沖縄県に大規模攻撃。陸海空軍と交戦状態に。
沖縄県知事が非常事態宣言。
沖縄県及び鹿児島県の一部に避難命令。
「――――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」
「撃て!」
彼我の距離は僅か数百メートル。戦車砲の初速が毎秒1500mを超えないとはいえ、ヒトにとっては一瞬の間に目標へと到達。そして、その大半が外れることなく着弾。いや、もしかするとすべて着弾したかもしれない。
この七十六式戦闘機動車には装輪装甲車とは思えないほど重武装な105mm滑空砲を装備しており、ここまでの命中率を叩き出したのはひとえに技術陣による努力の結果といえるだろう。
しかし、榴弾の煙の中から出てきたのは……決して技術陣、いや日本を喜ばせる結果ではなかった。
「……なんだ、これは」
その後に残されたのは、波。そう波である。既に水平線を覆い尽くさんばかりの『それ』がこちらめがけて突っ込んでくるのである。先ほど撃破した『それ』は後続の『それ』にやすやすと弾き飛ばされ、波に飲み込まれてしまう。
《射撃継続、続いて射撃――――撃て》
装填、発砲、着弾。先ほど同様に先頭の『それ』だけが破裂し残骸へと変わる。しかしすぐに波へと飲み込まれる。波をかき分けていた『やつら』はついに、読谷の砂浜を
しかし続けて放たれる中隊長の声は、とにかく冷静だった。
《弾種切り替え、徹甲弾》
「次弾徹甲弾!」
その言葉を聞くや否や砲手はコンソールを叩く。自動装填装置が設計通りに砲身へと徹甲弾を送り込み、栓尾が閉められた。
《徹甲弾射撃――――撃て》
徹甲弾が赤く輝きながら飛翔。『やつら』の先頭にめり込むと、遅発信管が作動するよりも早くその外皮を食い破り外へと飛び出した。その後ろもバターのごとく容易に引き裂かれ、そして何かが爆発する。
徹甲弾の爆発ではない。『やつら』自身が爆発したのだ。
《第一中隊より連隊へ、未確認勢力への徹甲弾の有効性を
混線しているのかそれともわざと聞かせたのか、中隊長の連隊長向け通信が入る。構わず撃つ。
ところが『やつら』の数は減るどころか増え、距離は余計に縮まった。
《第一中隊縦列。県道六号線は放棄する、村役場まで後退せよ》
その指示が下ったのは、丁度弾薬が心もとない数になり始め……そして、西側の住宅地から土煙があがり始めた時だった。目の前の敵はなかなかの大群だが、どうも客人はこいつらだけではなかったらしい。
――――西暦2022年3月1日。埼玉――――
長くなるのでカットされることが決まっていたのだろう。車載カメラが取り付けられている砲塔が海岸に背を向け、海が見えなくなったところでその映像は切られた。
入間空軍基地に併設される第一防空指揮所こと『一防』。冷戦を背景とした武力衝突が激化する中で怯えるように建設されたこの対爆施設、その第一会議室。スクリーンとしての役目を果たしていたのはこの部屋を囲っている四面の壁の一つで、映像を映し出していた窓が消えると、再び日本全土を網羅する地図が表示される。そこには自衛空軍の対空迎撃ミサイル、そして海軍のイージス艦の配備状況が示されていた。
「つまり、105mmは通用したが数に押し切られた……と?」
映像の後に残された余韻、というか漂う沈黙。それを破るように口を開いたのは誰だっただろうか。ともかく、それに反応するように西南方面軍――沖縄諸島から九州にかけての防衛を司る――の連絡官が立ち上がった。
「はい、現在は宜野湾市あたりで防衛を行っております。映像の通り、敵勢力は単純に数で押してきまして、回転翼機を投入しても状況は改善していません」
