模倣の決号作戦   作:帝都造営

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【海軍単冠根拠地隊】

 単冠根拠地隊とは、日本海軍の部隊である。択捉島中部に位置する単冠湾に設置されている。海軍地上部隊の再編に伴い単冠水雷団と占守防備隊が統合される形で2001年に発足した。
 主任務は千島列島の防備。及び治安維持。

 基幹戦力として隼型ミサイル艇三隻、一個特別陸戦隊が定められているほか、千島列島に展開する監視所などもこの部隊の指揮下に収められる。ただし紗那飛行場の哨戒機部隊に関しては大湊鎮守府が直接指揮している。

 統合に伴い部隊規模が大きくなったことからも要港部への格上げが検討されているが、それに関する議論は進んでいない。


定義すべき存在
H34.3.6《X-239days》


 ――――西暦2022年3月6日。北海道――――

 

 

 

「中佐、まもなく目的地です」

 

 その言葉を聞いた飯田は窓の外に目をやった。要人輸送も想定しているこの小型機の窓は軍の所有物にしては割合大きく、椅子の座り心地からも快適を重視して作られていることがよく分かる。

 窓の先には延々と続く海岸線。砂浜というよりも崖がちで、不規則にかつ暴力的に変化する黒い岸壁には添えられるように白い雪が盛り付けられていた。飯田はその雪景色から逃れるようにその景色から眼を逸らす。そして、誤魔化すように先ほどの報告を送ってきた部下へと声をかける。

 

「木更津」

 

「はい」

 

 答えるのは木更津海軍中尉。大迫海軍幕僚長が飯田に付けてくれた幕僚部の士官、まあ要するに飯田の補佐役である。海軍幕僚長補佐官の補佐役と聞くとなんだか日本語がおかしいようにも感じるが、まあそういうことなのだから仕方がない。

 

「お前、択捉に来たことはあるのか?」

 

「はい、大湊勤務の際に視察で」

 

 すました顔して言う木更津に、信じられん話だと飯田は口を閉じる。

 

 大湊は北の一大防衛拠点。しかし北の防衛拠点が東北地方に存在する時点で日本が北方において消極的防衛作戦しか想定していないのは明らかであり、大湊勤務は少なくとも中央への道ではない。

 しかし彼の経歴を見れば、大湊に飛ばされて僅か半年で戻って来ているのだ――それも海軍省(かすみがせき)に、である――。いったいどんな理由(コネ)で戻ってきたのやら……。

 

 そんな考えてもどうしようもない考えを回すうちに航空機は高度を落とし始め、ただ真っ白なカーペットにしか見えなかった雪原も微妙な起伏をあらわにし始める。少なくとも冬だけは低認識な色彩である白に塗られたレーダー施設を確認するころには、機体は滑走路へと滑り降りていた。

 

 

 

 航空機は低速で滑走路から退避すると、エンジンの音をより一層絞る。扉に取りついた要員がコンソールを操作することで、与圧されていた機内の空気と北の冷たい空気が交じりあう。それを合図に飯田は航空機の数段しかないタラップを降りる。木更津もそれに続く。

 

「……やはり、雪景色には慣れん」

 

 飯田が格納庫や緊急車両の待機施設、気象台など屋根が等しく雪の白さで装飾されている滑走路脇の建造物群を見ながら呟く。雪景色が嫌いなのではない、雪景色を見るのが苦手なのだ。

 飯田たちが乗ってきた飛行機は小型であったが、彼らを迎える空港は広い――――これはこの空港が観光客を乗せた大型ジェット機の着陸を想定しているためだ。その証拠に駐機場の向こうには旅客ターミナルと思しき小洒落たデザインの建物が客を待ち構えている。

 

 それを一瞥した飯田は視線を前方へと戻す。既に航空機の前には海軍将校の外套に身を包んだ男と下士官数名――佐官相手にはやけに豪勢な出迎え――が飯田を待ち構えているからだ。外套は飯田と目を合ったのを確認してから一歩前に出ると、丁寧な調子で挨拶した。

