「信号が落ちました! 妨害電波、減衰……今です!」
作戦開始は夜更け、深夜23時。例の装置:MANTAによる妨害電波が弱まるのを見届けて、ミヤガワは指示を下した。
「リンク確立を急げ。時間は一晩しかない」
コンソールにかじりついたオペレーターたちの指が、猛然と動く。
装置の信号が谷に落ち、妨害電波が緩むこのわずかな隙。それが唯一の好機だ。
「リンク確立! メカゴジラ機龍、応答します!」
「主機関、出力上昇……安定! いつでも起動できます!」
報告を受け、ミヤガワは傍らのトガシを振り返った。
トガシは胸の前で堂々と腕を組みながら、浜の中央を見据えたまま微動だにしない。
「…………。」
黒い甲殻に覆い尽くされ、墓標のように突っ立っていたメカゴジラ機龍。
その双眸に黄色い眼光が灯る。
……この一手に、すべてが懸かっている。取り残された二人の部下の運命も、機龍も、爆撃の刻限も。トガシが背負ったものの重さを、ミヤガワは隣で痛いほど感じていた。
やがてトガシは、腹の底まで届く声で命じた。
「メカゴジラ機龍、起動。暴れてこい」
咆哮にも似た起動音が、夜の浜を震わせた。
「……――――――ッ!!」
次の瞬間、機龍の背部ユニットのロケットブースターから、橙色の炎が噴き上がる。点火と同時、五十メートルの巨体が、群がる蟲どもを振り払いながら垂直に跳ね上がった。
しがみついていたショッキラスが噴射炎に灼かれ、あるいは風圧にちぎれ飛ぶ。機龍は夜空高く舞い上がり、そして頂点で身を翻す。
重力に任せて自由落下。
落下の刹那、メカゴジラ機龍の右拳が唸りを上げて変形する。叩きつけられる巨体の全重量と、落下の勢い、その全部を拳の一点に乗せて。
衝撃が、轟く。
機龍の鉄拳:ブラストインパクトナックルが、浜を埋めた群れのただ中へ打ち込まれた。
盛大に巻き上がる土砂の粉塵。
大爆発じみた激烈な衝撃波が同心円状に広がって、砂浜の砂が舞い、大地が割れ、半径数十メートル圏内に蔓延っていたショッキラスが波が砕けるように一斉に吹き飛んだ。黒い甲殻が宙を舞い後退してゆく。
「すっ、すげえ……!」
若い隊員の誰かが感嘆の声を漏らしたが、それで終わりではない。
吹き飛ばされた群れのさらに後ろから、海から、山から、際限なく湧いてくる黒い波がたった今立ち上がった鋼鉄の巨体めがけて、再び殺到を始める。
ゴジラに似た姿のメカゴジラを本物の宿主と見たか、あるいはただ動くものへ群がる本能か。理由はどうあれ、島中のショッキラスの憎悪が機龍一体に集中していた。
「来ます、第二波! 機龍に殺到!」
「上等だ」
トガシは、眉ひとつ動かさなかった。
「むしろそれでいい。奴らを出来るだけ引きつけろ」
「了解。管制、聞いたな! ショッキラスを引きつけろ!」
ミヤガワが復唱を飛ばすと同時に、機龍が両腕を構えた。
左右の前腕に仕込まれたミニガンが火を噴き、猛烈な弾幕が押し寄せる黒い波を薙ぎ倒してゆく。一匹一匹は小さくとも数が桁違いだ。撃っても撃っても、仲間の屍を踏み越えて次の波が来る。
「一歩も退くな! 群れをこの浜に縛りつけたまま、削れるだけ削れ!」
トガシの命じた通り、機龍は退かない。
口腔部が展開し、二連装メーサーキャノンが火を噴く。黄色い稲妻状の殺獣光線が夜を裂いて走り、群れを薙ぎ払って甲殻を焼き焦がす。
続けて背部ユニットが起き上がり、多連装ロケット弾:六八〇ミリの大型噴進弾が、白煙を引いて斜面へ降り注いだ。着弾、炸裂、山肌を這い上っていた群れごと夜空が橙色に明滅する。
「弾幕の薄い箇所が出ます! 四七〇ミリ誘導弾で潰します!」
ミヤガワの指示で、バックユニットから小型の誘導弾が曲射弾道を描いて飛ぶ。山なりに落下し、機龍の死角を埋めるように、群れの薄い箇所を的確に叩いた。
それでも、足元へ取りつくものは絶えない。脚を、装甲の継ぎ目を、よじ登ってくる。
「まとわりつかれたら終わりだ! 寄せ付けるな!」
「スラッシャーウィップ、展開!」
