石の世界で、私ではない私の歌を聞いた   作:ニッチさん

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5:百物語の違和感

 

 

 石神村に、少しずつ日常が戻っていた。

 

 ルリの病が癒えたことで、村の空気は目に見えて軽くなった。水汲みへ向かう子どもたちの声も、畑へ出る大人たちの足取りも、以前より明るい。祈るように巫女の家を見上げていた視線は減り、代わりに笑い声が増えていた。

 

 その中心で、石神千空は相変わらず何かを作っていた。

 

「千空、これは何に使うのだ?」

 

 コハクが作業台を覗き込みながら尋ねる。

 

 そこには、石やら木片やら、見慣れない粉やらが雑多に置かれていた。村の者からすればただのガラクタにしか見えないものも、千空の手にかかれば何かの材料になる。それはもう、短い付き合いの中でも十分に分かっていた。

 

「いろいろだ。次に必要なもんは山ほどある。金属、ガラス、薬品、燃料、道具。足りねえもんを数えたら、100億個はあるな」

 

「また大きく出たな」

 

「事実だ。文明復活なんざ、足りねえもんだらけの方が唆る」

 

 千空はにやりと笑った。

 

 その顔を見て、コハクは小さく息を吐く。初めて出会った時から、この男は変わらない。常人なら途方に暮れるような状況を前にしても、千空は目を輝かせる。まるで世界そのものが巨大な遊び場であるかのように。

 

 その横で、クロムが両腕いっぱいに石を抱えて駆け込んできた。

 

「千空! 見ろこれ! ヤベーの見つけた!」

 

「どれだ」

 

「山の奥の方だ! 昨日、スイカと一緒に素材探してたら、変な石が落ちててよ!」

 

 クロムは抱えていたものを作業台へ置いた。

 

 大半は普通の石だった。けれど、その中にいくつか異質なものが混じっている。表面が妙に平らな欠片。黒ずんだ細い金属片。石とは違う、硬く焼けたような灰色の破片。

 

 千空の目が細くなった。

 

「……ほう」

 

「お、なんだその顔! 当たりか!?」

 

「10億点ってとこだな」

 

「おおお! やっぱヤベーやつか!」

 

 クロムが拳を握る。

 

 コハクも破片を手に取ってみた。重い。自然の石とは違う。村で使う鉄とも違うが、確かに何か人の手で作られたもののような気配があった。

 

「これは、自然のものではないのか?」

 

「ああ。こいつはコンクリート片に近い。こっちは錆びた金属。3700年も野ざらしなら、普通はもっとぐずぐずだが……」

 

 千空は破片を回しながら、楽しげに目を光らせた。

 

「地下か、岩陰か、何かに守られてた可能性が高えな」

 

「つまり、どういうことだ?」

 

「旧世界の人工物が、山のどっかに残ってるかもしれねえってことだ」

 

 その言葉に、クロムの顔が一気に明るくなった。

 

「旧世界の! 科学の宝の山ってことか!」

 

「宝かゴミかは見てからだ。まあ、俺にとっちゃゴミでも100億%宝だがな」

 

 千空がそう言うと、スイカが作業台の下からひょこっと顔を出した。

 

「スイカも見つけたんだよ! 山の斜面に、変なすき間があったんだよ」

 

「すき間?」

 

 コハクが屈むと、スイカは小さな手で一生懸命形を作って見せた。

 

「こう、岩と岩の間に穴があって、風がすーって出てきたんだよ。でも獣の巣じゃなかったんだよ。匂いが変だったんだよ」

 

「匂い?」

 

「土の匂いじゃなくて、なんか……古い鍋みたいな、変な匂いだったんだよ」

 

 千空は口角を上げた。

 

「金属臭か。ますます唆るじゃねえか」

 

「危険ではないのか?」

 

 コハクはすぐにそう返した。

 

 千空とクロムは発見したものに心を躍らせている。スイカも、自分の発見が役に立ちそうで嬉しそうだった。けれど、コハクにはどうにも胸騒ぎがあった。

 

 山の奥。岩の隙間。土ではない匂い。旧世界の人工物。

 

