またそれに伴い「H.34.3.1《X-244Days》②」 の内容を一部変更。
17/7/17
設定の齟齬を直すために一部文章を変更しました。
――――西暦2022年2月28日。埼玉――――
「進路を変えたか」
報告を受けた
それからこう言った。もちろん、顔色一つ変えずにである。
「で……沖縄に直接向かってきている、そうだな?」
入間空軍基地に存在する第一防空指揮所こと『一防』。分厚い盛り土とコンクリート、そして放射線を防ぐための各種金属板。そういったものに保護された二階ほどはあるだろうこの空間にいる彼。海軍幕僚長にふさわしい数の略綬が並び、肩の四つ桜がどちらかといえば薄暗い一防の照明に照らされて鈍く光っている。
「まだ恐らくは、という段階です。具体的な情報はまだ何も」
飯田はそう否定した。まだ
だが、やはりというべきか真っ先に思いつく可能性は同じらしい。
「統幕長のところへ移動する。むこうに報告は」
「まだ行っていないものと思われます」
「よし」
そうして大迫は立ち上がる。飯田も素早く鞄を持ち、歩き出した。飯田の他にも書類を整理しつつ待機していた数名の将校服が続く。
「第四番作戦を再開できる可能性は?」
第四番作戦。それは海軍が定めている東シナ海にて開戦のリスクが非常に高まった際の事前行動だ。「雷」の被撃沈を受けて既に発動された作戦だが、勘づかれるのを嫌った官邸の命により中止されている。
「沖縄本島に向かっているのが確実だという情報が上がれば」
大迫が引き連れる幕僚部員たちの誰かが答え、それに対する反論は上がらない。大迫はそのまま歩きつつ口を動かす。
「よし、佐世保の
「はっ」
そして誰かが離脱。暗がりの中を歩いていく将校たちの勢いは止まらない。
航空基地を準備させるというのは、もちろん空母艦載機が前進展開するための措置である。現在日本近海には呉を母港にする第二航空戦隊と横須賀を母港にする第一航空戦隊、そして搭載機数が劣るものの呉の第五航空戦隊と三個空母打撃群が待機している。全艦載機を集中運用できれば戦力は100機を優に超え、十分すぎる航空戦力の展開が可能であった。
GF、連合艦隊に佐世保に補給用の滑走路を用意したことが伝われば、それを前提として沖縄方面への戦力抽出の準備がなされるはずだ。
「統合幕僚長」
大迫が口を開き、周りに通るようにハリのある声を放った。それに反応したのは大迫と同じく四つの桜を身に着けた男――――
「何があった」
「『魚群』が進路を変えました」
「ほう」
藤巻は大迫たちを真正面から見据える。『魚群』は「雷」を屠ったのち、愚直に北東へとばく進していた。進路を変えるということの重大性は、彼もすぐに理解した様だ。
「で、どっちに進路を変えたんだ」
その言葉に応ずるように、統幕長の前に差し出される紙媒体。
「東に進路を取っているのは間違いありません」
「……先に沖縄があるな、それで?」
紙媒体を手に唸る藤巻。大迫は迷わず続けた。
「まだ北東に進むのを止めたという段階です。後続の移動速度が変化していないと思われますので、東方向に進路を変えたと判断しました」
「それだけか」
「現段階では、これ以上のことは」
もちろん『魚群』の目的地が分かっているわけがないので答えにはなっていない。先ほどの「沖縄に向かってきている」と言った大迫の言葉にはこんな曖昧ではなくもっと確信めいたニュアンスが含まれていたはずだったが……相手が統幕長ともなれば下手な発言に気を付けるのは普通の対応と言えるだろう。
とはいえもちろん、統幕長という立場としても沖縄のことは気になるわけで。
「ふむ……沖縄の守備状況はどうなっている?」
藤巻はゆっくり振り返ると確認するように後ろの幕僚へと問う。専門家集団だけあって返答は早く、一人がタブレットをひっくり返しながら言った。
「五日前より嘉手納周辺で日満合同の上陸作戦演習を行っています。その他は通常配置です」
「演習は中止だ、満州軍を引き上げさせろ。それと
