メカゴジラ機龍VSショッキラス   作:よよよーよ・だーだだ

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6、正体

 機龍隊にその打診が来たのは、状況が手詰まりとなり膠着したまさにその最中だった。

 

「少佐、イガラシ准将より入電です。統合怪獣対策評議会の委員が、機龍隊の指揮官と話したいと……」

「統合怪獣対策評議会の委員?」

 

 ミヤガワは思わず聞き返した。

 連合政府の、それも統合怪獣対策評議会の委員。現場のGフォースからすれば雲の上の人間だ。そんな大物政治家がなぜ今こんな前線へ。

 通信士が回したイガラシ准将の声がスピーカーから流れる。

 

〈……すまんな、トガシ中佐、ミヤガワ少佐。作戦中なのは重々承知している〉

 

 だが、とイガラシ准将は言う。

 

〈どうか聞くだけ聞いてやってくれんか。私が保証する、聞く価値のある話だ。先方の委員も、君たちの都合がつき次第でいいと言っている〉

 

 ミヤガワは、眉をひそめた。

 ……こんなときに、政治家との会談だと。

 目の前の島には大切な部下が二人取り残されていて、爆撃のタイムリミットは刻一刻と迫っている。一秒だって惜しいこの局面で、雲の上の御仁との会話に付き合う余裕がどこにある。

 断るべきだ、と口を開きかけたところでそれより先にトガシが答えた。

 

「委員にお伝えください。準備の区切りがつき次第こちらから回線を繋ぎます。30分ほど、お時間をいただきたいと」

「隊長」

「聞くだけ、聞いてみるべきだ」

 

 その判断に、ミヤガワは口をつぐんだ。

 ……確かにそのとおりかもしれないと思い直す。機龍隊創設の発起人にして数少ない理解者であるイガラシ准将。そのイガラシ准将が、ただの政治家への戯言に付き合わせるためにわざわざ前線への口利きなどするはずがない。

 何か、あるのかもしれない。

 ミヤガワは逸る気持ちを抑え、作戦の合間に会談のための時間をねじ込んだ。

 

 そして30分後、一区切りついた準備の隙を縫って改めて回線が繋がれた。

 モニターに映し出されたのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ白髪混じりの紳士だった。歳の頃は六十前後か。物腰は柔らかく、戦場と繋がった回線の向こうとは思えぬほど穏やかな笑みを浮かべている。

 モニターの中の委員は口を開いた。

 

〈忙しいところ時間を割いてもらって申し訳ないね、トガシ中佐。グレアム=カスリーだ〉

「機龍隊総隊長、トガシです。副長のミヤガワも同席しております」

 

 互いの自己紹介を済ませたあと、トガシは単刀直入に言った。

 

「手短に願えますか。ご覧のとおり作戦の最中ですので」

〈無論だとも。すぐに済ませる〉

 

 カスリーは鷹揚に頷いてから、ふと思いついたような口ぶりで切り出した。

 

〈……時に、君たちは『LTF構想』というのを知っているかね〉

 

 ミヤガワは眉をひそめた。LTF構想、聞いたことくらいはある。

 Let Them Fight、奴らを戦わせろ――怪獣を制御し人類の戦力として運用する構想。

 怪獣黙示録のこの時代、世界中に現れる怪獣をただ迎え撃つだけではいずれ人類は摩耗して尽きる。ならばいっそ怪獣そのものを制御し人類のために使えないか……そういう途方もない構想があるという。

 もっとも、ミヤガワたちが知っているのはその程度だ。雲の上で囁かれている大方針という噂の輪郭だけで、具体的にどこの誰が何をどこまで進めているのか、そんな機密は一介の現場指揮官の耳には降りてこない。

 だが、それが今なんの関係が?

 

「……噂程度には」

 

 トガシが短く答えると、カスリーは〈結構〉と頷く。

 

〈何を、というわけではないがね。あの構想のもとでは、いくつもの組織や派閥がそれぞれに研究を進めている。君たちGフォースはもちろんのこと、モナークも、モスクワや極東の連中も、そのほかも……まあ、いろいろとね〉

 

 なんらかの派閥争いがあるであろうことを示唆したところで、カスリーはいったん言葉を切った。画面越しにもその目が翳ったのが分かった。

 

〈しかし競争というのは、時に現実を見失わせる。確かな成果を出した者もいれば、功を焦るあまりまだ“熟しきらぬもの“を無理に使おうとする者も出てくるだろう。それが行き過ぎた結果、取り返しのつかないことが起きてもおかしくはない……そうは思わないかね?〉