「とはいえ、浸透は防げているんじゃないのか?」
その質問に、先ほどから耳を傾け続けている飯田は顔をしかめた。なにが浸透は防げている、だ。映像を見る限り『やつら』の体格は数メートル。ただ単に、市街地に入ってもその図体では身動きがとりづらいだけだろう。
そして飯田の予想通り、連絡官の顔は暗くなった。
「いえ、工兵による幹線道路及び鉄道線の破壊を行っていてもこの一時間で戦線が7キロ押し込められています。まれに突出してくる少数ならともかく、全体としての圧力を支え切れていません……那覇に到達されるのは、時間の問題かと」
そんな後ろ向きな言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう。会議室内にざわめきが走る。先ほどの映像が異常な映像なら、今のは異常な報告。
そう、異常に異常が続いているのが今回の案件。海軍駆逐艦「雷」の沈没から始まる一連の事象は、沖縄最大の軍事拠点である嘉手納が
と、鳴り響くコール音。この会議の音頭をとっている陸軍幕僚長が受話器を取ると、会議室を見回すようにしてから重々しい調子で言った。
「沖縄からの全島避難の可能性を、総理が聞いてきたそうだ」
「……」
やはり聞いてきたか。それがこの場に居合わせた全員の感想だった。総理が嘉手納に対して
「西南方面軍の意見を聞こうか」
陸幕長が受話器をゆっくり戻しながら言うと、再び連絡官へと視線が集まる。
「恩納方面は山岳地帯であることが幸いし防衛は成り立っています。現在第51軍の砲兵部隊を名護に緊急空輸することで北部よりの反撃を企図しております」
「北部方面はいいとして、南部はどうするつもりだ。民間人の数は那覇市だけで30万、南部全体を合わせれば50万を超すんだぞ?」
その言葉は全島避難を前提とした言葉だろう。民間人が何万いようと、防衛が成り立つのなら問題はないはずだ。
しかし現実問題として、沖縄南部の防衛は崩壊しつつある。
「南部に関しましては……可能な限りの遅延作戦を行い、現地行政と協力しつつ住民の避難誘導を行います」
連絡官も歯切れが悪い。
「避難先は? 沖縄は島だぞ」
「那覇空港からある程度は逃げられるんじゃないのか?」
疑問に疑問を重ねる会議室の惨状は、ひとえに情報不足がもたらしたもの。ここに正確な情報が来ていない以上、誰の言葉も正しいとは言えなかった。
『やつら』が
「とにかく、早急の課題は南部の孤立した部隊の救出、そして沖縄県民の安全確保だ。誰か具体的な案を出してくれ」
陸軍幕僚長が一言。それを受けて会議室が動き始める。
「輸送機で増援部隊を送り込み、帰りは民間人を乗せればいいのでは?」
「いえ、沖縄の予備役人数を考えれば現地で足りていないのは人員ではなく物資であると思われます。そして大型機が離着陸可能な滑走路といえば南部にはもう那覇しかなく、そこは既に避難のための民間機を飛ばすので限界です。那覇に関しては運輸省主導で進めているのもあり……避難向けの空便ならともかく、物資を下す作業スペースを割いてもらうのはほぼ不可能かと」
「とにかく、打診しろ。打診しないことにはどうしようもないだろう」
「……善処いたします」
そう言う連絡官の顔は浮かれない。その言葉に焦りの表情を浮かべるのは会議室の大半を占める陸軍軍人たちだ。
