メカゴジラ機龍VSショッキラス   作:よよよーよ・だーだだ

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3、襲来

〈こちらハヤマ。島の南側にて生存者一名を発見。十歳前後の男児、外傷は軽微〉

 

 ハヤマたちからの通信に、ミヤガワは内心での喜びを抑えながら応答する。

 

「でかした。他に生存者がいる可能性もある。聴取できる状態か」

〈これから試みます。事情を聴きながらそちらに戻ります〉

「了解した。生存者の安全を最優先に、切り上げて戻ってこい」

〈了解……〉

 

 ハヤマとの通信を切りながら、ミヤガワは思案する。

 でかしたものだ、と素直に内心で褒めつつ、それから、骨の折れる聴取になるだろうな、とも思った。なにせあの二人だ。子供を間に挟んで喧嘩を始めていないことを祈るしかない。

 ……それにしても。

 

「やけに静かだな……」

 

 呟いてから、静かというのは語弊があるかもしれないと思い直す。

 実際、この浜は騒がしい。発動機の唸り、ウインチの軋み、隊員たちの声。揚陸作業の真っ最中なのだから、静かなはずがない。

 ミヤガワが引っ掛かっているのは音ではなく、これだけ人間が突然現れたというのに、それに応える生き物が一匹もいないことだった。本来なら海鳥どもが我が物顔で群れて、作業の邪魔のひとつもしてくれるはずだ。

 何より、すぐそこにはマンダという百メートルの腐肉が転がっている。トビやカラスなど他のスカベンジャーが空を埋めていなければおかしいはずだが、マンダの死骸にたかっているのは小バエばかりで、見上げた空には羽の一枚も見当たらない。まるで、鳥たちがこの島を避けているかのようだ。

 なにかがおかしい。

 そうこうしているうちに、島の探索に出ていた班が続々と引き返してくる。

 

「タケイ班、オオイシ班、戻りました。生存者は確認できませんでした」

「ご苦労、引き続きドローンでの捜索を続けろ。なんとしても生存者を見つけるんだ」

「了解……」

 

 ……あとはハヤマとヤシロだけか。浜に設けた揚陸指揮所で、ミヤガワはチェックリストの最後の項目に線を引く。着陸地点の地盤確認、良し。誘導標識の展開、良し。電源車の配置、良し。降着域の半径三〇〇、人払い完了。

 ミヤガワが手元の点検表から顔を上げたのと、北の空に重低音が湧いたのは、ほとんど同時だった。

 夕焼けの空に、五つの黒点。多目的戦闘機しらさぎ。五機が描く正五角形の中心に、ワイヤーで吊り下げられた鋼鉄の巨体があった。

 

 メカゴジラ機龍。全高50メートル。対ゴジラ用に建造された、Gフォースの切り札。

 

 編隊が高度を落とすにつれ、逆光の影でしかなかったそれが、形を持ち始める。夕陽を受けて鈍色に燃える装甲。だらりと垂れた両腕と、海風に揺れもしない長大な尾。背部のユニットから伸びる無数の拘束ワイヤーが、五機のしらさぎへと放射状に張り詰めて、ローターの咆哮に軋んだ悲鳴を上げている。

 それはまるで巨人を磔にしたまま、空を運んでいるようだった。起動時に光る眼光はまだ点灯していない。死んだ獣の顔のまま、50メートルの鉄塊が、頭上をゆっくりと横切ってゆく。

 ……ここまで、遅延なし、事故なし、欠品なし。完璧な輸送作業だったが、だからこそミヤガワの胃の据わりが悪かった。

 

「……ミヤガワ」

 

 砂を踏む音がして、トガシが指揮所に戻ってきた。村の方角から、部下を数名連れて。その顔を見て、ミヤガワは報告書の文面が控えめに過ぎたことを察した。

 ……他の生存者は確認できなかったのだろう、さきほどのハヤマたちの報告を除いて。

 機龍はどうだ、と訊ねられてミヤガワは報告した。

 

「揚陸、完了しています。いつでも出せます」

「ご苦労。機龍を先に立ち上げろ。日没前に島の全域を機龍の哨戒下に置きたい」

「了解……管制、聞いたな。起動シークエンスを開始しろ」

 

 ミヤガワを介した隊長の指示に、オペレーターたちの復唱が重なる。

 

「リンク確立。感度良好」

「主機関、点火。出力上昇、安定」

「拘束架、解除します」

 

 金属の軋みとともにメカゴジラ機龍の巨体が地上に着地し、地面そのものが太鼓のように鳴った。指揮所の机の上で、湯呑みがかたかたと跳ねる。

 双眸に黄色い光が灯る。

 

 ……何度立ち会ってもこの瞬間だけは慣れないものだ、とミヤガワは思う。

 人間が鋼鉄で組み上げた機械仕掛けのゴジラ、メカゴジラ機龍。かつて人類最後の希望とも謳われたGフォース最終兵器の起動。それを見上げる若い隊員たちが歓声を押し殺すのが、背中越しにも分かった。

 起動音が響き渡る、その直後の静寂の中でミヤガワはその“音”を聞いた。

 

 ざあっ……!