「満州軍を引き上げるのですか?」
幕僚の一人がそう返す。当たり前だ、満州国は日本にとって最大のパートナー。むしろ日本の危機となれば沖縄防衛を手伝ってもらうのが筋というもの。
それを聞いた藤巻は、そんなことは百も承知だと言わんばかりのうんざりとした表情で言った。
「そうだ、総理から直々のお達しでな。今回の件で同盟国軍にリスクがあると判断された場合、速やかにそれを後方に下げろとのことだ」
その言葉にその場に居合わせた大半の人間が似た表情をする。
海軍が基本とする戦力集中型の運用計画である第四番作戦を中止させたり、同盟国軍をわざわざ帰らせたり、今日の政府はやけに歪な対応が目立っていた。まあ、今政権になって初めての核戦争の危機――誤解を招かないように言っておくが、核戦争の危機は十数年ぶりだ――であるから、対応が錯綜している可能性もあり得るのだが……それにしては情報封鎖の方針がしっかりと定まっており、飯田たち幕僚部が違和感を抱くのも仕方がないというもの。
第四番作戦の中止はまだ分かる。予定されていない動きを各地の艦隊にさせるのだ。どう慎重にことをやっても嗅ぎつかれるに違いないし、間に合わないなら無暗に動かす意味もない。
だが満州軍を帰らせるのはどうだろうか? 演習だけ中止し、沖縄で待機させればいいものではないだろうか? 帰らせればそれだけで詮索を受ける。確かにことが起きてから撤収していたのでは間に合わないのだが……時期尚早ではないだろうか?
同じことを思う人間はやはり多いらしい、代表するように陸軍の佐官が前に踏み出た。
「しかし統幕長。後方でしたら、ひとまず宜野湾から宜野座へ移すだけでもいいのではないでしょうか? それでしたら、単に演習場を変更しただけとすることができます」
もっとも、どこを「後方」とするかは難しい。『魚群』が東シナ海側にいれば後方は太平洋ということになるが、逆なら後方は東シナ海側だ。
「指示は「県外」だ。満州軍には撤収作業に入ってもらい、南西方面軍管区で適当な移動先を選定しろ」
「承知しました」
その時、飯田の後ろより誰かが駆け寄ってきた。
「補佐官」
受け取った紙媒体の内容を確認する。その媒体に刻まれた情報はいくつものデータとそれを解説する図表であったが、飯田にとってはそれらを解析することで生み出された情報が重要だった。
目を通して、それから息をつく間もなく一歩踏み出した。
「閣下」
こちらをチラリと見るだけで先を促す大迫。飯田はその資料を迷うことなく渡した。
「……進路は東南東。沖縄です」
「統幕長」
「聞いた、間違いないんだな?」
「進路上には沖縄があるのは間違いありません」
それだけだとしても、軍組織が動くには十分だった。
その僅か数十分後。『一防』の第三会議室には統合幕僚本部を構成する主要幹部たちが集まっていた。陸海空幕僚部の長にその部下たち。将官、佐官クラスにしか使われない会議室としては手狭で数の多いはずの椅子も既に空席は残っていない。
「防衛計画部としては……今回の事態は南西諸島における作戦行動要領に則り、三軍統合運用にて対処すべき事態と判断します」
会議の始まりが宣言されるのと同時に戦端を開いたのは防衛計画部、つまり統幕本部だった。深緑の軍服に大きな星が一つ光る陸軍少将は、しかしそれだけ言うとすぐに口を閉ざした。まあ統合運用と小難しくいってみても、要は一つの指揮官の下に各部隊を編入することで各軍の足並みをそろえようという話だ。
「陸軍幕僚部としてはその意見に賛成ですな」
その言葉に満足げに頷くのは陸軍幕僚長。やや遅れて空軍幕僚長も賛同の意を示す。
「とは言いますが……現状、海中の勢力に対して攻撃が可能なのは沖縄沖に展開済みの第二機動艦隊のみです。指揮の混乱を避けるためにも、ここは連合艦隊への助言という形をとるべきではないでしょうか?」
そう発言したのは海軍幕僚部運用副部長だ。統合運用部隊を設けることはそれ専用の司令部を編成するため、少なからずのタイムラグが発生しかねない。それを嫌ったのだ。