オペレータの操縦で、機龍の左腕が跳ね上がった。
左腕に外付けされた装備から鋼鉄の刃を連ねた長大な
鞭の刃が、地を這う高さで大黒島の浜を一文字に薙ぎ払う。しなりの先端が音速を超え、空気が裂ける鋭い音とともに、進路上のショッキラスが――数十、いや、数百か――まとめて両断され、宙へ撥ね上げられた。
返す刀で、逆方向へもう一薙ぎ。黒い甲殻の波が、刃の通ったあとだけぱっくりと割れて消し飛ぶ。一振りで群れの一列が消える、薙ぎ払いの暴力だ。
機龍はスラッシャーウィップを振るい続ける。
空気の破裂音と共に、鋼鉄の鞭が浜を打ち鳴らす。
雷鳴じみた打撃音が地を打つたびに、衝撃と轟音が同心円に走り、機龍の足元へ群がろうとしていたショッキラスの群れは波が引くように距離を取る。
「……あれが、例の試作兵器か」
ミヤガワは、思わず唸った。
スラッシャーウィップは本来、対ゴジラ戦では使い物にならないと評価も割れていた装備だ。ゴジラの強固な外皮には刃が立たず、強度面にも難がある。
だが、数で押し寄せる小型の群れを面で薙ぐとなればこれ以上の得物はない。皮肉なものだ。本命の敵には無用の長物が、想定外の敵にぴたりと嵌まっている。
メカゴジラ機龍VSショッキラス。
メーサーで焼き、弾幕で薙ぎ、ロケットで吹き飛ばし、鞭で払う。対ゴジラを想定して造られた人類の切り札が、たかがフナムシ相手に持てる兵装を片端から叩きつけてゆく。
それでも機龍は戦っていた。一秒でも長く、群れをこの浜に縛りつけるために。
「ミヤガワ。残弾と装備の残量、逐一報告しろ」
「は」
「機龍がいつまで保つか、その線を見誤るな。撤収の頃合いを逃せば、機龍ごと爆撃に巻き込まれる」
「……了解しました」
トガシの横顔は険しかった。
爆撃のタイムリミットも、機龍の限界も、刻一刻と近づいている。トガシはそのすべてを天秤にかけながら、なお部下の生還を諦めていない。その重圧を一人で背負い込んだ顔だ、とミヤガワは思った。
「……保ってくれよ。あの二人が、片をつけるまで」
ミヤガワの呟きは、戦闘の轟音に呑まれて誰の耳にも届かなかった。
浜の方で、地を揺らす重低音が響いた。
見下ろしてみれば浜で大立ち回りを演じているのは機龍隊、そしてメカゴジラ機龍だ。双眼鏡の向こうでは動き出した鋼鉄の巨体めがけて、島を覆っていた黒い群れが潮の向きを変えるようにいっせいになだれ込んでゆく。
「……やってるわね、機龍の奴」
「そうだな」
あれだけの大物が暴れていれば、ショッキラスたちの目はそちらに釘付けになるだろう。その隙にこっちは動く。
ヤシロが提案した作戦は単純だ。ショッキラスの群れが機龍に気を取られているうちに俺たちは隣の峰の展望台へ登り、そこにあるという“装置”を止める。
ミヤガワ副長たちの読みが正しければ、ショッキラスの群れをこの島に縛りつけているのはその装置だ。それさえ止めれば、いや、止め方が分からなければぶっ壊してでも黙らせる。
問題は、誰がそこまで案内するかだった。
「アキラ、展望台への道は分かるか」
しゃがんで訊くとアキラはこくりと頷いた。それから自分の胸を指して、案内する、とでも言うように山の方を指差す。
だけど俺は首を振った。
「だめだ。おまえは連れていけない」
俺がそう答えると、アキラはがっくりと肩を落としていた。
たしかにアキラは島中を知り尽くしているのだろう。道案内としてはこれ以上ないかもしれない。
だが、10かそこらのガキを、危険な怪獣が群れでうろついている山の中に連れていけるわけがない。万一はぐれでもしたら、そして万一間に合わなかったら。
かといって、口のきけないアキラに道順を教われるわけでもない。地図を描かせる時間も、それを夜の山で読み解く自信も俺にはなかった。
……手詰まりだ。舌打ちが出かかったそのとき。
「それなら、ぼくが行くよ」
遠慮がちに手を挙げたのは、エドウィンだった。振り返ると、エドウィンはおどおどしながらも毅然とした目つきで言うのだった。
