――――西暦2022年3月15日。東京――――
睡眠とは、例えようによっては仮死状態とも捉えることも出来る。良好な健康状態を維持している人間ならば、ゆっくりと知覚における諸機能が失われるように眠りへと誘われ、そしてその逆経路を辿るように目覚めへと浮かび上がる。その間、眠りの底へ沈んでいる間のことは認知できないし、また認知する必要もないだろう。
身体を包み込む布団はいつも通りで、その保温機能をもってしても夜の熱気を閉じ込めておくことは出来ない。まるで何事もなかったかのように、隣の布団はキチンと丁寧に畳まれていた。シーツは取り外されていたが、まあそれは些細なことに過ぎない。
時計の針はまだ目覚めの最終ラインには遠い。まどろみの中に戻ることも今なら出来るかもしれないが、なかなか目覚めてしまうとそれも引けるものだ。
上半身を起こし、全身の筋肉を呼び覚ますように伸びをする。幸いにも、疲れが取り切れていないということはなさそうだ。
「おはよう」
寝間着のまま、ポストへと放り込まれた新聞を回収するために外へ。ところが新聞はそこにはない。誰かが回収したのだろうか。仕方がないので軽い日光浴だったということにして家に戻る。
「ん、おはよー」
「おはようございマス、Daring。もう少し待って下さいネ」
ちらりと目線を遣ってから片手を挙げるだけの娘に、朝食を作っている妻。飯田の家族が勢揃いしていた。しかし、よくよく考えれば違和感が一つ。
「なんだ
「あぁー。今日は卒業式なんだよねぇ」
お前のか、などと阿呆なことは言わない。飯田孝介の娘、飯田望は高校2年生、卒業は来年の話だ。とうの昔に試験も終わって春休みだろうに、やけに早起きだったものだから意外に思ったのだ。
「そうか。卒業式だったか」
「うん」
それだけで会話は終わり、望は朝食を再開する。食事の内容は白米に味噌汁、そこに目玉焼きと納豆がついてくるという普段通りのもの。まあ望本人の卒業式ではないし、別に気張る理由もないと言うことだろう。
ふと見れば、机の上に新聞がぞんざいに投げてあった。大方、望が読み散らかしたのだろう。一面には『海軍駆逐艦面目躍如、沖縄掃海活動へ』。佐世保鎮守府が実施することになった沖縄近辺の哨戒活動が、さも『やつら』を駆逐するためかのように報じられている。
「できましたヨ?」
「あぁ、すまないね」
いつの間にやら準備は出来ていたようだ。望のそれと全く同じ内容の朝食が飯田の前に並び始める。
「んじゃ、私急いでるんでもういってくるわー」
「がんばれよ」
「まあ、私は別に座ってるだけなんだけどね。正直休みたい」
でも生徒会だからね、仕方ないね。そう言いながら望は立ち上がる。基本的にはなんでもやってみるというのが信条の娘のはずだが、最近どうにも「仕方ないね」と言うことが増えた気がする。まあ、これも受験の疲れという奴なのだろう。
しかし、現実問題として受験は必要なのだ。任官すれば学費が免除される国防大は、言うまでもなく多くの志願者がいる。それらの選別は絶対に必要であるし、そうでなくとも国防大とは将校を育成する機関。学のない人間に指揮されて死線をくぐるなんて、兵士からしてみれば溜まったものではないだろう。
ぱたぱたといなくなる望を見送りつつ、新聞を横に置く。少し待って妻が席に着くのを待ってから、飯田は箸を持った。望は急いでいたから仕方がないとして、食事の席は、できる限りは家族と囲みたいものだ。
「いただきます」
「車は玄関の方に回してあります。10時17分発の横須賀行きです」
「よし、では向かおうか」
極東で最も古い
そして、その営みを守るのが軍人の役目。海軍省は海軍幕僚部。その下に設置された沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室の室長を務める
「しかし、正面玄関から出発出来るなんて、嬉しいことこの上ありませんね」
「そうか?」
