陰陽師が居る日本に召喚されたのは元日本人【悪魔】   作:庫磨鳥

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悪魔、怒るってよ。

 なにかが起きるたびに、みんなが言ってきた。

 

 お前の所為。

 悪いことは全部、お前の所為。

 お前は悪魔の子だから。

 悪魔の子が居るとみんな不幸になる。

 せめて、ごめんなさいって言わないと駄目だろ。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 言っている事が、なにも分からなくて。

 そうなんだって、謝ることしかできなくて。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 お前の所為。

 悪いことは全部、お前の所為。

 お前は悪魔の子だから。

 悪魔の子が居るとみんな不幸になる。

 

 ――お前さえ生まれてこなければ、お母さんは幸せだったんだよ?

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 お母さん。ごめんなさい。

 

 

 +++ 

 

 

 ゲームコーナーの音を突き抜けて、まるでパニック映画のような悲鳴が確かに聞こえた。

 どうしてか、このゲームセンターの中ではなく、デパート内の何処かであることだけは分かった。

 

「ヤマト様? どうかしましたか?」

 

 どうやら、鈴明(スズメ)ちゃんには聞こえなかったみたい。

 俺の気の所為……ではなさそうだ。【悪魔】の地獄耳ってやつか?

 なんにしても、誰かが悲鳴をあげるほどの何かがデパート内で起きたと思って行動した方がいいだろう。

 

「今デパート内で悲鳴が聞こえたんだけど、2人は聞こえた?」

「ひ、悲鳴ですか!? いえ、私は聞こえませんでした。ミサキちゃんはどうですか?」

「聞こえなかった……ヤマト」

 

 ミサキちゃんが不安そうに俺を見る。

 しまったな、もう少し考えて聞けば良かった。

 とりあえず安心させようとした時、急に視界が変わった。

 

「!?」

≪ど、どうかしましたか?≫

「ごめん、【眷属】の方でなにか有ったみたいだから、ちょっと確認する」

 

 感覚を共有している側に寄せているので、鈴明(スズメ)ちゃんの声が電話越しのように聞こえる。

 地面が間近に見える事から、感覚を共有したのは影鼠(かげねずみ)か。

 そういえば、このデパートに初めて来た時、いつでも来られるようにと1匹配置したんだっけ。

 ……もしかして、さっきの悲鳴も影鼠(かげねずみ)を通して聞こえたものなのか?

 そうだったとしたら一応辻褄は合いそうだけど、一旦頭の片隅に置いておこう。

 

 あちら側から共有してきたって事は、何か有ったという事だろうと、共有された視界先の状況を把握する。

 

 ――雑貨屋らしき店内にて、天井スレスレの巨大な頭は牛で、体は一番近しいので六本足の蜘蛛みたいな化け物が棚を倒して、床に散らばった商品を鋭い脚で潰していた。

 

 もうこれだけで、何が起こったのか分かった。

 『人外存在』がデパートの中に入り込んで、暴れているんだ。

 さっきの悲鳴は、こいつを見たからで間違いないだろう。

 幸いにも倒れている人や、血痕は見られないから、死傷者はいないようだが……。

 

 店がめちゃくちゃに荒らされている。

 この雑貨屋の事は覚えている。

 以前の買い物で、店にこそ入らなかったが目を引くものが置かれていて、生活に余裕ができたら必ず寄ろうと思っていた店だった。

 

鈴明(スズメ)ちゃん。デパートの中に『人外存在』が居る」

 ≪ええ!? そんな! 通知も警報も来ていませんよ!?≫

「でもマジで居る。頭が牛で体が蜘蛛みたいなやつ」

≪頭が牛で体が蜘蛛……も、もしかして『牛蜘蛛(うしぐも)』? 亜鬼(あっき)の類いが突然都内に現れるなんて……≫

「突然現れたか……なんか聞き覚えしか無いなぁ」

 ≪え? あ、わ、私の時と同じ……≫

 

 どこまで一緒か分からないが、あの廃墟と似たような感じで『人外存在』が現れたのは事実のようだ。

 だとすると、これは悪意ある人間が引き起こした事件の可能性があるのか?

