模倣の決号作戦   作:帝都造営

15 / 21
「訓練の進捗状況はいかほどかね、大佐」
「はっ、既に二個大隊の練成が完了しており、後は出撃命令を待つのみであります」
「ご苦労だった」
「しかし司令。お言葉ではありますが、今の我々に必要なのは山中への降下訓練ではなく鹿児島湾沿岸での戦闘を想定した沿岸陣地構築であるかと思われますが……」
「君はあれかね、化け物どもの中に飛び込むのが嫌なのかね?」
「いえ。そんなことは全くございません。ですが現状、南西諸島方面への出撃命令は下りないかと思われますが……」
「そんなことはない。決めるのは政治家、つまり国民だよ」
「は、はぁ……」


H34.3.12《X-233days》

――――西暦2022年3月12日。東京――――

 

 

 

 地価が高くなる一方の都心において、建造物は高層化の一途を辿る。それは当然のことであり、そもそも地価の高まりは需要の多さに起因するものなのだから褒められるべきことだろう。高層化によってより多くのヒトやモノを収納できるのだから、当然だ。

 

 帝都の地下を縦断する地下鉄を降り、駅前という立地を知らない幹線道路の脇から地上へ。高層ビルの連なるオフィス街は土曜日ということもあり人影はまばらだ。だが数分も歩けば高層ビルはすぐにまばらになり、幹線道路から逃れるように街路へと進む。

 

 舗装された歩道を歩いていく飯田孝介は、普段のような軍装ではない。一般的な紺のジャケットにスラックス、ネクタイ。鞄すらも私用のそれに変え、傍から見ればただのホワイトカラーにしか見えないことだろう。まあ待遇や組織で見れば軍人は官僚的な存在、いや官僚そのものだからスーツを着込んだ飯田がそう見えるのは当たり前なのだが。

 それにしても……実家帰りと家内には説明したが、そう考えてみると滑稽なものだ。自身はこうして戦闘服のごとくスーツを着込み。そして戦場に向かうように歩いている。実家帰りとは何だったのか。

 

 いやしかし、それは仕方ないのだ。

 

 なんせ目の前に立ちふさがる邸宅こそが、飯田孝介という新米海軍幕僚を支える最大の後ろ盾なのだから。

 

 

「孝介様。お待ちしておりました」

 

 彼を呼ぶ声。ふと見てみれば、洋風と和風をごちゃまぜにしてしまったような出入り口の前に人影。どうやら孝介のことを待っていたらしい。それを見た孝介はどこか安心したような笑みを浮かべる。なんせ彼にとっては家族同等に気が置けない存在だ。

 

「鎌村さん、お久しぶりです」

 

「孝介様こそ、お元気そうで何よりです」

 

 旦那様がお待ちです。それだけ言って敷地内へと先導するように踵を返す鎌村。彼のいう「旦那様」とは、もちろん孝介の父である飯田啓介である。

 

 

 

 敷地内にはキチンと刈りそろえられた芝、その向こうには相変わらず奇妙な形をした松――あまり興味はないが価値はある、そうだ――が植えてある。そしてその向こうには「いかにも」な雰囲気を目指したのであろう池。伝統やら流行やらをとにかく突っ込んだようなこの空間。飯田家を庭園で表現しろと言われたのならばこれが模範解答となるのであろう。

 海軍省にいれば目立つこともないが、孝介の家は富裕層にあたる。それも、東側に言わせるところの搾取階級だ。日本でいうなら財閥というやつだ。

 といっても経済界では新参者。そう、所謂戦争特需で頭角を現し、その後の経済成長で存分に発展した部類にあたる。

 

 玄関に入り、靴を脱ぐ。実家という事実があり、それを認識しているからこそ気が緩みそうになる、がもちろん気を抜いたりなどはしない。スーツを着込んでいる時点で仕事の話だ。

 

「父は元気にしていすか? 昨日声を聴いた限りでは大分元気そうでしたが」

 

「ええ。もちろん元気にしておられます」

 