「……ふむ、海幕長」
「はっ」
大迫が応じる。
「連合艦隊はどうなっている?」
「第四番作戦は統幕長により差し止められたままですが、いつでも再開できます」
「今再開して、何時間で集結できる?」
「佐世保の四戦が十二時間、チェークの四航戦が二十三時間、呉の五航戦が四十四時間です」
「一部しか間に合わないじゃないか」
苛立つように口を開くのは峰村航空幕僚長。確かに進路を変更した『魚群』が沖縄付近に到達するまでに残された時間は十八時間ほど、佐世保に待機している第四戦隊だって間に合うかは微妙なところである。四番作戦が事前準備としての作戦であることを考えればこれでも早い方なのだが……ことが起きた以上はそんなことも言っていられない。
「とにかく、現状対処可能なのは第二機動艦隊だけということです。統幕本部として無暗に動くよりかは、普段通りの助言にとどめ運用は現地司令官に任せるべきかと」
それを聞いた空軍の幕僚が手を小さく挙げる。発言許可を求めるポーズだ。
「何かね」
統幕長が発言を促すと、空軍軍人はおもむろに口を開く。
「でしたら、第二機動艦隊の司令部が置かれている呉に統合運用司令部を設置するのは如何でしょう? 沖縄防衛となれば我が空軍の部隊も役に立つでしょうし、やはり統合運用が適切かと」
空軍としてはどうしても統合運用に持っていきたいらしい。陸軍もそうなのかもしれないが……海の、それも海中を進んでくる『魚群』に有効打を持たない陸軍は自動的に議論から外れてしまっていた。
と、海軍側のひとりが控えめに言った。
「……それは難しいかと」
「なぜです?」
意味不明な横槍に空軍が顔をしかめる。
「実はですね、今月中旬に機動艦隊司令が病気療養のため急遽艦隊司令の任を降りまして……現状、第二航空戦隊の戦隊司令が艦隊司令を兼任する形で水上指揮を執っているのです」
「はぁ?! ……いや、失礼」
素っ頓狂な声を出しかけ――――出したのはもちろん空軍だ。艦隊司令部は地上から支持を出す。これは基本中の基本だというのに。
「ですので第二機動艦隊の司令部は沖縄沖に展開中の「日向」にあり、統合運用司令部を設けることは現場の効率的な部隊運用に支障をきたす恐れがあります」
沈黙。それを認めた藤巻統合幕僚長は表情を変えずに言った。
「よろしい、ではこの件は第二機動艦隊に任せることにしよう」
「対潜ミサイルの射程はおおよそ11km、下手をすれば「雷」と同様に海の藻屑です。加えて、第二機動艦隊では艦艇の数が足りません。艦隊を前進させるのは悪手でしょう」
とは言ったものの、海軍とて対処能力が十分なわけではなかった。そもそも第二機動艦隊の運用は航空部隊であって、対潜水艦戦に関してはかなり軽視されている傾向すらあるのだ。そんな艦隊に海面の色が変わるほどの数で押し寄せてくる『魚群』を攻撃せよといったところで、そう簡単に有効打が与えられるはずもない。「雷」が被撃沈された際にとっさに行われたという「雷」艦載機の報復攻撃の成果より、どの程度の効果があるかは既に判明しているからだ。
会議室から戻って海軍幕僚部が陣取るスペースに戻ってきた大迫は、腕組をしながらそういった希望の少ない会話に耳を傾けていた。飯田も資料を読みながら、聞きに徹している。
「閣下、ここはやはり、
対潜核爆弾。無誘導にて調定深度で爆発するそれは、『特別な安全保障事項』である核兵器運用に関する基本指針が変更されて以来巡洋艦クラス以上にのみ配備されている。もちろん射程が非常に短い対潜ミサイルにしか装填できないよう細工が施されているので、勅命なしに核弾頭の戦略的運用をすることは出来ないとする政府の基本指針からは逸脱していない。
そして戦術核といえど10Ktの出力をもつそれ。おそらく『魚群』の大半をなぎ倒すことが可能であろう。
「飯田、どう思う?」
大迫は飯田へと話を振った。間をあけずに飯田は答える。
