模倣の決号作戦   作:帝都造営

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……大変遅くなりました。すごい難産でした。クオリティが不安。


H34.3.12《X-233days》②

――――西暦2022年3月12日。東京――――

 

 

 

 市民生活に花を添えるべく建設された公園というのは、言うならば都市の中に作り出された都合の良い自然環境である。噴水からちょろちょろと水が噴き出している。

 

 だがそれは湧き水ではない。どこかしらから引っ張ってきたもので、等間隔に植えられた木々は何十年も昔に誰かが植えたものだ。「芝生養生中 立ち入り禁止」などと書かれた看板の向こうには茶色ばかりの芝生が広がる。

 そんななか、敷き詰められた敷石の間からわずかに生える雑草。これだけが公園において唯一「ホンモノの自然」と呼べるそれであった。

 

 

 そんな敷石の上にばらまかれるパン。たちまち灰色の鳥が群がり、それらをつついてゆく。大量生産されたバーガー用のバンズが、彼らのくちばしにつつかれて崩されて消えていく。

 

「くっくるー。くるくるくるっくー」

 

 それをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すのはまだ肌寒い東京の空気に合わせた上着に身を包んだ影。デザインはどちらかといえば男性向けの色があるが、そこはブーツにポシェット、最後に黒色の髪の毛を止めるシュシュで性をピンポイントに強調することで決してセンスがないとは言わせない。

 

 その様子を見ていた皮の上着を着込んだ飯田は、やれやれと言わんばかりにベンチへと座り込んだ。昼下がりの日差しは柔らかく、無差別に公園を温めている。

 

「で……お前は何をやっているんだ」

 

「鳩と話せるかと思いまして」

 

 なんだそれは。どうせ伝わるだろうからため息だけに留める飯田。いきなり何を始めるかと思えば、鳩に餌をやり始めるのだから、まったく意味が分からない。

 

「ところで中佐、スポーツ鳩は餌の種類を分けることで往復出来るようになるってご存知です?」

 

「スポーツ鳩……あぁ、伝書鳩のことか」

 

「バーガーでもそれは可能なんでしょうか?」

 

 知るはずがない。そもそも、伝書鳩という概念なんてとうの昔に崩壊している。

 

 確かに昔から、鳩は優秀な情報伝達手段ではあった。鳩の帰巣本能を利用し、足に括り付けた物資を輸送する。当然鳩を飼うだけでも大変だし、それを運用するのはもっと大変だ。しかも輸送できる物資はごく僅か。だから昔は高価な物資――情報――が運ばれたのだ。

 しかし、もはや世界で最も早いのは光だ、電波だ。全天候型という意味ではまだ小型無人航空機(ドローン)に勝るが、いずれは小荷物の運搬においての地位も奪われることだろう。

 

「で、お前は伝書鳩も使うのか」

 

「さあ?」

 

 振り返って笑い顔を見せつける青葉。それからどこか遠くを見て、言った。噴水でも見ているのだろうか。休日ともなれば噴水は大盛況。親子連れがシャボン玉を飛ばしている。

 

「正直、核戦争下では磁気が狂いますから、鳩なんて役に立ちません。だからスポーツ鳩などと(そんなふうに)呼ばれるのです」

 

 だが、平時では違うだろう。飯田の目に映るのは彼女の背中だけ。その視線の先に広がるのはただの空。この空に伝書鳩がまだ飛んでいるのかなんて飯田は知らない。

 

「そんなことより、張っていたのは大迫閣下か藤巻統幕長、どちらだ」

 

「もぉ、中佐はせっかちなんですから」

 

 ケタケタと笑いつつ青葉がパンをひときわ高く投げ上げる。鳩が驚く様子もなく落下してきたパンをつつく。

 

「教える必要があるんで?」

 

「いや、ないな」

 

「まぁ、関心があるのは当然ですよね。なんせ中佐は大迫派の懐刀な訳ですし」

 

 ご安心ください、別にあなたの損にはなりませんよ。振り返ってからやんわりと笑ってみせる青葉。損得は飯田が決めるものだ。青葉に飯田の得も損も分かるまい。それは逆もまた然り。

 

「私は懐刀(そんなもの)ではないよ」

 

「よく言いますよぉ、中佐が懐刀じゃなかったら誰がそうだっていうんです?」

 

「お前の言う通りなら、私は藤巻統幕長と大迫閣下の接触を既に知っていないとおかしいことになるが?」

 

「なるほど、それは道理ですね」

 

