コズミックホラーが蔓延る世界でそれらよりホラーな人 作:聖成 家康
"色"。
それは、未知のスペクトルで構成された存在。実体はなく、色のみがそこにある。
"色"はヒトに寄生する。体内に入られた人間は、最悪その場で即座に死ぬ。死を免れた人間は、"色彩者"として、この時代で迫害される運命を背負う。しかしいずれにしても、"色彩者"となり死後、宇宙から来訪せし邪悪な神々"アウトワルド"を世に排出するのに変わりはない。
"アウトワルド"は、高位な存在だ。ヒトを下等生物、食材、遊び道具としてしか見ておらず、見た瞬間惨殺対象。
中には理性があり、ヒトと会話をする者も存在するが、そういった存在ほど更に高位な神々であり、遊びで何百人もヒトを殺す。
そんな神々の卵となっているのが"色彩者"。人間から忌み嫌われるのは必然である。
されど、死という解放は彼彼女らには与えられない。"色彩者"はその身を持って、身に宿した神々達に立ち向かい排除する役割を与えられる。
アウトワルド国際対策連合《クロス》は、多数の色彩者傭兵部隊を保有し、彼彼女らを手厚く保護している。
そして日夜、アウトワルドという圧倒的な存在に対し、生身で戦わせている。
「悪いですね、アベル。わざわざ足を運んでいただいて」
ガルガント連合国ヒュージ区の《クロス》支部。
数多の鋼鉄楼が立ち並ぶ
《クロス》はガイア全国が軍事力を結集している組織。世界中に支部が存在する。その支部が辺り一帯の傭兵たちを支援し、アウトワルドに対応させている。
アベルは基地から抜け出し、急遽呼び出しがあった支部統括官室に訪れていた。
深紅の宝玉から迸る煌々とした光が、アベルを突き刺す。
彼女の目の前で、デスクに両肘をつき、不敵な笑みを浮かべているのが支部統括官。
その様は、アベルに瓜ふたつだった。
短く清潔に整えられた空色髪に、端正な顔立ち。老いを一切感じさせない製図のような身体つきは、《クロス》の
カイン・ロアノーク。アベルの実兄だ。
「アベル、少し痩せましたか。支給される食事の量を増やすよう検討しましょうか」
「ううん、いいよ。私だけ特別扱いしないでほしい」
彼女の言葉を聞き、カインの表情は柔和な笑みへと変わる。
「おまえは昔からそれが口癖ですね。母様によく言っていました」
「そう、だったかな」
ずきん、と頭が痛む。
もう何年前だろう。思い出したくもない忌々しい記憶の拒絶反応をぐっと押し殺す。
「それで、話って?」
「……あぁ、そうでしたね。久々の兄妹水入らずにうつつを抜かしてました」
カインは席を立ち、デスクに置いていたタブレット端末を拾い上げた。
「ビッグ区の工業施設は知っていますか。近年再開発が予定されている」
「はい」
消えかかった返答を溢す。
皮肉なことに"色彩者"が増えれば増えるほど、"アウトワルド"の脅威は減っていく。ここ最近は人類が栄光を取り戻すかのように工業や都市開発に飢えていた。
「そこに妙な地下施設が発見されたと、傭兵からの報告がありましてね。改めておまえに調査に行ってほしいのです」
「あたしだけで?」
怖気づいたような返事に、カインの鋭利な眼光が彼女の喉仏を射抜こうとした。
"色彩者"に拒否は許されない。そのために生きているのだから。
「おまえと気が合いそうな者をもう一人派遣してあります。上手く生き残りなさい」
「は、はい……」
カインはその後にこやかな笑みを浮かべる。
「また二人で食事でもしましょう、いつの日か」
その言葉に、彼女は思わず目を逸らす。
そんな日が来るといいが。
◇
「え……」
ビッグ区の待ち合わせ場所に訪れた彼女は、出鼻をくじかれたような気分になる。
そこにいたのは、自分と同じく傭兵の証である
「あ、アベル……やっぱりアベルだったんだ。統括官がね、自分の妹を派遣するって言うからもしかしたらって思って」
