メカゴジラ機龍VSショッキラス   作:よよよーよ・だーだだ

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9、声

 しばしの沈黙。

 俺から銃を向けられたエドウィンは、ひきつった笑顔を取り繕いながら答えた。

 

「……は、はは、なにを言ってるんだい、ハヤマ中尉。言ったろう、ヤシロ中尉はショッキラスに殺されたって」

 

 そんなエドウィンの台詞で、俺の中の疑惑は確信へと変わった。この男、例のMANTAとかいう装置について何か一枚かんでやがる。そう直感した。

 

「落ち着いてくれ、ハヤマ中尉。仲間が死んでショックな気持ちはわかるが、冷静になって……」

「あんた、やっぱり何か隠してやがんな。MANTAのことも、ショッキラスが操られてることも、最初から知ってたんだろう。違うか?」

 

 ……ずっと、引っ掛かってたんだ。

 怪獣博士でもないくせにショッキラスなんてマイナーな怪獣を知ってる奴が、ショッキラスが絡んだ事件の現場にたまたま居合わせる? そんな偶然あるわけねえだろ。

 

「あんたが展望台に向かったのは自分で言い出したことのはずだ。あれだけ『何かさせてくれ』と懇願していたあんたが、いざとなったらヤシロを置いて自分だけ逃げ帰ってくる? おかしいだろ、どう見ても」

「そ、そんな……!」

「それと、」

 

 俺はさらに気づいたことを突きつけた。

 

「今さりげなくポケットに隠したものは何だ。見せてみろ」

「……っ!」

 

 俺が指摘した途端、エドウィンの目が泳いだ。

 一瞬見えたのは何かのディスクに見えたが、やはりそうか、これはエドウィンにとって何か重要なものなんだろう。それも、俺たちGフォースに見せられないような何かだ。

 エドウィンはすぐに気を取り直し、逆ギレしたような勢いに任せて声を荒げた。

 

「きみはぼくに、ショッキラスに立ち向かって死ねって言うのか!? きみはGフォースの兵士だろう、一般市民を守るのが使命じゃないのか!?」

「知ったことか。いいからそのポケットの中身を見せろ、この野郎」

「ぼくは民間人だぞ! 保護対象だ! こんな扱い、許されると思っているのか……」

 

 エドウィンは喚き散らしながら、じりじりと後ずさってゆく。

 いっそ一発ブン殴って吐かせてみるかと指に力を込めかけた、そのときだった。

 

 

「ハヤマさーん………っ!!」

 

 

 声が、夜気を貫いた。

 隣の峰の方からだ。細く、甲高く、それでも喉を振り絞るような子供の声。

 あの声は。

 

「アキラ……!?」

 

 あの、ひと言も発しなかった子供が声を上げている。この島で声を出すことが何を意味するか、誰よりも知っているはずのあいつが。

 それでも叫んでいる。俺の名を。

 考えるより先に足が動いていた。エドウィンなんてこの際どうでもいい、こんな奴に構っている場合じゃない。あの声の方へ一刻も早く。

 

「お、おい、ハヤマ中尉……!」

 

 背後でエドウィンが何か叫んでいたが、知ったことか。

 俺は銃を握り直し、声のした方へと一息に駆け上がった。

 

 

 自分の声の出し方を、アキラはもう思い出せなくなっていた。

 大人たちみんなによく笑う子だと言われていた。おはようも、いただきますも、おやすみも、誰よりも大きな声で言っていた。

 それが、あの夜に全部こわれてしまった。

 

 ショッキラスの群れが村を襲った夜のことを、アキラは断片でしか思い出せない。

 覚えているのは声だ。悲鳴を上げた人から順番に消えていった。

 ……助けを呼んだ声。名前を叫んだ声。痛みに泣いた声。そのどれもが、闇の中の黒いものを呼び寄せた。声のした方へ奴らは迷わず殺到した。

 声を上げた人が襲われる。襲われた人がまた声を上げるとその声にもっと集まってくる、まるで声そのものを食べに来るみたいに。あの夜からというもの、この島では声を上げれば死ぬのだ。

 

 だからアキラは口をつぐんだ。

 

 ……泣きたくても泣かなかった。誰かを呼びたくても、呼ばなかった。声を殺して、息を殺して、物陰から物陰へ、ただ生き延びることだけを考えた。

 そうして声を呑み込み続けているうちに、いつからか出したくても声が出せなくなっていた。

 喉の奥に見えない蓋がはまったみたいに。

 声は死を呼ぶ。

 その恐怖が、骨の髄まで刻み込まれた。

 