 

 

「単冠根拠地隊司令の大岡です。択捉島へようこそ」

 

 

 択捉島。

 

 それは北海道の東に位置する細長い島である。幕府軍と帝政ロシアが戦火を交えた地、日米開戦の出発点、日ソ戦の激戦地のひとつともなれば、歴史関係の史跡を見に訪れる人も少なくない。北海道地方特有の手つかずかつ雄大な自然も観光資源となり、観光客を引きつけている。

 しかもそれだけではない。島内の電力供給を全て地熱発電で賄うこの島は地熱も含め地下資源も豊富、レアメタルの一種であるレニウムを産出する茂世路岳の他にも金鉱があるという指摘があり、鉱業なども含めて今後の開発が期待されているそうだ。

 

 まあ今の飯田たちにそんな情報は関係ない。ここ日本国北海道紗那郡に、国内のものとしては最東端の海軍基地があるということだけが重要だ。

 

 

「まさか司令自らお越しいただけるとは……海軍幕僚部の飯田中佐です。よろしくお願いします。大岡大佐」

 

 飯田の敬礼に大岡が答礼し、それから彼は自動車に乗るよう促す。そして飯田たちが乗るや否や、その自動車は滑走路から走り出した。

 

 

 

 空港施設を囲うように設置された柵を通り越せばそこはもう紗那の町だ。流石は観光地というべきか空港周辺や市街地には活気があり、人も多い。

 とはいえここが本土から離れた島嶼であることには変わりないわけで……少し離れると車内からの風景は小さな漁村のそれに戻っていく。もちろん観光客はあちこちに行くだろうから誰もいない田舎の風景とはまた異なるのだが、ともかく人の数は減り、そしてついに誰も見かけなくなった。

 

 大岡司令が思い出すように言ったのは、ちょうどその頃であった。

 

「今回は……随分と人数が少ないのですね」

 

 彼の指摘は最もだ。飯田の肩書は海軍幕僚長補佐官であり、今回彼は駆逐艦「雷」の撃沈原因調査、その責任者という形でこの地まで赴いてきている。

 もっとも、肝心の「雷」は沈んでしまい、沖縄本島周辺の情勢からも引き上げは叶わない。そのため調査の対象は僚艦として琉球諸島事変で交戦――正確には駆逐艦「雷」が撃沈される様子を観測――し、生還した駆逐艦「時雨」なのだが……まさか数千トンの駆逐艦に将校がたったの二人という無謀な調査に挑むだろうか。

 

「まあ、今回は特別ですからね」

 

 そう平然と告げる飯田に、大岡はカッカと乾いた笑い声で車内を満たすことで応じた。

 

「飯田中佐の仰るとおりだ、こんなろくな修理施設もない泊地に大型駆逐艦を引っ張ってくる時点で普通じゃない」

 

 それにね、と大岡は続ける。

 

「実は我々、まだ「時雨」の乗員と会ってすらいないんですよ。なんでも修理に使用するスペースと兵舎、食料だけ渡してくれればいいとか言われましてね……まあ修理とは言いますが、クレーンすらない択捉(ここ)でなにを修理するんだか」

 

 そして、自動車は減速。

 

「……で、そう命じたのが今「時雨」と乗員たちを守っているあいつらですよ」

 

 大岡は顎をくいとフロントガラスの先へ。彼が示そうとしたのは『止まれ』と書かれたプラカードを振りながら近づいてくる数人の兵士だった。

 彼らの先には閉じられたゲートと簡易な車止め。この道路はどうやら封鎖されているらしかった。

 

「飯田中佐ですね?」

 

 運転手が自動車の窓を開き、そこから覗き込むように聞いてくる兵士。北方用防寒マスクにゴーグル……見紛うことのない完全武装であった。答える飯田に、大岡司令は意味深げな笑みを浮かべた。

 

「お知り合いなのですか?」

 

「まさか。海軍の全職員なんて把握しきれませんよ」

 

