燻んだ太陽は異世界を覆う〜召喚勇者たちの異世界侵略記〜 作:とりさん
「それじゃあ最初の質問だ……です。皇帝、お前の……いや貴方の名前は?」
「別に敬語とか呼び方は好きにすればいいよ。さっきも言った通り余は皇帝。……この国にとって皇帝は国家そのものだからね。皇帝が一個人ではなく国家全体を示す概念である以上、そこに称号以外の識別手段は必要ないって考えなんだ。よって答えは”名前はない”。強いて言えば”皇帝”が名前にあたるのかもね」
「それは……何とも不思議な体制だな。要するに玉座に座る人間をただ肩書だけの存在にするってことだろ? それで皇帝に権限はあるのか? そもそも名前がないと権威付けにも苦労するだろうに」
「皇帝は絶対的な権限を持つよ。そもそも臣民や各
───皇帝は国家という巨大な生き物の脳であり、臣民や
そういった考え方が浸透しているこの国では、皇帝がどのような人物であっても全く問題がない。
なぜなら、
それが仮に、齢十五にも満たない
「なるほど、つまりどんな人物であっても”皇帝”という役職を持ってさえいれば、絶対的な支配権を得られるわけか。
「…………! へぇ……珍しい。てっきり気味悪がられると思ってたよ。今までこういう話をした相手は大体そういう反応だったし」
「何故だ? 次代の指導者への移行が混乱なくスムーズに済むんだぞ? 国家の安定を維持するという面で、これ以上に合理的なシステムを俺は知らない。……内圧で国が分裂しないのは、正直羨ましいよ」
ミナトは心底羨んでいた。
ミナトの祖国は同じ民族が2つの国に割かたれた、所謂”分断国家”の片割れの国である。
そんなミナトの言葉に、皇帝は嬉しさ半分、後ろめたさ半分という喜んでいるとは決して言えない曖昧な笑みを浮かべる。
「いや、褒めてもらえるのは嬉しいんだけどね。実は……」
「?」
どこか歯切れの悪そうにする皇帝にミナトが声をかけようとしたその時、彼らを揺れが襲う。
「地震か?」
「地震?」
「地殻変動のことだ。地面が揺れて、時々地上が隆起したりズレたりする」
「ああ、
部屋全体が振動し、天井からパラパラと粉が落ちる。
「なら何が原因なんだ。地震が珍しいのに、どうしてそこまで落ち着いていられる?」
ミナトの疑問は尤もである。
世界は広く、年がら年中地面が揺れる地域もあれば、中には一生地震が起きないという地域もある。
皇帝の話が確かなら、この辺りは後者に近い。
にも関わらず、揺れに驚かないというのは、皇帝が何か知っているということである。
「それを言う前に質問形式で色々教えたかったんだけど……。……仕方ない、移動しながら説明しよう。お〜い、パルメ君」
皇帝が呼びかけると扉が開き、パルメが入室する。
「陛下、何か御用でしょうか。……それと、皆様お初にお目にかかります。私の名はパルメと申します。皇室専属秘書兼、陛下の侍従をさせて頂いております。以後お見知りおきを」
「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします。…………はっ!?」
余りにも自然に皇帝の傍に控え、ミナトらに頭を下げたパルメに相手が自分たちを誘拐した仲間の一人であることも忘れて自然に挨拶を返してしまったことにミナトは驚愕する。
(待て……今、俺は何をした? 挨拶を返した? この相手が敵かそうでないかもよく分からない状況で? ……皇帝は不気味でやばい感じだが、このパルメとかいう従者は身構えていても防げない怖さがあるな。なんだ今の? 移動から挨拶まで違和感を抱けなかった。前職は暗殺者か何かか?)
「じゃあ行こうか」
「行こうって……何処にだ?」
「地上だよ。此処は地下だね。部屋の外の階段を上がればすぐだよ」
皇帝の案に乗るということは、対多数戦闘で有利に立てるこの部屋という狭いフィールドから自ら出るということだ。
罠の可能性は高い。そもそも国というのなら、まだ外には皇帝に従う者たちがいるだろう。地上に出た瞬間、その者たちが一斉に襲ってくる可能性が一番考えられることだ。
もしそうなったなら此処よりも開けている地上で戦えるのか? 孤立無援の状況だ。クラスメイトの誰もが欠けることは許されない。
(いや、皇帝一人に動揺して、従者一人に違和感を出せない時点で意味のない話か。俺達じゃあコイツラには勝てない。…、じゃあなんで騎士姿の連中に勝てたんだ? あいつら弱すぎるだろ)
意味が無いなら心配は余計なことだ。
今殺されていないということは、きっと皇帝一派にこちらを害する意図は無い、とミナトは踏んだ。
「良いだろう。……ハルカ、カエデは?」
「カエデ、大丈夫? 今から移動するってさ」
「すぅ〜〜〜、はぁぁぁぁ〜〜。…………大丈夫です」
「よかった。よし、みんな! 移動するぞ!」
そうして皇帝を先頭にミナトらは階段を上り始める。
パルメは皇帝側の唯一の生き残りとなった銀髪の少女を抱えて一番後ろに付く。
皇帝の安全のためにも普通は皇帝の隣に来るべきだろうが……。
ミナトらは皇帝を害さないだろうという慢心か、或いは皇帝のほうが強いという信頼か。
……若しくは、一番後ろにいても指一本触れさせないという静かな脅しか。