統幕長が政府に沖縄上陸の可能性を報告した時点から、既に沖縄における避難計画は官邸主導に移っていた。県営鉄道の車両を必要な場所に待機させていたように沖縄側での準備はもちろん、隠しきれないとの判断から結局同盟諸国とも情報共有を行っていたそうだ――――始めから下手に隠して情報を独占しようとせずそうしてくれればよかったものだが……こればかりは言ってもどうしようもない。
まあともかく、陸軍省としてはそれが厳しい状況を招いた理由なのだ。
陸軍は海軍の駆逐艦とは違い、事前に通報があり準備を整えていた。奇襲に近い形で攻撃を受けた「雷」とは違い、陸軍には短いながらも明確な準備期間があった。
それでこのありさまなのだから、陸軍は恥をかいてしまった形になるに違いなかった。
避難も防衛も官邸におんぶにだっこ。これだけは避けたいのである。
とその時、海軍の代表である
「第二機動艦隊で回転翼機を用いたピストン輸送を実施しよう。対地支援に上げた航空機を「日向」ではなく九州に飛ばせばある程度の人数は収容できる」
それは実質的に海軍が戦列を離れるという意味でもあったが、今さらそれに文句を言う人間はいない。北部方面がどうなるかはともかく、南部の負けは確定的。重要なのは民間人の安全だ。
「そうだな、海軍にはその方向で動いてもらう。細案を纏めてくれ。それと空輸に関してだが物資だけなら空中投下で事足りる。それなら投下場所だけ整備すればいいからどこでも出来るだろう……南部に工兵はどのくらい残ってるんだ?」
「二個工兵中隊がいます。現在は宜野湾市街のインフラ破壊に従事しています」
その言葉に、陸軍幕僚長は満足気に頷いた。
「よし、なら多少抽出して那覇南部に場所を作ってくれ。それと空軍は使える輸送機のリストを、陸軍各方面軍は空軍基地に一時間以内に移送準備が終わる装備品のリストを纏めてくれ」
それが実質的に、この緊急会議を締めくくる言葉となった。
「飯田。どう考える?」
「どう、と言われましても……」
大迫が口にした言葉に飯田は違和感を覚える。結局先ほどの会議の場では沈黙を保ち続けた飯田であった――そもそも彼は海軍幕僚長補佐官だ。海軍幕僚長である大迫がいる場で予定外の発言するようでは、その会議はよほど海軍に不利な状況に違いない――が、どう考えるも何も、あの会議で海軍として発言できることは出来なかった。
というか二機艦をもって避難の支援をするほかに提案もなにもあったものではなかったではないか。
「南部は消極的防御と避難活動に徹し、北部より反撃を行う。北部を支えられるかはともかく……方針としては妥当かと」
恩納には急峻な地形が広がっている。故に進入路は限られ防御は南部に比べて容易だろう。戦力不足については何ともしがたいが……まあ陸軍は既に空挺部隊の投入も決めている。耐えてもらうしかない。
「そういう話じゃない。今回の『敵』に関してだ」
「……ヒトが作った兵器には見えません。陸空軍にとっては嘉手納の陥落にショックを受けるのは当然ですが、逆に言えば
そこから先、飯田は次の言葉を僅かに躊躇う。
「それに……あまり理性的な兵器には見えません」
「全くの同意見だ」
大迫が振り返る。相対する飯田より一回り大きい彼の肩。そこにつけられた四つの桜――海軍幕僚長たる海軍大将を示す――が照明により鈍く光る。
「それと配布された資料。お前も気づいただろう」
それは大迫にとっての当然で、また飯田にとっての当然でもあった。
「敵が『読谷以外には上陸していない』こと、ですね」
上陸作戦において、もっとも難しいのは橋頭保の確保だ。そこから先は補給の問題こそ付きまとうが通常の陸戦と変わりはない。すると説明がつかないのが、敵勢力が上陸地として嘉手納周辺を選んだ理由……いや厳密には「なぜほかの場所には陽動攻撃を仕掛けないのか」である。