「ぼくは、フィールドワークで何度かあの山に入っている。夜の採集にも慣れているし、山の上の展望台にも行ったことがある。展望台への道案内くらいならできると思う」
「あんたが?」
俺は思わず聞き返した。
この、研究室の灯りの下でしか生きてこなかったような、インドアなオタクの科学者が。
「悪いが先生、民間人を巻き込むわけにはいかない。あんたはここでアキラと……」
「いやだ!」
俺の言葉を遮るようにエドウィンは言った。
「……ずっと、隠れていることしかできなかった。親切にしてくれた村のみんなが食われていくのを、山の上から、ただ見ていることしか出来なかった」
そしてエドウィンは声を詰まらせる。
「……そんなの、情けないじゃないか。だからせめて、せめて、これくらいの手伝いをさせてくれよ……っ!」
そう語るエドウィンの声はわずかに震えていたが、目には必死な色があった。
……臆病で、気弱で、頼りないミーハーなオタクの科学者。だがその男がここへ来て、懸命に食い下がっている。柄にもなく勇気を振り絞ったんだろう。
ちらと横を見ると、ヤシロも小さく顎を引いた。同意、ということらしい。
俺は了承した。
「……分かった。だが、指示には従ってもらう。いいな」
「ああ。ありがとう……ありがとう……!」
何度も頷くエドウィンを横目に、俺は最後の問題に向き直った。
……エドウィンの話では、展望台からは機龍のいる北の海岸が崖の陰になって見えないらしい。機龍隊がどう動くか、機龍がいつまで保つか、それを観測する役が誰か一人ここに残らなきゃならない。
つまり、俺かヤシロか、二手に分かれることになる。
「俺が行く」
「却下」
俺の提案を、ヤシロは即座に却下した。
「残るのはあんたよ、ハヤマ。観測役には、状況判断と無線がいる。その手の大局的な判断ならあんたの方が得意でしょう?」
だけど俺は反論する。
「だが装置はどうする。止め方が分からなけりゃ運び出すか、でなけりゃ壊すしかない。力仕事だ、男手の方がいいだろう」
ヤシロも負けじと言い返す。
「破壊するだけなら銃で撃てばいい。わたしでも出来る」
「単純に考えすぎだ。あの装置が何をしてるのか、まだ正確なところは分かってねえんだぞ。下手に撃って中途半端に壊れてみろ、暴走して群れがどう動くか読めたもんじゃない。撃って終わり、なんて単純な話じゃ……」
「あら、あんた心配してくれてんの? 悪いけど、心配される筋合いはないわね。今回の作戦を提案したのはわたしよ。自分が言い出したことくらい自分でケツを拭くわ」
「誰もおまえの心配なんざしてねえよ。作戦の成功率の話をしてんだ」
「だったらわたしが行っても同じでしょう、って言ってるんだけど?」
「それなら俺が行ったって同じだろう、って言ってるんだ」
……埒が明かない。
ヤシロと互いに睨み合ったまま数秒経て、先に言い出したのは俺の方だった。
「……やるか」
「……そうね」
それから俺とヤシロは、無言で向かい合った。間合いは一歩、互いの右手を腰だめに引き、月明かりの下で二つの影が微動だにせず対峙する。
居合の達人同士の居合対決、もしくは凄腕ガンマンの早撃ち勝負さながらのシリアスな空気感。
一度限りの真剣勝負、俺たちは同時に拳を出した。
「「最初はグー、じゃんけんほいっ!!!!」」
俺の手はチョキ、ヤシロがグー。
結果を見て、ヤシロはにんまりと満足げに微笑んだ。
「わたしの勝ち。あんたは残りなさい」
……くそ。
負けた手を俺は握り直した。こんなことで、と言い返してやろうかとも思ったが、自分から言い出した勝負だ。ここで卓袱台を返せばそれこそ格好がつかない。
「……おい、ヤシロ」
「なによう、まだなにかあるわけ?」
不服そうなヤシロに、俺は絞り出すように告げた。
「無茶は、するなよ」
その言葉にヤシロは一瞬虚を突かれた様子だったが、やがていつもの気取った顔でふっと笑った。
「……そっちこそ」
そう言い残して、ヤシロは身を翻した。ヤシロとエドウィン、黒い山肌へ二つの背中が呑まれてゆく。