 だから、あの男が来たときもアキラは何も言えなかった。

 

 神社に隠れていたあの男、エドウィン=ベニ。

 ハヤマたちは被災した気の毒な学者だと信じていたけれど、アキラはひと目見たときから体がすくんだ。

 知っていたのだ。あの男を。

 あの夜より前、白くて四角い船で島にやってきた黒い服の大人たちの中にエドウィンはいた。港でアキラと目が合ったあのとき笑いかけてきた男たち、エドウィンはその中の一人だったのだ。

 あの人たちが来てから島はおかしくなった。

 アキラはあの男が怖かった。あの男は、村のみんなをこんな目に遭わせた何かと繋がっている。子供のアキラにもそれだけははっきりと分かった。

 

 けれど、それをどうやって伝えればいい。

 

 声は、出ない。

 筆談で書こうにも、あの男の何がどう危険なのかアキラには上手く言葉にできなかった。本土から島にやって来た、だからなんだ。根拠と言えば直感的に「怖い」「あぶない」と感じている、ただそれだけだったから。

 だから、絵を描いた。

 覚えているかぎりを、紙に。白い船。黒い服の大人たち。山の上の展望台へ運ばれていった大きな機械。

 けれど、その絵をアキラはどうしてもあの男のいる前で広げられなかった。気づかれたら何をされるか分からない。あの男はいつもへらへら笑っていて、その笑顔の奥がまるで読めない。

 それが何より怖かった。

 

 ハヤマとヤシロには伝えられなかった。いちばん大事なことが、いつもいちばん伝わらない。

 声を失った子供の必死さは誰にも届かないまま、ただ胸の中に降り積もっていくばかりだった。

 

 そうして、今。アキラの目の前でヤシロが倒れている。

 あの男に何かを打たれて指一本動かせないにも関わらず、アキラに対しては唇だけで「逃げなさい」と言ってくれた。

 ……いやだ。

 この人までいなくなってしまうのは、いやだ。

 帰れと突き放そうとしたこともあるけれど、本当は大人にずっとそばにいてほしかった。怖い夜に一緒にいてくれた。絵を褒めて頭を撫でてくれた。絶望の只中へ助けに来てくれたヤシロとハヤマが、アキラにとって世界の最後の灯だった。

 助けを呼ばなきゃ。

 でも、どうやって?

 アキラは、自分の喉に手を当てた。

 声を出せ。たった一言でいい、あの人の名前を口にすればいい。

 ……わかっている。声を出せば、あいつらが来る。村のみんなを呑んだ、あの獰猛な肉食フナムシどもがやってくる。声は死を呼ぶ。骨の髄まで刻まれたその掟が、アキラの喉の奥を固く固く蓋している。

 恐ろしい。

 逃げ出したい。

 けれど、ここでアキラが黙って逃げ出せばヤシロは死ぬ。黙って見ているだけならあの夜と同じだ。物陰に隠れて、声を殺して、みんなが消えていくのをただ見ていたあの夜と。

 そんなの、いやだ。

 ……すう。

 アキラは、息を吸った。

 胸いっぱいに、震えるほど深く。

 そしてありったけの力で、喉の蓋をこじ開けた。

 

「……ハヤマ、さんっ」

 

 声が、出た。

 掠れて裏返ってみっともなく震えた、それでも紛れもない自分の声が夜の山に響いた。

 返事はなかった。

 アキラはもう一度叫んだ、今度はもっと大きな声で。

 

「ハヤマさんっ! ハヤマさんっ!」

 

 喉が裂けそうに叫んでいるのに、その声は闇に吸い込まれて消えるばかりだ。届いていないのかもしれない。遠すぎたのかもしれない。 

 ……あるいはもう、誰も。

 

「ハヤマさーん!! ハヤマさーん!!」

 

 返事もないのに叫び続けていると、目の奥が熱くなって何かがこみ上げてきそうになる。やっぱりだめなんだ。自分の声なんて誰にも……

 

 かさ。

 

 聞こえてきたその音に、アキラの全身が凍りついた。

 聞き間違えるはずもない、あの無数の脚が擦れる音がした。

 

「……!」

 