 青葉、気づきませんでした。そう目を丸めて見せる青葉。さもうっかり秘密を漏らしてしまったかのような言いかただ。

 しかし飯田はまだ佐官。大迫海軍幕僚長の全てを知りえているわけはないのだ。となるとそんな事実はどうでもいいのだ。肝心なのは中身。

 

「それで? 二人の間を考えれば意義は大きいかもしれんが、直ちに影響が表れるような話ではないだろう」

 

「そうなんですよねぇ……お二人の会談は二時間にも満たないものでした。青葉としては中佐の見解を聞きたいのですが」

 

「それは何時(いつ)だ」

 

「一昨日ですかね」

 

 大迫海軍幕僚長と藤巻統合幕僚長の関係が良好でないのは知っての通りである。

 

沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室(沖事調)の発足直前だな。となると、それについての根回しと考えるのが妥当だろうな」

 

 すぐさま思いついたのはその可能性。大迫海軍幕僚長はどちらかと言うと周りを見ずに突き進むタイプだが、それでも節度がなければ幕僚長にはなれない。最低限の礼儀を統合幕僚長に払ったという可能性だ。

 

 とはいえ……統合幕僚長をそこまで重視する必要はあるだろうか。

 

「青葉もそう思うのですけどねぇ……どーも引っかかりまして。これまで大迫大将と藤巻大将が会談したことなんてなかったもので」

 

「そうだろうな」

 

 なんせ統合幕僚長なんて形式的に過ぎる地位だ。三軍の力関係を維持するため、統合幕僚長は規定こそないがほぼ二年おき各軍から順番に選出されるのが慣例。それに対して各幕僚長はかなり長い期間――実際、大迫海軍幕僚長は今年度が四年目だ――務めることが出来る。そして基本的に統合幕僚長と各軍幕僚長は兼任しない。つまり藤巻統合幕僚長は陸軍の所属だが陸軍幕僚長としては別に神崎陸軍幕僚長がいるのだ。陸軍に特段の影響力があるわけでもない。

 

「これは確証がないのでビミョーな線ではありますが、永田町向けの動きとかでは?」

 

「大迫閣下は政治に口を出されるような方ではないと思うが……」

 

「あれぇ? でも目標は海軍が今回の件を独占することなんですよね?」

 

「いや、大迫閣下の考えは統幕本部に対策部署を設置することだ。断じて独占ではない」

 

「でも海軍主導にはしたいと」

 

「……まあ、藤巻統合幕僚長と話をつけたと見ることも出来るだろうが」

 

「それはないと?」

 

 その線がないとは言わない。

 

 統合幕僚長が置かれるのにはもちろん理由がある。軍隊が統帥権に属する以上、軍隊は統帥権の被委任者たる内閣総理大臣に従わねばならない。総理大臣の下には各軍大臣(陸軍大臣・海軍大臣・空軍長官)が置かれ、各軍はその麾下に存在する。つまりこのままでは各軍の統合運用は総理大臣直属の部隊を作りでもしない限り難しくなってしまうのだ。

 

 それを解決するために設けられたのが統合幕僚本部であり、統合幕僚長である。『やつら』への対策はどこかの軍が単独でやるようなものではない。三軍を統合運用してこそ成し遂げられるもの。だから統幕本部に対策室を設置しなければならないのである。

 

 だが。

 

「大迫閣下はそれを交渉でやるような方ではないよ」

 

 そもそも、沖縄諸島における駆逐艦沈没に関する調査室自体が対策部署設置に向けた布石だ。海軍省がどんな省庁よりも早く『やつら』への対策について実績を作っておくことにより発言権を獲得し、それをベースにして三軍への発言権を持つ統幕本部に海軍色の強い組織を設立する。見方によればかなり乱暴な手段だ。だからこそ交渉によって得られたものよりも強い。

 その作業の最中で藤巻統合幕僚長に接触などするだろうか。否だ。交渉による妥協案は基本として目指さない。大迫善光とはそういう男なのである。一方の藤巻統合幕僚長も、そう簡単に形式上の格下である海軍幕僚長にへりくだるような真似はしないだろう。

 

 では何のために? 統合幕僚長であるなら陸軍とのパイプ構築でもない。

 

「……」

 

 

 ――――持ちかけがあってな、新規の納品先が決まりそうなんだ。

 

 

 飯田の父、飯田啓介から伝えられた情報(ことば)。飯田製造の作る電磁投射砲に海軍からの発注がかかるかもしれないという話。

 大迫閣下の藤巻統合幕僚長への接触の目的は電磁投射砲だ。

 