危険の只中へ登ってゆく二人を、俺はその場に残って見送ることしかできなかった。
ヤシロ=ハルカとエドウィンが山の上の展望台にたどり着いたとき、展望台の扉は施錠されていなかった。
「ここですか、エドウィンさん」
「あ、ああ、そうだ……」
ヤシロは銃を構えたまま、足音を殺して中へ滑り込む。背後でエドウィンが、怯えた呼吸を押し殺してついてくる。
夜の展望室に、『それ』はあった。
据え付けの望遠鏡は撤去され、代わりに机ほどの大きさの機械が一基、ケーブルで数珠繋ぎにされて鎮座している。窓を突き破って屋上へ伸びる、組み立て式のアンテナマスト。発電機。そして中央のコンソールでは、波形を描くディスプレイが、とくんとくんと規則正しいリズムで青白く明滅していた。
ヤシロは呟いた。
「これが、MANTA……!」
MANTAの脇には、寝袋と、開封されたままの携行食が散らばっていた。誰かがここで寝泊まりしながら装置を動かしていた痕跡だ。
そして部屋の隅には、毛布を被せられた人の形が一つ。ヤシロは毛布の端を持ち上げ、すぐに戻した。死後数日。生きたまま全身をショッキラスにかじられて殺された、黒いスーツの男だった。
「時間がないわね……」
MANTA停止のタイミングは、残り10分強。ヤシロは思考を巡らせる。
完全停止の手順を確認する余裕はない。しかもMANTAは大掛かりでしかも台に据え付けられており、ここから運び出すのは難しいだろう。
……だったら。
「破壊するのか?」
「ええ」
背後からエドウィンに訊ねられ、ヤシロはそれに頷きながら銃を構えた。
どれだけの強度があるかわからないので、中央を撃ち抜けるように真ん中を狙う。装置の筐体に銃口を突きつけ、トリガーに指をかける。
ヤシロがMANTAを破壊しようとしたそのとき、エドウィンが小さく呟くのが聞こえた。
「……じゃあ、仕方ないな」
刹那、ヤシロの首筋へ鋭い痛みが走った。
「――っ!」
ヤシロは反射的に背後へ肘を打ち込んだ。手応えはあったが、浅い。
「おっと」
振り返りざまにヤシロは、尻餅をついたエドウィンが後ずさっていくのを見た。エドウィンの手には、空になった注射器が握られている。
咄嗟に銃へ手を掛けようとするものの、掛けたはずの指が銃床の上で滑った。全身に力が入らない。
「が……へ……!?」
「流石だ。危ないな、もう」
ヤシロの膝が落ちた。石の床に崩れながら、ヤシロの頭は奇妙なほど冷静に回り続けていた。
……見くびっていた。怯えて隠れることしかできない男だと。むしろ勇気を出して協力してくれたことについては、見直しすらしたのに。
その見立ては正しかったのだ。武器なんて最初から要らなかった。必要だったのは注射器一本と、信用と、背後に回る一瞬だけだったのだから。
崩れ落ちるヤシロを見下ろしながら、エドウィンは立ち上がる。その表情は微笑みに満たされていた。
「な……ぜ……?」
「……ヤシロ中尉、きみは人が良い。だけど、もうちょっと他人を疑った方が良いね」
そう語る声は、いつもの声だった。あの、おどおどと湿った声。なのに中身だけが、すっかり入れ替わっている。
「そうとも、ぼくはデナム大の海洋生物物理学者、それは本当だ。だが、ひとつ伏せていたことがある」
エドウィンは装置のコンソールに歩み寄ると、明滅する波形を我が子でも見るような目線で眺めた。
「ぼくは連合政府に雇われていてね。このMANTAを開発したのはぼく、この島にショッキラスを呼び寄せたのもこのぼくさ。本当だったらゴジラを近くの無人島に誘導するつもりだったんだが、運用試験で失敗した挙句がこのザマだ」
部屋の中心で件の装置、MANTAがとくんとくんと脈を打つ。
その様子を愛おしげに見つめながら、エドウィンは言った。
「……皮肉だろう? キングオブモンスターを呼ぼうとしたつもりが、周りにまとわりついてるムシケラが集まって来た。しかも信号で興奮しきって、誰の手にも負えない。暴走した装置を止めようとした奴は、ああなった」