 明日も伊豆に出かける予定です。縁側にあたる木張りの床を歩きながらそう返す鎌村。伊豆には彼がいつも行くゴルフコースがあるのだ。そこまで趣味に精が出るようならよほど元気なようだ。

 

「それはよかった」

 

「孝介様も無理はしておられませんか? 旦那様も心配なさっていました」

 

「やめてください鎌村さん。私は軍人です」

 

 有事において無理をしない軍人などはいない。そう含める孝介。もちろん多忙な日々を過ごしているのは事実だ。事実だが、昨日の対策会議含めて軍としてはまだまだ動けていないのが現実。

 

「おう孝介。来たな、入れ」

 

 噂をすればなんとやら。襖越しに声が聞こえる。鎌村は恭しく頭を下げ、それから襖の脇に控えた。孝介はネクタイを締め直すと、小さく息を吸う。

 

「入ります」

 

「よし、まずは座れ」

 

 そう言いながら座布団を指し示すのは和服に身を包んだ男。孝介が知るかつての姿からは程遠く、昔は白髪交じりだった髪はほとんど白一色に埋め尽くされてしまった。量自体も減ってきているような気がするのは気のせいだろうか。

 それでもなお老いを感じさせない老人――矛盾しているが、孝介にとっては矛盾していない――は、事前に準備してあったのであろう湯呑に電気ポッドからお湯を注いだ。

 

 そして差し出す。ティーパックがそのままなのは、まあ気にすべきではないので無言で受け取る。今飲むと恐らく薄いので孝介はそっと湯呑をお盆に戻した。

 

「孝介。先月新車を買ったんだが、見てくれたか」

 

「と言われましても、車庫は裏ですので」

 

「ふむ、それもそうだな。なら後で見ればいい。アレはいいぞ、今は亡き飯田自動車の面影が残っている」

 

 そうひとりで満足げに頷く孝介の父。彼、啓介はそういう人間なのだ。だから庭をあんな和洋入り乱れた(カオスな)状態にしてしまっても平気でいられるのだ。ちなみに飯田自動車とは40年ほど前に孝介の祖父が立ち上げた会社で、最終的には……いや、それはいい。孝介は鞄よりノートパソコンを取り出す。父親に目配せすれば、啓介はやれやれといったように口元を緩めた。

 

「お前は変わらずせっかちだな、私を接待したらどうなんだ」

 

「いえ……今日は()()()()()ですので」

 

 それだけ言えば、もう伝わるだろう。というかもう伝わっていないとおかしいはずである。

 

 今日の目的は原発、原子力発電所だ。膨大な電力を生み出すそれは、しかし等しく膨大な建造費、維持費を要求される。しかし建造費や維持費は単なるマイナスではない、それを電力会社が支払うことによる経済効果は莫大なものだ。即ち、利権である。利権となった途端急にややこしくなるのが物事で、孝介にとって原発はその最たるものといってよかった。

 

 ヒトが、企業が、省庁が、その労働力と資本と権力が入り乱れているのだ。

 

 故に、飯田が頼れる人間は限られてくる。少なくとも海軍ではだめだ。大迫海軍幕僚長は確かに艦政本部で部長職をやっていた時期もあるが、それは水雷部、つまり魚雷と誘導弾(ミサイル)なので原子力に関してはさっぱりだろう。ツテもないに違いない。そして、その大迫についていく飯田も同様なわけで。

 

 だから、頼るべきは家族ということになる。孝介はスリープ状態から回復したパソコンを啓介へと向ける。

 

「昨日の資料、見させていただきました」

 

「ん、どうだった?」

 

 送られてきたメールに添付されていたのは日本に建てられている原発の場所、その種類と現在の稼働状況、そして原子力発電所に関する基礎的な情報だった。その内容はどちらかといえば広報部に作らせたような資料で、まあ原発といえば有名な原発事故ぐらいしか把握していない孝介にとってはいい復習になったというところ……要するに、あまり参考にはならなかった。

 

「よく纏まっている資料でした」

 