どこか弾んだ口調でそう言うのは海軍大尉の
「補佐官を務めていた中佐と違って、自分は初めてですから」
駆逐艦沈没事故調査室、名前だけでは事故調査を主任務とするようだが、その内実は現状
……だが、それは小河原が当事者でないからの話だ。いや厳密には当事者なのだが、少なくとも室のトップではない。これは大きい。
「……なんにせよ。今日も何事もなく終わると良いのだが」
「海軍は大丈夫だと思うんですがね」
今日の予定は関東一の軍港である横須賀で午前より昼食を挟んでの会議、相手は連合艦隊司令部と横須賀鎮守府。議題は『やつら』の関東侵攻を如何に防ぐか、というものである。
沖縄を一両日もかけずに覆い尽くした『やつら』の脅威は海の中にある。だからこそ、この東京、そして関東は言いようによれば風前の灯火なのである。
飯田が率いる室が提唱する『やつら』の関東侵攻経路は大きく三つ。東京湾より東京特別区――すなわち東京23区――への上陸、相模湾より神奈川への上陸、そして太平洋より千葉県への上陸。これをそれぞれ甲経路、乙経路、丙経路と呼称し……今回の会議の主題はその中でも特に厄介な経路である甲経路への対策……即ち、浦賀水道と横須賀、ひいては東京湾を如何に護るか、であった。
ことがことであるだけに、会議の紛糾は避けられない。
それでも、まだ海軍という身内での会議ならまだいい。室の目的は『やつら』への対策を名実ともに海軍のモノとすること。大事なのは活動することであり、最悪現段階で話が纏まらなくても良いのだ。
そういう意味では、身内の会議ほど楽なモノはないだろう。
「……いや、どうやらそうでもないらしい」
ところが飯田が足を止め、数瞬遅れて小河原も立ち止まる。
「え? あぁ……」
海軍省は正面玄関。入省許可証を引っ提げたスーツ姿。海軍における冬服扱いの正装が開襟とはいえ、その紺色の背広姿はよく目立つ。
「あぁ。飯田室長。丁度良かった」
運輸省所属、石川である。海事局の代表として先日の第一回会議に参加して貰ったのはいいのだが、その際には鉄道局の人間かというほど南関東の鉄道線の防護を主張し、最後には鉄道ではなく道路避難についての資料を見せびらかしてきた男。
ふざけてやっているのなら結構だが、これら全ての行動が「運輸省に任せて貰う」と言わんばかりの喧嘩の売りようなのだから対処が難しい。
「おお、石川係長ではありませんか」
ひとまず挨拶は交わしつつ、飯田は内心苦い顔。後三分早く出ていればこんなことにはならなかっただろう。つまりどういうことかと言えば、仕事始めの紅茶を飲まなければこの男と鉢合わせになることはなかったのである。
しかし、鉢合わせになってしまったのだから、もはや後の祭り。
「今日はどうされました? 事前に連絡なさってくれれば、お迎えする用意も出来ましたのに」
言外にアポなし訪問を非難すれば、石川は申し訳なさそうな顔。
「申し訳ない。私としてもいきなり取り次ぎを頼まれた所でして。そのためこのように突然お邪魔することになってしまったのです」
そんな訳がない。組織の円滑な運営に欠かせないのは報、連、相。つまり報告、連絡、相談だ。よもや運輸省という巨大組織においてそれが出来ていないはずがない。
これに入省許可証を与える衛視は何をやっている、そんな文句の一つも言いたいところだが、しかし入省許可証はその実簡単に出てしまうのである。海軍省の本庁舎なんて一部を除けば給与計算と法律答弁作成くらいしかすることのない『お役所』に過ぎないし、必然的に機密を扱うことになる艦政本部やらも郊外に移転して久しい。
機密と呼べそうなのは電信施設、庁舎内の海軍大臣執務室や飯田の務める海軍幕僚部――旧軍令部――ぐらい。もちろん、その区画には一応の隔離が施されている。
なにはともかく、アポなし訪問は追い払うに限る。飯田は小河原に一瞬の目配せをすると、困ったような苦い顔を作った。
「しかしですな。ご足労頂いた上で大変申し訳ないのですが……」