「カスリー委員」

 

 トガシが低く口を開いた。声は、平らだった。

 

「その“熟しきらぬもの”とやらが、今回の大黒島の一件に関わっていると?」

 

 トガシの言葉に、カスリーはとぼけるようにかぶりを振った。

 

〈さあ。私は何も具体的なことを言う気はないよ〉

「……それは、肯定、と受け取ってもよろしいでしょうか?」

〈好きにしたまえ。君たちがどう捉えるかは君たちの自由だ〉

 

 カスリーは薄く笑ったが、画面に映るその目だけは笑っていなかった。

 

〈ただもし仮に、そういうことが起こっているとしてだ。それを引き起こした者たちは当然なかったことにしたいだろうね。たとえば……島ひとつ、焼いてしまうとか〉

 

 ミヤガワは息を呑んだ。

 あの性急にすぎる爆撃命令、あれは本土防衛のためなどではなかった。カスリーの言う“熟しきらぬもの”、それが引き起こした不祥事を証拠もろとも消すための――

 

「一つ、伺いたい」

 

 トガシが、まっすぐにモニターを見据えた。

 

「なぜ、それを我々に。あなたも政府の人間だ。本来なら隠す側のはずでしょう。ならばなぜ?」

 

 もっともな問いだった。ミヤガワもそれが知りたかった。この政治家の狙いは何だ。

 カスリーは平然と答える。

 

〈君たち現場が考えているほど我々も一枚岩ではなくてね。真実を隠したい側もいれば、それを明らかにして得をする側もいる。隠したいだけなら、そもそも君たちGフォースがこうして出張ることはない〉

「派閥争いですか? 本当にそれだけですか?」

〈…………。〉

 

 トガシから真剣な面持ちで問い詰められ、カスリーはしばし答えなかった。やがておもむろに口を開く。

 

〈……良心だよ、中佐〉

 

 良心?

 冗談みたいな言葉でミヤガワは微かに眉を顰めたが、カスリーは気にも留めずに続けた。

 

〈君たちGフォースは、怪獣の脅威から市民を守るために身命を賭している。その決死の作戦が少しでも上手くゆくように進んで協力する、というのは良心のある政治家として当然の責務だろう。違うかね?〉

 

 無論これは私個人の信条に過ぎんがね。そう付け加えつつ、画面の中で白髪の委員はわずかに声を落とした。

 

〈……私はね、中佐。あの構想そのものに昔から疑問を持っているのだよ。あの恐ろしい怪獣たちを我々人間の思うとおりに制御して平和を守る、たしかに夢のような話だ。聞こえは良い〉

 

 だが、とカスリーは言う。

 

〈しかしそんな絵空事が本当に実現できると本気で信じているのなら、それはとんだ思い上がりだ。『怪獣を操る』なんて真似は人智の及ぶ所業じゃない、手綱をつけたつもりでもいつか必ず振り落とされるだろう〉

 

 そう語るカスリーの声には、それまでの政治家らしい韜晦(とうかい)とは異なる妙な実感がこもっていた。派閥争いの建前なのかもしれないが、あるいはこれこそカスリーの『良心』なのかもしれない、とミヤガワは思った。

 

〈そんな夢物語に付き合わされて、これ以上何の罪も無い市民の平和が脅かされるのは見ていられなくてね。そんなこともわからず馬鹿げた夢へうつつを抜かしている愚かな連中にお灸をすえてやりたい、それも私の本音の一つさ……まぁ、どこまで信じるかは君たちに任せるが〉

 

 立派な建前と苦い本音と、そして政治家らしい打算。きっとそのどれもが真実で、すべてが嘘ではないのだろう。

 トガシはそれ以上は追及せず、しばらく画面のカスリーを見つめてから頷いた。

 

「……承知しました。ご厚意、ありがたく受け取っておきます」

 

 建前だとわかっている。打算もあるだろう。その上でトガシは握手を交わすようにその情報を受け取っていた。

 ……まったく、トガシ隊長には敵わない。ミヤガワもまた腹をくくった。

 

「カスリー委員。差し支えなければその話についてもう少し詳しく、具体的に伺えますか。我々が今すぐ使える話として」

 

 ミヤガワが身を乗り出すと、画面の中のカスリーは満足げに目を細めた。

 

