模倣の決号作戦   作:帝都造営

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読者の皆様。あけましておめでとうございます。とてつもなく遅くなったことを、申し訳なく思います。

……私の順調に更新されている他の小説を見れば、決して執筆へのモチベが下がっているわけではないことはお分かりいただけると思います。ゆっくりとではありますが、着実に筆を進めていきます。

これからも、よろしくおねがいします。


H34.3.14《X-231days》②

――――西暦2022年3月14日。東京――――

 

 

 

 かの有名な桜田門外の変、そして昭和最悪の事件と名高い共産テロの舞台でもある桜田門通りより内堀通りへ。日露戦争の勝利を祝して整備された凱旋道路は車幅36mを誇り、その車幅が理由で多くの通行人が利用している。そして凱旋堀を渡ればそこは皇居前広場。皇居外苑の一部分に切り込むのである。

 

 この場所がオリンピックやらその他諸々の改革の余波で開放されてから早くも六十年。これほどまでに車と人間の往来が激しいとなればもはや閉苑・開苑の概念自体存在しないことだろう。そしてこのヒトとモノの流れは、この場所が持つ歴史、あまりに多く流れた血の記憶すらも押し流してしまいそうであった。

 

 

「今日は装甲車が4両ですかね。通常通りの配置だ」

 

 窓からチラリと外を見た小河原がそう呟く。皇居正門を護るのは近衛兵団の約1個小隊、平時の配置と考えればまあ十二分な警備と言えよう。

 ちなみに説明するまでもないことだが、ここは海抜五メートル。東京湾に隣接する浜離宮よりは三キロも離れていない。

 

「……もし仮に甲経路だとするならば、近衛はどう動くだろうな」

 

 そう呟いた飯田に、不思議そうな表情で振り返る小河原。

 甲経路というのは『やつら』が東京に侵攻する可能性を考慮する際に挙げられた進行ルートのことで、浦賀水道経由で東京湾に侵入、そこから中央区や港区に直接上陸してくるというもの。まさに首都直下地震以上の目の前に迫った脅威であり、東京が実際に戦場となる、それもいきなり戦場になるという最悪の想定であった。

 

「どうしたんです中佐。今上陛下なら、御身のことを顧みることなく近衛を全て投入なされると思いますけど?」

 

 なにを当たり前な。と言わんばかりの調子の小河原。実際、千代田区や港区での活動となれば、近衛が初動対応を担当するのは間違いないだろう。

 

「だから不安なのだ。東京が消えても国は守れる。国体はそうはいかん」

 

「……」

 

 飯田に無言の視線を注ぐ小河原。この国は立憲君主制――――天皇を頂点に据える政治体制を採用している。年号が変われば不況が起きる国だ。平成の御代も既に三十余年。その日がいつ来るとも知れぬ日々は続くが、それを最悪の形で迎えたならばこの国は一巻の終わりである。

 

「ところで中佐、内地総軍司令部には挨拶以外の用事はあるんですか?」

 

 話を切り替えるように小河原が聞く。そもそもこの二人が自動車に揺られているのはこれより内地総軍司令部のある千葉県へ向かうため。それは先週金曜日に設立されたばかりである調査室の挨拶回りという性格を当然孕んでいるが、それ以外の目的があると考えてしまうのも無理はない。

 

 なんせここは沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室、単に駆逐艦沈没の原因を探るだけならそれこそ艦政本部の技官にやらせればいい話。わざわざ飯田なんて中央寄りの人間が出てくる必要はないのだ。

 

「いや、今回については本当にただの挨拶回りだが」

 

「あ、そうなんですか。てっきり圧力をかけるものかと」

 

 たかが海軍中佐が出向いた程度で圧力になるものかと言い返したいところだが、飯田は無視を決め込むことにする。実際、たかが中佐でも背後に海軍幕僚長がいる以上は圧力以外のなにものでもないのだから。

 

「敵は増やさないに越したことはない。まぁ、三鷹が言うように本当に内地総軍が中立なのかどうか、確認したいところではあるが」

 

 そう言う飯田に、小河原はどこか不満げな表情を作る。

 