確かに上陸を受けた読谷はなだらかな地形からもある程度上陸には適しているだろう。しかし上陸前には南西特別混成旅団が展開済みだったわけで、少なくとも奇襲にはならなかった。もっといい場所――それこそあの見た目だ、那覇市街に現れれば現場は大混乱だろう――があったのではないだろうか。
飯田の言葉に大迫は頷き、それから立ち止まる。そこには機材がコンパクトになった関係で放置された制御卓のひとつあり、大迫はそれを一瞥してから振り返えった。
「その通りだ、だがもう一点ある……会議の資料を」
「はい」
飯田は先ほどの会議で配布された資料を大迫へ。すると彼は卓の上にそれらを次々広げていく。
その紙媒体に印刷されているのは何枚もの写真だ。高高度から偵察衛星がもたらした写真や無人偵察機による写真。しかし目を引くのは、やはり地上部隊が直接捉えた『やつら』の姿……だがこれは先ほどの会議室で配布された資料だ。目を引くとはいえ、驚きはない。
「これが沖縄に投入されている敵勢力」
そう言いながら大迫は、また別の資料を――そう、彼は組織の長らしくもなく紙袋を手にしていたのである――取り出した。会議室の資料よりも多く極秘の文字が躍る資料に映し出されたのは……海の上から空を見上げる『やつら』の姿。
「……」
「これが
息を飲んだ飯田に、大迫がそう告げる。それは確かに形状こそ似てはいるが、素人目にも――いや、この国では誰もが『やつら』の素人のはずなのだが――違いが分かるほどであった。そう、先ほどの会議では全く論じられることなく終わったが、そもそもこの事態は海軍哨戒機である
「本体部から、なにか棒状のものが突き出しています……砲熕兵器でしょうか?」
「そういうことだ。問題なのは、この種類はまだ沖縄の地上では確認されていないということ」
言わんとすることは分かるな? 大迫の眼はそう語っていた。
可能性としては、役割分担か予備兵力だろう。だがそれにしては違和感がある。写真の中での『やつら』は本体の大部分を海上に出しているように見える。それならば、沿岸部に対し射撃支援することだって出来るはずだ。だが実際には写真の『やつら』は沖縄本島では確認すらされていない。
「私の出した結論はこうだ……写真のは「制海」。沖縄のが「占拠」だ」
「制海? 占拠?」
訳が分からず飯田の口からオウム返しに言葉が漏れる。大迫海軍幕僚長は飯田のことを見定めるように眺めてから、短く言った。
「こいつらは進化している。目的別にな」
その言葉を聞いた飯田、彼の背筋に走ったのは悪寒だった。悪寒でしかなかった。
何を言っているんだ
飯田は大迫にまっすぐ向き直ると、それから直立の姿勢を取る。
「お言葉ですが閣下、そのような結論は急くべきではないかと存じます。結論で急げば視野を狭めることになります。ここは、あらゆる可能性を考慮すべきかと」
それを聞いた大迫は、目の前で小さく笑ってみせた。しかしその眼は笑っておらず、むしろ威圧するような凄みをもって飯田に向けられている。
「そうだな、それが正論というものだ」
その時飯田が大迫に感じたのは「焦り」……なんの焦りだ?
「ついてこい」
そして歩き出す大迫。飯田は無言で後に続く。
角を曲がればそこに扉が待っていた。警備兵の敬礼と共に扉が開くと、そこには打ちっぱなしのコンクリートに落下防止のフェンス……昇降機だ。それを見た飯田は通常業務として大迫を先導した。扉が閉まるのと同時に駆動音が響き、振動と共に加速度がかかり始める……が。
下っている?