 

 ……雨だ、と最初は思った。沖から豪雨が近づいてくるときの、あの遠いざわめき。だが見上げた空には、雲ひとつなかった。

 音は島の反対側、山の方から来ていた。

 

「お、おい、あれはなんだ……?」

 

 双眼鏡を構えていた歩哨が、裏返った声を出した。

 村の背後、夕陽を受けた丘の稜線が黒く、毛羽立っていた。

 山を覆い尽くすほど大量の黒い潮が尾根を越え、斜面を流れ落ちてくる。

 最初は山崩れかと思ったが、土砂なら石垣を乗り越えたりしない。窪地を埋めながら自力で這い登ってきたりもしない。

 崩れない波が丘を下り、村へと流れ込んでいく。

 

「ドローン監視哨より指揮所! 島の南岸に“敵性生物”上陸を確認!」

「敵性生物!? 数は!?」

「多数、数えきれません! 群れは島を横断、本隊へ向かっています!」

 

 ミヤガワは双眼鏡をひったくった。

 真っ黒な潮だと思ったものは、波ではなかった。

 

 

 フナムシの大群だ。

 

 

 夕陽に濡れて光る、無数の甲殻の背。大きさは普通のフナムシ大のものから、大きなものでは1メートル近い大型犬ほどあるものもいる。

 黒い節足類の影が、折り重なり、踏みつけ合い、下のものが上のものの脚に潰されながら、それでも一糸乱れず同じ方向へ蠢いている。岩場のフナムシをそのまま悪夢の寸法に引き伸ばしたような姿だ。

 聞こえるのは、何百万という脚が互いの甲殻を掻き鳴らす音だけ。それが幾重にも折り重なって、雨の音のように聞こえているのだ。

 ふと、村に入ったときの誰かの声が、耳の奥で蘇った。

 

『津波か、これは』

 

 そう、津波だったのだ。この村を襲った『津波』が、今度は自分たちに襲いかかろうとしている。

 いや、考えるな。数えるな。ミヤガワは双眼鏡から目を離して通信機に怒鳴った。

 

「総員、戦闘配置! 地上班に至急打電、全班、揚陸艇まで後退させろ!」

 

 黒い津波と化したフナムシの大群はあっという間に山を越え、こちら側に降りてきた。

 銃声が弾けた。一斉射撃が第一波を薙ぎ倒す。だが倒れた死骸を踏み越えて、第二波が来る。第三波が来る。撃っても撃っても、うじゃうじゃと湧いてくる。

 

「う、うわああああ……!」

 

 悲鳴が上がった。横転した漁船の陰で、逃げ遅れたGフォースの隊員が一人、フナムシの群れの中に引きずり込まれるのが見えた。

 駆け寄った他の隊員がその腕を掴んで引き戻そうとするが、引きずり出された隊員は既に事切れており、引き戻した腕の先に隊員の下半身はなかった。

 Gフォース隊員たちは悟った。島の住人たちはこうやって食い殺されたのだ。

 ミヤガワは声を張り上げた。

 

「機龍を動かせ! メーサーで浜の群れを薙ぎ払え!」

「りょ、了解! 機龍、メーサー砲、照準!」

 

 オペレーターの声が、そこで途切れた。

 

「……リンク途絶!」

「なに?」

「妨害です、強烈な妨害電波! 全周波数帯にノイズ、リンク再接続、できません!」

「各種通信、遮断されています! 大黒島全域で通信障害です!」

「ドローン、全機応答なし! 管制ロスト、墜落します!」

 

 ミヤガワは顔を上げる。

 メカゴジラ機龍は、口内のメーサー砲を構えかけた姿勢のまま、浜の真ん中で凍りついていた。双眸の光が明滅している。Gフォースの切り札が動かない。

 機龍は気になるが、それより隊員の安全が第一だ。ミヤガワは気持ちを切り替えて声を張り上げた。

 