 それは、村人がむやみに近づくには不自然なものばかりだった。

 

「危険な可能性はある」

 

 千空はあっさり認めた。

 

「崩落、毒ガス、錆びた金属、古い薬品。旧世界の施設なら、何が残っててもおかしくねえ」

 

「ならば、なおさら無闇に入るべきではない」

 

「だから準備して行く。無闇に突っ込むほど、俺は馬鹿じゃねえよ」

 

「うむ。それならよい」

 

 コハクは頷いた。

 

 とはいえ、千空が危険を危険として楽しんでいる節があるのは否定できない。そこが困ったところだった。

 

 その時、巫女の家の方から静かな声が届いた。

 

「その場所について、もう少し詳しく聞かせていただけますか」

 

 振り返ると、ルリが立っていた。

 

 まだ完全に体力が戻ったわけではない。けれど以前のように咳き込むことは減り、顔色もずいぶん良くなっている。そばには彼女を気遣うように、村の娘が一人控えていた。

 

「ルリ姉、外に出て大丈夫なのか?」

 

 コハクがすぐに近づく。

 

「はい。少しだけなら。……それより、クロム。あなたが見つけた場所は、北の尾根を越えた先ですか?」

 

「お、おう。なんで分かんだ?」

 

 クロムが目を丸くする。

 

 ルリは少し考えるように視線を落とした。

 

「百物語の中に、似た一節があるのです」

 

「百物語?」

 

 千空が反応する。

 

「ええ。とても曖昧な話で、これまで意味が分からなかったものです」

 

 ルリはゆっくりと息を整え、記憶を辿るように語り始めた。

 

「深き緑の山の腹に、白き箱あり。箱は眠り、箱は語らず。風なき場所より冷たき息が漏れ、鉄の骨は土の下に沈む。眠れるものを起こすならば、火と光を携えよ。されど、白き箱に眠る名を、みだりに呼んではならぬ」

 

 その場の空気が、少しだけ変わった。

 

 クロムは首を傾げ、スイカはきょとんとしている。コハクは眉をひそめた。千空だけが、明らかに面白そうな顔をしていた。

 

「白き箱、鉄の骨、冷たき息。こりゃまあ、地下施設の言い伝えっぽいな」

 

「百物語には、そういうものまで残っているのか」

 

 コハクがルリを見る。

 

「はい。ただ、他の物語と違い、教訓の意味がはっきりしませんでした。火と光を携えよ、という部分は、暗い場所へ行く時の注意とも取れます。ですが、最後の一文だけは昔から気になっていました」

 

「白き箱に眠る名を、みだりに呼ぶな、か」

 

 千空が呟く。

 

 その声には、先ほどまでの軽さが少しだけ薄れていた。

 

 名を呼ぶな。

 

 科学の情報として見れば、意味は曖昧だ。だが伝承として見れば、何かを恐れている。場所ではなく、そこに眠るものを。物ではなく、名前を。

 

「百夜が残したもんかどうかは分からねえが、旧世界の情報が混ざってる可能性はあるな」

 

「ビャクヤ?」

 

 クロムが聞き返す。

 

「こっちの話だ。で、その一節以外に何かあるか?」

 

 ルリは首を横に振った。

 

「詳しい場所までは。ただ、北の尾根、冷たい風、白い箱という言葉から、クロムが見つけた場所と無関係とは思えません」

 

「行くしかねえな!」

 

 クロムが即答した。

 

 スイカも両手を上げる。

 

「スイカも案内できるんだよ! 小さい穴なら、スイカが見るんだよ!」

 

「待て」

 

 コハクが二人を止めた。

 

「行くとしても、準備をしてからだ。ルリ姉の話を聞く限り、ただの素材探しでは済まないかもしれない」

 

「私も、そう思います」

 

 ルリは静かに頷いた。

 

「その物語は、他の百物語とは少し調子が違うのです。何かを伝えたいというより、何かを避けさせたいような……そんな響きがあります」

 

「避けさせたいのに、火と光を携えろってのは妙だな」

 

 千空が言う。

 

「近づくなってだけなら、もっと分かりやすく脅しゃいい。だがこの話は、行くなとは言ってねえ。行くなら準備しろ、名を呼ぶな、って話になってる」

 