その娘は、虫の居所が悪そうに彼女に語りかける。
「スルト……」
口には出したが、殆ど消えかかった靄のような声音。
アベルの中では驚きが何事にも勝っている。
それでも、なにか答えないといけない。ずっと黙ってばかりではいけない。
「ひ、久しぶり。二年ぶり?」
「そのくらいかな。髪伸ばしたんだ。かわいいよ」
反応に困っていたスルトの表情は、アベルが応えてくれたことに安堵したのか和らぎ、すぐに微笑みへと塗り替えられる。
——あれだけのことがあって、まだこんなふうに接してくるのか。
呆れとも感謝ともとれる複雑な感情を抱きながら、アベルは任務に取り掛かる。
「……行こう」
「う、うん」
素っ気ない態度に、スルトの顔に歪みが見られた。
どんな顔をして向き合えばいいのか、話し合えばいいのか、全く分からない。
同じく分からないものなら、任務に当たる方がよっぽど楽だった。
再開発途上の工場施設。その製造チャンバーらしきところから、地下施設は繋がっていた。鋼鉄の床に歪に埋め込まれたハッチ。錠はかけられておらず、容易に開けることができた。
「スルトは、無能力だったっけ」
「うん。だから私は
そう言って彼女は、ポケットから取り出した丸い球体型デバイスを見せつけた。
武器頼り、とは言いながら丸腰に見えた。
《フォビドゥンギア》は神々に対抗すべく神々をベースに作られた禁断の武装。使用の際は貸与される《コア》から生体認証でアクセスし、地下深くにて保管されているギア本体を量子転送で出現させる。
アベルがライトを灯せば、ハッチの先が謁見できた。
下まで続く階段。それを降りていくと、薄汚れた研究施設の通路へと足をつけることができた。
無臭。衛生管理が近頃まで行われていた証拠だろうか。
囁きの如く、電子音やブクブクという泡の音が轟いている。
二人は会話を交わさなかった。
スルトの方はしたくて堪らない様子だが、任務中ということ、そしてアベルの醸し出す雰囲気を加味して、とても声を発せる状況では無いと判断しての沈黙だろう。
「気配がするね」
通路を抜け、床にやや水が満ちている空間に足を踏み入れたとき、アベルがようやく口を開く。
そこは酷い有様だった。ガラス張りの部屋だが、もはやそれが全くの意味を成しておらず殆どが割れており、鋭利な棘のような箇所が幾つも連なっている、
アベルは太腿のホルダーからコンバットナイフを引き抜く。
《RELEASE》
スルトがコアを起動させると、無機質な電子音が鳴り響き、彼女の《フォビドゥンギア》が顕現する。
彼女の半身に匹敵する銃身を持つショットガン型のギア。その内には灰色の焔が秘められている。
「警戒して、スルト——」
背後に目配せしたアベルの視界に映るスルトに、自らの右腕が重なった。
鮮血で弧を描きながら舞い上がる右腕。
「アベルっ!!」
瞬間的に骨まで断たれた痛みが、脳天を迸る。
そして、即座に
「ぐぅっ……ぅぅッ!!」
出血の痛みと、肉や繊維が無理やり繋ぎ合わされていく痛み。
"色彩者"はアウトワルドの卵だ。来たるべき時まで、神々からしてみれば入れ物が壊れては困るわけだ。
故に、彼女らは安々死ぬことは許可されていない。
スルトの放った散弾が、ガラスを打ち砕く。
彼女の腕を切った犯人にはかすりもしていない。
「……姿が見えない」
「っう……ぐ……」
骨と骨、神経と神経が繋がり腕の再生が終わるアベル。
「立てる?」
「気に、しないで」
敵の姿は見えなかった。だが、胸の逼迫感と鳴り止まぬ鼓動が、異様なものの存在を伝えていた。
アベルは、ナイフを握り直す。
堪えろ。堪えろ。おまえはこれしかできない。これしか生きる価値がない。こうやって恐怖を噛み締め、痛みに犯され、邪神に抗う行為にしか、おまえに価値はない。