「無線は!?」

「全滅です! 繋がりません!」

 

 幸いにして撤退指示は届いていたようだが、それ以降は通信が使えない。

 電波が死んだなら、人間を走らせるまでだ。ミヤガワは近くの兵をふたり掴まえ、村へ向かわせようとして、やめた。村へ続く道は、もうフナムシの大群で埋まっていた。

 

「ミヤガワ!」

 

 トガシ隊長の声が飛んだ。

 

「総員を揚陸艇に乗艇させろ! 沖へ退く!」

「了解! 総員、乗艇! 負傷者から先だ、急げ!!」

 

 ここからはミヤガワの領分だった。乗艇順、負傷者の割り振り、援護射撃の配置。怒鳴り、数え、押し込み、また数える。揚陸艇が一隻、また一隻と浜を離れていく。

 最後の一隻のタラップで、ミヤガワは名簿を確認した。死亡者3名、負傷者14名、不明が2名。

 2名、足りない。誰なのかすぐにわかった。

 

「隊長! 島の反対側に行ったハヤマとヤシロが戻っていません! 保護した子供も一緒のはずです!」

「…………っ」

 

 トガシ中佐が振り返った。村の方角は、すでに瓦礫の影まで黒い甲殻に覆われ始めている。無線は死んでいる。迎えに行く道はない。

 中佐の拳が、強く握られた。

 

「……出せ」

 

 苦渋の決断だ。このままだと隊全体が全滅する。

 隊長の決断を、ミヤガワは全体に伝えた。

 

「出せ!」

 

 揚陸艇はすぐに波を蹴り、浜を離れた。

 沖へと撤退する艇の上から、ミヤガワは島を振り返った。

 

「おい、嘘だろ……!?」

 

 隊員の誰かが悲鳴を上げたのと同時、フナムシの群れが機龍の体に昇り始めた。

 足首の装甲の継ぎ目に爪を掛け、後続が先行の背を踏んで、黒い影が幾筋もの列をなし、鋼鉄の脛を這い上がってゆく。膝の関節に頭をねじ込むもの。排熱口の奥へ脚を差し入れるもの。装甲の合わせ目という合わせ目を、無数の触角がまさぐってゆく。

 ミヤガワの脳裏に、昼間のマンダの死骸がよぎった。

 

「奴ら、機龍を、喰う気か!?」

 

 無線操縦で動くメカゴジラ機龍は、妨害電波の下では動けずただ立ち尽くすしかない。機龍はあっという間にフナムシに集られ、白銀のボディが真っ黒に染め上げられてしまった。夕陽の中、黒いフナムシに覆われて動けないメカゴジラ機龍が一体、墓標のように突っ立っている。

 怪獣の脅威から地球の平和を守るGフォース、その最強戦力であるはずのメカゴジラ機龍が今、フナムシの大群に完敗していた。

 

「そんな……」

 

 島がフナムシの大群に覆われるのを見つめたあと、ミヤガワは手元の名簿に目を落とした。

 ……ハヤマ=ススム。ヤシロ=ハルカ。二つの名前の横に戦死を示す印は書かず、「未帰還」とだけ書いた。

 

 

 本隊へ合流しようと移動を始めたところで、突然アキラが足を止めた。

 

「……どうした?」

 

 振り返って訊ねるが、アキラは答えないまま、その場で立ち止まっている。

 その様子を見たヤシロも、何かに気がつく。

 

「……待って、ハヤマ。何か、聞こえる」

「は? 何も聞こえな……」

 

 言いかけて、俺も耳を澄ました。波の音。風の音……その下に、何かが混じっている。

 

「雨……?」

 

 それは雨の音に似ていた。

 遠くから豪雨が近づいてくるときの、ザーザーというあの低いざわめき。だが見上げた空は夕焼けに晴れ渡っていて、夕立が降る気配は微塵もない。

 そして音は、海から聞こえていた。

 俺たちは崩れた家の土台に駆け上がって、遠くを見渡した。廃墟の南側、家並みの切れた先に小さな入り江が見下ろせる。

 

「海が……!」

 

 夕陽を映していたはずの海面が、入り江の沖で黒く盛り上がっている。盛り上がった波頭は崩れないまま、ざわめきを膨らませながら、ゆっくりと浜へ寄せてくる。

 そして波打ち際で、波が脚を生やしてきた。

 

「な、なんだぁ、ありゃあ……!?」

 

