燻んだ太陽は異世界を覆う〜召喚勇者たちの異世界侵略記〜 作:とりさん
異世界『ドレッグス』。
地球とは違う別の世界。或いは惑星。
宇宙を通じて繋がっているのか、果たして同じ銀河に存在しているのか、そもそも同じ次元なのか。
それらは不明だが、一つだけ地球との明確な共通点がある。
それは「人」という知的種族が存在していること。
人がいれば人は纏まる。
人が纏まれば発明が起こる。
発明が起これば発展する。
発展すれば更に人は集まる。
人が集まれば国ができ、文化が生まれ、思想が広まる。
そして───争いが起こる。
そうしてこの世界は形作られた。
大いに栄え、滅び、乱れ、嘆き、潰える。
数多の興亡の果てに、今は続いている。
───
”
その帝都にある宮殿の施設の一つ『象牙の塔』。
そこは
カツカツカツカツ……。
象牙の塔の地下へと続く階段に2人分の足音が響く。
壁も階段も石造りであるこの空間では、閉鎖空間であることもあって音がよく響く。
「やはり安全が確保されるまで待機するべきです。先ほどから連絡が途絶しているのですよ。儀式の性質上、どのような対象が招かれるかある程度は条件付けできても、その対象が安全な存在なのかは確定していないのです。今、この地下に何がいるのか分から───」
「うるさい」
象牙の塔の地下には魔法陣の研究をするため、それなりの広さを持って作られた空間がある。
「で、ですが……」
「くどいよ」
階段の途中。
一定間隔で設計された踊り場の一つで1人が振り返る。
影が壁に取り付けられた松明の灯りに照らされ、ユラリと揺れる。
巨大な黒い影。
しかし、その下にいる人物は意外にも小柄だった。
腰まで伸びた白い髪を纏めることなく成すがままに下ろし、シミ一つない色素の薄い肌は、しかし感情の凪いだ表情によって人形めいた不気味さを見るものに感じさせる。
「…………ッ」
もう一人、
「へ……
……より正確には反論しようとした。
それは主君に仕える従者としての諫言であり、そして目の前の人物が今の祖国にとって最も失うリスクを看過できない存在であるという現実的なリスク管理の側面もある行動だった。
東暦1853年現在、ヴァンルブルク帝国はとある勢力───『魔王軍』と自称する勢力との絶滅戦争を続けていた。
それはこの国に限った話ではない。他国───”ファルア大陸”の全人類諸国がこの危機的な戦争に参加していた。
”ファルア大陸”北方地域。
北半球の極点を中心に存在する大陸である”極圏”。
”ファルア大陸”はその極圏と半ば融合するように陸続きとなっており、ヴァンルブルク帝国は”ファルア大陸”の北西部、つまり国土の更に北には”極圏”の代名詞である雪の大地が続いているような地域に位置している。
地球で例えるなら、北極圏に南極大陸のような大陸、”北極大陸”があり、ユーラシア大陸やアメリカ大陸と陸続きになってようなものだろう。
実際、この異世界『ドレッグス』に於いても”
”極圏”全域を支配する勢力が、豊かで自然あふれる(”極圏”と比較すればどんな荒野も豊かに見えるが……)”ファルア大陸”へと
要するに、古代帝国発祥の地であり、現代の人類文明が把握している限り最も発展していると評される”ファルア大陸”の全国家と真正面から戦争を繰り広げられるほどの軍事力を持つ勢力と真正面から殴り合っているのが「最前線国家」ヴァンルブルク帝国の現状だった。
「だいじょうぶ」
そして目の前の少女こそが、ヴァンルブルク帝国皇帝その人である。
なお、皇帝に名前はない。
皇帝という役職そのものが、
皇帝とは象徴であり、神聖にして不可分の統治者であり、帝国全土をたった一言で動かす概念そのものなのだ。
「皇帝は帝国なり」
皇帝とは帝国そのものである。
皇帝の意思は帝国の意思であり、皇帝の命は帝国の命。
帝国が命脈が絶える時こそが、皇帝が命脈が絶たれる時である。
ここまでなら単に専制政治の正統性を高めるための名目や、皇帝が誇る権勢を示す言葉に聞こえるだろう。
───ただし、この言葉には続きがある。
「故に、帝国はその血肉の一片に至るまで皇帝であり、その全ては皇帝に足りえる」
皇帝こそが帝国。そうであるが故に、逆説的に、帝国とは皇帝そのものである。
