「あれ、ヤシロ隊長。休暇を取るんですか?」
ロッカーで私服に着替えていると、通りかかった若い隊員がそう声を掛けてきた。
無理もない。わたし:ヤシロ=ハルカが私用で隊を空けるなんて滅多にないことだしね。
「うん。ちょっとね」
わたしがそう濁すと、隊員は「へえ、珍しいですね」と目を丸くしたけれどそれ以上は訊いてこなかった。気を利かせたのか、単に興味がなかったのか、まあどっちでもいいかそんなことは。
……時が経つのは本当に早いものだ。大黒島の事件からもう18年になる。
かつて“叛逆児”なんて呼ばれていたわたしも、いつのまにか機龍隊の隊長などというガラにもない役職に収まっていた。あの豪放なトガシ隊長も、その下で気苦労ばかりしていたミヤガワ副長ももういない。
荷物をまとめて廊下に出ると、ちょうど向こうから隊の副長が歩いてきた。
「……お、もう行くのか」
「ええ。留守はよろしくね、ハヤマ」
ハヤマ=ススム。わたしの同期にして、今の機龍隊副長。
歳をくって少しは落ち着いたかと思いきや、相変わらず口は悪いし態度もでかい。むしろ皺が増えたぶん、悪人面に磨きがかかってすらいる気がする。
そのハヤマがわたしの荷物をちらと見た。
「…………」
「なに?」
わたしが持っているのは2泊分の小さなボストンバッグ。それからわたしの顔に視線を戻して、何か言いかけて……
「……いや」
なにも言わないままハヤマは肩をすくめた。
長い付き合いだ。わたしが今回何のために休暇をとったのか、きっと勘付いているのだろう。そしてどうして“この時期”なのかも。
昔からそうだった。憎まれ口なら際限なく叩くくせに、肝心なことになると急に不器用に黙り込んで本当に大事なことほど言葉にしない。ハヤマ=ススムはそういう奴だ。
……まあ、それはお互いさまかもしれないけれど。
「留守は任せたわよ、ハヤマ副長」
「おう。ごゆっくり、隊長殿」
軽口を背中で受け流して、わたしは隊舎を後にした。
休暇を迎えた朝。
向かった先は都内の、こぢんまりとした喫茶店だった。
待ち合わせの時刻より早めに着いたつもりだったのに、相手はもう来ていた。窓際の席でわたしの姿に気づくと、『彼女』は本を閉じてふわりと立ち上がり、丁寧にお辞儀した。
「……お久しぶりです、ヤシロさん」
「久しぶり。元気そうね」
28歳になった彼女は、すっかり大人の女性になっていた。
仕立ての良いスーツに落ち着いた物腰、膝の上には使い込まれた手帳と書類の束。この十数年、ひとつのことのために費やしてきた歳月がその佇まいに静かに滲んでいるように見えた。
でも、わたしを見上げるその目だけは“あの夜”のままだ。わたしは彼女の名前を口にした。
「……アキラ」
……アキラ。18年前のあの事件で、わたしたち機龍隊が大黒島から連れ帰ったただひとりの生き残り。
アキラは柔らかく微笑みながら答えた。
「ヤシロさんは、ちっとも変わりませんね」
あのとき声を失っていた少女は、今わたしに自分の声で答えてくれている。ただそれだけのことが、わたしはなんだか無性に嬉しかった。
事件の翌朝、Gフォースに回収されたわたしは軍医の処置を受けることになった。
といっても実際には簡単な点滴を打たれたくらいだ。エドウィンによる薬もその頃にはだいぶ抜けていてどうにか話せるくらいには回復していたのだけれど、まあ念には念をということだろう。
「打たれたのは一時的な痺れ薬みたいね。ちょっとくらくらするけど、しばらく休んでおけば大丈夫だって」
「……そうか」
ベッドに横になりながらのわたしの説明に、ハヤマはどこかほっとした様子だった。心配してくれてたんだろうか。あのハヤマに心配されるのも、なんか変な気分だなと思う。
……心配と言えば、そういえば気がかりなことがある。わたしはさりげなく切り出した。
「……あのさ。さっきのことなんだけど」
「あん?」
振り返るハヤマに、意を決して言った。
「さっきなんか変なこと言った気がするけど、意識が朦朧としてただけで別に深い意味は無いから」
わたしの言葉に、ハヤマは首を傾げる。
「変なこと? なんか言ったか?」
「……あ、そう。忘れてるならそれでいいから」
最初は本当に忘れているのかと思った、のだけれど。
「言われてみれば、たしかになんか言ってた気がするな。なんだったかな……」
そのまま忘れておけばいいのに、敢えて思い出そうとし始めるハヤマ。その表情はニヤニヤしていて、まるで勝ち点でも取ったかのように喜んでいる。
……やっぱりこいつ、覚えてるな。ホント嫌味な奴。
「たしか『ありが……」
「忘れて。忘れろ。忘れなさいっ!」
「ヤシロ中尉、ハヤマ中尉!」
やがていつもの喧嘩に発展しかけたそのとき、Gフォースの医務官がやってきた。
「例の保護した児童ですが、身元が分かりました。大黒島の住民で間違いありません。名前はシオノ=アキラ。年齢は10歳」
医務官の説明に、つい安堵の溜息が漏れる。
……シオノ=アキラ。そうか、あの子、苗字はシオノっていうのね。それがわかっただけでも、わたしは少し報われた気がした。
そんなわたしの感慨をよそに、医務官は書類をめくりながら事務的に続けた。
「身体所見も問題ありません。外傷は軽微。10歳の