「核戦争が差し迫ったこの状況での運用は控えた方がよろしいかと」
「だろうな、官邸もいい顔をしないに違いない」
大迫はどこか諦め顔で言うが、忘れずに「海軍大臣に確認だけ取っておけ」と指示を飛ばした。
「結局、対潜哨戒機と艦載機による爆撃で攻撃するほかはないな」
「ですがそうなりますと……」
言葉を濁す幕僚。当然だ、先ほどの会議で対処できるのが海軍しかいないと言ってしまった手前、これでやすやすと突破されるようではメンツが立たない。
だが大迫は、調子を変えずに言った。
「どのみち空軍を投入しても海上で止めることは不可能だ。そもそも対潜攻撃は効率が悪い……限りある弾薬は、その性能が最大限に発揮される場所で運用されねばならない」
違うか? 大迫はそう言い切った。
夜食は決して身体にいいものではない。そもそも胃腸が機械ではなく生きている体組織であることを考えるなら、どう考えても休息が必要なはずなのである。
にも拘わらず飯田に茶漬けを運ばせた大迫は、それに塩を振りかけながら箸を動かしていた。
「よろしかったのですか、あんなことを言ってしまって」
「……茶漬けのことか? 夕食が『魚群』のせいで中断したからな。それだけのこと……海軍幕僚長を動かすのには栄養が必要だ」
周りに誰もいないからだろうか。冗談めかして言ってみせた大迫も、流石に完全なコンディションとは言えないようだ。飯田が押し黙るのを見て、箸をしばし止める。
「私はあくまで可能性のひとつとして言ってみたに過ぎない。事実として空軍は対潜爆弾を所持していないのだから、間違ってはいないだろう」
「……」
先ほど彼が幕僚たちに言った言葉――限りある弾薬は、その性能が最大限に発揮される場所で運用されねばならない――。それは確かに常識的な言葉でしかない。だがそれが沖縄での
それを、海軍を率いていく立場にある海軍幕僚長が口にする。それが問題なのである。
「『魚群』を沖縄沖で防げない可能性が高い。沖縄沿岸部において陸軍が活動せざるを得ない状況に陥る公算大」
大迫はゆっくりとそう言ってみせる。それから、続けて言う。
「……あの統幕長なら、そのくらいは既に総理に報告しているだろう」
あの人は海軍のこういった事態に対する能力に懐疑的だからな。そういった大迫の恨み言が隠れ見え、飯田は無言にて肯定とした。
「では、統幕長は」
「ああ、どうせもう南西方面軍や沖縄の53軍に作戦立案を命じているだろう。故に海幕部としても、海軍大臣から対潜核弾頭の使用が許可されないと回答があり次第正式に統合運用司令部の設置を要請する」
政治的理由により対処が不可能、よって統合運用司令部を設置する。なるほど確かに、海に関する指揮権を端より取り上げられるよりかは海軍の面子が立つに違いなかった。
――――西暦2022年2月28日。沖縄――――
時計の短針による半日おきの登山も間もなく佳境に入りそうな午後八時、那覇に存在する陸軍第53軍司令部ではこんな夜遅くにも関わらず喧騒に包まれていた。普段は使わない故に更新の進んでいない地下壕のような司令部施設に各種資料と司令部要員が運び込まれ、彼らが動けば掃除もままならない狭い空間に埃が舞う。
「……間違いないのですね?」
そう重々し気に確認をとるのは先日来たるべき息子の卒業式に備えてクリーニングしたばかりの将官服――最も、いくら正装とはいえ将官服で来られた日には息子もたまったものではないだろうが――を着込んだ男。カーキ色の開襟、その肩に小さくしかししっかりと輝く星二つ……陸軍中将であることを示す階級章だ。
彼は目の前に鎮座する液晶モニターに映された方面軍司令官の顔を真正面から見据えた。
『そうだ、海軍が阻止攻撃を行うそうだが……上陸を許す公算は大とされている』
それを聞いた中将――――陸軍第53軍の軍司令は、小さく長く息を吐いた。
長大な日本列島、その一角である南西諸島は決して平和な土地ではない。しかし53軍の編成は島嶼防衛が目的であり、担当領域の人口故に軍の中では最も規模が小さい。
