない慈愛に満ちた表情で、優しく私の頭を撫でた。

 

「ヴァン……君は私のために、一体どこまで手を汚す気だい? 泥を被り、狂人を演じ、世界の憎悪をその身に受ける覚悟か」

 

「地獄の底までです、兄様。あなたが光り輝く歴史の体現者として表舞台に立つならば、私は喜んでその影となり、すべての泥を飲み込みましょう」

 

「……君という弟を持てて、私は本当に幸せ者だな」

 

 トレーズはふっと表情を和らげ、再び窓の外――無数のコロニーが星々のように浮かぶ、暗く冷たい宇宙を見上げた。

 

「いずれ、来るのだろうな。私のこの血塗られた覇道を打ち破る、真に命を懸けて戦うに足る……純粋で、抗いがたい力を持った美しき戦士たちが」

 

「ええ、来ますとも。流星は瞬きながら、宇宙よりイカロスが降ってきます。彼らは容赦なく、この腐りきった連合と財団を破壊してくれるでしょう。そして、彼らとの邂逅こそが、兄様をさらなる高みへと導くはずです」

 

 私は『虚憶』の中で輝く彼らの姿を反芻しながら、兄の隣に並び立ち、同じ星空を見上げた。

 

 未来のガンダムパイロットたちよ。そして、己の正義に殉じようとする張五飛よ。

 

 お前たちがどれほど圧倒的な力を持っていようとも、あのような結末は迎えさせない。

 

 兄様を「勝ち逃げ」したなどとは、絶対に言わせはしない。

 

 この私、ヴァン・クシュリナーダが己の存在と名を賭けて、お前たちには最大の試練として、最高の「ヒール」として踊ってもらう。

 

 すべては、最愛の兄に、誰よりも美しく、エレガントな覇権を握らせるために。

 

 そして、兄様──私は貴方に見て欲しいのだ。

 

 あなたがその身を犠牲にしてまで守りたかったものの真の姿を。

 

 あなたが愛し、その可能性を信じて疑わなかった弱者たち――力を持たず、歴史の歯車にすり潰されるだけだったこの世界に生きる普通の人々が。

 

 自らの手に銃を持つことを拒絶し、それでも決して屈しない平和への意志を胸に、巨大な軍事力に対して一歩も引かずに立ち上がる、あの光景を。

 

 血を流すだけの闘争の歴史が終わりを告げ、彼ら自身の手によって奏でられる『終わらない円舞曲』の終幕。

 

 真の「最後の勝利者」たちが世界を覆い尽くすその奇跡の瞬間を、私は何としてでも、生きたあなたに、その目で見届けて欲しいのだから――。

 

 それが世界を憂い、己の命を引き換えとし、完全平和への礎とならんとする貴方にこそ、報われて欲しいのだから!!

 

 

 




ヴァンの心境=すべて心ひとつなりなクソ鬼畜眼鏡審判者に近いナニカである。

知らない方は『ギルベルト・ハーヴェス』で調べてみて欲しい。
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