「しかし納得出来ません。先ほど中佐が仰っていたように千駄ヶ谷陸軍大将が奪還に反対なのは事実としても、なぜその話が三鷹少佐から来るのですか? あの三鷹少佐は中央即応軍所属、立場としてはむしろ奪還作戦を実施したいはずなのでは」

 

 現在、沖縄の防備を担当していた西南方面軍を中心に進んでいるという沖縄奪還の動き。

 もし本当に沖縄奪還が行われるとすれば、無論それは陸軍の総力を挙げたものになるであろう。とするならば、投入されるのは陸軍の精鋭中の精鋭……陸軍大臣直轄の中央即応軍が投入されないはずがない。

 

「中央即応軍だって一枚岩じゃないということだろう。そもそも三鷹は特務実験大隊とはいえ尾羽に送られているんだぞ? 少なくとも主流ではないだろう」

 

 中央即応軍。空挺・鉄道・輸送船といったあらゆる手段を用いて前線に急行するこの軍団は、連隊規模で各地に分散配置され特定の管区は持たない軍である。司令部の置かれる神奈川県座間市が軍都計画により陸軍系の教育機関が多く立地する相模原市に隣接することからも、中央即応軍が重要な位置づけにあるのは明白だ。

 一方、特務実験大隊はどうだろう。大隊の基幹戦力は中央即応軍から抽出されたそうだが、その構成は大半が北部方面軍23軍。最果ての地、樺太駐屯の部隊。

 

「あー。言われてみればそうですね。いくら『やつら』への対策の最前線とはいっても見方によっては左遷……反抗するのもありえない話ではないと」

 

 で、それで千駄ヶ谷陸軍大将を頼ったと? その小河原の問いに、飯田は肯首。

 

「千駄ヶ谷閣下と三鷹には浅からぬ縁があるらしいからな。十分あり得るだろう」

 

 そして沈黙が流れる。

 

 突如海軍省に押しかけた三鷹少佐。彼が飯田にもたらしたのは沖縄奪還への動き、そして東部方面軍司令官である千駄ヶ谷陸軍大将の提案する「対策室」設立の提案であった。

 

 

 

 

 

「対策室を陸海合同で作りましょう。それも今すぐに」

 

 数時間前の海軍省。ほとんど何の前置きもなく始まったその提案は、目の前に座る三鷹陸軍少佐がもたらしたモノ。

 

「今すぐか」

 

「ええ、今すぐというのには語弊がありますが。少なくとも年度明け(しがつ)には発足です」

 

「その陸海合同というのは……」

 

 言うまでもなく。陸海合同なんて組織は存在しない。そんなものがあるならば軍部は既に統合軍の形態を取っているはずだ。陸と海、明確な境界線があるからこそ陸海軍が別々に存在するのであって。

 しかし、例外がないわけでもない。

 

「ええ。統合幕僚本部付ですよ。我々にとっては、それが一番良い選択だ」

 

 しかしそれは、大迫海軍幕僚長の考える筋書きとはかけ離れたものであることは言うまでもない。彼のシナリオは海軍による事態対処への独占、もしくは多大な発言権であり、少なくとも陸海の共同といった中途半端なものではないはずだ。

 それに、統合幕僚本部に設置となれば確実に空軍も参入してくることになるというのに。

 

「三鷹少佐。議論する価値がないとまでは言わないが、それは厳しい提案だな」

 

「それは『大迫派』としてですか?」

 

 大迫派。今海軍の中で最大の派閥であり、有志による研究会である「新時代水雷戦の研究会」を母体とする派閥だ。大迫の直属におかれる飯田もまた、この研究会の所属である。

 言うまでもなく、軍人組織の中に派閥などもってのほかであろう。しかし現実問題として軍組織というのは巨大な官僚機構であり、戦争という国家の大行事を取り仕切る超が付くほどの重要組織である。絡む利権もさることながら、当然派閥が存在するのは致し方のないことであろう。

 

「ああ。そういうことだ」

 

 それをなんの躊躇いもなく認める飯田も飯田であろうが、これについては彼と三鷹の信頼関係がなせるものである。

 

「説得は厳しそうですか。大迫大将にとっても、決して悪い提案ではないでしょう」

 