「だから常識的なことしか書いていないといっただろう?」

 

 そう言う啓介は、やはり全てを把握しているらしかった。

 

 

 

「……やはり、厳しいですか」

 

「ああ。技術者連中には話してみたが、正直手段はそれしかないぞ」

 

 芝生のど真ん中に置かれた竹筒のインテリアが乾いた音を立てながら倒れる。その後元に戻る。

 一方お盆に置かれた湯吞は既に冷え切ってしまっていた。その横には男性二人と大量の紙束。それらに書かれているのはスケッチで、知っている者が見ればそれが原子力発電所の見取り図や格納容器の形状を示していることが分かるだろう。書類の散乱を防ぐためのバインダーが何冊も無造作に放り出され、畳の上に置かれている。

 

「ですが、原子力発電は我が国においては……」

 

「孝介」

 

 啓介が小さく言葉を落とす。

 

「なあ、孝介。沖縄には()()()()なかっただけだぞ」

 

 啓介は、バインダーの一冊を手に取り、はらはらと捲る。

 

「だがもし鹿児島だったらどうだった? 愛媛だったら?」

 

 孝介の脳裏に昨日電話越しに聞いた啓介の声が蘇る。明日は空いているか。その台詞を放った時点で目の前の男の腹は固まっていたのだ。わざわざ邸宅に招いたのもそれを紙媒体や電子媒体といった媒介手段で伝えたくなかったからなのだろう。

 孝介の父親は、飯田啓介は直接伝えるのを好むのだ。それが重要なことであればあるほど。

 

 

「私の結論はこうだ、原発は封鎖するしかない。一刻も早く、最優先事項だ」

 

 

 やはり、その結論にたどり着くのか。

 

 原子力。その言葉が核兵器以外の意味で使われ始めたのは、核兵器が戦術兵器としてよりも戦略兵器、つまり「抑止力」として機能し始めたころの話であった。世界革命戦争の頃、軍事的要求から工業力を必死に伸ばしていた日本は慢性的な電力不足であった。火力発電所は東京湾の沿岸に立ち並んだが、戦後の爆発と言っていい発展による需要の拡大には対処しきれなかった。全国で同様の状況だった。1950年代後半の国民生活は電気がつかない時間の方が長かったぐらいだそうだ。

 そして、それの解決を期待されたのが原子力であったことは言うまでもない。わずかな原料で生み出すことが出来る大量の熱とそれによる蒸気、そしてタービンを回すことで得られる電力。それらは高圧電線により全国へと行き渡っていった。冷戦という時代は核の時代などとはよく言われるが、それは軍事的な意味でもあれば国民生活的な意味でもあった。世界は核により国防を成立させ、原発により経済を成立させた。

 

 しかし、その幻想はある時打ち破られた。

 原発事故の心配をするのは隕石がスタジアムに落ちる確率を心配するようなものだ、そんなことを言ったのは誰だったろうか。だが原発事故は起きた。スタジアムに隕石が落ちたのだ。そして原発という夢と見ていた観客は吹き飛ばされた。

 

 初めに事が起きたのは孝介たち日本人にとっては正義である西側でであった。東側はそんな西側を嗤った。彼らは人類史上初めて人工衛星を打ち上げただけのこともあり、科学技術には自信があった。その後を知る日本人からしてみれば大変滑稽なことだが、しかし日本人も笑えない。結局、どこの国でも核兵器を夢のエンジンにすることは叶わなかったのだ。

 

 

 そして今、目の前に『やつら』がいる。沖縄の万単位の陸軍を撃破し、百万人を蹂躙した『やつら』が。

 

「言っておくが、石棺以外の方法はないぞ」

 

 そう言う啓介。正直なところ、それは孝介も分かってはいたのだ。

 

「何日かかりますか?」

 

「場所によってだが……数日とはいかん。数か月だ。新電力開発の幹部連中もいい顔はしないだろう。それ以上に」

 

 啓介はそこでいったん言葉を切る。今更ながら湯呑に手を伸ばす。孝介もつられるようにして手を伸ばした。湯呑の感触は固く、思った通り冷たい。

 