「何かを見つけること自体は、想定されていた?」

 

 コハクの言葉に、千空はうっすら笑った。

 

「かもしれねえな。3700年越しの宝探しだ」

 

「ヤベー! 百物語と科学探索の合わせ技じゃねえか!」

 

 クロムは完全に興奮していた。

 

 コハクはそんなクロムを見て、ため息をつきたくなった。だが、彼の好奇心がこれまで村を救ってきたことも知っている。千空とクロムが目を輝かせる時、たいてい何かとんでもないものが動き出すのだ。

 

「私も行く」

 

 コハクは言った。

 

 千空がちらりと見る。

 

「戦力か」

 

「それもある。だが、山の奥なら私が一番動ける。それに、危険な場所なら村の者をむやみに近づけるわけにはいかない」

 

「合理的だな。文句ねえ」

 

「スイカも行くんだよ!」

 

「お前は穴の発見係だ。無茶はすんなよ」

 

「分かったんだよ!」

 

 スイカは嬉しそうに頷いた。

 

 ルリはそんな一同を見つめて、少しだけ不安そうに眉を下げた。

 

「千空さん」

 

「あ?」

 

「もし、本当に百物語に残された場所なら……そこには、何か大切な意味があるのかもしれません」

 

「だろうな」

 

 千空は作業台の上の金属片をつまみ上げた。

 

「意味があるかどうかは、見てから決める。怖がって放置するにゃ、材料も情報も惜しすぎる」

 

「あなたらしいですね」

 

 ルリは小さく微笑んだ。

 

 翌朝、探索の準備が始まった。

 

 千空は簡易的な松明と、火を起こす道具、袋、紐、布、いくつかの薬品を用意した。クロムは自分の採集道具を抱え、スイカはすき間を見るために張り切っている。コハクは槍を手に、山道へ向かう準備を整えた。

 

 村の者たちは、不思議そうにその様子を見ていた。

 

「また何か作るのか、千空?」

 

「何か見つける方だな」

 

「山にか?」

 

「そうだ。旧世界の置き土産があるかもしれねえ」

 

 それを聞いた何人かが顔を見合わせた。

 

 旧世界。今では千空の口からよく聞く言葉だ。けれど村の者にとって、それはまだ遠い昔話に近い。自分たちの生活と地続きだと理解している者は少ない。

 

 コハクはふと、巫女の家の前に立つルリを見た。

 

 ルリは静かにこちらを見送っている。その顔に浮かぶ不安は、単なる危険への心配だけではないように見えた。百物語を受け継ぐ者として、何か説明できない重さを感じているのだろう。

 

「コハク」

 

 ルリが呼んだ。

 

「はい、ルリ姉」

 

「気をつけてください。百物語は、すべてが正しく伝わっているとは限りません。けれど、意味もなく残されたものもないと思うのです」

 

「分かっている。何かあれば、すぐに戻る」

 

「お願いします」

 

 コハクは頷き、千空たちの後を追った。

 

 山道は、村人が普段使う狩りの道から少し外れていた。

 

 最初は見慣れた森だった。鳥の声が聞こえ、葉の間から光が落ちる。獣の足跡もある。だが北の尾根を越えたあたりから、地面の様子が少し変わった。

 

 石が多い。

 

 それだけなら珍しくない。だが、ところどころ不自然に平らな石が混じっている。割れ方も、自然に砕けたというより、何か大きなものが崩れて散ったようだった。

 

「ほら、ここだ!」

 

 クロムがしゃがみ込んだ。

 

 彼が指差した先には、黒ずんだ細長い金属片が半分土に埋まっていた。千空がそれを引き抜き、軽く叩く。錆がぽろぽろと落ちた。

 

「鉄筋っぽいな」

 

「テッキン?」

 

「コンクリートの骨だ。建物とか橋を強くするために中に入れる金属だな」

 

「建物の骨か! ヤベー、骨まで残ってんのか!」

 

 クロムは目を輝かせた。

 

 コハクは周囲を見回した。獣の気配は薄い。鳥の声も先ほどより遠い。森の中なのに、どこか音が吸われているような静けさがあった。

 