先程までいた
そんな飯田の疑問に答えるように降下が止まる。昇降機に取り付けられた小さな電球が飯田と大迫を照らすが、目の前に広がる空間は見えない。大迫は迷う様子もなくその闇へと踏み出した。
「ここを使うのも久しぶりだな」
大迫はそう言いながらどこかを探る。手を付いたということは壁面に触ったのだろうか。その直後にプラスチック製の素材がばねで弾かれる音、わずかな間をおいて蛍光灯が瞬きした。空間から暗闇が消える。
「ここは……」
「二十年前の代物だ。『一防』は冷戦時代の遺産というがまだ十二分に現役……こここそ過去の遺産と呼ぶべき場所だな」
大迫はそれだけ言うと飯田を気にかける様子もなく中央の机に置かれたコンピューターを起動する。上司にだけ作業をさせる部下というのも考えようであるが、しかし大迫から飯田への指示はない。
まるで自分の、いや全てのことを拒絶するような雰囲気。これだけは自分の手でやってしまいたい。そう彼の背中が語っているように感じられた。
飯田は待機の姿勢を保ちながらその部屋に視線を走らせる。収容できるのは十数人程度だろうか、宙に吊られた蛍光灯の向こうには息苦しく感じない程度の空間が広がっている。机の上にはほとんど物が置かれておらず、使用頻度が少ないのは感じられたが……埃などが積もっている様子が認められない以上、完全に放置されたわけではなさそうだ。一防の付属施設なのだから当然といえば当然だが、それなら使えばいいものを。
「これを見ろ」
飯田がそんなことを考える間に、彼の上司は準備を終えたようだった。大迫が取り出したのはありふれた記憶媒体。
辛うじて液晶への更新だけは済ませてあるコンピューターの画面に向き直ると、データ管理の徹底を促すためにカバーが被せられたUSB端子に差し込む。
「……」
画面に表示されたのは、日付だ。2021.19.7――――その映像が八か月前のものであることを示している。
「平成33年7月19日。海洋科学開発機構の調査船である「おきしま」がもたらした映像だ……公船としては、初の『犠牲』だったな」
「……」
映像が流れ始めた。画面端に映されたマストがこの映像が船内の監視を行う目的ではなく、外洋の観察を行うために撮影されたのを語っている。
飯田は表情を動かさないまま、小さく呟いた。
「証拠映像が、あったのですね……」
「海洋国家である我が国にとって、貨客船破壊は看過できない事態だ」
大迫はそれだけ言う。飯田も黙ったまま画面に目を注ぐ。
――――貨客船への破壊行為。
これが始まったのは東京オリンピックの興奮冷めやらぬ2020年末のことであった。当初は事故扱いとされていた客船「はわい丸」の遭難は、その残骸が発見されると同時に大きな国際問題へと発展した。
破口は船体下部に一箇所、しかしその常識外れの大きさや「はわい丸」が座礁の危険性のある海域を通過したわけでもないことから単なる難破でないことは確か。急遽規模が拡大された事故調査委員会が導き出した結論は……『潜水艦による魚雷攻撃』というものだった。
どこが? なんのために? これまでの東西対立の歴史を紐解いてもこのような動機すら不明な事件はなく、西側による自作自演との憶測すら飛び交っていた。
映像は進んでいく。時折船員の声が入ってくるが、未だに画面の中には平穏な海が映し出されている。
「……」
「おきしま」は全船員が行方不明となり、残骸も発見されていない。ここに映像があるのはただ単に映像を逐次衛星経由で送っていたからだろうが……飯田に残るのは疑問である。
なぜ使わなかったのだ?