エドウィンは顎で、部屋の隅の毛布を示した。あの黒スーツの死体はきっとエドウィンの仲間だったのだろう、とヤシロは理解した。
「だけどヤシロ中尉、君たちが来てくれて助かったよ。君たちGフォースが来てくれたおかげで、ぼくもここまで安全に登って来られた。MANTAのデータも回収できる。見捨てられたかとも思って一時は絶望もしたが、今回のデータを手土産にすれば返り咲くことくらいはできるだろう」
「か……は……!」
身体が、動かない。
舌が、痺れて持ち上がらない。声を、出さなければ。麓のハヤマに報せなければ。けれどヤシロの喉から漏れたのは掠れた吐息だけだった。
「君はMANTAを破壊するつもりだったようだが、そうはさせない。MANTAはぼくの人生を懸けた研究だ。せめてショッキラスを制御できるようになってからとは思ってたんだが……」
そう言ってエドウィンは腕時計に目を落とす。その仕草でヤシロは理解した。
……この男は知っている。MANTAの動作にリズムがあることも、ショッキラスが山に登ってくるタイミングも、最初から何もかも知っていたのだ。
そもそも思い返せば、この山の展望台のことを言い出したのはエドウィンだった。あのときハヤマとの会話で思い出したかのような風だったが、本当はわざと言い出したのだ。こうしてヤシロたちを利用してMANTAのデータを回収するために。
「どうも、その余裕はなさそうだ。MANTAのフル出力が再開されるまで、あと七分。ぼくはこの運用試験のデータだけ頂いて先に失礼するよ。君は気の毒だがここで死んでもらう」
エドウィンはコンソールの脇から、銀色のディスクを引き抜いた。それから床に落ちていたヤシロの銃をつまみ上げるように拾って、窓の外へ放り捨てる。
「……恨まないでくれよ、ヤシロ中尉。ぼくが
そう嘯きながら、エドウィンは滔々と言う。
「ぼくのMANTAは、ゴジラではないにせよ怪獣の生体電磁波に干渉することには成功した。失敗もしたが、科学の進歩には尊い犠牲がつきものだ。怪獣黙示録のこのご時世、危険な怪獣を思うとおりに制御できるようになったらいったいどれだけの人が救われるか、考えてみたらいい……」
動け。
ヤシロは床に爪を立てた。力の入らない指先が、震えながら数センチ進む。動け。動け。あの子が。ハヤマが。まだ、何も知らない――
「ハヤマ中尉には『ヤシロ中尉はショッキラスに殺された』と伝えておくよ。安心してくれ、嘘じゃない。七、八分もすれば本当になるさ」
「ふ……ざ……け……!」
出て行く間際、戸口で一度だけエドウィンは振り返った。見たのはヤシロではなく、暗闇に明滅し続ける青白い波形だ。
「悪く思わないでくれ。ぼくはただ……」
続きは言わなかった。言い訳の在庫が尽きたのか、それともそれらを自分でも信じられなくなったのか。
やがてエドウィンは展望台を去ってゆき、足音も遠ざかっていった。
「く、そ……!」
取り残されてからしばらく、ヤシロは懸命に這いずろうとしたが、薬を打たれた体はちっとも動かない。このままだとエドウィンの言うとおり、これからこの山に登ってくるショッキラスの大群に食い殺されてしまうだろう。
そのとき。
……からん。
戸口で小さな音がして、ヤシロは霞み始めた視界を必死で持ち上げた。
扉の隙間に、小さな顔。月明かりの下で息を切らせて、目を見開いて、一部始終を見ていたであろうアキラがそこに立っていた。
「…………っ!」
アキラは床を滑り込むようにヤシロの傍らへ辿り着く。肩を掴んで縋りつき、揺さぶる。引き起こそうとする。細い腕で、必死に。びくともしない大人の体を、それでも。
そんなアキラに、ヤシロは唇だけで言った。
「に、げ、な、さ、い……」
アキラは、ちぎれそうなほど激しく首を横に振った。
……ああ、と思う。
この子は、最初からこうだった。会ったばかりのわたしたちに、帰れと。自分を置いて行けと。命懸けで手を払っていた子だ。