「……ちょっと待て、今なんて言った?」
医務官の言葉に、ハヤマが素っ頓狂な声を上げた。
「女児、ってことはアキラの奴、女の子だったのか!?」
……なによ、その反応。驚天動地な様子のハヤマに、わたしは言ってやった。
「あんた、気づいてなかったの?」
「いや、だって、アキラって名前……」
「アキラは女の子の名前にも使うでしょ。それより見ててわからなかったわけ?」
「…………。」
挙句の果てに、ハヤマは無言でそっぽを向いた。図星か。
そういえば最初にミヤガワ副長へ報告したときも『男児』って言ってた気がするし、その後の接し方にも違和感があったけど、まさかずっと気づいてなかったとは。
……やれやれだわ。わたしは肩をすくめて溜息をついた。
「ホント気が利かないというか、なんというか……」
「うるせえ!」
事件から8年後、成人となったシオノ=アキラは政府に対して裁判を起こした。
怪獣を操ろうとした政府の陰謀は、たったひとり生き残ったアキラが立ち向かうにはあまりに巨大な相手だったが、それでも周りの人の支援を受けながらアキラは政府と戦い続けた。
そして今日は裁判が始まってから10年目、最終審の判決が出る日だ。今回の結果で、アキラの戦いが決着することになる。
それにしても思うことがある。
「あのディスクが証拠で使えていればねぇ……」
事件後に大黒島を改めて捜索したGフォースにより、エドウィン=ベニの遺体が発見された。
エドウィンが持ち出そうとしていたMANTAのディスクも一緒に発見されたらしいのだが、ディスクは水没して破損しておりデータを取り出すことは出来なかったという。
MANTAの本体をハヤマがぶち壊し、事件を引き起こしたエドウィン=ベニが死んだ以上、あのディスクのデータこそ悪事の証拠だ。もしもあのディスクからデータを取り出せていれば、アキラの裁判も相当有利に進んだはずなのに。
しかし、そのことについてアキラはさほど気にしていないようだった。
「いいんですよ、ヤシロさん。見つかったところで握り潰されてたかもしれませんし」
「……それもそうね」
それにもしあのディスクが回収されていれば、裁判の証拠になる前にまず悪用されていたろうし、ひいてはさらなる犠牲者を出していた可能性すらある。そのことを思えば、むしろこれで良かったのかもしれないとも思えた。
「Gフォースの皆さんも証言に立ってくれましたし、それで十分です」
「……そう。お役に立てたなら何よりだわ」
アキラの裁判ではわたしも証言に立った。あの事件の中でわたしたちGフォースが大黒島で何を見たか、エドウィン=ベニたち政府の暗部がそこで何をしていたか、わたしから話せることはすべて過去の審理で話し尽くしたつもりだ。
決定的な物証などは何もなく残っていたのはわたしたちのような関係者の断片的な証言だけだったが、それでもアキラはそれらを10年かけてひとつひとつ積み上げてきた。それはどれだけ困難で、どれだけ気の遠くなるような作業だったろう。
……ああ、そろそろ時間ね。わたしは時計を見ながら席を立った。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
喫茶店を出て、わたしたちは裁判所へ向かった。
裁判所につくと法廷に入り、わたしは傍聴席に腰を下ろした。原告席のアキラの背中がまっすぐに見える席だ。
やがて裁判官が入廷し、一同が起立し、また着席して、そして判決の言い渡しが始まった。
あの事件からここまでの18年間が、走馬灯のように流れてゆく。アキラが声を取り戻して自分の足で立ち、巨大な相手に挑み続けたその長い長い歳月。そのすべての決着が、裁判長の読み上げるほんのいくつかの言葉に収められてゆく。
「……………。」
10年かけた裁判の結末は、あっけないものだった。
判決が言い渡されるあいだ、わたしの目はアキラの背中を追っていた。
判決を聞いたアキラはしばらく身じろぎもせずただ正面を見据えていたが、それからゆっくりと深く息を吐き、その肩から長く張り詰めていた何かが静かに下りていくのが背後からでも分かった。
勝ったとか、負けたとか、そういう陳腐な言葉では割り切れない感慨があった。
ただ確かなのは、ひとりの女性の人生をかけた戦いが今この瞬間に終わったということ。
それだけは間違いなかった。
翌朝、わたしとアキラは船の上にいた。
潮風が頬を打つ中、船首の向こうに緑に覆われた小さな島影が見えてくる。
わたしたちが向かったのは大黒島。200人の島民が一夜にして喰い殺され、ただひとりアキラだけが生き残ったあの島だ。
あの事件のあとに大黒島へ住人が戻ってくることはついぞなかった。
当然だろう、あんな陰惨な事件があった土地に好んで住み着く者などいない。今では定期船もなく、こうしてチャーター船を用意しなければ近づくことすらできない無人島となっている。
18年ぶりに見る大黒島は、わたしの記憶とは似ても似つかなかった。
かつては恐ろしいショッキラスに覆い尽くされていた地獄の島だったが、今は蒼々とした草木に呑まれていた。崩れた家々も朽ちた漁船も何もかもが蔦と下草に覆われて、ただの穏やかなひとつの緑の島になっている。
……まるで、何事も無かったみたいだ。