「……飯田製造(ウチ)が開発している陸軍向けの新型兵器のことは知っているな?」

 

「電磁投射砲、ですか」

 

 その呟きと共に青葉はすとんとベンチに座る。

 

「そうだ。既に試作型は納入済み。誘導弾に頼らない防空兵器としての活躍を期待されている」

 

「あれって防空兵器でしたっけ?」

 

「……防空兵器だ」

 

 まあ、世間の認識なんてそんなものだろう。米国でのレールガンが対地上陣地攻撃を想定しているのに対して飯田製造の電磁投射砲は元々弾道ミサイルの迎撃を目的として開発がなされていた「陸軍兵器」なのだが、どうも米国が初めて試験投入に成功したこともあり電磁兵器=艦対地兵器のイメージが浸透してしまっている。

 

「アレの追加発注が入った」

 

「なるほど」

 

 そう言いながら青葉はペンを取り出しくるりと回す。

 

「発注は海軍によるものだ。しかも注文は陸軍仕様で(ちじょうの)防備隊向けと来た」

 

 その言葉を聞いた青葉は、しばし沈黙。それから舐めるように言葉を放り出していく。

 

「……大迫善光はミサイル艇整備を主軸に幕僚部を回してきた。電磁投射砲搭載型巡洋艦の計画もコストの観点から潰している。でしたよね?」

 

「基本的にはそうだ」

 

 大迫善光。長引いた冷戦が当然の如くもたらした財政危機。部隊規模の縮小やらそれに乗じた中華大陸動乱への対処に追われた前海軍幕僚長の後任である彼が主軸に据えたのは「低コスト高火力」を極めようとする小型艦艇・沿岸防衛装備の大増備であった。

 それは隼級ミサイル艇の増備に加え3000t級ポスト阿武隈型の整備、部隊再編により廃止されていた防備隊の根拠地隊傘下としての復活……とにかく沿岸防衛への装備・部隊シフトであり、それによって長距離航行が可能な艦艇のほとんどを鎮守府直轄から連合艦隊へと編入。「攻勢連合、守勢鎮守府」の体制を確立したのだ。

 

「そういう意味では、陸上での試験運用の意味も兼ねて導入するのは分からなくもない、と?」

 

 そういうことだ。無言で肯定とする。

 

「うーん。それは……沖縄奪還に必要なんですかね?」

 

「沖縄のためではないかと思うが……」

 

 厳密には、思いたくないといったところ。

 

「でもこのタイミングですよ?」

 

「……」

 

 その通りである。そもそも沿岸防備については整備したばかりで、むしろ現在進めるべきは鎮守府所属の艦艇を次々と連合艦隊に編入したことによる平均艦齢の向上――もちろんそれは装備の旧式化を意味している――への対処のはずではなかったのか。

 第一、沖縄で失われた装備(ふね)、消費した弾薬の補充にいくらかかるというのだ。そんな状況で新装備、しかも陸の備品を拡張するとは。『やつら』の上陸は許してはならないのだ。海上で止める止められないは関係ない。海で防がねばならないのだ。

 

 『やつら』を倒すのに必要と?

 

 全く分からない。『やつら』の装甲は装甲と呼べるものでもないのだ。105㎜で易々と、小銃弾だって数撃ち込めば有効だとなるほどに薄いそれを討つのに、なぜ戦艦の装甲を抜くことも想定している電磁投射砲などを投入しなければならないのか。全くもって不可解である。

 だが、そうであっても。それが大迫善光の意志であることを否定するのは難しいように思えた。

 

「大迫閣下が必要というのだ。何か必要な事情があるのだろう」

 

「で、ご注文は裏取りと?」

 

「いや。その必要はない」

 

 その言葉を放てば、視界の外の青葉が首を傾げるのが見えた気がした。そのまま飯田は続ける。

 

「大迫閣下が何かを掴んでいるのは明らかだ。私は彼の命令に従っていればいい。それで万事解決だろう」

 

「あなたは闇雲に生きるような方ではないと存じますが?」

 

 青葉がそう言うのだから、飯田は小さく笑う。

 

「闇雲に? 馬鹿なことを。私は耳と目を閉じ口を噤んだ人間(愛国者)だ。脳味噌に打ち込まれた情報の通りに動くのみ」

 

 耳と目を閉じ口を噤んだ人間ね。青葉はその言葉を反復する。それからさも楽しそうに口角を吊り上げた。

 