 飯田がそう返せば、また大岡の笑う声。それに毒が籠っているのは、やはり大岡にとっての飯田が『中央の人間』であるからだろうか。

 

「でしょうな……さて、自分の管轄はここまでです」

 

 そして飯田に降車するよう促す大岡。飯田が木更津を伴って車を降りると、兵士たちからゲートの先に置いてある別の自動車に乗り込むよう指示を受ける。主な理由は車止めがぶっきらぼうに置かれているからなのだろうが……それにしたって、嫌気がさすほどの厳重な警備体制である。こんな山道に車止めなど誰が置くものだろうか?

 

 ふと振り返ると、大岡を乗せた車は道を引き返していくところだった。ゲートを守る兵士には小銃を構えている者もいるが、信じられないことに銃先は根拠地の司令の車に向けられたままだ。

 

「……」

 

 先ほど知らないとは言ったが、このような場所に素早く展開できる部隊なんて強襲揚陸艦乗り込みの特設陸戦隊ぐらいだろう。根拠地を守る特別陸戦隊より選抜され、上陸は訓練のためだけと言われるほどの猛訓練を積んだ強襲揚陸艦付きの特設陸戦隊。海軍の地上部隊としては精鋭中の精鋭である。

 そこに(おか)と「時雨」を接触させたくない連合艦隊(G F)司令部の思惑が読み取れ、飯田は知らぬふりをして自動車へと乗り込んだ。

 

 

 それほどに、主力駆逐艦である村雨型の撃沈――それも、抵抗ままならぬままの撃沈――は海軍に波紋を与えているのだ。

 

 

 

 

 

 琉球諸島事変の生き残り、駆逐艦「時雨」。

 

 村雨型の十番艦であり、平成14年に舞鶴にて――ちょうど村雨型七番艦である駆逐艦「雷」の建造が行われたのと同じドックで――起工した。

 就役後も「雷」との縁は深く、同じ第一機動艦隊に配属、新型空母の出雲型の就役により第二機動艦隊へ空母「日向」が移されたときも二隻は共に第二機動艦隊へ移り、二機艦(第二機動艦隊)の駆逐艦として「日向」を守り続けてきた艦。

 

「木更津、ここまで人影を見たか?」

 

「いえ」

 

 その「時雨」、今は艦内に人影もいない。乗員は恐らく心身ともに疲弊しているだろうから大半は大岡司令が提供したと言っていた兵舎で休んでいるのだろうかとあたりを付けた飯田だったが、それにしてもおかしい……いや、「時雨」乗員にとってしてみればこちらは土足で乗り込んでくる内地のお偉方。必要なければ接したくないのが本音だろう。

 

「……まあいい」

 

 通常の調査であれば水兵の様子を見ずして判断するなどもってのほかであったが、今回は事情が違う。接触がないのはこちらとしても好都合であった。

 

 そして、飯田は目的の「艦長室」と書かれた部屋の前にたどり着く。ノックして所属と階級を告げれば、即座に返される入室許可。

 飯田は木更津に外で待つよう目配せすると、金属の擦れる音を立てて扉を開いた。

 

「失礼します」

 

「久しいな、飯田」

 

 入ってきた飯田を迎えたのは笑みを浮かべた男だった。ワイシャツ姿でのんびりとベッドに腰かけた彼。壁に掛けられた冬服に刻まれた階級章が示すのは飯田と同じ海軍中佐……とはいえ先任の中佐に当たるわけで、飯田は直立の姿勢をとる。

 

「おう待て待て、お前に敬礼されたら俺も答礼しなくちゃいけなくなる」

 

 ところが相手は飯田の敬礼を手で制する。そうされては仕方がないので、飯田は敬礼を辞めて手を差し出した。

 

「西園中佐、お久しぶりです」

 

 駆逐艦「時雨」艦長である西園海軍中佐は、飯田の握手に応じた。

 

「うん、まあ座れ」

 