それが救いなのか、それとも残酷なことなのか、わたしにはわからなかった。
島の北側、かつて村のあった浜の一角にそれは建っていた。
慰霊碑だ。
飾り気のない白い石で造られたそれには「大黒島怪獣災害犠牲者慰霊之碑」という表題が大きく彫られ、「本島は未曾有の怪獣災害に見舞われ、住民の多くが犠牲となった。ここにその霊を慰め、永くその名を留める」というお決まりの文言が入っており、そして亡くなった人々の名前がびっしりと刻まれている。
「…………。」
アキラは碑の前に進み出ると、持参した花を供えて静かに手を合わせた。
わたしもその隣で目を閉じ、黙祷をささげる。
「…………。」
あの事件で助けられなかった人々。砂を掴んだまま事切れていた人。踏まないように避けた子供の靴。あの事件で喪われた、たくさんのものに想いを捧げる。
……大黒島怪獣災害。この慰霊碑に書かれた説明は「怪獣災害による犠牲」であって、その裏にあった政府の陰謀などの真実は刻まれていない。アキラが裁判で戦ったのは、この「怪獣災害」という欺瞞のような説明を覆すためでもあった。
どうか、安らかに。
潮騒だけが、いつまでも続いていた。
「……ありがとうございました、ヤシロさん。ここまで付き合っていただいて」
「気にしないで。わたしもいつか来なきゃと思ってたから」
帰りの船が出るまでのあいだ、わたしたちは並んで海を眺めていた。穏やかなよく晴れた海、あの夜の黒い波が嘘のようだ。
ふと、アキラがぽつりと言った。
「……わたし、これからハヤマさんに会いに行こうと思うんです」
その声があんまり穏やかだったから、わたしは思わずアキラを見た。隣のその横顔は頬を染めて、それでもまっすぐに海を見つめていた。
……ああ、そうか。
わたしはなんだか可笑しくなってしまった。気づいていなかったわけじゃない。あの島から連れ帰ったときから、アキラがハヤマの背中をどんな目で見ていたかなんとなくわかっていた。声を失った少女の必死な叫びに、真っ先に応えてやれたのはあの不器用な男だったのだ。
「……いいの? 言っておくけど、あいつ相当の唐変木で朴念仁よ。口は悪いし、態度はデカいし、おまけに女心なんてこれっぽっちも分かっちゃいないんだから」
わたしが指折り数えて悪罵を並べ立てると、アキラは小さく笑った。
それから、晴れ晴れとした顔でこう答えた。
「いいんです。わかってますから」
「……そう」
アキラはきっとわかっている。きっと報われないことも、あの気の利かない男が自分の想いになんて気づきもしないだろうことも、全部わかっている。
それでも会いに行くのだ。あのとき自分の声を初めて聞き届けてくれたあの背中に、18年分の想いを載せて。
だったらもう、わたしから余計なことを言う必要は何もないのだけれど。
「ならあらかじめ伝えておきましょうか、あなたが会いに来るって。ハヤマの奴、さぞ驚くでしょうね」
「いえ。自分の口から言いますよ」
そう答えながらアキラは晴れた海へ向き直る。
「今度はちゃんと伝えたいんです、自分の言葉で」
……伝わったらいいなとわたしも思った。
おわり。この曲は1984年版の『ゴジラ』のタイアップとして沢口靖子さんが歌った曲で、ショッキラスが登場した84ゴジラに絡む曲だし、歌詞や雰囲気も合っていたのでチョイス。可愛らしい良い曲なんですけど、歌詞をよく聞いてみるとゴジラを恋人に見立てて聴くことが出来てわりとシュールなんだよな……
執筆BGM:TAKE ME HIGHER(V6)、黎明Compass(森カリオペ)
関連作品:
https://syosetu.org/novel/327373/
https://syosetu.org/novel/340780/
好きなキャラは?
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ハヤマ=ススム
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ヤシロ=ハルカ
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トガシ=ワタル
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ミヤガワ=タクヤ
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エドウィン=ベニ
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アキラ
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マキ=ゴロウ
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カンザキ=トオル
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イガラシ=ハヤト
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グレアム=カスリー