身体の中にいる邪神が、いやらしく語りかけてくるような気がした。
彼女らの視界の縁で何かが動いた。
視線を向けても、そこには尖ったガラスしか無かった。
だが、そのガラスを凝視した途端——何かが飛び出してくる。
獣。強靭な四肢を持つ、屈強な猟犬を思わせる化物だ。
ガラスの先端から飛び出てきたようにしか見えない猟犬は、おぞましい鉤爪を振るう。
その狂爪は、スルトの眼を抉り取る。
鮮血とまん丸とした紅玉が飛び散り、彼女の悲鳴がアベルを突き動かす。
呼吸が荒くなり、視界が暗闇に侵されそうになる。
猟犬は地面に降り立ち、片目を抑えて蹲る獲物を狙って再び飛びかかる。
「……力を貸せ、"ハストゥル"……!!」
彼女の枯れかけた声音に呼応するかのように、風が薙ぐ。
突風に阻まれるよう、猟犬はその脚を止める。
その眼が見たのは、一人の人間に顕現した風の邪神の姿だった。
彼女の様は、黄土色のローブに覆われた不気味なものへ変容。
辺りに満ちる乾いた空気に、猟犬は思わず身じろぎした。
瞬き——その暇すら許さず、猟犬の首が吹き飛んだ。
たった一本のコンバットナイフ。人類など遊び道具としか捉えていない者が、それだけの武器で一瞬のうちに葬られた。
靄へと変わる猟犬。
しかし、気配は未だ絶えない。
アベルらしきモノの赤き眼が、気配の方向をぎろりと貫く。
尖ったガラス片。そこを媒介として顕現する猟犬が、アベルの背後を取っていた。
されど、猟犬が捉えていた彼女は、風のまやかしに過ぎなかった。
呆気に取られる猟犬は、すぐさま心臓を射抜かれ存在を抹消される。
二体目。だがまだ気配は消えない。
何かがおかしかった。手応えはあるが、どうも違和感がある。押し出したのに、押し返されるような違和感が。
満ちる風を裂くよう、熱を帯びた散弾が放たれ、周辺のガラスを打ち砕いた。
尖っていたガラスは、その鋭角を失い丸みを帯びる。
アベルに駆け寄るスルト。
抉られた目は驚くほど原型を取り戻していたが、若干瞳の色味が薄いように思える。
「アベル、あの犬は
彼女は、アベルに語りかけた筈だった。
されど返ってきたのは、邪神からの通告。
《———? ———!!》
スルトの脳に入り込んでくる声。形容するのは難しいものの、確かに理解はできる言語だった。
「はいはい……! お好きにどうぞ、風の神様……!」
恐怖を軽くあしらったスルトは、ぐるりと振り返り《ギア》に溜め込まれた弾丸をぶっ放した。
その《ギア》の弾丸は、放たれた土地を絶対的な凍土にも焦土にもすることのできる、灰色の焔を宿す。
冷と熱、相反する要素を秘める弾丸は、この世に存在することを許されない。
故に、世界はどうするか。矛盾を正すため、即座にどちらかを消滅させ、どちらかをその分増大させる。
散弾一つ一つから、熱や冷気が弾け出る。
目にも留まらぬ早さで凍てつき、融解してゆくガラス。もはや彼女の斜線に鋭角は存在しなくなる。
アベルがナイフを振るえば、それをなぞるよう風が辺り一帯を薙ぎ払う。
ガラスは粉々に砕け、鋭角鈍角の区別が葬り去られた。
しかし、彼女の視線は自らの持っていたナイフに向けられた。
微かな光を取り込み輝く白金の刃の先端——。
おぞましい頭部が顕現し、アベルの首元に牙を突き立てた。
鮮血が散り、辺りは恐怖で満たされる。
「———!! ——……」
風の邪神は不愉快を顕にする。
猟犬の首を鷲掴みにし、自らの肉が引き裂かれるのも構わずに、奴を地面に叩きつけ、心臓をナイフで貫いた。余りある力にナイフは地面までも射抜く。
猟犬が靄となって消え、そこに残されたのは鋭角ごと地に埋め込まれたナイフのみとなる。
「……ぅ……」
元の姿に戻ったアベルが、傷口を抑えながら膝をついた。
邪神の面影すら残さず、可憐で儚い彼女に戻ったのを見て、スルトは思わず駆け寄っていた。