「よく言いますよ、飯田製造グループ(ざいばつ)の御曹司で主席でもないのに幕僚長補佐官、挙句の果てには今回の件の陣頭に立とうとしている、そんな人間(やしんか)がですかぁ?」

 

「それはお前の判断することではあるまい。私はただ義務としてこのポストを務めぬくまでだ」

 

 そこまで言い切れば、青葉はベンチよりひょいと立ち上がる。

 

「ま、青葉そういう姿勢は嫌いじゃないですけどね」

 

 その言葉が嘘なところとか、特にね。振り返らずに彼女は嗤う。

 

「いいでしょう、気が向いたら調べておきますよ。気が向いたらね」

 

 彼女が見据える先には植えられた観賞用の落葉樹。飯田は笑い返すつもりにもならず、懐から取り出した小箱を取り出す。両目の眼球で三角測量、諸元を導き出して砲撃(なげつける)

 

「っと……なんですかぁ急に?」

 

 危なげなくくるっと回って受け止めた青葉は、その小箱を見て首を傾げた。

 

「英国印度の土産だ」

 

「中佐最近英印行きましたっけ?」

 

「いや、友人が土産にくれたのだがな。生憎私の好みはアッサムでな」

 

「……ま、頂けるものは頂いておきましょうか」

 

 先払いなんて、珍しいですね。そう呟かれた一言は聞かなかったとことしておく。

 

 沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室長。このやけに長ったらしい役職に求められるのは言うまでもないが「政治力」である。というかそうでなければ飯田ではなくもっと別の人間が選ばれているはずだ。その立ち位置としては国際政治の駒に徹さねばならない軍人であるが、それがどれほど理想論であるかは軍人じゃなくても分かる。有史以来軍事力とは支配力即ち行政権を裏付けるものであり、外交ではなく内政なのだ。

 

 

 だから青葉は飯田を嗤うのだろう。

 

 

「あ、そうそう。もう一つお伝えしておかねばならないことがありました」

 

「?」

 

「……南西方面軍の件、ご存知ですか」

 

 眉を顰める飯田。青葉にとってはそれだけで満足だったらしい。

 

「やっぱり飛んできて正解だったようですねぇ」

 

 そう彼女は、皮肉なまでの笑みをその顔にたたえて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯田孝介が忙しいのは相変わらずのようだ。用事は済んだとばかりに立ち去る彼を見送りつつ、のんびりと一人ベンチに座る。

 春が近づいた公園は、とはいえまだ春ではない訳で。常緑樹だけが葉をつける世界。奥には高層ビルが並び立ち、まるで公園と都市を隔離する壁のようだ。

 

「青葉」

 

 聞きなれた声だ。だが先ほどまで話していた飯田とは違う声。面倒くさいので顔も動かさずに答える。丁度見上げていた空は中途半端に雲が多い。

 

「おや、休日出勤とは精が出ますねぇ高遠さん」

 

「それは貴様もだろう」

 

 フリーランスですよと返したのは無視されて、高遠はベンチに座る。もちろん青葉の隣だ。

 

「やだなぁ勝手に座らないで下さいよ」

 

「他人にやられて嫌なことは他人にもしないことだ」

 

 それから男は小さく息をつく。どうせこの後「飯田に接触した理由はなんだ」とでも言うのだろう。ならさっさと終わらせようと先手を打つことにする。

 

「なに、ちょいとばかし依頼を受けて……あとは南西方面軍のことを教えておいただけですよ」

 

 いい感じに動いてくれると助かるんですがねー議会は数が命ですし。そうまくし立てれば隣は徐々に曇っていく気配。そりゃそうだ。彼にしてみりゃ聖域を荒らされたようなものなのだから。

 

「……衝突回避のためのイニシアティブは、君に譲ったつもりだったんがね我々は」

 

「そうですかぁ。それはご期待に沿えませんで申し訳ありませんねぇ高遠大尉(さん)?」

 

 高遠と呼ばれた男はため息。なにが衝突回避のためのイニシアティブだ。外蒙古上空じゃあるまいし。こちらの至極馬鹿にした調子に、相手はもうため息を吐く様子もなかった。

 

「……で、お前が南西のことを口にするということは、やはり動くのか」

 

 代わりに、情報を寄越せだそうだ。まあすぐ賞味期限の切れる情報だから別にくれてやってもいいだろうが……そう決めて口を開く。

 

「だって今年はダブル国政選挙ですよ? 立憲友民党(ゆーみん)がこのままでいると思いますか?」

 