 西園艦長は普段執務に使っているのであろう椅子を示す。飯田は失礼しますと座り、そして軍帽を取る。それから向き直ると、仕事を始めるべく口を開いた。

 

「西園中佐、今回は……」

 

「待った」

 

 西園は飯田をまたしても手で制する。

 

「階級で呼ぶのはやめろ、研究会みたいに先輩後輩の関係でいこうじゃないか」

 

「分かりました先輩」

 

 良くも悪くも、西園“先輩”はそういう人間だった。彼が親しいとした後輩にはあまり階級で呼ばれたくないらしいのだ。飯田はそれを咎められる立場にはないし、それで会話がスムーズになるというのなら従うことに異論はない。ただ、木更津を下がらせておくのはやはり正しい判断だった。そう思うだけだ。

 

 そして一旦訪れる静けさ。今この部屋には、書類上は海軍幕僚長補佐官と駆逐艦「時雨」艦長、実際には先輩と後輩の二人がいる――――流れるのは静けさというよりか、沈黙。

 

「……」

 

 西園は両手を合わせてゆっくりと揉み出し、視線もそちらへと落ちていく。何か困っている時の彼の癖だった。

 そして、ゆっくりと口を開く。そこから出てきたのは、絞り出すような苦い言葉。

 

「すまない。私の判断ミスだ」

 

 慰めの言葉など不要なわけで、飯田は事実だけを述べる。

 

「生還できた時点で、先輩の判断は間違っていなかった……少なくとも、この国を守るという点においては」

 

 生還はなによりも尊ぶべきものである。それは人命とかそういうレベルの問題ではなく、そもそも生きていないと報告が出来ないからである。訓練された軍人(じんざい)の報告は、多くの場合写真よりも価値があるのである。

 だが西園は引き下がらない。

 

「防げたはずなんだ。松原だって……」

 

 まだ西園の言葉は終わっていないだろうに、それに対する飯田の答えは異様に早かった――――それこそ、条件反射のように早かった。

 

「いえ、仕方のないことです。彼も同じく誓ったように――――「そんな定型文はいい!」

 

 

 瞬間、時が止まったようにも感じた。飯田はわずかに目を逸らし、西園は気づいたように手元に視線を落とす。

 

「……声を荒らげてしまってすまない」

 

「いえ、こちらこそ失礼しました」

 

「もしよければ忘れてくれ」

 

「大丈夫です。自分も……先輩が羨ましくなることがあります」

 

 飯田がそう言うと、西園は自嘲気味に笑う。

 

「感情的になりがちなこの俺をか? お前は大迫大将(さん)の懐刀なんだ、下手な世辞はやめとけ」

 

 本心ですよ……そう言いかけ、飲み込んだ。

 初めに彼が先輩後輩の関係と言った時に気づくべきだったのだろうか? いやそうだったに違いない。飯田もこの件に衝撃を受けているが、それはまさか飯田だけに限った話ではない。加えて目の前にいる西園先輩は目の前で「雷」の喪失を目撃した人間だ。感情的にならないことがあろうか。

 

 

 だが、ここは日本国自衛海軍。建国以来の独立国たる日本を守る組織なのである。どうして感情的になることが許されよう。飯田は小さく咳をすると、場を切り替えるように西園を見据えた。

 

「私がここへ来た理由は一つです――――何があったのか。話していただけますね」

 

「報告書の焼き直しになるぞ? どうせ目は通したんだろう?」

 

「構いません」

 

 飯田のその一言で、西園はベッドに座りなおす。煙草を出そうとしたのか西園の手はポケットに伸びかけたが、結局なにも掴まずに口を開いた。

 

「……この「時雨」が所属する第二機動艦隊が、何のために沖縄諸島に展開していたかは知っているな」

 

「ええ。南シナ海での貨客船の「沈没事故」の発生位置が、北上し始めていた……それを受けての派遣でしたね」

 