〈ああ……むろん、あくまで私が小耳に挟んだ話、としてだがね〉

 

 それから30分後。グレアム=カスリーとの会談が終わって回線が切れると、作戦室にはしばしの沈黙が落ちた。

 ミヤガワが口火を切る。

 

「……どこまで信じられますかね。あの委員の話」

「腹の底は知れん」

 

 たしかにトガシの言うとおり、カスリーの言ったすべてを真に受けるべきではないだろう。

 あの委員が本当に知っているすべてを話していたかどうかは疑問が残るし、そもそも真相のすべてを知っているのかどうかもわからない。あるいは、これを機に政敵を陥れようという派閥争いに利用されている可能性もある。

 とはいえ、トガシは腕を組んだまま言った。

 

「だが、意味も無い法螺話を垂れにわざわざ前線へ繋いでくることないだろう」

「つまり?」

「検める価値はある。カンザキとマキ博士を呼べ」

 

 ほどなく機龍の整備を統括する技官∶カンザキと、怪獣博士のマキ博士が卓を囲んだ。

 

「これが資料です。カンザキ班長、これがなんだかわかりますか?」

「……拝見します」

 

 ミヤガワがカンザキに見せたのはカスリー委員が「参考までに」と寄越した断片的な資料、それは正式な書式もなければ出所も明かされぬ覚え書きの類だ。それをカンザキが食い入るように読み込んでいく。

 やがて、カンザキの顔がみるみる強張っていった。

 

「……これは、強力な電磁波を発信する装置のようですね。強力な電磁波で怪獣を操る、そういう仕組みのものです」

「怪獣を操る?」

「ええ。Mega-fauna Attractive Neuro-resonance Transmission Apparatus、巨大生物誘引共鳴装置と言ったところでしょうか。コードネームは『MANTA(マンタ)』」

 

 そこで、マキ博士が横から資料を覗き込み眉をひそめた。

 

「……なるほど。生体電磁波への干渉、理屈はわからなくもない。我々モナークが進めているものとは方式が違いますが、外部から機械で働きかけて怪獣を誘導しようという発想は同じだ」

 

 そう語るマキ博士の声には苦いものが混じっていた。

 ……この人も思うところがあるんだろう、とミヤガワは思った。日頃は飄々としているように見えるマキ博士だが、グレアム=カスリーの言っていた『競争』の話の中ではモナークも言及されていた。あるいはマキ博士もその一役を担ってしまっていたのかもしれない。

 ここでカンザキが声を硬くした。

 

「しかし、これは失敗作です」

「失敗作ですって?」

 

 ミヤガワの言葉に、カンザキは頷く。

 

「この装置は仕様上、強力な電磁波をまき散らします。しかし出力を上げれば上げるほど副作用で広範囲の無線通信を潰してしまう。動かすと一帯に通信障害を起こすんです」

「……妨害電波か」

 

 トガシの目が鋭くなった。

 島への連絡と機龍のリンクを断ち、機龍隊を散々に苦しめてきたあの妨害電波。その正体がようやく像を結んだ。

 

「それだけじゃありません、もっと致命的な欠陥がある」

「致命的な欠陥?」

 

 カンザキは、資料の数式と図表を指で追った。

 

「試作品だからなのか、MANTAは長時間連続で稼働し続けると、オーバーヒートによる故障を防ぐために安全装置が働いて一定期間出力が制限される。つまり、その後も常に操れるわけではないんです。こんな、怪獣を中途半端に刺激するだけの危険な代物をよく動かそうとしたものですよ、まったく」

「出力が制限される……?」

 

 ミヤガワは、思わず身を乗り出した。

 

「つまり、そのあいだなら妨害電波も弱まる。島のハヤマたちと連絡が取れる。機龍へのリンクも繋ぎ直せる、と?」

「……理屈の上ではそうなります。妨害電波が途切れる、そのタイミングなら通信が出来るはずです」

「それなら……」

「ですが、」

 

 カンザキは、渋い顔で資料を置いた。

 

「肝心のそのタイミングが分かりません。出力が低下する冷却期間は24時間とありますが、しかしそれがどういう周期でいつ来るのか、この資料からは読み解けないんです」

「出たとこ勝負で当てずっぽうに通信を試し続けるしかない、か……」

 

 万能の鍵を手に入れたと思った矢先、鍵穴の開く瞬間がいつ訪れるのか分からないという。それでは宝の持ち腐れだ。

 重い沈黙が卓に落ちる中、その沈黙を破ったのはトガシだった。

 