友民党(ゆーみん)は原発推進派だ、言うまでもなくな」

 

 政権与党、立憲友民党(りっけんゆうみんとう)。極右政党である勤皇党(きんのうとう)と連立政権を組んでいるこの党は、2010年代初頭の国家財政破綻とそれにより誘発した第十次上海事変――上海戦役とも――への初期対応に失敗した現在の最大野党に代わって政権を握っている。それ以前からも現代日本を形作る社会資本(インフラ)を開発してきたこの政党は、もちろんその功績に自信を持っていて、その一つが原子力発電所だ。彼らが石棺を許すはずがない。

 

 石棺――――原子炉建屋のコンクリートによる埋め立て事業は、その地に永遠の負の遺産を築く行為だ。

 

「ですが、必要なことです」

 

「私はただの会長に過ぎない。友民とは戦えん」

 

 そうため息をついて見せる啓介。中規模の鉄鋼・石油化学工場を持ち、軍需向け生産では野戦砲や攻撃ヘリも製作する飯田インダストリーグループの会長が「ただの会長」に過ぎないかどうかはともかくとして、少なくとも友民党と戦うには力不足だ。

 

 だが、出来ることがないわけではない。孝介はお茶を少しだけ含んでから、湯呑をお盆へと戻した。

 

「お願いがあります」

 

「言ってみたまえ」

 

 その言葉で孝介は前へと。

 

「原子力安全規制院とのパイプを作っていただきたい」

 

 原子力安全規制院。2011年に発生した原発事故の際、原子力関連を取り仕切る機関が分散していたため初動が遅れたのは知っての通りである。それを解決するべく組織されたのが原子力安全規制院だ。

 

「ほお、そう来たか」

 

 啓介は口角を吊り上げる。微笑んだのだ。孝介は続ける。

 

「格納容器が破損さえしなければ放射能汚染物質の飛散を防げるというわけではありません。使用済み核燃料や、燃料保存プールに保管されている未使用の核燃料も移送しなければなりませんし、それらは格納容器以上に無防備な状態で保管されています。それらへの対策は今すぐにでも講じることが出来るはずです」

 

「だがそれだけなら軍と繋がんでもいいだろう。私が直接助言すればいい」

 

「いえ、結局『やつら』から原発を守れるのは軍だけです。その上で、原発に石棺を施す方策を練る必要があります」

 

「……」

 

 音を立てながらお茶をすする啓介。そのまま湯呑を盆に戻せば、それは孝介の湯吞の横に置かれた。

 

「いいだろう、紹介はする。そこからは出来るな」

 

「はい」

 

「よし。ではやっておこう」

 

「それと、実際にコンクリートによる埋め立てを行う場合の計画を立ててほしいのですが」

 

「分かった。想定する機材は無制限で構わんな?」

 

 それは即ち、無制限に機材を用意する、そのための取次ぎを孝介に任せるという意味であった。もちろん孝介では能力不足だ。

 だが、もし海軍がこの件における主導権獲得に成功したならば、いや実行のためにはそれが必要なのだ。

 

「構いません。それでお願いします」

 

「うむ。では昼食にでもしよう、鎌村!」

 

「はい旦那様」

 

 啓介の呼びかけに隣の部屋からだろうか、鎌村の声が返される。それが会話の打ち切りを示していた。

 

 

「ところで孝介」

 

 啓介は広がった書類を片付けながら、孝介もそれを手伝いながら耳を傾ける。

 

「EL023は知ってるか?」

 

「なんですか、それ」

 

 聞いたことのない番号だ。孝介がそう返すと、啓介は目を手元から離さずに続ける。

 

「我が飯田製造の開発番号だ」

 

「……」

 

 いまいち要領が掴めず、孝介はそのまま啓介の言葉を待つ。飯田製造というのは基本的には軍用の製品を作っているはずなので、彼が使用としているのは試作兵器の話だろうか。

 

