メカゴジラ機龍は、なおも奮戦を続けていた。
メーサーで焼き、弾幕で薙ぎ、ロケットで吹き飛ばし、鞭で払う。
だがいくら倒しても、ショッキラスの群れは減るどころか増える一方だった。海から、山から、際限なく湧き出す黒い波が、屍を踏み越えてひたすら機龍めがけて押し寄せてくる。
機龍の体表には既に無数のショッキラスが取りついている。外装が無機物である限り食われはしないが、あれだけの数にまとわりつかれれば駆動に支障が出るしダメージにもなる。
「機龍、腕の駆動系に異常! スラッシャーウィップ、動作不良です!」
「多連装ロケット、残弾尽きました! ミニガンも残り僅か!」
次々と上がる報告に、ミヤガワの奥歯が鳴る。
機龍の動きが目に見えて鈍り始めていた。持てる兵装を片端から撃ち尽くしてきたがそれでも足りない。
と、卓上の通信機が、不意に生きた音を立てた。砂嵐の向こうから聞き慣れた声が割り込んでくる。
〈……こちらハヤマ、聞こえるか、本隊!〉
通信が回復している。ミヤガワは弾かれたようにマイクを掴んだ。
「ハヤマ、ヤシロ無事か!?」
〈二人とも生きてます! 例の装置は破壊しました!〉
しかし。
〈装置を壊したってのに、群れが止まらねえ! こっちにも雪崩れ込んできてるっ、くそ、なんでだ……っ!〉
「なんだと!?」
その報告にミヤガワは耳を疑った。
……どういうことだ、元を断ったなら群れは散るはず。
なのに群れは止まらないという。モニターの中の機龍も依然として黒い波に呑まれかけている。
「……いや。むしろ、当然の結果かもしれません」
モニターを見つめたまま、マキ博士が口を開いた。
「MANTAは、長い時間をかけて、この近海中のショッキラスを呼び集め、極限まで興奮させてきた。いったん燃え上がった生き物の興奮は、火元を消したくらいではすぐには鎮まらない。蜂の巣を突いたとき巣を取り除いたところで、飛び立った蜂が大人しくなるわけではないのと同じです」
「では、どうすれば……」
「分かりません」
博士は、正直に首を振った。
「これだけの数が興奮しきっている。自然に鎮まるのを待つしかない、が……」
……それまで機龍が保つかどうか。その続きは誰も口にしなかった。
爆撃までの猶予であったはずの四十八時間の砂は、もうほとんど落ちきっていた。今事態を打開できなければ、あの大黒島は爆撃で焼かれることになる。ヤシロも、ハヤマも、子供も、機龍ごと。
それを防ぐために戦っているのに、もう保たない。ミヤガワは隣に立つ男を見た。
「トガシ隊長……」
トガシは腕を組んだまま、ひと言も発さずにモニターを見据えていた。その横顔は岩のように動かないが、組んだ腕のその指の関節が白くなるほど握り込まれているのを、ミヤガワは見た。
……この人も分かっているのだ。それでも最後まで諦めまいと歯を食いしばっている。
けれどミヤガワには隊の副官として、トガシに“決断”を促す責務がある。ミヤガワは重い口を開いた。
「隊長、撤退を。このままでは機龍が……」
「待て」
トガシが、低く遮った。
「……今、何か、聞こえなかったか」
その言葉でミヤガワは耳を澄ました。戦闘の轟音のその奥、海の彼方から。
……最初は潮鳴りかと思った。地を這うように低い、重い振動が次第に大きくなり、やがてはっきりとひとつの音になった。
ミヤガワは聞こえたままを呟いた。
「怪獣の鳴き声だ……!」
誰も聞いたことのない、途方もなく巨大な咆哮だ。
ミヤガワの背に恐怖とも、畏怖ともつかぬ悪寒がぞくりと走った。輸送艦の鋼鉄の壁がびりびりと共鳴し、作戦室の全員が思わず天井を、いや、その向こうの海を仰ぐ。
やがてかすれた声で呟いたのはマキ博士だ。
「まさか、これは『アルファコール』……!?」
アルファコール?