 事故にしては派手すぎて、事件にしては杜撰すぎる。そんな貨客船の破壊行為を止めるべく投入されたのが第二機動艦隊――――二機艦だった。この時点でこの件の担当とされていたSEATO軍部隊は数か国から少しずつ供出された小型艦からなる掃海群であったことからも、日本がいきなり空母を投入したのには各国も驚いたことだろう。

 

「……ああ、最近急増してきた貨物船の「沈没事故」を防ぐため――――だが、上層部だってソビエトの仕業じゃないことぐらい分かっていたんだろ?」

 

「……」

 

 飯田は沈黙を保つ。少なくとも大迫海軍幕僚長は知っていた。彼にしてみれば、航空母艦の投入に疑問を抱くことはなかったのだろう。

 

「ともかく、通常編成より多めに対潜哨戒機を搭載した「日向」率いるニ機艦は2月12日に呉を出港した」

 

 

 

 

 

 ――――西暦2022年2月28日。東シナ海――――

 

 

 

 命令の内容はどちらかというと戦時よりの哨戒任務。20年代に入ってから初となる久々の戦闘を想定した任務に、当然「時雨」も少なからず緊張していた……と、いうわけではなかった。

 

「貴様らァ、職務に集中せんかぁ! そもそも沖縄には上陸せん!」

「「先任伍長?!」」

 

「副長、あれを見ろ、盛り上がってるなぁ」

 

 沖縄への上陸スケジュールがないことを嘆く水兵たちを下士官が怒鳴りつける風景をたまたま見かけた西園は、彼らに声をかけることはせずに後ろから付いてくる副長へとのんびり言った。

 

「申し訳ありません、最近規律が緩んできていまして……」

 

 基本的に艦の長が規律などに口を出すことは少ない。部下たちに死を命じる部隊の最上級指揮官というのは、そんなことに構っていられないし……なにより平時から恨まれるわけにはいかないのである。

 

「なあに、戦意が高いのはいいことだ」

 

 水兵たちが砂浜に思いを寄せることが戦意の高い証拠なのかどうかはともかく、西園は余裕気に笑って見せた。そうでもしないと責任感がやけに強い副長が辛くなってしまうだろうからだ。

 

『艦長、至急艦橋までお越しください』

 

 そんな時、そう告げたのは艦内のスピーカーだった。この声は航海長だろうかとあたりを付けた西園は、ひとまず艦橋へと進路を変更する。呼ばれたということは何らかの問題が発生したのだろう。艦橋へと向かいつつ、西園は自身の背中に冷たいものが走るのを感じていた。

 

 今回の第二機動艦隊(二機艦)派遣は貨客船の破壊行為に対処するためとされている。空母を前進させるためだけならもっと都合のいい――例えば、佐世保を母港とする旧式空母「比叡」がSEATO即応海上部隊に供出されている関係で東シナ海に空白が生まれているとか……もっとも「比叡」が即応海上部隊に供出されたのは半年も前の話なのだが、ともかく――言い訳があるだろうに、わざわざ貨客船の破壊行為への対処と名指しで命令が来たのである。

 

 政治的なアピールが主目的であるのは明白であり、実際二機艦はなにか特別な作戦を行ったわけではない。無論これから行うわけでもない。強いて言うなら豊後水道を通過して、哨戒機を飛ばしつつ艦隊の防空演習を行うくらいだ。

 

 

 今回の作戦は編入されたばかりの防空戦特化で知られる新型の吾妻(あづま)型巡洋艦の「ならし」。この作戦に対して、西園はそんな認識を抱いてすらいた。

 

 だからこそ、艦橋に上がった西園を出迎えた情報は、彼を十二分に驚かせた。

 

 

 

「海鳥が『魚群』を発見、「雷」と調査に向かえ?」

 

「はっ」

 

 知っての通り海鳥とは艦上哨戒機のQ14‐C「海鳥(うみどり)」のこと。艦上運用を前提としたこともあり割と大きくてずんぐりむっくり、運用するのは滑走路の短い基地か空母くらいである。

 

「それは司令部そのままの言葉か」

 