 実際、それはそうだろう。今後『やつら』への対処を進めていく上で、当然陸軍の協力は欠かせないモノとなる。その際に陸軍の面子が潰れるとなれば、彼らは全力で反発することであろう。

 だから、三鷹の提案の意義は理解出来る。しかし飯田は、大迫の考えが読めているわけではなかったのだ。海軍主導? 共感はしても現実には不可能だ。彼の考えることだから無鉄砲ではないと信じたいものだが、その感覚を三鷹と共有するのは難しい。

 

 なんせ、飯田自身も僅かながら揺らいでいるのだから。

 

「ともかく、一度大迫閣下に聞いてみるよ」

 

「分かりました。ではそのように」

 

 

 

 

 

「……で、どうされるおつもりですか」

 

「個人的には、悪い落としどころではない。要は()()()()()()()()()()()()だ」

 

 例えば、統合幕僚本部の長である統合幕僚長は藤巻陸軍大将。この直属になれば当然藤巻陸軍大将の、つまり陸軍の発言力は多大になる。しかし幕僚本部運用部付の部署なれば、運用部の部長を務めるのは田端(たばた)海軍少将だからそこそこ海軍としての融通も利かせられるわけだ。

 それは海軍主導で『やつら』への対処を行おうとする飯田の上司、大迫海軍幕僚長の意にも沿うものであろう。

 

「まあ、もし閣下がこれ以上の腹案を持っていらっしゃるなら話は別だが」

 

「上手く進めばいいのですが……その千駄ヶ谷大将、本当に大丈夫なんですかね?」

 

「確認は取る。心配はいらないよ」

 

「了解」

 

 単なる合意なのか短く返した小河原を一瞥して、飯田は再び車窓の外を眺める。凱旋道路を挟んで、皇居の対岸に広がるのは丸ノ内の高層ビルディング。一見すれば直方体が立ち並んでいるだけだが、実際には個性を持たそうと壁の色を変え窓の形を変え、それぞれが全く異なる建物として存在する。

 外見が異なれば中身も然り、建造物の中では数えきれぬほどの多様な営みが繰り広げられていることだろう。

 

 それは国防(カーキ)一色に染まったかに見える軍でも同じこと。誰も同じことなど考えていないのである。

 

「……千駄ヶ谷閣下のことを考えれば、既に東部方面軍の意思は奪還作戦反対で固まっているはずだ」

 

 飯田は再び口を開く。東部方面軍というのは、千駄ヶ谷陸軍大将が指揮下に置く方面軍。関東地方と東海地方などの防備を担当している。

 

「そしてそれは西南以外の全ての方面軍にも言える。海軍抜きでの上陸作戦となれば、確実に方面軍の対戦車大隊が引き抜かれるだろうからな」

 

 現時点で海軍に沖縄奪還について打診があったという話は聞かない。それはつまり、陸軍が独力で奪還を実施するということ。

 しかし上陸作戦というのはそうそう簡単にできるものではない。無論船がなくとも空挺なりで上陸を敢行することは可能ではあるが、問題は火力支援だ。

 

 沖縄は本土から離れすぎている。いかなる陸軍の砲兵戦力を持ってしても南西諸島に砲弾を届けることは出来ない。空軍の弾道ミサイルならば届くだろうが、あまりにコストが高すぎて通常弾頭による運用は非現実的、戦術核は本土(おきなわ)である以上論外である。

 

 とすれば、運用されるべき『やつら』に有効な支援兵器は回転翼機(ヘリコプター)だ。航空機としては鈍足だが重武装と精密射撃を可能とするこの兵器は上陸作戦において貴重な直協火力となる。問題と言えばその回転翼機の発進拠点であるが、これについては既にコンテナ輸送船を徴用、そのまま発進・整備拠点として使用するやり方が2013年の事変でもとられている。実績があるのだから陸軍はやるだろう。

 

 しかし当然、箱があっても肝心の中身がなければどうしようもない。

 高価で決して配備数が多いとは言えない回転翼機は各方面軍から引き抜かれることとなる。次、いつ何時『やつら』が現れるのか分からないこの現状。方面軍だって直轄の対戦車大隊――最新鋭の回転翼機により構成される陸軍最強の機動戦力――を手放したくはないはずだ。