そこへ言葉を継ぐように小河原が割り込む。懐中時計を取り出し、飯田に見せびらかせるように。
「中佐、電車の時間が迫っています。もう行きませんと」
「そういうことなのです。このように玄関へ向かっていることからもお分かり頂けるとは思うのですが、私どもにはこれより向かわねばならない場所がありまして……申し訳ないが、日を改めて」
そう言うだけ言って歩みを進めようとしたときだった。石川とは異なる背広が飛び出す。まるで飯田の行く手を遮るよう。
「待った。お使いになるのは東京発横須賀行、10時17分の列車ですよね? ならば31分に久里浜行があります。十五分で結構、我らに時間を頂きたい」
「……」
あまりに乱暴な物言いに面食らう飯田に対し、石川はいまさら気付いた風に微笑む。
「あぁ、紹介が遅れましたね……こちら
渋谷。そう紹介を受けた男は、自信に満ちた表情で頭をぺこりと下げてみせた。
「運輸安全委員会、船舶事故調査官の
「海軍幕僚部、沖縄県沖駆逐艦沈没事故調査室の飯田です」
挨拶をされてしまっては返すほか無く、飯田は答える。渋谷と名乗った男は船舶事故調査官というが、果たして何を目的としているというのか。
「ええよろしく。まずはですね、現在の我が国における海上交通輸送の状況について、これを把握しているのかをお聞きしたい」
その答えはすぐにもたらされた。もたらされたのは嬉しいことなのだが、せめて屋根の下で聞きたかったというものだ。本日の天気は晴天。三月中旬ともなれば気候は三寒四温の真っ只中というわけで、飯田は照りつける春の日差しから逃れるように帽子をかぶり直す。
「渋谷調査官……まずはですね、海上交通輸送の状況とは言いますが、沖縄諸島周辺における警戒情報が継続していることについての質問でしょうか」
『やつら』による破壊活動。ここ数ヶ月各国の紙面や議会を騒がせてきたその行為は、沖縄を食い潰した後は拡大するどころかピタリと止んでしまった。まるで沖縄でガス抜きが終わってしまったかのように収まってしまったのである。
それには無論、沖縄県から全ての人間が撤退し、海上保安庁が周辺航路の封鎖を行ったことで事実上の隔離が確立されたために被害が増えることはない。という見方も出来るのではあるが……さてどうしたものか。
「説明しましょう。いいですか、我が国の海上輸送網は、控えめに言って危機に瀕しています」
そのまま渋谷は言葉を連ねる。言うまでもないが、船舶輸送というのは世界で最もコストが安く、かつ大量輸送が可能である輸送手段だ。世界の交易というものの多くが海運に頼るようになって数世紀、今なお帝国主義時代の海洋航路は健在であり、いかなる輸送手段が登場しようともそれが廃れることはないであろう。
それは数百の島嶼により構成され、果ては遙か南洋までその動脈を伸ばす日本も、無論例外ではない。
故に言葉の羅列を連ねる渋谷調査官。一方飯田の胸中を支配していたのは、彼の言葉以上に彼の肩書きであった。
当然ながら『やつら』の存在は当初はソビエトの潜水艦とすら言われていた訳で、とはいえ扱いは「事故」であった。もちろんその処理の管轄は運輸省となるわけで『やつら』への対処を海軍主導にしようとする大迫海軍幕僚長を始め調査室の動きは、運輸省にしてみれば「今更なよくも」というところなのであろう。
答弁じみたことをこんなところでしたくはないが、とにかくこの場を丸く素早く収めないことには、相手方に遅延の一報を入れねばならなそうである。
「調査官の言わんとすることはよく分かります。本省としても、この未曾有の事態に一刻も早く終止符を打つべく――――」
「終止符を打つ? 私は思うんですよ。アレらが
飯田の言葉を遮るように渋谷が言う。
結局、運輸省の意見はそれに尽きるのである。かつての大戦で海上護衛を軽視した海軍が民間の商船に大きな犠牲を強いたのと、一体全体何が違うのかと。