 目を凝らしてみるとその実態が見えてきた。フナムシに似た黒い甲殻類が、泡を割って次々に這い上がってくる。大きさはバカでかく、一匹一匹が大型犬ほどもある。

 それが十、二十、百、いや、数えるだけ無駄だろう。波が寄せるたびに海はおぞましい数の化け物を吐き出し続け、灰色の砂浜が、見る間に黒く塗り潰されてゆく。

 雨のような音の正体は、何万というフナムシの化け物が、互いの甲殻を掻き鳴らす音だったのだ。

 

「ハヤマ、本部に報告!」

「っ、ああ!」

 

 ヤシロに促されて我に返ると、俺は無線のスイッチを入れた。

 

「こちらハヤマ、本部応答せよ! 南岸に敵性生物、上陸中! 数、多数! 繰り返す、敵性生物が上陸中! 応答せよ、本部!……」

 

 けれど無線からの返事はなかった。返ってきたのは、ザァ、という砂嵐のようなノイズだけだ。

 周波数を変える。ノイズ。変える。ノイズ。本体を叩く。ノイズ。島の全域をカバーできるはずの無線機、その全帯域が死んでいる。

 

「嘘だろ、おい……!」

「撤退よ、ハヤマ! 本隊と合流を……」

 

 ヤシロが身を翻そうとして、そのまま止まった。

 俺たちが向かおうとしていた道、村の中心へ続く下り坂が、もう黒かった。

 南岸から上がってきた群れの先頭が、家々の間を縫って、坂を流れ落ちてゆく。一筋ではない。右手の路地も、左手の石垣の向こうも。幾筋もの黒い流れが見る間に幅を増し、合流し、崩れた村を呑み込んでゆく。

 浜へ戻る道は、すべてあの中だ。

 

「囲まれた……!」

 

 二進も三進もいかなくなりそうになったそのとき、突然アキラが走り出した。

 

「お、おい!」

 

 止める間もなかった。小さな背中が瓦礫の隙間に滑り込み、坂の上へ、黒い流れと流れのわずかな切れ目を縫って駆け上がってゆく。

 ……ああ、そうか、と頭のどこかで理解した。

 説得を諦めたのだ。声を持たないこいつに残された最後の手段は、自分が走って、背中で示すことだけだ。

 

「追うわよ!」

 

 ヤシロはもう走り出していた。俺も続いた。選択肢なんてなかった。

 

 

 フナムシどもからの逃走は、悪夢のような鬼ごっこだった。

 アキラの導きは、見事という他なかった。路地の角では一瞬だけ足を止め、耳だけで先を確かめてから渡る。高い瓦礫は越えず、影から影へ。そして雨音が一際膨れ上がった瞬間にだけ、開けた場所を一息に駆け抜ける……自分たちの足音が、群れ自身の立てる音に呑まれる間合いだ。

 やがて、朱色の剥げた鳥居と、丘の上へ続く長い石段が見えた。アキラはあの高台の神社に向かっているらしい。

 

「よし、行くぞ……」

「待った」

 

 登ろうとしてヤシロに小声で引き留められ、物陰に引き込まれた。

 見ると、石段の中腹にあのフナムシがいた。

 数は一匹、群れからはぐれたのだろう。あのバカでかいフナムシの一匹が石段の真ん中に陣取って、触角を振り子のように揺らしている。迂回路はない。

 俺は反射的に銃を構えかけて、ヤシロの手がその銃身を静かに押し下げた。沈黙したまま首が横に振られる。

 理由はすぐにわかった。一発撃てば銃声がする。音を立てれば、坂下を蠢いているフナムシどもがまるごとこちらへ向きを変えるだろう。

 なら、どうする? 思考を巡らせるが答えは出てこない。

 

「…………っ」

 

 その問題を解決したのは、やはりアキラだった。

 アキラは足元から瓦の欠片を拾い上げると、小さな体を思い切りしならせて、坂の下へ放り投げた。

 欠片は遠くの彼方へと飛んでゆき、カラン、と乾いた音が響く。

 

「!」

 

 石段にいたフナムシの化け物は弾かれたように頭を巡らせ、音のした方へと駆け降りていった。フナムシがいなくなったところを見計らって、アキラは速やかに石段を登り始める。

 ……こいつは、いったい何度この手を使って、生き延びてきたんだ。誰に教わったわけでもないだろう。これまで幾度もあったろうフナムシの襲撃から生き延びるための動き方が、この小さな体に残ったのだ。

 俺とヤシロは顔を見合わせ、それからアキラの後を追って、無言で石段を駆け上がった。

 

「はあ、はあ……」

 