───ズシンッ……パラパラ……。
階段の壁に取り付けられた松明の炎が不安定に揺れる。
先程より大きな振動が伝わった。
「まず、この世界は『ドレッグス』と呼ばれている。君たちの世界とは違う世界。君たちからすれば……”異世界”。そういう風に捉えることができるね。知ってるかい? 世界って実は”惑星”っていう球体になっていてね。まあ
「異世界……俄に信じ難いが……。それと惑星の概念は俺達も知っている。
「いや、余の方は大昔の文献が……どうあれ、君たちがこの世界の者でないのは確かだよ。”魔法”……は、君たちも使っていたよね。それの超高度版みたいなものを使って、君たちの世界から”召喚”したんだ。問題はその魔法が余りにも大雑把な条件でしか発動しないから、召喚対象がどんな人物なのか、そもそも”人”なのかも怪しいってことだね。幸いなことに、今回は恐らく人だろう君たちが召喚されたという訳だ。……一応聞くけど、君たちって人、だよね?」
「あぁ人だ。分類上は、だが」
ミナトの胸には、自分たちが「人」だ、という確信とそうだと信じたいという不安が渦巻いている。
長い地球の文明史の中であっても、”
そのことに気付いていたからこそ、日本人は排他主義と選民思想を主要なイデオロギーに据え続けたし、平和を望んでいようと必ず異物を排除する人間の性質が、周囲の文明との軋轢を生んでいた。
もしも他にも”
そう考えずにはいられないほど、今も昔も、彼ら日本人のその末裔たちは仲間に飢えていた。
「分類上?」
「…………気にしないでくれ。それより魔法って言ったか? なんだそれは」
「多分、西洋のオカルトに出てくるものだと思うぜ」
「レンショウ、何か知ってるのか?」
「概要くらいなら、だけどな」
未だに敵意は衰えていないらしいレンショウは、皇帝を睨みながら説明する。
「魔法、魔術、あとは魔女か。そういうのはオカルトつって超常現象を指したり、それを起こしたりする人間を指す言葉だ。主に西洋のほうで昔からあるが、その殆どは噂とか誤解で生まれたものらしい。唯一、錬金術っていうオカルトは、本来ならオカルトで終わりだったものが、実は科学的なプロセスに則っていた影響で、今の現代化学という学問に発展したとかなんとか」
「”殆ど”っていうのは?」
「残りは詐欺か、相手を貶めるための嘘だったらしい」
「そうか……」
ミナトは残念そうにする。
ないとは分かっていてももしかしたら……、と期待したが案の定架空の話でしかなかった。
それはそうと、レンショウは見た目と違って博識なんだな、と失礼なことも考えた。
「あるよ」
「「「「……え?」」」」
皇帝の言葉に全員が彼女を見る。
「だから、あるよ───魔法」
「何言ってんだテメェ。魔法なんて
「何を言ってるの? というかその、……ちょうのうりょく? 魔力を感じないから
「あ゙ぁ゙っ゙!?」
「本当に」
「ん?」
「本当に、あるのか?」
皇帝は言う。
「ある。この世界では誰もが使っているよ。火を起こしたり、水を出したり。日常生活から戦争まで、ありとあらゆる場面で」
「そうか……」
ミナトが感じたのは安心感だった。
この世界では異常は普通で超常は日常。
皇帝が嘘を付いた可能性は考えなかった。
ミナトがいた世界では超常に関する話はタブーなのだ。
超能力者たる日本人とそれ以外が破滅的な戦争を繰り広げた世界。
戦争が終わったあとも彼らの敵愾心は全く衰えていない。
光に呑まれて目を覚ました時、最初に飛んできたのが銃弾ではなく言葉であったことの意味をよく考えるべきだったのだ。
「皇帝」
「なに?」
「こちらも謝罪しよう」
「え?」
「度重なる無礼、どうか許してほしい」
「なんで?」
ミナトは一度立ち止まり、皇帝に頭を下げた。
レンショウや他のクラスメイトは訳が分からないという顔をしたり、皇帝に頭を下げることに不満そうな様子を見せたが、ミナトを止めることはなかった。
もとより彼らはリーダーの意志を変えようとはしない。
ミナトがそうすると決めているなら、彼らが邪魔する理由はなかった。
「分かったよ。分かったから頭を上げて。さっきまでと態度が違いすぎてやりにくいよ」
「そうか、ならさっきと同じ言葉遣いにする。……自己紹介がまだだったな。俺の名前は秋月ミナト。外交司宗家〈秋月家〉の次期当主だ」
「アキツキ君か。いい名前だね」
「あぁ、ありがとう」
「えぇ……、いきなり友好的になるの怖いよ」
皇帝はミナトの変わりように僅かに恐怖を感じた。
先程まで常に隙を伺っていた人間が急に殊勝な態度で頭を下げてきたのだ。それは誰であろうと恐怖を感じざるを得ないと言うものだ。
だがミナトにとってはこの態度は自然なことだった。
この世界には超常が日常らしい。
そして、この世界はそれを自在に使う
外交官として常に国家の最前線で戦ってきた秋月家。
本来は外交官は宣戦布告をするためだけの存在ではない。
言葉一つで互いの国を結び、繁栄に導くことこそが本来の仕事である。
だが、ミナトの世界に於いてそれが叶うことはなかった。
友好国など御伽噺でしかなく、あるのは敵対国か戦争相手だけ。
───もしかしたら、この世界では日本人は
ミナトはその可能性に静かに期待した。