 振り返ると展望台の入口、その暗がりにショッキラスの濡れた甲殻が光っていた。

 見ているうちに一匹、二匹と闇の中から這い出してくる。恐れていたとおり、アキラの声が奴らを呼び寄せてしまったのだ。

 すぐさまアキラは動いた。

 倒れたヤシロの前に、小さな体で立ちはだかる。足元に転がっていた装置の部品、鉄の棒きれを掴んでめちゃくちゃに振り回した。

 

「……っ!」

 

 アキラからの反撃で最も近くにいた一匹が後ずさる。

 けれど、それだけだ。その後ろから二匹三匹と現れる。床と壁を黒い甲殻が埋めてゆく。

 

「……っ! ……っ!!」

 

 数が違いすぎる。

 追い払っても追い払っても、ショッキラスは湧いてくる。一匹がアキラの足に取りつき、その重さと脚の蠢く感触にアキラの総身は粟立った。

 怖い。

 怖い、怖い、怖い。

 とうとう、こらえきれなくなった。アキラは叫んだ。

 

「いやああああっ……!!」

 

 

 声のした方へ、俺は夜の斜面を駆け上がっていた。

 隣の峰への稜線はつながっていたが、道なんて御立派なものはありはしない。灌木の枝が腕を裂き、濡れた下生えが足を取る。月は雲に隠れて、頼れる光もろくにない。

 それでも上だ。とにかく上へ。アキラはきっと展望台へ向かったに違いないのだから。

 尾根道を渡りながら、俺はアキラの描いた絵を思い出していた。あの絵の中で、例の装置が運び込まれた展望台は隣の峰の頂上に描かれていた。詳しい道までは描いちゃいなかったが、とにかく尾根を渡って上へ登りさえすればいつかは辿り着くだろう。

 だが。

 

「くそっ、どこだっ……!」

 

 木々が、視界を塞いでいた。

 登っても登っても、目に入るのは黒い梢ばかり。肝心の展望台がどこにも見えない。上を目指しているつもりだが、森に呑まれて本当に正しい方へ向かっているのかすら分からない。

 焦りが、喉元までせり上がる。

 ……ヤシロはどうなったかわからない。装置が再び動き出せば山中のショッキラスが目を覚ます。時間がない。一分一秒が、あいつらの命を削っている。

 なのに見つからない。

 くそう、俺は、俺は……っ!

 諦めかけたそのとき、つんざくような悲鳴が夜を裂いた。

 

「いやああああっ……!!」

 

 子供の声、そう遠くない。

 迷いなんて吹き飛んだ。考えるより先に体がその声へ向かう。

 ……あそこだ!

 俺は銃を握り直し、斜面を一気に駆け上がった。

 

 

 アキラが挙げたそれは、言葉ですらなかった。

 ただの悲鳴。村のみんなが上げて、そして消えていったあの悲鳴と同じだ。

 だめだ、と頭のどこかで理性が叫ぶ。こんな声を上げてしまえば、もっと集まってくるだろう。

 けれど本能には抗えない。

 終わりだ。あの夜と、同じになってしま……

 

 そのとき、銃声が夜を引き裂いた。

 

 一発。二発。アキラに取りついていたショッキラスの甲殻が、弾け飛ぶ。

 続いて、黒い影がアキラとヤシロの前に滑り込むように立ちはだかり、迫る群れへ続けざまに銃弾を浴びせる。広い背中、硝煙の匂い。

 

「アキラッ!!」

 

 ハヤマだった。

 ちゃんと届いたのだ、誰にも届かないと思っていたアキラの声が。

 迫るショッキラスの群れを次々と撃ち倒し、二人を背に庇って立つその姿。アキラの涙でにじんだ目にはそれが世界でいちばん大きく、強く、そして頼もしく映った。

 

「ハヤマさん……っ!」

 

 このときのハヤマの背中を、アキラはきっと一生忘れないだろう。

 

 

「アキラッ!!」

 

 足元を見れば床に倒れたヤシロと、それに縋りつくアキラの姿。

 アキラが無事なことをまず確認する。夜の藪を抜けてきたのか擦り傷はあるが、怪我と言えるほどのものはない。

 

「何があった。ヤシロは?」

 

 しゃがんで訊くと、アキラは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま懸命に答えた。

 

「……く、すり……あいつ、ヤシロ、さんに……ちゅうしゃ……うって……」

「注射? 薬を打たれたのか」

 