 

「それに、まだ西南以外の方面軍は『やつら』に負けていない」

 

「名誉挽回を図りたいのは実際に敗北した西南方面軍だけ、というわけですか。しかしそれを政府は許しますかね?」

 

 沖縄の失陥を許し、その状況を放置する。国際信用に関わる問題ではある。夏には衆参両院の選挙が控えているし、現状の支持率だって決していいものとは言えない。世界と国民はこの事態の早急な解決を望んでいるのだ。

 にも関わらず、飯田と小河原の会話に踊るのは方面軍同士の内輪もめ。

 

 正気の沙汰ではない。これが亜細亜の盟主たる日本の体たらくか。

 

「――――だがもし本当に総理が奪還(それ)を望めば、もう終わっているはずだ」

 

「無能の演出、とでも仰るつもりで?」

 

「どうだかな。私には分からん。なにを考えているのかは分からないが、少なくとも積極的に動く気配はない」

 

「それ、どうなんでしょうね」

 

 敵に立ち向かわない政権というのは国民により打倒されるものだ。そもそも強大な敵に立ち向かうために生まれたのが共同体であり、国家である。それを成さない国家など、もはや国家ではない。

 

「人的資源は今日日貴重だからな。仕方もないさ」

 

 しかし一方、国民を守らない政権というのも打倒されるべき存在だ。沖縄にはもはや誰も居ない。救うべき人間は存在しない。少なくとも今採るべき選択肢は、これ以上犠牲を増やさない選択。そうであると信じたいものだ。

 

「……希望的観測ですね。中佐らしくもない」

 

 小河原の言うとおりである。とはいえ、判断材料がない。希望的と言われるのは仕方がないし、飯田がするべきことは出来る範囲の情報でできる限りの判断を下し行動に移すのみ。

 

 だから飯田は、無言で前を向く。

 

「ところで中佐。話は変わりますが」

 

「なんだ?」

 

「さっきの三鷹少佐の件、我々にも当てはまりません?」

 

尾羽(さいはて)送りのことか?」

 

「ええ」

 

 書類上で見れば飯田の前職は幕僚長補佐官、小河原は軍務局勤務。

 

 それが今や、沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室とかいう意味の分からない組織の所属であるというのだから、これを左遷と言わずして何と言うのだろうか。

 

「……大迫閣下の目論見通り対処の主導権を海軍が握りさえすればいい。そうだろう」

 

「いや、そりゃそうなんですけども、ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――西暦2022年3月14日。千葉――――

 

 

 

 内地総軍司令部。日本国内の防備を担当する7つの方面軍――無論、問題の西南方面軍はその一つだ――の上位司令部であり、満州に設置されていた大陸総軍の廃止以後は海外派遣部隊に関しても統括する日本陸軍の最高司令部でもある。その上位には陸軍大臣が、その更に上は統帥権の被委任者たる内閣総理大臣が置かれ、有事の際は総理大臣が陸軍の指揮を執るための中央機関として運用されることになる。

 ちなみに、三鷹が所属しており西南方面軍同様渦中にある中央即応軍は陸軍大臣が直接の指揮下に置くので内地総軍司令部が関わることはないが……それでもこの司令部が重要なことに変わりはない。

 

 そんな内地総軍司令部は、千葉県西部の船橋市や八千代市に跨がるように設けられた陸軍習志野基地に設置されていた。かつて明治天皇がこの地を行幸した際に習志野ノ原と名付けられたことから、明治帝ゆかりの地でもある。

 

「それにしても――――本当に何もありませんでしたね」

 

 ちょっと意外です。と言わんばかりの調子でいう小河原。

 

「ただの挨拶回りで何かあっては困るからな」

 

 飯田と小河原がたった今出てきた建築物こそ内地総軍司令部の庁舎。核弾頭の直撃を考慮して地下に設置された司令部の設計思想は相変わらずとしか言いようがないが、それでも地上部の建物はやはり日本の地上戦力のほとんどを統括するだけあって立派なものである。

 