「……上等だ。やることは決まった」

 

 トガシが顔を上げる。その目にもう迷いはなかった。

 

「ミヤガワ、島への通信を絶やすな。総力を挙げて全帯域、休みなく呼びかけ続けろ。いつ通信できるのか分からんのなら、開いた瞬間をこちらが捉えればいい。常に呼び続けるんだ」

「了解です」

「機龍も同様だ。総員にいつでも再起動をかけられる態勢を保たせろ。タイミングがきたら一秒たりとも無駄にはできん。通信が通ったその刹那にすべてを叩き込む」

 

 わずかな勝機。いつ開くとも知れぬ一瞬のタイミング。

 それを逃さぬために、こちらはただ待つのではなく構え続ける。

 ミヤガワは背筋を伸ばした。

 

「全隊に徹底させます」

 

 ……チャンスは必ずやってくる。

 あとは、その一瞬にすべてを懸けられるかどうかだった。

 

 

「……交代の時間よ」

「ああ。代わる」

 

 俺は、凝り固まった骨を鳴らしながら軽く首を回す。ヤシロと場所を入れ替わり、俺は戸口に腰を下ろした。

 交代交代で沖と島の様子を見張り始めてから、一日以上が経過した。ショッキラスの大群がひしめく黒い渦は島をぐるりと取り巻いて、相変わらず山の方へと蠢いている。

 俺は双眼鏡を構えながら、背後のヤシロに訊いた。

 

「どうだ、通信は」

 

 何か変化があればと一縷の望みをかけたのだが、ヤシロは首を横に振った。

 

「……ダメね。全帯域を当たってみたけどノイズばっかり。妨害電波はぴんぴんしてるわ」

「……そうか」

 

 そうだろうなとはわかっていたが、それでも溜息のひとつも出てしまう。

 籠城して時間が過ぎ、水も食料も刻一刻と減っていくのに状況は何ひとつ動かない。待っていれば助かるという前提がどんどん薄っぺらく感じられてくる。

 そんな自分の気分に言い聞かせるように、俺はヤシロに言った。

 

「あんまり根を詰めるなよ。少しは寝とけ」

「言われなくともよ。あんたに気遣われると、調子が狂うわね」

 

 まったく減らず口の減らない奴だ。俺も負けじと答える。

 

「なに勘違いしてんだ。おまえに倒れられたら俺が困るんだよ」

「はいはい……おやすみ」

 

 ヤシロと交代してからしばらくして、背後で衣擦れの音がした。

 

「……アキラか」

 

 振り返るとアキラがやってきたところだった。トートバッグを抱えたままのそのそと俺の隣まで来て、ちょこんと腰を下ろす。

 ……何してんだ? 横目で見ていると、アキラはトートバッグからスケッチブックと鉛筆を取り出して何やら描き始めた。風景のスケッチだ。

 こんな状況で、お絵描きねぇ。

 ……いや、こんな状況だからこそかもしれん。化け物に囲まれた島でできる気分転換なんてたかが知れている。ここでアキラみたいな子供が気を紛らわすにはこれくらいしか手がないんだろう。

 俺は沖の監視、アキラはスケッチ。二人は並んで、それぞれ自分のやるべきことを続ける。

 俺はちらとアキラの様子を見た。

 

「…………。」

 

 アキラの手元、スケッチブックの上で鉛筆が迷いなく動いている。眼下に広がる島の風景、港の家並み、崩れた石垣、その向こうの海……アキラはこの高台から見えたものを片端からスケッチしてゆく。

 なかなか達者な手つきで、俺はつい声をかけていた。

 

「何描いてんだ? 見せてみろ」

「……っ!」

 

 アキラの手が止まった。

 叱られるとでも思ったのか、びくりと肩を震わせて恐る恐るという体でこちらを見上げてくる。

 ……こんなガキをビビらせてどうすんだ。自分の無愛想さに苦笑いしつつ、俺は手を差し出す。

 

「獲って食おうってんじゃねえよ。ちょっと見たいだけだ」

「……っ」

 

 俺の求めにアキラはしばらくためらってから、おずおずとスケッチブックを差し出してきた。受け取った俺は適当に開いたページに目を落とす。

 ……ほう。思わず感心した。

 俺には絵のことはわからないが、なかなかどうして大したものだった。港に並ぶ漁船、坂道の家々、神社の鳥居……線は殴り書きに近かったがその分勢いがあるし、特徴は捉えているように思える。屋根の重なり方、坂の傾き、船の並び……よく見て描いてる証拠だ。