その地に生きる臣民、家畜、街、湧き水の一滴に至るまでが帝国であり、皇帝である。
皇帝とは特定の人物を示すものであると同時に、帝国の全てでもある。
全にして個、個にして全。
帝冠を戴く者が血統によって選ばれた者である必要はない。
血統は重要ではない。
高貴な血を引く者も、死にかけの老婆も、馬小屋で産まれた赤子も「皇帝」の資格がある。
歴代の「皇帝」が最もよく口にする言葉を持ち出しながら、
「それに……おっと……」
皇帝が言葉を続けようとした時、彼らにつよい振動が伝わる。
「な……なにが……」
何が起きて……。
そう言いながらも、警戒心を持って主君に害をなすものがないか周囲に目を走らせているのは、やはり従者であるといえるだろう。
『陛下』
2人しかいないはずの地下にくぐもった声が地下に反響する。
従者が警戒を強める中、皇帝はまるでそれが当たり前かのように自然な態度で謎の声に質問する。
「どうした?」
『地上で起きていることについて、報告に参りました』
「ふーん……。できれば今から行く儀式場のほうについて聞きたいんだけど……」
『それは不可能と言わせていただきたい。そちらの従者殿が発言したとおり、地下実験場の内部にいるはずの派遣要員からは通信が途絶しています。それに加えて陛下が”
「異端者は言い過ぎだよ。彼女らは我らの良き友人、いや同志だ。まあ取り敢えず、持ってきてくれた報告について聞こうかな。あ、そうそう。
「陛下、誰と話されておられるのですか……? それにこの声は……」
従者の疑問に応えるように、皇帝の背後に静かに人影が現れた。
「なっ……、一体どうやって……」
自分の警戒をすり抜けて主君の背後を取られたことに愕然とする。
帝国には貴族制があり、世襲制が採用されている。
しかし、こと皇帝に関しては、その継承プロセスは不透明であり、関与している人物や組織は国家機密として秘匿されている。
皇帝に関する情報は市井には徹底的に秘匿され、演説や凱旋が行われることはない。
そんな秘密主義的な帝国で、その統治者たる皇帝に仕える従者がただの従者であるはずがなかった。
幾度に渡る選抜審査をくぐり抜けてきた精鋭中の精鋭。
戦闘や気配を探ることならかなりの実力を持つ者だったはずである。
しかし、そんな自分が気付きもしなかった。
影から直接這い出たような人影に、従者は相手の実力をおおよそ推測し、冷や汗を流す。
「どうやって、というのは教えられませんね。我ら皇帝の影ゆえ、その技能については秘技とさせて頂いております」
黒装束───全身を黒い布で覆った人影は、おそらく男と思われる声で申し訳なさそうに返事をする。
「そんなことはどうでもいいから、早く報告して」
報告を急かしつつ、皇帝は背後を振り返り、黒装束を見た。
「……あ、そうそう。パルメ君。君もこれから接するようになるだろうから先に紹介しておこう」
チラリと従者───パルメという男に目を向けながら、皇帝は手を翳す。
その瞬間、幾人もの黒装束が暗闇から姿を現した。
「……はっ?」
パルメの呆ける声を無視して皇帝は翳した手を下ろす。
「わが帝国の影の守り人、”
心なしか、少し満足気な様子の皇帝にパルメは瞠目する。
先程までの不気味な雰囲気と比べて、今の皇帝は見た目相応の少女に見えた。
「宜しくお願いします、新任の従者殿。……では陛下、現在の地上について───」
皇帝の背後に現れた黒装束は、パルメに向かって慇懃な礼をすると、皇帝に対して説明をする。
その説明を聞いたパルメは、その内容に次第に顔を青褪めさせ、それに比して皇帝は感心したように頷く。
「へぇ……。それはまたすごいことをするもんだね」
「陛下、しかし、それでは……」
「まあまあ、色々言いたいことはあるだろうけど……」
皇帝は階下に目を向ける。
その先には儀式場がある。
ならばやることは一つだと言わんばかりに階段を降り始める。
黒装束は皇帝に一礼すると闇に沈むようにして消えていった。
「───パルメ君、早く付いて来ないと置いていくよ。下で待たせてる
黒装束によって齎された情報に呆然としていたパルメは、その言葉に今度は逆らうことなく皇帝の後ろをついて行く。
先代皇帝の崩御から約1年。
『帝国の長い冬』と呼ばれる暗黒時代を乗り越えた祖国の底の見えなさに、パルメは静かに恐怖した。