「スイカ、穴はどちらだ」

 

「こっちなんだよ」

 

 スイカが小さな体で斜面を登っていく。

 

 途中、彼女は岩の間に身をかがめ、何度も地面を覗き込んだ。やがて、大きな倒木の陰で止まる。

 

「ここなんだよ」

 

 そこには、岩と土に半ば埋もれた斜面があった。

 

 一見するとただの崖崩れの跡に見える。だが近づくと、確かに不自然だった。土の中から、平らな灰色の面が覗いている。周囲の岩とは質感が違う。さらに下の方には、錆びた金属の縁のようなものがわずかに見えていた。

 

 千空が指で土を払う。

 

 灰色の面が少し広がった。

 

「ビンゴだ」

 

 千空の声が低くなる。

 

「人工物だな。しかも、ただの家じゃねえ。山腹に埋めるタイプの施設か、地下へ続く入口か」

 

「入口!」

 

 クロムが叫びかけ、コハクに視線で制されて口を閉じた。

 

 スイカは岩の隙間に近づき、鼻をひくひくさせる。

 

「やっぱり、変な匂いがするんだよ。冷たいんだよ」

 

 コハクもその隙間へ近づいた。

 

 確かに、風が出ている。

 

 山の風ではない。洞窟の湿った空気とも違う。もっと乾いていて、古い。長い間閉じ込められていた空気が、わずかな隙間から漏れているようだった。

 

 コハクの肌が粟立った。

 

「千空」

 

「ああ。分かってる」

 

 千空は笑っていた。

 

 けれど、その目はいつものように軽くはなかった。そこにあるものが未知であることを、彼も理解しているのだろう。科学の宝かもしれない。危険物かもしれない。あるいは、その両方か。

 

「開けるのか?」

 

 コハクが問う。

 

「今すぐ全開ってわけにはいかねえ。崩落したら終わりだ。まず周囲を調べる。空気の流れ、入口の強度、使える隙間。100億%慎重にやる」

 

「慎重という言葉を、お前の口から聞くと少し安心するな」

 

「俺はいつでも合理的だ」

 

「好奇心も多分に混ざっているがな」

 

 千空は否定しなかった。

 

 クロムが我慢できないように身を乗り出す。

 

「でもよ、千空。この奥に旧世界のもんがあるんだろ? もしかして、すげえ科学道具とか、薬とか、まだ使えるかもしれねえってことか?」

 

「可能性はゼロじゃねえ。だが3700年だ。期待しすぎんな。大半は朽ちてる」

 

「それでも、何か残ってるかもしれねえんだろ!」

 

「ああ」

 

 千空は土に埋もれた金属縁を見下ろした。

 

「何かは、な」

 

 その言い方に、コハクはわずかに眉を寄せた。

 

 何か。

 

 それは材料や道具だけを指しているのではないように聞こえた。百物語の一節が、頭の中で蘇る。

 

 白き箱に眠る名を、みだりに呼んではならぬ。

 

 名。

 

 なぜ場所ではなく、名なのか。

 

「コハク」

 

 スイカが小さく袖を引いた。

 

「どうした」

 

「この奥、なんか怖いんだよ」

 

 スイカの声は小さかった。

 

 コハクは彼女の頭に手を置いた。

 

「怖いと思うなら、それは大事な感覚だ。無理はしなくていい」

 

「でも、千空たちの役に立ちたいんだよ」

 

「ならば、怖いと思ったこともちゃんと伝えるのだ。それも役に立つ」

 

 スイカは少し考えてから、こくりと頷いた。

 

 千空は入口らしき部分を見つめたまま、静かに笑った。

 

「唆るじゃねえか」

 

 その横で、コハクだけは笑っていなかった。

 

 山の腹から流れてくる空気は、獣の巣穴よりも、洞窟の奥よりも、ずっと冷たい。まるで長い眠りの底から、誰かの息だけがまだ漏れているようだった。

 

 土に埋もれた金属扉の奥で、何かが待っている。

 

 それが宝なのか、災いなのか。

 

 まだ、誰も知らなかった。

 

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