東方精神崩壊【TOHO PSYCHO BREAK】   作:ランタンポップス

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轟音とサディスト【Roar and Sadist】2

 長屋の通りは、死体と血臭漂う地獄の風景へとなっていた。倒れている死体はどれもこれも体を裂かれ、切断部はグロテスクに抉れており、内臓と血が土の上に投げ出されていた。そこに性別、年齢は関係なく、様々な人々が同じ殺され方で死んでいる。

「十三……十五……一体、何人の人間が犠牲に……!」

 慧音は悔しげな、そして悲しげな表情で通りを歩いていた。死んだ人間一人一人に目を背ける事は絶対にせず、優しい性格の彼女は微かに震える手で合掌をし、追悼をしている。人間好きの彼女が、変わり果てた彼らを見る事は想像も出来ない苦痛だろう。

 

(うぅ……何が守護者なんだ、私は……!結局、多くの人たちを目の前で無くしているじゃないか……!!)

 つくづく自分の無能さに嫌気が差してくる。その目に涙は溜められており、崩れてしまいそうな程に体全体が震えている。本心なら、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい所だろう。

「もっと、もっと私に力があれば……敵の行動を読んでさえすれば……!」

 あれこれと言うものの、それら全ては有りもしない過去であり、彼女の願望だ。最も彼女は優しい性格が故の弊害として、何でも自分の中で溜め込んでしまう。自分一人で背負い込んでしまう。

 自分を責め、自分に怒る。しかしそうした所で自分は自分であって、そんな行為はただの自己満足である事は心の内でも十分に理解している。理解しているハズなのだが、

「……こんなッ……こんな事……うぅ……!」

……自分を責めらずにはいられなかった。恨むべきは殺人鬼であり、自分ではない。それでも敵の一手先の行動を認めたくはなかった。

 

 彼女の心は暗い深淵へと叩き落とされようとしていた。

 

 

(…………ち、違う!)

 寸での所で心は再浮上した。彼女の心は、思う程に柔ではなかった。

(確かに私の油断が生んだ悲劇だ……しかし、ここで自分を卑下してどうするんだ!憎むべきは怪物だッ……!!!!)

 自己嫌悪する自分の考えを振り払うように、左右に激しく首を振る。責任転換にも似たような考え方なのだが、彼女の落ち度を責めて勝手に自爆するよりかは精神衛生上、都合が良いだろう。敵が潜んでおり、生命のない死の空間と化したこの場所で、冷静さを失う事は危険な行為である。

「今、最も意義ある行動は、怪物を見つけて倒す事……悲観して自責している場合じゃない……冷静さを失えば奴らの思う壷だ……」

 血臭漂う、ドロリと澱んだ空気を敢えて吸い込み、一気に吐き出して深呼吸をした。呼吸と共に自分の中の黒い気持ちが押し出された感じがする。自分の精神が濾過されて行くように、気持ちの整理がついて行く。

 

 

 気付いた頃には、恐ろしいくらいに落ち着けていた。

「……やはり私も……怪物だな……」

 その自嘲を口にすれば、まず周りを良く観察する事から始まる。冷静になれば視線は案外クリアになっていた。

「……ん?」

 その視線から見て、気付いた事が一つ見付かった。

「……殺された人たち……どの死体も「頭」が残っているのが殆どだ……」

 中には真っ二つにされたような凄惨な死体が見えるが、それも頭を逸らして肩から刃が入り、股へ到達している形で斬られている。多少の欠損は見受けられるものの、顔が分かる程度に頭部は残っていた。

 

 

……どの死体も恐怖に歪んだ表情で固まっており、見るのにそれなりの覚悟を有したが。

「無理矢理に頭を避けているような斬り方もしている……敵は意図して頭を残しているのか……?」

 証拠に、真っ二つの死体はちらほらあるのだが、どれも頭を避けている。

「何か、頭を残さなくてはならない事情でもあるのか……何にせよ、犯人像に繋がりそうだ……」

 次いで、もう一つ気付いた事がある。

「あと……こいつはあまり広く徘徊している訳ではなさそうだな……」

 死体が道なりに、一直線上で倒れていたのだ。壊された家も、人間の死体も、その直線のルートに沿っている。

 例えば十字路に差し掛かってみれば、左右の道に死体は転がっていない。だが、そのまま真っ直ぐ行く道にはズラリと死体が転がされている。つまりは、目に写った者を攻撃し、その人物の進行方向を自分の進行方向に決定してしまっていると言う事だ。不適切な表現だと思われるのだが、死体が道標となって敵の後に出来ている。