聞き慣れない語に一同が戸惑う中、マキ博士は興奮した口調で語り続けた。
「怪獣の世界のアルファが、下位の個体を従わせるための大号令です。怪獣の世界の秩序を保つ仕組みの一つとして存在が仮定されていましたが、実際に観測されたという記録はありません。私も耳にするのは、初めてだ……」
その間にも何者かの咆哮は、海の彼方から響き続けている。聴く者の腹の底を直接揺さぶる、途方もない声だ。
そして異変はモニターの中で起きた。オペレーターが素っ頓狂な声を上げた。
「機龍への攻撃が……!」
あれほど狂ったように機龍へ群がっていたショッキラスの大群が、あの咆哮を境にぴたりと動きを止めていた。
そして無数の甲殻が、機龍の装甲から、浜から、いっせいに同じ海の彼方を振り仰ぐ。
次の瞬間、ショッキラスたちは潮が引くように動き始めた。
機龍も人間ももはや何も見向きもしない。這い上がってきた斜面を黒い波が逆流するように下ってゆく。声の聞こえる、その方へ。
ミヤガワは呆然と呟いた。
「海へ帰ってゆく……」
メーサーでもロケットでも、Gフォースが何をしても止まらなかったショッキラスの大群が、まるで嘘のように大人しく海へ引き上げている。
この現象についてマキ博士が解説した。
「MANTAからの信号が、本来の宿主であるアルファとのコミュニケーションを妨げていた。けれどハヤマ中尉たちがMANTAを破壊したことで、ショッキラスたちもようやくアルファと通じ合えたんです。そしてアルファが暴走している自らの眷属を呼び戻しに来た。人間が乱した自然の秩序が今、元に戻ろうとしている」
そこでミヤガワはカスリーの言葉を思い出した。
“そんな絵空事が本当に実現できると本気で信じているのなら、それはとんだ思い上がりだ。『怪獣を操る』なんて真似は人智の及ぶ所業じゃない、手綱をつけたつもりでもいつか必ず振り落とされるだろう”
……怪獣を思い通りに操る、なんと愚かで傲慢な行ないだろう。そもそも最初から人間の手に負える話じゃなかったのだ。
一同が呆然と状況を見守る中、真っ先に我へ返ったのはトガシだった。
「ミヤガワ」
「は……っ」
「本部へ打電しろ。『事態は鎮静、生存者の救出は可能、爆撃の必要は認められず』。大至急だ」
「了解!」
ミヤガワは弾かれたように通信卓へ走り、本部への回線を開いた。そして一語一語、噛みしめるように打電する。間に合ってくれと祈りながら。
「事態は鎮静、生存者の救出は可能、爆撃の必要は認められず! 繰り返す、爆撃の必要は認められずッ!!」
応答までの数十秒は永遠のように長かったが、やがて相手が答えた。
〈……了解。爆撃は中止。発進していた機は帰投させる〉
ミヤガワの全身からどっと力が抜けた。間に合った、大黒島は焼かれずに済むのだ。
そして窓の外では海へ黒い群れが帰ってゆくのが見える。その光景を見つめながら、マキ博士が誰に言うともなく静かに口を開いた。
「人を食らう凶暴な肉食フナムシ、ゴジラにたかるおぞましい寄生虫……我々はショッキラスをそう見做してきました。けれどそれは人間の、勝手な物差しに過ぎないのかもしれない」
博士の目は、帰ってゆく群れをどこか慈しむように追っていた。
人間の愚かしさに操られ、狂わされ、利用された果てに、ようやく今本来あるべき場所へ帰ってゆく。
「ショッキラスもまた、この大自然が生み出した驚異の一つです。怪獣たちにとっては、あのショッキラスの群れもまた大切な仲間の一員なのかもしれません」
ミヤガワも、トガシも、居並ぶ隊員たちも、誰も何も言わなかった。ただ黙って夜明けの海へと還ってゆく黒い波を見送り続けている。
やがて咆哮も遠ざかり、ショッキラスの最後の一匹が波間に消える頃、東の水平線が白々と明け初めていた。
逃げ出してからどれくらい経ったか、エドウィン=ベニにはもう分からなかった。
ハヤマ中尉から銃を突きつけられたときはもう終わりだと思ったが、運が向いた。
……まったくバカな男だ、こんな窮地で情に流される人間は生き残れないのに。内心でそう嘲笑いながら、エドウィンは夜露に濡れた藪をかき分けながら北へ北へと急ぐ。
ポケットには、MANTAから取り出したデータディスクが一枚。これからどうすべきか、エドウィンの考えはまとまっていた。
……港には、Gフォースの救援が来ているという。あの二人より先に辿り着き、そしていつもの調子で気の毒な一般市民を演じながら告げるのだ。『ヤシロ中尉とハヤマ中尉は作戦に失敗した、そのままショッキラスに食われて死亡した』と。自分はただ一人生き延びた、哀れな民間人だと。あとは船さえ出てしまえば、誰も確かめようがない。