「確定か?」

 

「値打ちがあるかどうかはともかく」

 

「そうか……だからこそ、冷静に動かねばならないと思うんだがな」

 

「おや? 高遠大尉が主観で語るなんて珍しいですねぇ」

 

 その言葉を受けて押し黙る高遠。本当に変わった人間だと思う。少なくとも青葉(じぶん)や飯田よりかは変な人間だ。

 

「まあ、冷静に動かねばならないという意見には賛成ですかね。とはいえ、そうお考えでない方がいらっしゃるから青葉は今ここにいるんですが」

 

 経済と戦争。国民の関心事はだいたいこれだ。

 

 それを曲がりなりにも上手く回すことによって支持を取り付けてきた現政権のことを考えれば、沖縄での衝撃は政権に大きな影を落としている。あまりに多くの犠牲者が出ているのだから既に致命傷を負っているのかもしれないが……とにかく事後対応をしくじれば政権転覆の可能性も捨てきれない危機的な状況にある。

 

 

「……もっとも、海軍さんには関係のない話でしょうが。さっさと赤狩りに戻ってはいかがです?」

 

「……海軍情報局(われわれ)が君に(マーク)をつける理由は知っているだろうに」

 

「やだなあ共産主義者だなんて。心外だなぁ」

 

「とにかくだ。今後このようなことはないように……と言っても無理か」

 

「無理ですねぇ、青葉は愛国者予備軍ですので」

 

「フン、抜かせ」

 

 海軍情報局は軍内部の共産主義者の摘発と防諜を行うための組織と聞いているが、まあ彼の任務は飯田孝介という人間を守ることなのだろう。とりあえずこちらに興味はない。一方こっちの情報には興味津々なのがまた面白いところだが。

 

「高遠大尉。連中、本気ですよ」

 

「手段は?」

 

「えぇ? 職業軍人(スペシャリスト)が聞くんですかぁ?」

 

 黙る高遠。なにを根拠に言っているのかと聞いているらしい。

 

 

「――――ご存知の通り、九州及び南西諸島の防備を行う陸軍西南方面軍には海外派兵を想定した部隊が多く配置されていますよね」

 

 西南方面軍の任務が九州地方の防護なのは当たり前であるが、実際には半島や台湾の暴動を抑えるためともいわれている。この国が東アジアにおいて圧倒的優位を保っているのは知っての通りで、故にその優位は維持されなければならないのだ。

 

「その中でも特に即応性の高い部隊。高遠大尉もご存知でしょう」

 

「……」

 

 西南方面軍は()()()()()()()()()()()()()()。そもそも担当地域が山ばかりの南西方面軍には戦車が配備されていない。同様の条件であるはずの中部方面軍が機甲師団を持つのは輸送船による展開を目的としているからだ。

 

 南西方面軍は航空輸送、または空挺降下を想定した部隊編成が多い。

 

「だが西方航空軍の輸送機を総動員しても数が送り込めない。沖縄本島には未だに大量の『やつら』がいる」

 

 『やつら』が沖縄に上陸して以来、軍が航空機や偵察衛星による監視を怠ったことはない。しかもその情報は逐次公開されている始末だ。まあ国民の関心にこたえるという意味ではご立派ではあるが、政府と軍が『やつら』を敵ではなく生物だと、災害のようなものだと未だに思い込みたがっている証拠でもある。

 

「満州国防軍に動きがあります。北満の輸送機を僅かではありますが、半島の国境線近くに移しているようです」

 

 それは飯田にも伝えたことだ。これを知った高遠はこのことをどう生かすのだろうか。そんな意味もないことを考えてみる。彼は黙ったままで、まるで続きを言えと言わんばかりだ。

 

「実際の評価はお任せしますよ……まあとりあえず青葉が知っているのはそんなところです」

 

 満足しましたか? そう言外にひそめて言ってやれば。向こうはなにも返してこない。

 

 まあ、別に沖縄奪還が不可能とは考えていない。実際戦力をそれこそ師団規模で投入すれば勝てるだろう。沖縄が掘り返されるぐらいの戦略爆撃をすれば勝てるだろう。革命戦争で自由主義連合軍がやったように、フランス沿岸に大量の戦艦を並べて鉄の雨を降らせば勝てるだろう。

 

 

 だが正直、そんなことをして何になる。

 

 救出すべき邦人も居なければ、防護せねばならない重要拠点もない。核弾頭を無力化及び封印したという公式が、嘘だったのならまあ焦る気持ちも分かるが、起爆装置さえ動かなければあんなものはただの放射性物質に過ぎない。