 これは敵は前しか見ておらず、単純行動のみしか出来ず、あまり高度な思考力を有していない事を示している。戻ると言う事を行っていない。

 

 

 しかしそう考えるのならば敵は、まだ誰かを追いかけている事になる。生存者がいる可能性が出てきた。

「だとすれば急がなければ……!」

 連なる死体の道を、彼女は全力で駆け抜ける。それでも極力、死体と死体から零れた内臓は踏まないように突き進む。腐臭漂う空気が風になり彼女の皮膚へ当たり、砕けたように分散して背後に散った。季節外れの夏の生温い風だった。

 反面、彼女の体は冷えて行くようだ。サァっと体温が靴底から抜けて行く感覚だ。ズタズタの木片と化した家々が目の端におぞましく映る。

 

 

 その時、沈黙の世界を壊すような轟音が彼女の耳を突いた。

「……!?」

 聞いた事のない、金属と金属を連続的に摩らしているような耳障りな音。小さな爆発が起きているような音も聞こえる。そして、理性を感じさせない獣のような呻き声……この全てが平衡して混ざった音は、聞いているだけで気が狂いそうなほどの狂気を孕んでいた。慧音は立ち止まり、無意識的に耳を塞いでいたが、轟音は塞いだ手のひらをすり抜けて鼓膜を揺らす。

「なんだ、この音は……!?」

 音がするのは前方より。月明かりは雲によって遮られ、密集した長屋らしくドンヨリした暗闇が広がっていた。まさに一寸先は闇とも言うべき光景。

「この先に……立ち止まってはいられないか……」

 音はピタリと止んだ。同時に、慧音は飛び移るようにして闇の中へ突入した。

 さっきまでの生温い空気は、唐突に冷え込んだようだ。ザワザワと鳥肌が立つ感覚が全身により感じる。怪物はすぐ目の前にいる。

 

 

「うわ!?」

 いきなり闇に光が現れた。突然のフラッシュに再び立ち止まる。その光はチカチカと明暗を繰り返し、目障りなほどの明るい光が絞り出すように、明滅している。

 少し怯んだものの、目が慣れた状態で見てみれば光源がある。

「いきなり何だったんだ…………これは?」

 洋風の寂れた椅子に、人間の頭部ほどの大きさをした機械が置かれてある。全てが鉄で出来ており、赤黒い錆が所々に目立つ。前面にはポッカリと穴が開けられており、そこからチカチカと光を出している。幻想郷ではまず見れない、所謂「外の世界の物」だ。

「確か、前に光琳堂で似た物があったな……『サーチライト』だったか…………何故、こんな場所に?」

 江戸時代より続く古風の長屋に囲まれて置かれている椅子とサーチライト。明らかな違和感と共に、気味の悪さを醸し出している。まるで彼女を見つめるように、サーチライトの光は彼女に向けられていた。不気味な明滅に不安を感じ、慧音はフラリ、とライトの光から身を避けた。

 

 彼女が光を避けたその瞬間に、サーチライトはヒビ割れた音を放って消灯。もう点灯する事はなかった。

「気味が悪い……怪物が持って来たのか?」

 唐突に沸々とした怒りが体の底より這い上がり、裏拳を思い切り椅子へと叩き付ける。かなりの力が込められたその一撃で、木材の椅子は木屑を撒き散らし、サーチライトと共に吹っ飛んだ。ハッと我に帰ってみれば、バラバラに破壊された椅子と、サーチライトが地面にばら蒔かれていた。

 ふと手の甲を見てみれば、血がタラリと滲んでいた。

「……何を……しているんだ……私は……!」

 この場が支配する狂気に、彼女自身も理性が飛ばされているようだ、感情の抑制がままになっていない。幸い、破壊音は敵に気付かれてはいないようだが、自分で自分の行動が信じられないと言うように、一分間立ち尽くしてしまっていた。

 

 

 血の滲む手を、再び握る。死体が倒れる沈黙の道を、慧音はまた歩き出した。

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