「このあとはどうしますか? このまま帰れば四時には戻れそうですが……」

 

 そんな小河原の言葉を遮るかのように散発的な破裂音が響く。続いて腹の底に響くような鈍い音。

 

「演習だな」

 

「砲兵ですかね?」

 

 習志野と言う地名は「ならし運転」のならしから来たとも言われるほどだ。習志野演習場は関東圏でかなりの規模を誇る大演習場であり、砲撃訓練や操車訓練、さらには空挺部隊の演習も行われている。

 故に演習などは日常茶飯事。砲声も聞こえない方がおかしいのである。

 

 空を見上げる。空には真っ白な哨戒機。どうみても海軍機である。のんびりとした四発のプロペラが、関東の空を切り裂いていく。潜水艦を発見、攻撃するのが仕事である哨戒機が陸の上を飛んでいるということは、任務に向かう途中か帰り道、または訓練飛行だろう。

 

「霞ヶ浦の方から飛んできたんでしょうかねぇ」

 

 小河原も空を見上げていた。とある軍歌の一節を口ずさめばそれはエンジン音と混じり合い、哨戒機は映画のようにどこまでも飛んでいく。雲の空にはのんびりと鳥ーー(たか)か、それとも(とんび)だろうかーーが翼を広げて滑空しており、まさに田舎というべきか。

 

 とその時、飯田の目にとまるものがあった。

 

「ん? 小河原、ドローンが飛んでいるぞ」

 

「え……あぁ本当ですね。無人機(ドローン)だ。珍しい」

 

「いまさら珍しくもないだろう」

 

 それは先ほどの哨戒機とは比べようにならないほど小さな無人機。複数のプロペラにより飛翔するマルチコプターとも呼ばれるそれは最先端をいく軍事技術の塊だ。小型故にレーダーに探知されにくく、バッテリーの高性能小型化により小包程度の運搬が可能、更に昨今の制御系技術の進歩により指示した場所に的確に向かう……破壊工作(サボタージュ)においてこれ以上優秀な兵器(ツール)はない。

 今飯田たちの頭の上を飛んでいるようなマルチコプタータイプは荒い気象条件に加え回収の手段が乏しい海軍ではまだまだ物珍しいものが、それでも無人兵器というのは彼らの職場でも最早珍しくはない。

 

「本当に、物騒な時代ですよ。いつドローンがドカンしてもおかしくない訳ですから」

 

「まあ、流石に習志野だ。陸軍の偵察機かなにかだろう」

 

「最近は使い道が多いですからね……そういえば、海軍(ウチ)でもあれの専属部隊が出来るとか」

 

「正気か? 海の上だぞ。塩害で飛ばなくなる」

 

「今年度中に作る作るっていいながら出来なかったですから、軍務局の方では結構必死ですよ?」

 

 (アンチ)無人機(ドローン)は港湾防護のためにも、必要ですよ。そういう小河原。戦争の形態はこの十年で大きく変わりつつある。いや、戦争の形態など常に変わり続けてきたではないか。

 だからこそ、それに対処する努力は怠ってはならないし、可能なものなら自らの力で戦争の形態を変え、この国に有利な安全保障環境を構築したいものである。

 

「まあ、それもそうなのだろうが――――」

 

 そこで飯田の言葉が途切れる。理由は簡単、目の前から陸軍の佐官が歩いてきたからだ。ここは習志野、陸軍の基地。流石に雑談をしながらすれ違うのは良くないだろう。

 互いの距離が徐々に詰まってゆく。珍しくもそれは女性の佐官であるようであった。今の時代、女性軍人というのも珍しくはないが佐官クラスにまで上り詰める女性はそうそう多くない。これは男女平等云々以前の問題で、そもそも佐官になれる人間はごく少数であるという事情がある。

 

 ところが、ふと彼女の制帽に目をやった飯田は僅かに目を見開いた。その気配に気付いたのだろう小河原も若干身構える。

 制帽自体は何処にでもあるデザインだ。陸軍の大演習場があるのなら陸軍佐官が百人いてもおかしくはない。つまり同じ制帽は百とあることだろう。

 問題はその帽章。桜葉に守られた五芒星。飯田の顔も僅かに引きつる。背後の小河原からも身構える気配。この独特な帽章が許されるのは陸軍内部でのほんの一握り、滅多に預かることのない名誉。