その子がいま、逃げることだけを拒んでいる。
とくん、とくん、とMANTAの波形が脈を打っている。タイムリミットを越えれば、山に潜んでいるショッキラスの群れが目を覚ます。動けない獲物のもとへ匂いを辿って。
「こ……っ……ち……へ……!」
ヤシロは最後の力で腕を動かし、縋りつくアキラの小さな体を自分の体の下へと引きずり込んだ。
意味がないことは、分かっていた。あの数で来られたら、肉の盾一枚で守れる道理がない。
それでも、他にできることが何もなかった。
霞んで落ちていく意識の底で、ヤシロは最後に一人の男の顔を思い浮かべた。
――ハヤマ。
声が出ないままその名を呟くと同時に、ヤシロの視界は落ちた。
アキラの姿が見えない、と気づいたのは、ヤシロとエドウィンの二人を送り出してからしばらく経った頃だった。
毛布の膨らみだと思っていたのは、丸めた筵だった。
……やられた。あの野郎、勝手に抜け出して行きやがった。
追うべきか。持ち場を守るべきか。逡巡する俺の耳に、こちらへ駆け戻ってくる足音が届いた。
ヤシロたちが戻ったのかと思いかけて、いや違うと気づく。足音が一人分しかない。
現れたのはエドウィンだった。やけに慌てた様子で、一人。
「ハヤマ中尉、大変だ!」
駆け寄ってきた男は、俺の装具に縋りついた。あの最初の夜と、同じように。
「ショッキラスだ! はぐれの群れに出くわして、ヤシロ中尉がぼくを庇って……っ!」
「なんだと……!?」
頭の中が、白くなった。
エドウィンは続けた。
「だ、駄目だった、あっという間で……すまない……すまない……!」
白くなりかけて……止まった。
待て。銃声は? 俺はこの二十分、ずっと耳を澄ませていた。物音ひとつ立てられないこの島の夜で、銃声を聞き逃すはずがない。
俺は、静かに訊いた。
「……なあ先生。ヤシロは、撃ったのか」
「え……?」
「群れに出くわしたんだろう。あいつは撃ったのか、と訊いてるんだ」
「う、撃った……撃ったとも! で、でも数が多すぎて……」
「……そうか」
銃声はしなかったんだがな、という指摘は伏せておく。
あいつが死んだ? ヤシロ=ハルカが、ろくな抵抗もせずに?
……笑わせるな。あいつの諦めの悪さも、修羅場の潜り抜け方も、本人に言ったことはないがこの俺が誰よりも知っている。
こんなところで死ぬようなタマじゃねえんだ、ヤシロ=ハルカって女は。
「ハ、ハヤマ中尉、聞いてるのか!? 彼女はやられた、だから早く逃げ……」
「……悪いな、先生。俺はヤシロほどお人好しじゃねえんだ」
「な、なにを言って……」
すかさず俺はエドウィンの胸倉を掴み上げ、その眉間に銃口を突きつけた。
「案内してもらおうか。ヤシロを、どこに置いてきた」
ゴジラ映画の反転攻勢と言えばこの曲ですよね。この曲の平成バージョンは『VSビオランテ』が初出。
好きなキャラは?
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ハヤマ=ススム
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ヤシロ=ハルカ
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トガシ=ワタル
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ミヤガワ=タクヤ
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エドウィン=ベニ
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アキラ
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マキ=ゴロウ
-
カンザキ=トオル
-
イガラシ=ハヤト
-
グレアム=カスリー