そしてこのディスクの中身さえ表に出なければ、すべては「不幸な怪獣災害」のままだ。この大黒島で何が行われていたかも、それに自分がどう関わっていたかも、永遠に闇の中だろう。
森が途切れ、せせらぎの音が聞こえてきた。
エドウィンの目の前に現れたのは川だった。さほど広くはない。膝ほどの深さの流れの中に、飛び石がいくつも顔を出している。これを渡れば、あとは下るだけで港に出るはずだった。
エドウィンは、慎重に石へ足をかけた。
濡れたくなかった。一歩、また一歩。両手で均衡を取りながら、ぬめる石の上を、そろりそろりと伝ってゆく。
川の中ほどまで来たそのとき、目の前の石の上にそれがいた。
「しょ、ショッキラス……!?」
数は一匹、手のひらほどの大きさで、濡れた甲殻が月明かりがぬらりと舐めている。
エドウィンが先に進みあぐねていると、小さな触角がゆっくりとエドウィンの方へ向いた。
「ひ、ひいっ!」
考えるより先に、足が出ていた。
ぐしゃ。
硬い革靴の底が、ショッキラスの甲殻を踏み砕く。ショッキラスがぴいと鳴き、脚の蠢きが靴裏に伝わる。
一撃では潰れきらない。エドウィンは恐慌に駆られるまま、足下のショッキラスを何度も何度も踏みつけた。ぐしゃ、ぐしゃ、と湿った音が静かな川面に響く。
やがて小さなショッキラスは、ぴぎいと悲鳴を上げながら動かなくなった。
「はあ、はあ……」
そこで安心したのが良くなかったのかもしれない。
ショッキラスを踏みつけた拍子に足場の石が揺らいでいて、あ、と思ったときにはその場で引っ繰り返っていた。
「どわっ!?」
足場を踏み外したエドウィンは川に落ち、冷たい水が全身を呑んだ。
……膝ほどの深さだ。溺れはしない。だが、ずぶ濡れになりながら立ち上がろうとして、エドウィンは気づいた。
ポケットが、軽い。
ポケットに、手をやる。
ない。
ディスクが、ない。
「……っ、嘘だろ!?」
声を殺すことも忘れて、エドウィンは川の水の中に両手を突っ込んだ。
冷たい流れが、指の間をすり抜けてゆく。川底の石を、藻を、泥を、手当たり次第にかき回す。月明かりは水面で乱れ、しかもかき混ぜられた泥が巻き上がって底まではろくに見えない。
「ない、ないない、ないっ……!」
あれがなければ。あれがなければ、自分には何も残らない。
膝をつき、肩まで水に浸かって、エドウィンは川底を必死にまさぐった。
「……!」
やがて冷たい流れの中で、指先が硬く平たいものに触れた。震える手で、それを掴み上げる。
引き揚げてみれば思ったとおり、命より大事な例のディスクだった。水没させてしまったが、乾かせばデータは取り出せるだろう。
濡れた顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「……はは。ある、あるぞ……まだ、ぼくは……」
そのとき、エドウィンはふと気づいた。
……静かすぎる。
さっきまで聞こえていたせせらぎの音が、いつの間にか別の音にすり替わっていた。かつて聞き、この島において何よりも恐れた、激しい雨音に似たカサカサ音。
エドウィンは、ゆっくりと顔を上げて周りを見回した。
「…………!?」
両岸の藪が、黒く波打っていた。
エドウィンを取り囲むように現れたのはショッキラスの大群だ。数など到底数えきれない。月明かりの下で、おびただしい数の肉食フナムシが川岸という川岸を埋め尽くし、エドウィンへと迫りつつある。
エドウィンから見てショッキラスたちは、仲間を殺されて怒っているように見えた。
……なんで、と思った。あのとき見たMANTAは正常に動作していた。今頃はMANTAはもうとっくのとうに信号を再開しているはず、だからショッキラスたちは山の方に向かうはずだ。だからこんなところにはいないはずなのだ。
だったら、なんで。その理由が理解できないまま、エドウィンは握りしめたディスクを胸に後ずさった。
「よ、よせ! 来るなあ!」
逃げようとした足が水を蹴る。その水音が合図だ。
痺れを切らしたショッキラスの大群がいっせいに、エドウィンのもとへ雪崩れ込んだ。
「い、いやあぁあぁあ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……!!」
響いたのは絶叫、そして生きながら骨と肉を食い散らかされる音。
断末魔の悲鳴は、そう長くは続かなかった。
……これは、あとで聞いた話だが。
ミヤガワ副長によれば、例の“声”が聞こえてきた途端、ショッキラスの群れは潮が引くように海へと引き上げていったという。