「調査官、ひとまず落ち着いて下さい。海軍としてはこの事態を重大な懸念事項として扱っております。そもそも本省は”海軍”省です。対処といたしましては、まずは海上における防御こそが、我が国喫緊の課題を解決する唯一の手段であるというのは――――」
「唯一の手段? なるほど、つまり海軍は事変発生から一週間近くを事態の収拾
「……渋谷調査官、少しばかり場所を弁えられてはいかがでしょう?」
「弁える、とは?」
「あなたの発言はいささか冷静さを欠いているように見受けられます。何らかの抗議があるのでしたら、それはしっかと文章で、機関の名前までを明示して貰った上で抗議して頂きたい」
そう言われた渋谷は、狼狽するどころかむしろ笑って見せた。
「あなた、お名前は?」
「小河原です。沖縄沖駆逐艦沈没事故調査室副室長」
相変わらずやけに長い組織名称を諳んじてみせる小河原。ちなみに副室長というのは対策室内に飯田以外の佐官がおらず、小河原が室の中で先任の大尉だったから割り振られた役職である。
「ではですね副室長、抗議という言葉すら現実ではないのです。問題はむしろ、現実に起こっている被害、この原因究明と、それへの対策ですよ。海軍の対策は、あまりに現実を観ていない」
「その根拠のない発言をお控え頂きたい、と言っているのです。さも海軍が何の対策も講じていないかのように言われるのは困ります。我々は既に南西諸島に駆逐艦を派遣、状況の解決に全力を挙げているのです」
「ですがそれが航路の安全に寄与しているでしょうか? 現実を観て下さい、既に海上輸送網について致命的な打撃が出ていることは、皆さん方もご存じのはずだ」
そんなことは分かっている。というより、知らないはずがない。『やつら』による貨客船への被害が現れたのはもう一年も前のことなのである。そのころから各種貨物船は安全な航海を期すために若干の航路変更を行わねばならなかったし、被害が次第に台湾沖、南西諸島沖へと迫ってくるにつれて航路変更だけでなく船舶保険などの値上がりも
渋谷はそこでようやく声を潜めた。ここは海軍省本庁舎の表玄関。当然ながら周囲の眼につく場所だ。衛視は既にいつ介入するかを迷うようにこちらに視線を向けているし、ここを通る全ての人間が素通りしているわけではない。
「あぁ失礼。少々声が大きすぎましたかな」
そうわざとらしく言うと、ふいに渋谷は声を落とした。
「なにも喧嘩を仕掛けに来たわけではないのです。いかんせん、我々も《協会》の圧力からは逃れられない次第でありまして」
協会。その言葉を、果たしてここまで話を積み上げられて察しない人間がいるだろうか。
――――全日本海員協会。
企業別労働組合が主流である日本において、この協会は唯一の産業分野別労働組合である。労働組合の目的とは企業、即ち雇い主に抵抗すること。同業種となると同情ストなども発生しないことはないが、日本においては企業同士の労働組合の繋がりは決して深いとは言えない。
ではなぜ、全日本などという強大な規模で労働組合が設定されるか。
理由は単純。彼らの対抗すべき相手は企業
第二次世界大戦期……いわゆる「総力戦」の時代において、国力に個人や企業といった些細な境目は存在しなかった。なにせ軍と民に境界がなかったのである。まだ飛行機がヒトの輸送に寄与しない時代。海洋国家であった日本の輸送力とは言うまでも無く船舶であり、それを支える船舶会社であった。
そして時代は流れ、陸軍兵士を自らも砲雨に晒されながら運んで見せた勇敢な民間船舶が血を流す時代は終わった。しかし現実に通商破壊という概念は未だ存在する。そして『やつら』が貨客船破壊を行うと言うことは、流血を最も強いられているのは――沖縄までは――彼らであったのだ。
国家に命じられれば身を投げ出す彼らを、平時ですらも国家が守れないのであれば。
それは果たして彼らが忠誠を誓う理由たり得るのだろうか? 最早企業は国家などなくしても存続しうるというのに?