 

「上手いじゃないか。おまえ、なかなか絵心あるな」

 

 素直にそう言うと、アキラの頬がほんの少しだけ緩んだ。叱られると思っていたら褒められたのが意外だったらしい。

 頭を撫でてやる。

 

「……♪」

 

 ……ふん。存外可愛げのある顔もするじゃないか。

 出会ってからこっち、こいつはずっと何かに怯えるか、押し黙るかのどちらかだった。こんな状況だから無理もないが、声も出さず、笑いもせず。それが当たり前だと思っていたのだろう。

 でもこうして見るとやっぱりただの子供なんだよな。

 

「他のも、見ていいか?」

「…………。」

 

 訊くと、アキラは少し考えてからこくりと頷いた。

 

 俺がページをめくるたびに、島の暮らしが現れては消えた。

 港で網を繕う男たち。坂道を駆け上がる犬。縁側で昼寝する猫。盆踊りらしき、櫓を囲む人の輪……どれもアキラが見てきた島のありふれた一日だったんだろう。

 ……どれももうこの島には無い光景だ。

 そんなことを思いながらページをめくっていると、とあるページで手が止まった。

 

「ん……?」

 

 その絵は三枚の連作で、それまでとは明らかに毛色が違った。

 一枚目は港に泊まった白くて四角い船、そこから降りてきた黒っぽい服の大人たちが大きな箱のようなものを運び込んでいる。

 次のページは、その箱が島の山道を登り頂上へと運ばれていく様子。

 そして最後の一枚には展望台のような建物が描かれており、建物の中には大掛かりな機械のようなものが描き込まれていた。

 子供の絵で線は拙いが、だからこそ誤魔化しがないと感じた。アキラは、自分が見たままをただ正直に写し取ったのだろう。

 だが、これはなんの絵だ?

 

「おい、これは……」

「ッ!!」

 

 俺が問いかけたその瞬間、アキラがぱっと手を伸ばしてスケッチブックを引ったくり、胸にきつく抱え込んでから怯えた目でちらと社務所の方を窺った。

 ……なんだ今の、と不審に思った。

 ただ絵を見られたくなかったってわけではないだろう。だったら最初から見せないはずだ。

 ……子供のすることではあるが、気になることはどうにもスッキリさせないと気が済まないんだよな。

 

「ヤシロ、ちょっと来てくれ」

 

 横になっていたヤシロが、気配を察したのかすぐに身を起こして寄ってくる。

 

「どうしたの?」

「なあアキラ。悪いが、さっきの絵をもう一回見せてくれないか」

 

 できるだけ穏やかに頼んだつもりだったが、アキラはスケッチブックを抱えたまましばらく動かなかった。慎重な上目遣いで、俺とヤシロの顔を交互に見比べる。

 

「…………。」

 

 やがて意を決したようにアキラはスケッチブックを開き、例のページをこちらへ向けた。

 

「これは……?」

「アキラが描いたらしいんだが、どうにも気になる」

「ふむ……」

 

 ヤシロは一枚一枚を指でなぞりながらアキラの絵を見ていたが、やがて目の色が変わった。

 ヤシロはアキラに問いかける。

 

「ねえ、アキラ。これ、いつのことか分かる? ショッキラスが来る直前?」

 

 ヤシロの言葉に、アキラは迷いなく頷いた。間違いない、この絵に描かれているのはショッキラスがやってくる直前の出来事だ。

 俺は声を潜めて切り出した。

 

「島の外から来た他所者が山の上に“何か”を運び込んだ。そのあとでショッキラスの大群が島に押し寄せた……この二つ、無関係だと思うか?」

「……思わないわね」

 

 昨夜の夜番で、ヤシロが気づいたことだ。島を覆う群れの密度が島の中央、特に山の方へ向かって濃くなっていた。まるで何かに引き寄せられるかのように。

 ヤシロは、絵の中の機械をとんと指で叩いた。

 

「あの群れは、この島の“何か”に引き寄せられてる。その“何か”が、この山頂に運び込まれたこの機械だとしたら?」

「筋は通るが……」

 

 自分で言っていて寒気がした。

 怪獣の襲来なんてものは天災だと思っていた。地震や津波と同じだ、それは人間の理解を超えた不条理でどうしようもないものだ。

 だが、もし違ったら。

 もしショッキラスの群れを呼び寄せてこの島を地獄に変えたのが、人間によるものだったとしたら。

 