「痛い……? 大丈夫……?」
彼女の怪我が治るまで、スルトはその手を力強く握っていた。
それをされたところで、再生の痛みは堪え難い。そう思ってはいたが、思いの外気楽に終えることができて、彼女には疑問が宿るのだった。
「……スルトこそ、目は大丈夫なの」
「大丈夫じゃなかったから、こうやったの」
キラキラした赤い目と、若干赤みの薄い目を柔和に細めながら、スルトはきっぱりと言い切る。
良く言えばポジティブ、悪く言えば能天気。アベルはそんな彼女が好きだった、と今になって気がついた。
「……ありがとう」
◇
あれから一通り調査して分かったことは、何も分からないということだった。
この研究施設はもぬけの殻に見える。研究機材や実験道具らしきものが、明らかに持ち出された形跡が伺えた。何かここで実験のようなものが行われていたことは確か——ということがわかっただけでも成果だろうか。
恐怖で知らぬうちに疲弊していた身体を休めるべく、彼女らは比較的きれいな部屋で腰を下ろしていた。
「……私ね、実を言うとアベルに会うの怖かったんだ」
「そう……」
唐突に口を開くスルトは、そんなことをアベルに告げる。
「あんなことして、嫌われたかと思ってたから」
目を伏せながら、消えかかった声を出す。
アベルの脳裏には二年前の消えない記憶が過ぎった。
「……実際、嫌いになってたよ」
彼女に対し、アベルもきっぱりと言ってやる。
揺るぎもない事実、隠しても仕方がないことだ。
「でも、あたしはやっぱりスルトが好きなんだ。さっきので思った」
スルトのように能天気で、気さくで、なおかつ心優しい人が側にいてくれれば幾分も楽だと。そう思ったのだ。だが二年ぶりに再会する気まずい関係の友人に言うのは気恥ずかしく、言葉にはしなかった。
アベルは彼女の頬に手をあてる。親指で先程えぐり取られた目を擦ってやる。
みるみるうちに赤く染まる頬。やがて熱を帯びて心地よくなる。
「ごめんね。何もしてやれなくて。痛くない? もう平気?」
「う、うっ、うん! ぜんぜん大丈夫!」
スルトに動揺が見えた。アベルには、その真意が全くわからなかったが。
「あぁ……あー……あったかい……」
緊張がほぐれた彼女の瞳から一筋の涙が溢れた。
感情がオーバー過ぎるのも相変わらずだと、アベルは呆れに近い感情を微笑みとして吐露する。
二人で暫くそうしていた。互いの削れた心を補い合うように。
だから、近づいてくる存在に気がつくことができなかった。
「にゃる」
二人は突然聞こえた声に悲鳴を上げ、飛び跳ねた。
すぐさまスルトは武器を構えるも、その声の主を見てから呆気にとられた。
子供だった。男の子。綺麗な白髪とサイズの合っていない入院着のようなものを身に着けた少年が、つぶらな瞳を二人に向けている。
「……ボク、ここにずっといるの?」
「にゃるにゃる」
スルトが恐る恐る語りかけた。が、返ってきたのは到底理解できない言葉の羅列だ。
納得のいかない返事に頭を抱えるスルトを横目に、アベルは彼女に助言を与えた。
「この子、同類だよ」
「え、そうなの」
少年の中に感じる気配を、アベルはひしひしと身に受けていた。正直、アベルの中にいる"ハストゥル"も相当な階級のアウトワルドだろうが、この少年に産み付けられているのはそれを優に超える。
アベルとスルトは顔を見合わせる。
この子は確かな成果で、証拠だ。保護しない手はないが——子供の"色彩者"。その事実が何より残酷で、思わず目を背けたくなる。
「保護してあげよう。研究施設の証拠だもの。そうすぐに雑には扱わないよ」
「……だといいけど」
スルトの提案にアベルは不安を隠さなかった。
兄の、カインの裏の顔をアベルは十分知り得ているつもりであるからだ。
「にゃる? がしゃん!」
少年は空気も読まず満面の笑みを浮かべる。