 

 女性が足を止める。

 

「――――失礼、そちらは飯田中佐とお見受けするが」

 

 声がかかる。習志野は広く、ここには飯田と小河原の他に誰も居ない。ましてや飯田と名指しである。

 

「なにか……ご用でしょうか?」

 

 もちろん表情を崩したりなどはしないが、流石に声をかけられたのは予想外。言葉を選ぶ飯田に、女性佐官は手を差し出した。

 

「貴官の活躍は()()()()()()()よ。近衛兵団所属、神崎だ。階級は中佐」

 

「海軍幕僚部の飯田です」

 

 握手を交わす。神崎中佐は飯田の手をしっかりと握った。それから神崎は、その顔に笑みを湛えながら穏やかに言う。

 

「得体の知れない連中がやって来てから随分と立つが、どうだろう。何か有力な情報は分かったかな?」

 

 

 ――――聞き及んでいる。聞き及んでいるとは、随分とまあ正々堂々と喧嘩を吹っかけてくれたものだ。

 

 海軍幕僚長、大迫善光。彼の直属として設立された調査室。無論室の設立もその構成人員も、隠されているというようなことはない。

 だからといって、容易に手に入る情報でないのは事実。隠されていなくとも見せる気がないのだから当たり前である。

 

 それを知っているということは、即ちその情報のための労力を費やしたということ。それだけ関心があるということ。

 この状況においては、そんなことをするのは調査室を認めない、認めたくない人間だけだ。

 

 

「鋭意調査中です」

 

 成果は出ていない。

 いやそもそも、室が設立されて僅かに4日。それどころか、営業日としては2日――年中無休の国防を担う軍が営業日というのもおかしな話だが、実際問題休日だったのだからどうしようもない――で成果は上がるものではないし、仮に上がったとしてそれを口外することが出来るわけがない。

 

 だからこそ飯田は穏やかに微笑んでみせるし、神崎も同じように笑顔のままだ。しかしその高圧的な視線が変わることはない。

 

「そうか、大いにやってくれればいい。ところで飯田中佐、貴官ならば私の所属はご存じだろうな?」

 

「……」

 

 近衛兵団。統帥権委任法により確固たる序列を確立している日本軍であるが、それでも例外というものは何時だって存在する。内閣総理大臣の指揮下に組み込まれず、陸海空軍よりも格上の組織とされる。

 

 近衛兵団所属。陸軍中佐神崎(かんざき)向日葵(ひまわり)――――神崎駿夫(はやお)陸軍幕僚長たる陸軍大将の姪は、改めてにこやかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 改憲により男女平等が謳われるこの時代、例えそんなものがなかったとしても、産業形態の遷移、人口移動、そのた様々な理由により今や世間一般における「家族」という概念は崩壊している。それは連綿と連なる一族を示す言葉ではなく、単に団地に住まう小さな共同体に過ぎない。

 

 しかし、それはあくまで世間一般における話だ。

 

 

「……神崎って、神崎ですよね」

 

 陸軍中佐はそのまま去る。飯田と小河原も留まる理由はない。故に小河原が口を開いたのは、東京を貫く大動脈、総武・中央線の車中であった。

 

「そうだ。まさか神崎家が食いついてくるとは思わなかった」

 

 神崎家。形骸化しているとは言え爵位の与えられた華族であるかの一族は、陸軍に少なからずの発言権を持つ。軍内部における「神崎派」とは言うならば時代遅れの血統に頼る派閥であり、故に規模は小さい。

 

 しかし、その長――――神崎駿夫が陸軍幕僚長に就任してからは風向きが変わった。

 

 それは確かに短いものだろう。どう転ぼうとも神崎陸幕長はあと一年か二年で勇退するわけで、仮にその後のポストが待っているとしてもそれは中央ではない。陸軍幕僚長の次と言えば統合幕僚長であるが、今の藤巻統合幕僚長は陸軍の出。三軍の公平性を担保するためにも、同じ陸軍の大将が連続で統合幕僚長を務める可能性は低い。