「EL023――――第三次国家防空大綱。我が国が核ミサイルによる大陸間弾道弾ミサイル(I C B M)の迎撃から通常誘導弾による迎撃に基本方針を切り替えたこの決定で、飯田製造が陸軍に提案した弾道ミサイル迎撃用()()()()

 

「ああ、アレですか」

 

 それなら孝介も知っている。

 

 昭和中期から後期にかけて、陸軍の地位は低下の一途をたどっていた。その理由は言うまでもなく空軍の台頭、即ち陸軍航空隊の縮小である。立川飛行場が空軍の立川空軍基地に変わるなど、陸軍はその多くの資産と業務を空軍に引き渡してした。それはつまり空を空軍に譲るということ。陸軍は空から追い出されてしまったのだ。

 固定翼機部隊は空軍に編入されてしまい、残されたものといえば連絡機や偵察機、それと回転翼機ぐらい。本土防空を指導する立場にあるはずの防空司令部は高射部隊こそ管轄にあれど使用している誘導弾は空軍の管轄。

 

 陸軍にしてみれば核兵器の運用のみを任されるはずであった空軍――核は今でこそ三軍がそれぞれ保有しているが、元々は空軍のみが運用を許されていたのだ――が、気づけば防空まで仕切っているのだから溜まったものではなかっただろう。

 

 そんな状況に付け込もうとしたのが先代社長――つまり、孝介の祖父――だ。彼は大砲の延長線として高出力の砲熕兵器の運用を提案。アメリカのスターウォーズ計画――核ミサイルを宇宙空間からのレーザーで撃ち落とす計画――の地上配備版と思ってもらえればいい。地上配備なら軌道周回する衛星と違って常に本土を守ることが出来るし、なにより砲熕兵器なので空軍に横取りされる心配もない。大気中でのレーザーの使用は絶望的なので実体弾が採用されることとなり、陸軍と共同での研究チームさえ発足した。

 

 とはいえ……火薬の爆発速度に依存する通常の火砲で、高高度から落下してくる飛翔体を撃破するのは非常に難しい。というか不可能だ。

 

 

 高威力で、長射程。そして火薬を超える弾速。それを実現したうえでの超精密射撃。それを達成するべく飯田製造が提示した選択肢、それがEL023。電磁投射装置を用いた兵器である。果たしてこれが砲熕兵器なのかは微妙なところだが、ともかくその開発がすすめられたのだ。

 

 ――――そして、外野の予想通り失敗した。現在でも防空司令部と陸軍高射部隊は空軍管轄の高高度誘導弾を運用している。

 

 

「あれの研究を私が再開されたのはお前も知っているだろう?」

 

「はい」

 

 そう孝介が頷けば、啓介はくるりと身体を回して床の間に無造作に置かれている布をとった。話がここまで進んだ時点で孝介にも予想はついていたが、それはEL023――――電磁投射砲の模型であった。丘陵地帯に設置することを想定しているのだろうその模型は、関連機材や掩体壕まで作られており、計画の概要が一目で見て取れるよう工夫されていた。

 

「ようやく今年度から試験運用が始まった試作一号機だ。まさに飯田家半世紀の夢だな」

 

 飯田家というか亡き祖父と父、親子二代の夢といった方が正しいのではないだろうか。そうは思うがいうだけ無駄なので孝介はなにも言わずに神妙に頷いておく。

 

「それでだ、ここまでならお前に話す必要もないんだ。ここらの事情はよく知っているだろうからな」

 

 そう言いつつ啓介は座り直す。孝介もそれに対して身構える。何が告げられるというのだろう。

 

「持ちかけがあってな、新規の納品先が決まりそうなんだ」

 

「……? よかったではありませんか」

 

 しかし啓介の表情は暗いまま、微妙な沈黙を保つ。

 

 何が悪いというのだろう。しかしその疑問も、次の言葉で氷解、いや音を立てて瓦解することとなる。

 

「海軍だ」

 

「は?」

 

「海軍だよ、お前の海軍だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませ、飯田孝介は実家を後にする。スーツを着込み、鞄を持った彼はやはり休日出勤と間違われそうな格好で、そのまま街路を歩いてゆく。今日は晴天、雲量は5ほど。風さえなければ心地よい昼下がりといったところだ。

 

 しかし飯田の心持ちは重い。彼の父である飯田啓介が伝えた言葉が、喉に刺さった魚の小骨のように嫌なとっかかりを残しているのだ。

 

 海軍が電磁投射砲を欲しがっている? それも、地上配備型を?