「それが……いかにもそうらしくて」

 

 認める尉官も困惑気味。当然だ、海鳥が魚群を発見なんて上手くいったつもりだろうか。

「副長、底引き網でも持ってくるんだったな」

 

「はは、それもそうですね」

 

 西園が冗談臭く笑い飛ばすと、副長もそれに応じる。しかしそんな空気が長く続くはずがない。司令部の命令はその魚群とやらの調査なのだ。動かすだけで金のかかる軍艦を、まさか漁に使うわけもないわけで……魚群が意味する事柄は、その言葉通りではないということ。

 

 

 

 ともかく、規定に沿って「時雨」と「雷」は第二一(ふたひと)駆逐隊を編成。双方の艦長が中佐であったため、先任である西園が駆逐隊を指揮することとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――しかしまあ、ここまでなら世にも奇妙な物語って感じだ」

 

 沖縄沖での出来事を語った西園は、そこで一旦言葉を区切った。

 

「しかし本当におかしいのはここからだ」

 

 飯田も頷く。彼自身もその話を聞いたときはひどく驚いたものだ。そんなことが、果たしてあってもいいものだろうか、と。

 

 

「……司令部より攻撃許可が下りた、でしたね?」

 

 

 西園は、深く、ゆっくりと頷いた。

 

「あぁ、そうだ――――海底の魚群は沖縄周辺を航行中の全船舶の安全を害するものである。()()を持って、これを排除せよ」

 

「……」

 

 飯田は目の前の西園という海軍中佐を見た。彼がその命令に従ったことを悔やんでいるのは明白であった。つまり彼は、そういう人間なのだ。

 

「生還という事実がある以上、司令も俺の判断を評価してはくれた。だが、「雷」のみでの攻撃はれっきとした命令違反だ」

 

 そんなことはない。数の限られる兵器を用いて戦うならば、初めから全力投入する阿呆などいないはず。ましてや相手は正体不明の『魚群』。全力攻撃に躊躇いを持つのは当然だった。むしろ西園が言いたいのは、なぜ「時雨」が率先して攻撃しなかったのか。ただそれだけ。

 

 

 初めの報告は巡航ミサイル浮上、だったよ。と西園は振り返る。

 それは「雷」がアスロック対潜ミサイルを一発発射した直後だった。海底に着く前に自爆させることで、『魚群』を動揺させることを狙ったもの。

 

「ソナー士がその報告をする前に、ハッチが空いた音も、それ以前に潜水艦のスクリュー音も聞こえてないなかったんだからもとよりおかしな話だったが……そして、その報告を聞いた次の瞬間には『やつら』が海上に飛び出ていた。巡航ミサイルよりはるかにでかかったよ」

 

 ありゃまるで……トビウオのようだった。いや、イルカかな。

 

「……とにかく、「雷」はその一撃で沈んだ。腹を食い破られたんだ」

 

 

 空に上がっていた対潜哨戒ヘリや「時雨」の報告を複合的に判断すると、飛び跳ねた『やつら』はそのまま重力に従って中部甲板に激突。狙いすましていたかのように――実際に狙っていたことは流石にないと思いたいが――搭載されている誘導弾に誘爆。それが撃沈の主要因とされている。

 

「誘爆しなかったなら防げたでしょうか?」

 

 飯田はそう聞く。西園は少し迷ったようだったが、やがて答えた。

 

「無理だろうな、俺が見ただけでも三体は飛び掛かっていた。誘爆しなかったところで、船体を滅茶苦茶にされて結局沈んだことだろう」

 

「そうですか」

 

「雷が襲われた瞬間に俺は転舵を命じた。あんなのと殺りあって勝てるわけがない。そう瞬時に感じたよ」

 

 回頭が終わる頃には「雷」はほぼ沈んでいた。救助命令すら出せなかった。そう西園は言い、最後に付け加えた。

 

 

 

 

 

「「時雨」には別命あるまで待機という命令が下りている。恐らくは、ほとぼりが冷めた頃に復帰させるのだろう」

 