 

 沖縄が陥落してからもう二週間。今すぐにでも沖縄を奪い返したい気持ちは分かる。だが実際に取り返して何が得られるのだろう。どうせインフラは徹底的に破壊されたのだ。復旧のめども、そこに帰ってくる人々だって大半は安否が分かっていないというのに。

 

「……まあいい」

 

 高遠はなにも返さずに立ち上がった。やはり何も口にしないのか。

 

「青葉、今一度確認しておきたいのだが、お前はなぜ飯田に執着する」

 

「執着? 笑わせないで下さいよ。飯田(ちゅうさ)の身辺警護をするつもりならもっとしっかり調べることをお勧めいたしますよぉ?」

 

「……ともかく今後も下手に動いてくれるなよ」

 

 それだけ言って立ち去っていく。残されたのは青葉だけ。

 

「執着、ねぇ?」

 

 本当に失礼な諜報組織サマである。恐らくは青葉と飯田が異性同士であることからあらぬことを想像しているのに違いないが、そもそも飯田は既婚者だ。スキャンダル記事を送り付けて誰かを嵌めるのはまあ選択肢として悪いものではないが、相手が自分じゃただの自演ではないか。

 

 

「……私たち、そんな風に見えるんですかね」

 

 そう聞けば飯田(あのひと)はなんと答えるだろうか。恐らくは純粋にそれを否定だけするのだろう。むしろ勘違いされたことを喜びすらするかもしれない。そうに違いない。

 

「ハッ、何考えているんだか」

 

 ベンチを立ってほこりを払うように膝をはたく。公園の淵には高層ビルが立ち並び、その向こうに青空。まるで壁だ。空から見れば、ここは無機質な灰色の世界にポツンと残された自然。かつてロクな産業もないこの国は、今となっては疑いようもない先進国だ。

 

 それが、たった一日。たった一日で崩れ去った。軍国たるこの国が『やつら』に完膚なきまでに敗れることによって崩れ去った。影響は沖縄を失っただけでは留まらないのだ。

 

 だからこそ。

 

「青葉は期待してるんですからね? 飯田孝介さんにはしっかり期待に応えて頂きませんと」

 

 

 

 

 

 

 




【補足】攻勢連合、守勢鎮守府
大迫善光海軍幕僚長の下で進められてきた海軍の緩やかな部隊再編のこと。

もともと日本海軍の鎮守府と連合艦隊の境界は曖昧なものであった。核戦争が想定された時期においては連合艦隊(麾下の機動艦隊)が核攻撃後の反撃を想定し、鎮守府直属艦隊(=防備戦隊)は非核戦争を担当すると一応定められてはいるが、実際には非核戦争(大半は代理戦争)は遥か国外で発生し、鎮守府の防備戦隊はまず出動することはなかった(例外として1975年の日ソ樺太紛争には大湊鎮守府の部隊が参加している)。冷戦後期に防備戦隊へ航続距離の長い旧式駆逐艦が配備され始めると連合艦隊と鎮守府の役割関係はますます曖昧になり、一時期は連合艦隊の戦力プール場所と言われるほどであった。
この状況の打開が試みられたのが2001年改編なのではあるが、結局ポスト減少への幹部将校の不満もあって鎮守府戦力の過剰は解消されるどころか防備隊・警備隊・水雷団の統合により同格とされた根拠地隊の登場により更なる肥大化を極めた。
結局、緊縮財政の際にはその過剰なポスト数に世論の批判が集中したこともあり防備戦隊は解体されることとなるが、肝心の鎮守府所属装備の削減は行われなかった。

大迫海軍幕僚長の再編案は本土防衛を担う鎮守府の役割を明確とするものである。航続距離の短い艇や沿岸戦闘艇の更新を行い、航続距離の長い艦艇を連合艦隊に移籍させることで鎮守府の役割を限定。さらに防備隊を復活させ対艦砲・高角砲部隊の増強を実施(装備は陸軍部隊整理に伴う余剰装備を回すことで低コストを実現)これにより防衛力(とポスト数)を維持した。これらの再編により「海外で攻勢を担当する連合艦隊」「内地で守勢を担当する鎮守府」という役割を再定義することとなる。
結果として連合艦隊を構成する艦艇の旧式化が進んだが、この状況は新型巡洋艦である吾妻型や新型駆逐艦旭日型の増備により徐々に解消されていく見通しが立っている。
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