被害は拡大した。この一年と三ヶ月続いている一連の貨客船破壊による損害は既に十二隻。当然ソビエト・ロシアを筆頭とする共産陣営は事件への関与を否定。しかし犯人というと他に妥当なのもいないわけで、ひとまず西側諸国はSEATO南シナ海掃海群を設立するなどして対処にあたっていた……こんな映像が残っているならば、使えば良かったものを。
「不満そうだな」
飯田の考えを読み取ったように大迫が言う。
「……いえ」
「実際、一度は
その言葉に飯田は何も言わない。それは海軍幕僚長の判断であり、飯田の役目はその補佐である。飯田の沈黙を見た大迫は、横目だけを飯田にやる。
「見ていろ」
言われずともそのつもりである。飯田は画面に意識を注ぐ。画面の中では状況が動き始めていた。
「沖縄の写真と比べてどう思う?」
飯田は信じられないといった様子で呟く。
「確かに、沖縄のよりも原始的です」
これが大迫に「進化」という言葉を使わせた理由なのだろう。
「……今現在我々は、沖縄での一連の動きを「攻撃」として認識し、それに基づいて対処を行っている。そちらの方が都合がいいからだ」
大迫は、飯田の上司はそれだけ言った。飯田は何か返答を求められたわけではない。だから何も返すことはしない。だから沈黙を保つ。しかしその沈黙は、言うまでもないが困惑からであった。
『やつら』は一体何だというのだ。今まで見てきた写真は全て軍事向けだ。技術と資金が注ぎ込まれた観測機器のはじき出す映像の画質が悪いなんてことはなく、明確に、くっきりと見えている。生物兵器? 化学兵器による海洋動物の汚染? もしくはそれらに見せかけた無人機? いくつかの可能性が――今日になってから何度も繰り返し浮かんだ可能性が――脳裏に浮かび、そしてほぼ同時に消されていく。
大迫は『やつら』を国のものとも、個人のものとも思っていないようであった。ではなんだと?
飯田が次の言葉を待つなか、大迫は椅子へと座り込んだ。一応は高級調度品に違いない椅子の関節部から軋む音がして、そこに身体を沈める海軍幕僚長。
「「雷」は沈んだ」
大迫は声を低く、重く吐き出す。飯田の脳裏によぎったのは、彼からの呼び出し文書。
『
彼がこの短い文字列で言わんとしていたのはこの件が勃発したというだけでは決してないだろう。なんせこの文字列が意味するのは国防が根本的に揺らいでいるという意味だ。駆逐艦一隻程度の喪失で国防は揺るがない。
では、なにによって揺らいでいるというのか。
「沖縄中部への上陸。確かに航空基地や誘導弾保管庫が集中している中部を先に押さえられたのはその後の行動に多少の影響は及ぼすだろう」
そこまで言うと、大迫は飯田へとその双眼を向ける。
「だが、飯田……ことは既にそういう段階にない」
その言葉と同時に映像の再生が終わって沈黙していたコンピュータの画面が瞬いた。表示されるのは地図、いや作戦地図だ。
「これは……」
大量に印字された英字の活版。アメリカ式の兵科記号が示す通り、アメリカ軍の作戦計画であることは明らかだ。
そして飯田だって、この図ぐらいなら見たことがある。これは万単位の兵力を用いたとある離島への攻撃計画だ。
「
「……二次大戦中、米軍が立てた沖縄上陸作戦です」
セリフが決まっていたかのように口を開く飯田。だが実際、これ以外になにを言えばいいというのだろう。
「この作戦はペーパープランのみで実際には実施されなかった。ですが……」
「中部に上陸、南部の主力を撃破後、北部の部隊を掃討する。それが『やつら』の狙いだろう。方針としてはこの作戦と一致する」
「……ありえません。中部に上陸したのは偶然であり、上陸地である読谷の北部には山岳地帯が広がっていました。南下するしかなかったんです」
「米軍だって同じだろう。山岳部を、それも敵国の山岳を攻めるのはリスクが大きすぎる。だから中部で分断し司令部のある南部を制圧。北部に投降を呼びかける腹積もりだったはずだ」
「大迫閣下……」
「あくまで仮定の話、その通りだろう。しかし今のこの状況を都合よく説明するならこれがちょうど良い」
そこで大迫は言葉を切った。重い沈黙がゆるやかに流れる。今の話はあまりに合理的ではないものだ。憶測に憶測を重ねた代物だ。それが海軍という組織の相当な上位に立つ人間の口から飛び出してくる。それがどれほど許容しえない行為であるか、それは目の前に立つ大迫善光海軍幕僚長自身が最も分かっているはずであった。
「だからこそ……
その言葉が、大迫が飯田をここに連れ込んだ理由だった。