 どこかの主要基地に行った瞬間に記者の質問攻めにされたら困るからな。外に出るために冬服をきちんと着込んだ西園はそう言う。帰りもやはり艦内で西園以外の乗員と出くわすことはなく、桟橋のタラップまで見送りに来たのも西園だけだった。

 

「本日の協力に感謝します。艦長」

 

「いやなに、俺も話し相手に飢えていたんだ。助かったよ」

 

 北の冷えた大気に白い息を吹く西園。今回の目的である観測データを飯田に渡してきた西園は……いつもどおりの西園先輩だった、そう飯田は思いたかった。

 

「では西園中佐、ご武運をお祈りします」

 

 タラップを踏む前に飯田は振り返り素早く敬礼。それに木更津もならう。

 

「貴様らこそ、頼んだぞ」

 

 答礼が返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「木更津。意見を言ってみろ」

 

 飯田がそう口を開いたのは、「時雨」が窓先の木々に隠れてからだった。運転手は沈黙を保ち、木更津は少し考える風を見せてから答える。

 

 

「……報告書以上のことはなにも」

 

「そうだろうか?」

 

「……」

 

 飯田の問いかけに、木更津は押し黙るだけ。

 

「駆逐艦「時雨」は海軍の中で最も『やつら』に近づいた。『やつら』を知るには現場を知るのが最も効率的な方法だ」

 

 まさかデータを受け取るためだけに来るはずがないだろう。そんなことなら暗号化して衛星経由で送ってもらえば済む話だ。というかそれ以前に、大半の情報は琉球諸島事変に対処するための資料として送信されてしまっている。飯田の目的は、あくまで現場を知るためだった。現場を知ることは必須ではないが、決して軽んじてはならない。

 

 

 それに疑問を抱いたのだろう。木更津がどこか納得のいかない調子で言う。

 

「では、そのためだけにこんなところへ?」

 

 そんな訳がない。

 

「いやまさか、西園中佐との話はいうなら行きがけの駄賃に過ぎない」

 

 

 飯田のその言葉を証明するように自動車は止まる。降車するよう言われて、飯田と木更津は降車。出迎えるかのように歩哨が立っている。

 

「こちらです」

 

 歩哨が指し示したのは道からそれて木々の中への道だ。道といっても、まだまだ降り積もったまま溶けない雪を踏み分けて作った獣道とも言えない代物だが……ともかく進む。

 

 

 その先に待っていたのは、見間違うことのない中型回転翼機(ヘリコプター)。どこかほのぼのとした操縦席を覆う窓ガラスにゆとりあるスライド式のドア。雪を踏み固めて作ったのであろう簡易なヘリポートに佇む真っ白なその機体は、この夕暮れの中ではいやによく映える。

 

「これは、まさか……」

 

 木更津が驚いたように声を漏らす。わざわざ尾翼に刻まれた番号を読まずとも分かることだろう。こんな艦隊運用型ヘリコプターがこのような僻地にいるわけがない。

 

 

「そうだ、第二機動艦隊……二機艦の所属機だ」

 

 

 

 琉球諸島事変にて奮戦し、多くの避難民を収容した第二機動艦隊。もちろん「時雨」も二機艦の所属ではあるが、実は「時雨」は『やつら』と戦ってはいない。「雷」の件では確かに生き残ったといえようが、その後の「時雨」は戦列を離れているのだ。

 満州軍の輸送艦を安全域まで護衛するという名目こそあるが、「雷」の沈没に居合わせたという理由で外されたのは間違いないだろう。

 

 つまりこれから赴く場所、このCH-60Kが連れて行ってくれる場所こそが……『やつら』と本当に渡り合った部隊、そして琉球諸島事変を余すことなく記録しきった部隊ということだ。

 

 

 

 エンジン音が甲高く鳴り響き、回転翼機は空に舞う。夕暮れはいよいよ陰り、真っ暗な世界が訪れようとしていた。

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