こっちのショッキラスが去っていったのもきっと同じタイミングだろうと思う。視界一面を埋め尽くしていた黒い波が一匹残らず海の方へと引いていったあの光景は、まるで悪い夢から覚めたみたいに思えた。
本当は何が起きたのか、正確なところは分からない。マキ博士の解説によればアルファコールとかいう現象らしいが、そこらへんの話は怪獣博士の専門分野だろう。
たしかなことは、俺たち人間が装置を壊しただけじゃ止まらなかったあいつらをたった一声で従えてみせた“何か”がいたということ。
……キングオブモンスター、か。いずれにせよ俺たち人間の手に負える領域の話じゃない。
俺たちが山を下ったのは、夜も更けて明るくなり始めてからだ。
理由は簡単で、ショッキラスたちが完全に海へ引き上げて安全が確保されるのを待つ必要があったからだ。それに、動けないヤシロを抱えて山道を下りるのは流石の俺でも無理だったしな。
「ヤシロ、動けるか?」
「う、ん……」
空が白み始める頃には、ヤシロも少しは体を動かせるようになっていた。
とはいえ、まだ一人では立てないようだった。俺はヤシロの腕を肩に回し、半ば引きずるようにして、夜明け前の山道を下り始める。
「重いぞ、もう少し自分で歩け」
「……む、り……足に、力が……」
「ばーか。冗談に決まってんだろ」
舌の回らないヤシロを支えながら、一歩ずつ、慎重に斜面を下る。
しばらく、無言が続いた。聞こえるのは、二人分の乱れた息と砂利を踏む足音だけ。麓の方からは、潮騒に混じってかすかにエンジンの音が聞こえ始めていた。Gフォースの連中が、上陸してきているようだった。
肩口で、ヤシロがぽつりと言った。
「……ありがと、ハヤマ」
……ったく、らしくもなくしおらしいこと言いやがって。顔を背けるヤシロの方を見ないようにしながら、俺は答えた。
「たとえおまえみたいな英雄気取りのバカでも、“仲間”に死なれるのは嫌なんでね」
言ってしまってから、しまった、と思った。
かつて、怪獣に襲われて死にかけた俺をヤシロが命がけで助けたことがあった。
当時――まあ今も大差ないが――のヤシロ=ハルカはとにかくスカしたムカつく女で、そんなヤシロを俺は目の敵にして何かにつけて張り合っていた。
あの頃の俺はとにかく証明したかった。オペレーション=エターナルライトの
そんなヤシロに助けられたことが我慢ならなかった俺は、ことが終わったあとヤシロに食って掛かった。あのとき俺はこう言ってやった、どういうつもりだ、貸しでも作ったつもりかよと。
そこでヤシロはこう答えたのだ。
『たとえアンタみたいな嫌な奴でも、目の前で“仲間”に死なれたらイヤ。それだけよ』
……つくづくムカつく女だ。こっちはあれだけ嫌って憎んでいたのに、向こうは一丁前に仲間だと思ってやがったなんて。
これを言われて以来ずっと、俺はこのときの借りを返すことばかり考えていた気がする。まあ、ヤシロのことだからあのときのことなんてどうせ覚えちゃいないだろうが、それが猶更我慢ならん。
そして案の定、ヤシロは一瞬きょとんとしてから薬で強張った顔で笑った。
「……なに、それ」
「うるせえ。しっかり歩け」
ヤシロはもう、何も言わなかった。
ただ、俺の肩に回した腕に、ほんの少しだけ力がこもった気がした。気のせいかもしれん。どっちでもいい。
俺は前を向いて、ひたすら斜面を下り続けた。
山を下り切ったとき、夜はすっかり明けていた。
水平線の向こうから朝日が昇り始めている。あれだけの出来事が起きた夜とは思えないほど穏やかな朝焼けの光が、瓦礫の山と化した村を分け隔てなく照らしてゆく。
浜には、Gフォースの揚陸艇が乗り上げていた。駆け寄ってくる見慣れた制服の影、先頭を走ってくるのはトガシ隊長とミヤガワ副長だ。
「ハヤマ! ヤシロ!」
そう呼びかけるミヤガワ副長の声が、引っくり返っていた。あの冷静沈着な人がこんな声を出すのを初めて見た。
俺は、空いている方の手を挙げて敬礼しながら応えた。
「ハヤマ、ヤシロ、帰還しました……それと」
背後を振り返る。
俺の上着の裾を、アキラの小さな手がしっかりと握っていた。ずっと、山を下りる間も離さなかった手だ。
「生存者をもう一人、連れて帰ります」
アキラは、朝日に目を細めながら俺の裾を握ったままこくりと頷いた。
そんな俺たちを見ながらトガシ隊長が口を開く。
「……二人ともよくやった。ゆっくり休め」
俺たちは声を揃えて応える。
「……了解」
長い夜が、ようやく明けた。
好きなキャラは?
-
ハヤマ=ススム
-
ヤシロ=ハルカ
-
トガシ=ワタル
-
ミヤガワ=タクヤ
-
エドウィン=ベニ
-
アキラ
-
マキ=ゴロウ
-
カンザキ=トオル
-
イガラシ=ハヤト
-
グレアム=カスリー