 確かにアメリカでは試験的とはいえ実戦配備されている。だがまだまだ問題も多く、一線級の艦艇に搭載する目途がようやくつきそうなところだ。日本だってそのくらいしか進んでいないし、なにより日本海軍が抱える喫緊の課題は陳腐化した護衛艦艇の更新。どちらかといえば対地攻撃向きの電磁投射砲搭載艦を作っている予算はない。もちろん設計の際にそれを想定して余裕を持たせた設計にするのは大切だが、そうであっても搭載されるのは当面先の話になるはずなのだ。

 

 なのになぜ、今その話をするのか。いや、もう少し表現を変えよう。なぜ飯田会長は息子に()()()()()()()()()()

 考えるが、問題がぐるりと回って初めに戻るだけだ。考えただけで解決する問題ではない。

 

 と、ふと声が聞こえた。

 

 

 

「いやー中佐、今日はいい土曜日ですねぇ」

 

 その声を聴いた飯田は足を止める。振り返れば、紙袋を引っ提げたコート姿。紙袋に印刷されたロゴは西側一のハンバーガーチェーン店のそれで、どうやら持ち帰り袋らしい。

 

「いやぁそれにしても飯田インダストリーグループの御曹司サマが帰省なんて、本当に珍しいですね? なにかあったんですかぁ?」

 

 楽しげに、抑揚も元気よく。同じ文字列でもその調子で受け取り手の感じ方は変わるものだ。しかし、御曹司云々は事実であるから否定するつもりはない。

 

「なぜお前がここにいる」

 

 飯田が返すと、相手は口を尖らせながら言う。

 

「いやいや、それはこっちのセリフですよ中佐、なんでだって昼食まで食べてきちゃんですか? ジャンクフードなんか食べてたらお肌が荒れちゃいますよぉ……」

 

「それを食べたのはお前だろう」

 

 そうは言いつつも、その紙袋は膨らんだまま。中身に手を付けていないのは明らかだった。肌が荒れるのを気にしているのは本当らしい。

 

「待たせたのは中佐じゃないですかぁ」

 

「私の記憶では待ち合わせたつもりもないんだが?」

 

 しかし正直、ここで彼女が出てくるとは思わなかった。飯田は軽い足取りでこちらへと寄ってくるコート姿を半ば睨むように見つめる。

 

「せっかく銀座でランチと洒落込もうと思ったのになー」

 

 彼女はそう言いながら飯田の前に。近づいた分だけ顔一つ分低い背の高さがよく目立つ。

 

「―――青葉、残念ですぅ」

 

 どこか演出されたような上目づかい。黒髪はバックにシュシュで一括りに纏められていた。

 

 

 構うだけ無駄だ。彼女はこうして遊びたがるのだ。飯田は構うことなく踵を返す。

 

「ちょっとちょっと、待ってくださいよぉ」

 

「待つとはなんだ、お前がここまで露骨に動くとは思わなかったぞ」

 

「いやぁ『会いたい』に理由はないってお天道様が」

 

「どの口が言う」

 

 というか、どうせ明日の朝ジョギングコースでばったり出会う予定なのだ。なぜこのタイミングで接触してくるというのだ。飯田は全く理解できんと切り捨てつつ、一方で腹の底から得体のしれない物体がにじりあがってくるような、そんな感覚に襲われていた。

 

 そんな間にもせかせかと歩く飯田。それを青葉はすいっと抜かすと、どこかふやけた表情で口を開く。

 

「まあ冗談は置いといてですね……青葉、ちょっぴり面白い話を入手しまして」

 