飯田と小河原が怯んだのは一瞬だっただろう。しかし渋谷調査官にとってはそれは永久に等しい時だったらしい。彼は一歩踏み込み顔を近づけると……それから一歩引いた。
「……まあまあ渋谷調査官、そのくらいにしておきましょう」
なぜならば、渋谷調査官と飯田室長、二人の間に石川係長が割って入ったからである。
「つまるところ、安全こそが肝要なのです。その点は室長もご理解頂けたと思いますし」
その言葉に渋谷は石川を見る。見てから、肩をほぐすように身体を震わせて見せた。
「そうですな。駆逐艦を二三隻の派遣で航路の安全が確保できるならそれも結構、そうでなくても、海上保安庁には期待していますよ、石川係長?」
石川に向けて満面の笑みを浮かべて見せる渋谷。それが飯田達に見せるための笑顔であることは容易に理解できる。
「それは私の部署ではないのですが……まあ、伝えておきましょうか」
「ええお願いします。では飯田室長、小河原副室長、失礼しました」
そう言って突然頭を下げると、渋谷は踵を返してさっさと立ち去ってしまう。結局彼は、海軍省の屋根の下に入ることすらしなかった。彼が
残されたのは、飯田と小河原、そして石川のみ。
「……石川係長。これはどういうことだ?」
「まさか渋谷調査官があそこまで感情的になられるとは思わなかったのです。お許し下さい」
あくまで渋谷の
「ともかく、運輸省からの抗議であれば然るべき筋を通して下さい。それだけは重々、お願いいたしますよ」
「善処いたします。では、金曜日の定期会議で」
結論から言えば、渋谷調査官の言ったことは間違っていなかった。東京発横須賀行は10時31分に定刻通り出発、一路横須賀へと向かう。少なくとも会議の日程に支障が出ることはないだろう。
しかし全てが予定通りとはいかない。ことがことであるからおおっぴらに話すことも憚られ、飯田は結局
「しかし、分からんな。どう思う?」
「渋谷調査官ですか」
窓の外を眺めたままの飯田に、返す小河原。ホワイト車は華族議員などが使うことを想定して作られた車両だ。言うまでもなく、機密性は担保されている。
「いや、石川係長の考えだ。渋谷調査官については大して警戒する必要もないだろう」
「確かに、調査官とは当面顔を合わせることもないでしょうし」
「そういうことだ。だが石川係長は違う」
調査室が外部省庁の意見を汲む――――という名目で設置された連絡会議。もちろん駆逐艦の沈没事故で内務やら陸軍省の意見を汲む必要はないわけで、つまるところこの会議こそが『やつら』に対して設けられた今現在唯一の公式な議論の場である。
「あれですら形式的な会議だ、それを理解して各省庁参加しているはずだが、石川係長だけは敢えて海軍との対立姿勢をとった」
それは単なる発言レベルでの対立ではない。運輸省は敢えて室が提案した計画とは異なる案を出してきたのだ。先日開催された第一回会議にて議論された『やつら』の関東上陸への対策。運輸省も既に同じような事態を想定した対策を打ち出し、まとめていたのだ。
最も、それが会議の場に持ち出されることはなかった。石川係長は飯田に計画の存在を示しはしたが、しかし飯田の面子を潰すことはなかった。
そう。彼は明確に対立軸を作っては見せたが、それでも海軍の面子を潰したりはしなかった。直接の対決は避けていたはずなのだ。
「前回の会議から方針を変えたことは確か……しかし、係長の考えが読めません。何をする気なんだか」
車窓から小河原が睨むのは海軍省のある霞ヶ関、そこを飛び越えて立川の運輸省本庁舎。無論高層ビル群に阻まれてその姿は見えないが、この決して狭いとは言えない帝都に多くの政府機関がひしめいているのだ。ならば、多少の小競り合いや縄張り争いは必至。
「目的がいずれにせよ。相応の礼をもって対応せざるを得まい」
運輸とはことを構えたくないんだがな。その呟きは、列車の駆動音に消える。
厄介な話である。そもそも調査室は陸軍との縄張り争いを行う組織ではないのか。しかし運輸省が国家運輸の中枢を担う運輸安全委員会までも政争に駆り出すというのならば、
飯田の表情を読み取った小河原は、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「そういう意味じゃ、今日をXデーに選んでしまった石川係長はご愁傷様以外の言葉がありませんね……今夜でしょう? 幕僚長との会食」
彼が言う幕僚長とはもちろん大迫海軍幕僚長のこと。一中佐が絶大な裁量を持つ海軍幕僚長との会食など信じられない話ではあるが、そもそも飯田は一週間前まで幕僚長の補佐を行っていたのであり、それに調査室は海軍幕僚部の直属、つまり飯田の直接の上司は未だに大迫海軍幕僚長である。
とはいえ一対一の会談というわけではない。大迫海軍幕僚長、彼が主導となって設立された有志の団体「新時代水雷戦の研究会」。その定期会合である。
「懸案事項が増えたことに変わりは無いがな……ともかく、金曜の連絡会までにはなんとか間に合わせよう」
今日は火曜日。飯田は頭の中でカレンダーを捲る。今夜の会合で仮に方針が固まったとしても、猶予は二日しかない。果たして間に合うのかは怪しいところである。
なにはともあれ、列車は横須賀へ。
活動報告にちょっとしたお知らせを掲載しましたので、見て頂けると幸いです。
結論から言いますと、今度の同人誌即売会「砲雷撃戦!よーい!三十八戦目」に参加します。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=181790&uid=19074