 こくこくと頷くアキラ。

 ……エドウィンの仕業か。腹の底で舌打ちしながら、俺はヤシロの傍に膝をついた。

 まず口元と鼻先に手をかざすと、浅いが息はあった。次に首筋へ指を当てれば、脈もしっかり打っている。

 肩を揺さぶって呼びかける。

 

「おい、ヤシロ! 聞こえるか、しっかりしろ!」

 

 ヤシロの眉がかすかに寄って薄目が開いた。焦点の合わない瞳が宙をさまよって、どうにか俺を捉えた。

 やがてヤシロの口の端がわずかに動き出す。

 

「ん……う……」

 

 返ってきたのは言葉にならない呻き声だったが、応えようとする意思を感じた。

 ……朦朧としているようだが一応意識はある。呼吸も脈も正常。打たれたというのはおそらく痺れ薬の類だろう。

 命に別状はなさそうだ。張り詰めていたものがわずかに緩んだ。

 

「……ったく、無茶するなって言ったろう。だらしねえな。あんな大根役者の三文芝居にころっと騙されやがって」

「んぐぐ……」

 

 そう言って俺が肩をすくめると、ヤシロは唸りながら俺をにらみつけてきた。

 ハヤマにだけは言われたくはないわよ、あんたこそまんまと騙されてたくせに……とでも言いたげな目つきだったが俺は無視した。薬が抜けるまで動けはしないだろうが、少なくとも今すぐ死ぬわけではないだろう。

 アキラとヤシロ、とりあえず二人の無事を確認したあと俺は展望台の外を見下ろした。黒い斜面の下からは、雨音にも似た無数の脚が蠢く音が聞こえてくる。

 

 かさかさかさかさ……

 

 アキラの叫び声に引き寄せられたか、あるいは仲間を殺されたのを察知したのか、理由はどうあれ山中のショッキラスがこちらへ集まり始めていた。展望台へ続く斜面が月明かりの下でじわじわと黒く染まってゆく。さっき撃ち殺したのとは桁違いの数で、あれを全部銃で捌くのは無理だろうと直感した。だいいち弾が足りん。

 となれば、元を断つしかない。

 俺は、部屋の中央で青白く明滅する装置へ目をやった。たしかMANTAとか言ったか、ミヤガワ副長たちからの話によればこいつがショッキラスたちを呼び寄せている元凶だという。そのMANTAのコンソールには見たこともない計器がびっしり並んでいて、どのスイッチがどれなのやら見当もつかない。

 ……考えている時間はなさそうだ。俺は壁の防災具に走り、据え付けの消防斧を引っ掴んだ。装置の前に立ち、斧を両手で振りかぶる。

 

「くたばれっ!」

 

 渾身の一撃を、コンソールの中央へ叩き込んだ。

 火花が散る。二撃、三撃。明滅していたディスプレイが砕け、ケーブルが千切れ、やがて青白い光がふっと消えた。

 ……止まったか。俺は息を整えながら、展望台の外へ目をやった。

 だが。

 

「ハヤマ、さん……!」

 

 アキラが絶句する。

 信号源を断ったというのに、ショッキラスの群れの勢いは緩むどころか、窓の縁や戸口などありとあらゆる出入り口に次々と取りついてくる。

 遅かったのだ。

 MANTAの信号はずっと出続けていて、とっくに島中のショッキラスを呼び集めきっていた。今さら蛇口を締めたところで、すでに溢れきった水は引きはしない。

 

「……くそったれが」

 

 俺はヤシロとアキラを背に庇いながら、斧を構えた。いちおう銃もあるが、こんなものあの数の前では焼け石に水だろう。

 背後のアキラに声を掛ける。

 

「つかまってろ、アキラ」

「……うん」

 

 迫るショッキラスたちに斧を向けながら、俺は奥歯を噛んだ。

 ……どうする、ハヤマ=ススム。動けないヤシロ、子供のアキラ、この二人を抱えてここをどう切り抜ける。

 けれどいくら頭を巡らせても、答えは出てこなかった。退路はない。三人まとめて他の島民たちと同じように生きたまま食い殺されることになる。

 

 『万事休す』とは、きっとこういうことを言うんだろう。

好きなキャラは?

  • ハヤマ=ススム
  • ヤシロ=ハルカ
  • トガシ=ワタル
  • ミヤガワ=タクヤ
  • エドウィン=ベニ
  • アキラ
  • マキ=ゴロウ
  • カンザキ=トオル
  • イガラシ=ハヤト
  • グレアム=カスリー
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