東方精神崩壊【TOHO PSYCHO BREAK】   作:ランタンポップス

13 / 18
轟音とサディスト【Roar and Sadist】3

 暗い道は、怪物が獲物を待ち構えて大口開けているようだ。雲が明け、月明かりが里の上より降りかかる。少しだけ目が楽になった。

「さっきの轟音からして……敵はすぐ近くに潜んでいるハズなんだが……」

 五感を極限まで研ぎ澄まし、些細な音も動きも見逃さないよう周りに気を配る。怪物は今、この時も何処からか目を光らせているかもしれない。警戒心を張り巡らして、不意討ちにも対処出来るように拳を作ったままゆっくり、ゆっくりと進んで行く。

 進めど進めど、血肉の臭気と惨殺死体からは逃れられない。彼女ほどの精神力がなければとっくの昔に発狂していたハズだ。そう言っても、彼女にもやはり限界がある。

 

「…………あ、何時の間に」

 無意識的に人差し指を折り曲げて噛んでいた。第二関節の辺りに、くっきりと歯形がくっついており、血も少々滲んでいる。幾分か落ち着いてはいるのだが、その落ち着きの為に抑圧した感情が「指を噛む」と言う行為となって表れているのだ。さっきの感情を抑えられなかった自分も含めて、彼女の敵は「怪物」と「自分」である事を悟った。

 そもそも、大好きな人間たちの惨殺死体を見続けて正常に保っていられるハズがない。それこそ、歳の若い者を見れば精神的ダメージも格段に上がる。感情をどれだけ抑えられるのか、が一種の戦いとなっている。

(……ややヒステリックになっている。私もまだまだだな…………)

 軽く自嘲をし、前を向いた。相変わらず暗闇の中だ。

 

 

 暗闇の中で何かが聞こえた。

「ん?」

 籠ったような音だが、何か聞こえる。音楽のようだが、聞いた事のない楽器だ。その楽器が多くの楽器と折り重なって鳴らされているような、しかしどこか厳かな雰囲気であり、この状況と不釣り合い。そこが更に不気味である。

「前だ……」

 前方のみの一本道。音源は前から流れている。

 敵の罠か、と考え慎重に近付いて行く。一歩暗闇を進む度、音楽は一段と大きくなる、近付いている証拠だ。そして音源も、暗闇の中でボンヤリ現れた。

 

 長方形の箱に、百合の花のような形をした金属が突き上がっており、その存在を示している。箱の上には黒い円盤がクルクルと回っていた。音楽は百合の花の奥より流れ出ている。

「これは見た事がないな……蓄音機の一種か?」

 人の気配がしないので、最低限の警戒は緩めずに機械を眺めてみた。完全に独立させて置かれており、動力は何なのかは不明。どこか、神聖な雰囲気を醸し出す尊厳な音楽だ、こんな状況でなければ良い曲だとは思うのだが、この場合は気味が悪くて仕方がない。勿論これも、「幻想郷ではまず見られない代物」だろう。

「サーチライトに蓄音機か……外の物ばかりだな。それを置いて怪物は一体、何がしたい?」

 意図があるのかないのか、それすら不明でただただ陰気な悪戯のようだ。こんな物に神経を使うのが馬鹿馬鹿しくなり、機械をそのままに先へ向かう。

 

 

 何か妙な気配がして、フッと振り返った。後ろには機械以外何もいないが、その機械の「裏側」に何かが張り付いているのが目に入った。

「……何だこれは?」

 再び近付いて見れみれば、それは小さな紙のようで何か文字が書かれている。箱に刺された釘に、引っ掛かっていた。

「…………文字、のようだが……駄目だ」

 紙に書かれた文字は、見た事のない字が蛞蝓のように羅列している。残念ながら、冒頭の一文すら全く読む事が出来なかった。彼女が経験して来た長い長い月日の中を思い返してみても、やはり見た事がない。その内に月が雲隠れしてしまい、見ることさえ出来なくなったので読むのは諦める。

 しかし、何か重要な事が書かれているように思えた慧音は、紙を機械から引きちぎり保管をする。

「掴める手掛かりは掴んでおこう」

 紙をポケットの中に入れた。

 

 

 瞬間、人間の悲鳴と共に轟音が鳴り響いた。

「なっ!?……そこか!」

 音の場所を特定した彼女は、轟音に耳も塞がず颯爽と駆けた。鉄をすり合わす音は以前として続いている。次の角を右だ。

「そこにいるんだな!私はこっちだ!」

 生存者がいるのなら逆に見付からなければならない。わざと大声をあげて、確認出来ない怪物に向かって陽動をした。暗がりの中、大きな影が見えた、背中を向けているようだ。轟音は小さくなっており、ドッドッドッと振動させる音が重苦しく鳴っている。