 

 だが、今この瞬間においてはその存在は大きい。彼は陸軍幕僚長だ。実際の作戦を実施する内地総軍司令部にも神崎はいるし、先ほどの中佐のように、近衛にも無視出来ない勢力がいる。血統派閥であるが故の重鎮としての意識、そして周囲の期待が取り巻きを生み、発言力が形作られていくのだ。

 

「しかし、本当にどうなるんでしょうか。神崎中佐が沖縄沖駆逐艦沈没事故調査室(われわれ)の存在を歓迎しているとは思えません」

 

 それは、わざわざ口に出すまでもないことだろう。対策部署を海軍主導とするならば陸軍との対立は必至。海軍は駆逐艦を失ったが、陸軍に至っては師団を失ったのだ。

 

「しかし、これで陸軍内に意見の齟齬があることははっきりした」

 

 即ち、沖縄をどうするか。即時奪還を行うのか否か。額面通りに受け取るならば神崎派が奪還派。それに対抗する勢力が千駄ヶ谷東部方面軍司令を中心とした派閥というわけだ。

 

「千駄ヶ谷閣下のいう共同での対策部署の設置が叶えば、神崎派(かれら)との真っ向からの対立は避けられる」

 

「それは、大迫閣下の胸三寸なのでは……?」

 

 自身を無くしたように小河原。実際それはその通りで、大迫海軍幕僚長が陸海合同(それ)を許容するかどうかは全くの未知数である。

 

「こればかりは聞くしかない……まあ、ここまでは大迫閣下の青写真通りなのだろうが」

 

「え、あぁ。確かに」

 

 一瞬戸惑った様子を見せるが、すぐに納得したように頷く小河原。「神崎家が食いついてきた」。要するに調査室自体、陸軍の様子を探るための餌なのだ。

 そもそも陸軍やらその他の意見を無視して設立された調査室自体が喧嘩を売っている。しかしその存在を無視することなどは出来ないわけで、『やつら』と対峙したいと願う人間ならば誰もが調査室にコンタクトを取らざるを得ない。と言うことだ。

 

 そして、現に多くの接触があった。

 具体的に例を挙げるならば、運輸省の石川、陸軍の三鷹――――そして、近衛の神崎。これは単なる三人という数字ではない。彼らの母体組織、更にはその背後にいる人間……既に何百の人間が調査室に興味を持っている証拠なのだ。

 

 設立からたった二日の営業日でこれだ。まだどれだけ増えるというのか。

 

 

 列車は荒川へと差し掛かることでごちゃごちゃとした東京の街並みが開ける。江戸時代の治水工事により中州という名の堤防によって分断された荒川と中川。トラス構造の鉄道橋から見る眺めはなかなかのものだ。

 

「神崎陸幕長が奪還派なのはまあ想定の範疇だが、あまり大事にならないことを願うよ」

 

 車窓を眺めながらそう言った飯田に、小河原は苦笑い。

 

「それ、火の粉をバラマキまくっている我々がいう台詞じゃないですよね」

 

「確かに、そうだな」

 

 

 







【補足】中央線・総武線
千葉県銚子市の銚子駅より、愛知県名古屋市の名古屋駅までを結ぶ幹線。1963年に発生した帝都同時多発テロ事件を受けて策定された国鉄の「帝都復興のための通勤五方面作戦」(そもそも事件以前より通勤需要は逼迫していたのだが、当時はいかなる計画においても「帝都復興のための~」の枕詞をつけるのが流行であった)の実施により完成した。正式な路線名称としては御茶ノ水を境に以西は「中央(本)線」以東は「総武(本)線」とされるが、世間では快速線の運用がある立川-千葉間をまとめて「中央・総武線」との認識が一般的である。

なお、中央快速線は千葉方面への輸送力増強の観点から東京駅に乗り入れず、東京駅始発の中央線は特急列車など一部に限定される。更に総武線に至っては東京駅への乗り入れを行わず横須賀線との連絡線が存在しないため、横須賀線との直通運転はなされていない。
このように、史実における中央・総武緩行線(三鷹-千葉)とはその性格を大きく異なることを明記しておく。

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