「……」

 

 一瞬、頭の中で思考回路を回す。脳みそだけで身構える。街路には見計らったように誰もいない。

 

「先日、大迫大将が藤巻大将との食事の席を設けたのはご存知ですか?」

 

 相手にこちらの反応を待つ気はない。そのまま続ける。

 

「海軍幕僚長たる海軍大将の大迫(おおさこ)さん。統合幕僚長たる陸軍大将である藤巻(ふじまき)さん。二人は基本的には不仲だって、以前中佐は仰ってましたよね?」

 

「……」

 

 その通りだ。この二人はどちらかと言えば協調性を欠く方だ。もちろん三軍統合運用には指揮官の連携が欠かせない故、対立は致命的なそれではないが……しかし、大迫大将についてゆく海軍将校たちのグループ――いわゆる大迫派――がそれを知ればあまりいい顔はしないだろう。大迫の率いる研究会に所属する飯田も、接触の意味は理解できるが大迫が進んで設けたというのは少し意外に感じた。

 

「で、それがどうした」

 

「それでですねぇ、ここからが面白いんですけど。その後満州で試験中の例のアレ、電磁投射砲でしたっけ? そこの実験部隊が日程を繰り上げたらしくて」

 

 どうやら彼女が欲しいのは確証らしい。となると飯田製造の件は知っていないのかもしれない。実家の前で張っていたのだから啓介(うえ)から情報を貰った可能性も考慮に入れていたのだが……。

 

「あ、青葉がここにいるのは娘さんが呟いてたからですよ? 別に中佐が考えるような深い意味はありません」

 

 

 うん、望。お前馬鹿じゃないの。

 

 

――――

 

のんのん@国防大第一志望! (@Ida_Nozomi)フォローされています

4時間前

親がみんな出かけてしまったので今日は静か。

そう言えば定期も終わったし、そろそろ進級祝いが欲しいかな~^^

 

――――

 

 

 携帯を開き、作れ作れとせがまれて作ったアカウントを覗くと、確かに呟かれてはいる。しかし直接の記述ではなかった。ネットリテラシーがなってないと言おうと思ったが、残念ながらこれはこの女が完全に悪いらしい。

 そもそも望は鍵アカウント――つまり、基本未公開の――アカウントを使ってるんじゃないのか。どんな手を使ったというのだ。

 

「奥さんはいつも通り買い物でしょうし、となると三月中旬なのに進級祝いは早いですよね? すると進級祝いをくれそうな太っ腹は彼女のおじいちゃんに当たる飯田啓介氏しかいない訳です」

 

「……」

 

「ちょっとぉ、そんな人を悪魔みたいな目で見ないでくださいよ。手の内さらしてるだけ信頼の証ですって」

 

 よかったですねー青葉がホワイトハッカーで。そう笑って見せる彼女は、心底楽しそうで、食えないやつだと飯田は内心で苦笑い。こんな付き合いも気づけば本当に長く、少なくとも現状は協力体制が成り立っている。

 

「ともかく、セキュリティについて抜本的な見直しが必要そうだな」

 

「ええそうでしょうとも、青葉もお手伝いしますよ?」

 

 でも、その前にちょっぴり寄りましょっか。そう言う彼女は、すかさず孝介の腕を取った。

 

「やめなさい」

 

「やだなぁ、このくらいの方がいいでしょう?」

 

 彼女。青葉というのは――――飯田孝介の便利屋であった。

 

 

 飯田家は大きい。そしてその後光に照らされる飯田孝介はその家の長男坊。海軍でのし上がるつもりの彼は会社を継ぐ気こそないが、軍組織の中で飯田家の人間として生きる義務はある。

 彼の地位を支えているのは、彼の純粋な海軍軍人としての能力によるものではないのだ。

 

 それでも構わない。飯田孝介は飯田家の人間として、祖国を愛する一員として、国家に尽くす。それで進むべき道を切り開くのだ。

 

 

 

 

 

 今日という日の午後は、まだまだ続くらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。