「……あの、どうかしたのかい?」

 

 不意の声に俺たちが振り返ると、いつの間にかエドウィンがこちらを覗き込んでいた。

 ……知恵は多い方が良い、こいつも何か知っているかもしれん。俺はエドウィンに訊ねた。

 

「先生、この絵を見てくれ。アキラが襲撃の前に見たものらしい。何か心当たりはないか?」

「う、うーん……」

 

 エドウィンは絵を覗き込んだ。

 そしてしばらく考え込んだあと、「……ああ」と、合点がいったように頷いた。

 

「これは展望台だね。隣の山の頂上にあるよ」

「展望台?」

 

 聞き返すヤシロにエドウィンは隣の山を指した。隣の山へは峰伝いの尾根道で繋がっており、そこから少し登るだけで向こう側へ渡ることが出来そうに見えた。

 エドウィンは続けた。

 

「あの展望台にはぼくもフィールドワークで何度か登ったよ。古い灯台のような造りでね、頂上に見晴らし台のような建物が建っている。この絵の建物は間違いなくそれだろう」

「その展望台に、こういう機械は?」

 

 ヤシロがさらに追求すると、エドウィンは困ったように眉を下げた。

 

「いや、それは知らないな。ぼくが登ったときはただの古い見晴らし台だった。望遠鏡が一台あったきりだ」

 

 そう答えるエドウィンの言葉に嘘の匂いはない。

 ……ともあれ、これではっきりした。この絵に描かれた場所は実在する展望台で、そこに何者かが何らかの機械を運び込み、その直後この大黒島はショッキラスによる襲来を受けた。

 答えは隣の山の頂上にある。

 

「……決まりね」

 

 ヤシロが、すっと立ち上がった。その目には、もう迷いがない。

 

「この展望台に行きましょう。この絵の機械が本当に存在していて、それがショッキラスを呼び寄せたんだとしたら、機械を止めれば事態が動くかもしれない。確かめる価値はあるわ」

「待て待て、気が早えだろうが」

 

 俺は、勢い込むヤシロを制した。

 

「どうやって行く気だ。展望台は隣の峰のてっぺんだ。峰伝いに行くにしても、そこへ行くにゃどのみち外を通らなきゃならん……下を見ろよ」

 

 顎で、眼下を示す。

 ちょうど山と山の峰を横切る形で、ショッキラスの群れが黒く蠢いていた。展望台へ続く尾根道も、その黒い波の通り道のど真ん中を通っている。

 

「あの中を突っ切って山頂まで登れってか? 一匹二匹ならともかく、あの数だぞ。装置にたどり着く前に骨までしゃぶられて終わりだろうよ」

「……っ」

 

 ヤシロが、悔しげに唇を噛んだ。

 答えは見えた、あの山の上だ。

 だが、そこへ至る道がない。手の届くところに突破口があるのに触れられない。これほど焦れったいこともなかった。

 

「ちくしょうっ、せっかく手掛かりを掴みかけたってのに……!」

「落ち着けヤシロ。なにか他に手はあるかもしれんし……」

 

 悔しがるヤシロを宥めていた、そのときだった。

 

 ザ、ザザッ……。

 

 俺の腰で、死んでいたはずの無線機が、ふいに音を立てた。

 全員の動きが、止まる。

 俺は弾かれたように、それを引っ掴んだ。砂嵐のようなノイズの向こうに、声が混じっている。

 

〈ザザ……こちら、本隊……ザ……応答せよ、繰り返す……っ、聞こえるか……!〉

 

 間違いない。機龍隊の誰かが通信してきてるんだ。

 

「……っ、通信が……!」

 

 ヤシロが横から飛びつくように、俺と一緒に無線機にかじりついた。

 今までうんともすんとも言わなかった無線が、今この瞬間だけ生き返っている。

 考えるのは後だ。俺は通信機へ噛みつくように応答した。

 

「こちらハヤマ! 聞こえてます! ハヤマとヤシロ、生存! 保護した民間人も無事です!」

 

 一瞬の沈黙のあと、ノイズの向こうでミヤガワ副長の声がはっきりと震えた。

 

〈……っ、よかった……! 生きてたか、二人とも……!〉

 

 その声を聞いた瞬間、張り詰めていた何かがほんの少しだけ緩んだ。

 繋がったんだ、ようやく外と。

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