「貴様の暴虐は絶対に許さない!……覚悟してもらおう」

 大きな影は、やっとこさノッソリと振り返った。しかしその全貌は闇に染まっており、形だけしか確認出来なかった。慧音の倍はある巨漢で、何か大きな物を携えている。ソイツが、一歩一歩、彼女の方へと歩を進めた。

「フー……フー……」

 荒い鼻息が、理性を感じさせない。待ち構える慧音も怪物の放つ狂気を感じ取ったのか、鳥肌が立つほどの緊張と興奮が頭の中に炸裂している。

「…………さぁ、来い……」

 距離にして、十メートル。どんどんと縮まって行く。慧音は「札」を取り出し、怪物から目を逸らさず「射程距離」まで待ち構えていた。先制するつもりだ。

 

 

 さっきの機械から流れていた音楽の音量が上がったようで、長屋中に響き渡る。それを合図としてか、雲が晴れて月明かりが再び降り注いだ。

 

 

「うっ……!?」

 醜悪な姿は目を疑う。人間としての原型を殆ど留めていない頭部は、鳥籠のような物に固定されている。着用しているシャツは血塗れで、悪臭が彼女の鼻へ到達した。その瞳には狂気の光を鈍く纏っている。何もかもが有り得ない、狂気の塊と言える存在…………まさしく「怪物」が目の前にいたのだ。

 

 そして慧音が目を向けてしまったのは、怪物が持っているギザギザとした刃の巨大な武器。その先端部分に突き刺さっている、苦悶の表情をした男性の死体。

「…………っ!!」

 息が詰まった。死体からはまだ血が滴っており、つい先程殺されたのだろう。浮かんだのは、さっきの轟音と悲鳴……彼女はショックで、体が膠着していた。

「おおおおおおおおお!!!!」

 唐突に雄叫びをあげたと思えば、死体を振り捨てて大きな刃を頭上に上げ、彼女を斬りつけようと走り出した。赤黒い凶刃は慧音に矛先向けた。

「はっ!」

 暫く固まっていた慧音はその雄叫びによって目が覚め、先制のタイミングを逃したと判断しバックステップで後退する。その三秒あと、慧音が立っていた場所に轟音撒き散らす怪物の刃が振り下ろされた。豪快な一撃で、風を切る音が響いた。

「くぅぅ……!何をしているんだ私は!」

 自責を言いつつ、構え直した札を持ち、怪物の方へ先を向けた。

 

 

 その向けた瞬間、札から虹色の光弾が放たれ夜闇を払った。光弾は真っ直ぐ怪物の心臓部目掛けて高速で飛んで行く、が、反射的に怪物が刃を盾代わりにし、鈍い音を立てて夜空へ弾き飛ばしてしまった。

 光弾を放った札は、燃えるように崩壊し初め、灰だけとなり夜へ溶けた。

「図体の割に、すばしっこい奴め……!」

 直撃を免れたとは言え、怪物には防ぎ切れなかった衝動がある。武器は振動を止めて、沈黙している、壊れているようだ。軽く脳震盪でもしたのか怪物は、フラりフラりと足元覚束ない。今がチャンスと、慧音は一気に間合いを詰め、

「ふん!」

 全体重をかけて回し蹴りを腹に浴びせてやった。

「ぐぅぅっ!?」

 苦しみ喘ぐ声をあげ、身の丈二メートルの巨漢は蹴りのパワーが向かう方向へと盛大に倒れた。少しばかり油断はしたが、実質的に先制攻撃は成功した。

 

 常人なら気絶をするほどの威力ではあるのだが、怪物はまたノッシリと立ち上がる。

「コイツ……痛覚がないのか?……妖怪でも幽霊でもない、何なんだ?」

 そんな疑問が頭に浮かんだものの、怪物は足元に落ちた武器を再び持ち上げた。紐のような物を引っ張り、起動させようとするのだが、光弾を受けたソレは沈黙を続けていた。

「それはもう使えない!……罪なき人々を殺したはその重罪は、地獄で償って貰おうか……」

 怒りで力がみなぎる。圧倒的に慧音が優勢だが、彼女は慎重な性格。自分の隙を作らない為に間合いを離したままだ。怪物は近距離、それもあの武器のみでしか攻撃出来ないようだ。ヒットアウェイを繰り返せば勝てる、と彼女は踏んだのだ。

 慧音は、また札を構えた。

 

 

 

 その札は、手放してしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。