沖縄本島にこそ海外派兵を目的とする南西特別混成団が編成されているが、これは南西方面軍直轄の部隊。彼が指揮下に収める部隊は僅かに一個旅団。砲兵大隊付きで旅団と呼ぶには豪華な編成であるが、離島警備に割かれる戦力を考えれば弱小軍と言わざるを得ない。
しかし53軍とはそういう部隊なのである。海に囲まれている沖縄は日本にとって爆撃機基地にも兵站基地にもなりえる安全な立地をしており、指令が飛べば颯爽と大陸へ殴り込む
それゆえ軍司令も、昨日までは離島警備など傘下の連隊に任せて、大陸展開時の空軍との折衝の仕方ばかり考えていたのだ……そう、今日この瞬間までは。
「承知いたしました。それでは、上陸戦を想定し行動を開始します」
『半世紀ぶりの本土攻撃だ。我が軍の精鋭が樺太の頃から全く衰えないことを見せつけてやれ』
先ほどまで沈黙を保っていた内地総軍司令がとってつけたようにそれだけ言うと、さっさと通信を切ってしまう。第53軍が所属する南西方面軍の上位司令部だからと言ってのこのこ顔だけ出すとは……なんと傲慢な男なのだろうか。
『……顔に出ているぞ』
窘めるような方面軍司令の声。
「失礼しました」
『まあいい、南西方面軍として最大限の支援を約束する。
「はっ」
そして通信は途切れる。
「……珈琲を持ってきてくれ」
そう控えていた士官に指示を飛ばす。そして軍司令は部屋に誰もいないことを確認すると――――こめかみを抑えるようにして頭を抱えた。
正直、方面軍司令部からの情報は不明な点ばかりだ。
唐突にもたらされた沖縄における地上作戦の立案命令。想定火器は無制限とし、沖縄本島のいかなる地点に上陸されても対応できるようにすること。しかしこんな命令で立てられるのは精々が住民の避難誘導をどこが担当するかぐらいだろう。いったいどの勢力を想定すればいいのか、そもそも敵対勢力の装備はなんなのか。そういった事前情報は一切ナシである。それどころかそれを調査するのも53軍の仕事ときた。
唯一参考になりそうなのは、その勢力が潜航しながら接近する可能性が高いこと。既にその勢力の攻撃により海軍の駆逐艦が沈没、状況は一刻を争うということだけ……作戦立案を急かす要素でこそあれ、中身に役立つ情報ではない。
気を利かせてくれているのだろう。まだ士官はコーヒーを持って戻ってこない。
軍司令は自分の持つ駒の内容を頭の中で思い返してみる。
一個旅団。この文字だけでは53軍は無力ということになるだろう。しかし決してそんなことはない。
三分の二が他の島嶼警備に分散配置されている第119連隊を除いても沖縄本島に歩兵連隊と砲兵大隊がいるのである。これだけで人員は3000、加え100弱もの火砲を装備しているのである。
加えて方面軍隷下にある南西特別混成団まで53軍の指揮下に収めていいとまで言ってくれた。これで戦力は四個連隊。人員は一万を優に超える。
兵力は十分、戦車こそいないが105mm砲を備える装輪装甲車である七十六式機動戦闘車により編成された部隊が二個連隊もある。三十四式戦車と同じ口径の砲を備える戦闘兵器は、歩兵直掩という名目と装輪装甲車という分類にしては大きすぎる火力を保有するのが特徴で、まさに53軍が保有する最大の機動火力といえよう。
司令は脳裏に沖縄本島の地図を、その道路・鉄道網を思い浮かべる。北部に上陸されれば山岳地帯とそこに立てこもる山岳・島嶼連隊である第119連隊が敵を防ぎ、南部なら第53軍にて最強の連隊である第56連隊が熱烈な歓迎をする。そして、中部に来たところで南西方面軍肝いりの特別混成団が迎え撃つ。
何の問題があろうか。ここ沖縄には、いかなる敵も寄せ付けない防御がある。
「司令、珈琲をお持ちしました」
第53軍司令はその声に振り返る。次に彼が出した指示はなんの躊躇いもなくそして――――自信に満ち溢れていた。
「よろしい、今すぐ参謀を招集。各連隊司令部も呼び起こせ。それと公共交通関連企業、土木業者も全部集めろ。総力戦だ」