 鳥居をくぐったときには、三人とも肩で息をしていた。

 丘の上の境内は、嘘のように静かだった。手水舎は乾き、拝殿の戸は半ば外れていて、もともと人が来ない寂れた神社であったことが窺えた。しかし、大量殺戮後の廃墟と化した麓の村に比べれば、ここだけ時間が止まっているかのように平穏だ。

 境内からは反対側の海岸、つまり俺たちの本隊が見える。石畳に膝をつき、息を整えながら振り返って、俺は絶句した。

 

「お、おい、嘘だろ……!?」

 

 俺が目にしたのは、俺たちを乗せてきたはずのGフォースの揚陸艇が白い航跡を引いて離れてゆくところだった。一隻、また一隻、揚陸艇を収容した輸送艦が茜色の水平線へと引き返してゆく。フナムシどもが這い回るこの島に、俺たちを置き去りにしたまま。

 思わず手すり代わりの石柵を掴んで、俺は声を上げていた。

 

「待て、待てよ! 俺たちはまだ……」

「ハヤマ」

 

 そうやって俺を引き留めるヤシロの声は、努めて冷静を保っている様子だった。

 自制した声で、ヤシロは続ける。

 

「正しい判断よ。無線は死んでる。浜はじきに呑まれる。あの状況なら、わたしが指揮官でも同じことをするわ」

「分かってる! 分かってるが……っ」

 

 分かっている。分かった上で、動揺してしまうのはどうしようもなかった。

 沖へ遠ざかる艇影の手前、取り残された浜の真ん中にメカゴジラ機龍が立っていた。機龍の奴はどうしちまったんだ、あいつがメーサーでも撃てばこんなフナムシどもなんて瞬殺だろうに。

 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、現実のメカゴジラ機龍はメーサーを撃てなかったようだった。土壇場で放置されたのか、メカゴジラ機龍は口のメーサー砲を構えかけた姿のまま微動だにしない。

 その足元にフナムシどもが到達し、見る間にメカゴジラ機龍の脚を、腰を、胸を這い昇ってゆく。俺たちGフォースの切り札が、フナムシによる黒い津波に沈んでゆく。

 フナムシの大群にメカゴジラ機龍が敗北する光景。それを、俺たちは丘の上からただ黙って見ていることしかできなかった。

 

「そんな……」

 

 途方に暮れたそのとき、袖を引っ張られる感触があった。

 振り返るとアキラがそっと、俺の袖を握っている。慰めてくれているつもりなのか、ただ怖いだけなのか、それは分からなかったが。

 

「……さて、と」

 

 背後から掛かった声に顔を上げると、ヤシロが立ち上がっていた。

 

「日が落ちる前に、ここの安全を確認しましょう」

 

 こいつはなんでこんな冷静なんだ、と思った。ついさっきまで隣で俺と同じ光景を、仲間たちから見捨てられて怪獣の只中へ置き去りにされるのを目の当たりにしたはずなのに。

 ヤシロは言った。

 

「長期戦になるかもしれない。この子が隠れ家に使ってたなら、何か使えるものがあるかも。ハヤマ、あんたも手伝いなさい」

 

 すぐさま行動を起こすヤシロ、その横顔にはもう絶望は欠片も残っていなかった。

 ……いつも、こうだ。皆が立ち尽くしているとき、最初に次の一歩を行動に起こすのは決まってヤシロ=ハルカだ。沈みかけた気持ちごと、襟首を掴んで引きずり起こされるような、あの声。

 そんな思いの果てが、つい口からぼそっと漏れ出た。

 

「……まったく、大した奴だよ」

「は? なにが?」

「なんでもねえよ」

 

 別に、助けられた、なんて思ったわけじゃない。誰かがやらねばならんことを先にやられただけだ。そう、順番の問題だ。たまたまだ。

 幸いにして俺の呟きがよく聞き取れなかったのか、ヤシロは訝しみながらも境内を見渡した。

 

「ま、とにかく。わたしは拝殿の中を見てくるから、ハヤマ、あんたは裏手を……」

 

 ヤシロの言葉が、止まった。

 拝殿の半ば外れた戸の奥、その暗がりで何かが、動いた。

 

「誰だ!?」

 

 咄嗟に俺は銃を構えていた。ヤシロも同時だ、二つの銃口が、暗がりの一点に揃う。

 

「ま、待ってくれ! ぼくは敵じゃない!!」

 

 悲鳴の混じった声、人間だ。

 俺たちが銃口を下げると、暗がりから両手を挙げた人影がゆっくりと姿を現した。

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