 そうだったとしたら、楽しい1日だったねで終わる筈だった今日を、嫌な1日にするために悪意を振り撒いた奴が居るって事だ。

 

 ――最悪だな、本当に。

 

「………放置も出来ないか、ごめんミサキちゃん、ほんのちょっとだけ行ってくるよ」

≪ヤマト……≫

「すぐ帰ってくるから、鈴明(スズメ)ちゃんの側にいて、もしも何かあったら、影鴉(かげからす)たちが守ってくれるから」

≪……はい≫

 

 ……ミサキちゃん。なんだか近くで『人外存在』が暴れていて怖いって感じではなく、もっと違うことに不安を抱いている感じがする。

 その理由を聞きたいが、あの牛蜘蛛、何かを探しているようにも見えるから、長く放置すると嫌な予感がする。

 

「というわけで、鈴明(スズメ)ちゃん。ミサキちゃんをよろしく」

≪分かりました任せてください! それと、もしも身分を尋ねられたら、陰陽師とだけ答えてください。そうすれば、何かあった場合、私がどうにかします!≫

「分かった、ありがとう」

 

 〈影変身〉で女性の姿になっているとはいえ、戸籍も身分も無い。

 なので、後で来るであろう警察に事情聴取とかされるのは不味いよなと考えていただけに、本当にありがたい。鈴明(スズメ)ちゃん様々だ。

 というか人間の姿のままで初めての戦闘か、まあなんとかなるだろう。ならなかったら、その時考えよう。

 

「〈影の門〉」

 

足元に作った門に沈み、影鼠(かげねずみ)を通して現場の床から浮き上がる。

 牛蜘蛛は俺に気づかず、店で暴れている。

 その理由は、ちょうど店内から助けてという大声が上がった事で判明した。

 どうやら、あの店のレジカウンターの下に人が隠れていたみたいで、牛蜘蛛はそれを探していたようだ。

 

 おかげで事態は把握できたが、牛蜘蛛にも居場所がバレた。頭がレジカウンターの方を向く。

 あと数秒もすれば、隠れている人は、先端が尖った蜘蛛の脚によって、レジカウンターごと貫かれてしまうだろう。

 

「というわけで悪いな。“ザクッ”と終わらせる」

 

 ――ザクザクザクザクザクッ!!

 

 よくやるが、特にパターン化もしてないので、技名は付けていない攻撃。

 『布影』を牛蜘蛛の足元まで伸ばした後、捻った槍状に8本ほど生やして、全身を串刺しにした。

 

『ピギャアアアアア──!!』

「おっと」

 

 痛覚があるのか、それとも単なる反応か、牛蜘蛛は悲鳴を上げながら暴れ出そうとしたので、そこから更に帯状とした『布影』を体に巻きつけて、動かないように固定する。

 すぐにトドメと行きたかったが、レジカウンターに隠れている人の安全第一。

『布影』から伝わってくるパワーはかなりのものだが、拘束を抜ける程では無い。

 まさか、あれだけ槍が刺さって動けるとはな、やっぱり侮っちゃだめだな『人外存在』。

 

「これでトドメだ」

『ギャ――』

 

 顎下(あごした)から(ねじ)れた槍を突き刺して、頭上まで貫通させる。

 牛蜘蛛は空気が抜けたような声を発したあと動かなくなり、粒となって跡形もなく消失した。

 

 あくまで殺すつもりが無いのは人間だけ、例えお前がここに来たのは、人間が関わっている事だったとしても、被害を出したのなら容赦しない。

 

「おーい、生きてるか~、怪我してないか〜」

 

 雑貨屋の中へと入り、レジカウンターの奥を覗く。

 

「あら、1人じゃなかったのか」

 

 そこには、この店のエプロンを着た三人が狭い空間に、身を隠すためか抱き合って縮こまっていた。

 

「え……あ、た、助かったの?」

「おう、この店はお前たちだけか?」

「は、はい! 私たちだけです!」

「よ、良かった~! もーほんっと駄目かと思った……!」

「ほんと良かった……あれ、ぐす……涙がでてきて止まらないんだけど……!」

「オーナー泣かないでくださいよ~。キモいんですから~!」

「ひどい〜。君たちだって泣いてるんじゃんか〜!」

 

 この雑貨屋の店長らしい中年男性と二十代後半ぐらいの女性2人は、安堵からか全員が泣き出した。

 当然だな。ついさっきまで平和な日常を過ごしていたのに、間近で化け物が暴れていて、いつ自分たちに気づいて殺されるか分からない状況に置かれていたんだ。むしろ理性的なほうまである。

 

「す、すいません。年甲斐もなく泣いてしまって」

「いいよいいよ。生きているって証拠だしね」

「あの、貴女は……?」

「んー、陰陽師!」

「てことは、貴女が助けてくれたんですか?」

「まあ、店で暴れていた牛蜘蛛を倒したのは俺だよ」

「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!」

「ありがとうございますっ!」

「命の恩人すぎる〜〜ありがとう〜〜!!」

「お、おおう」

 

 割とネガティブに、なんで早く助けてくれなかったとか、感情剥き出しに文句を言われるかなと思っていただけに、ストレートに感謝されるのは予想外だったな。

 無論、こっちの方が絶対に良い訳で、助けられて本当に良かったな。

 

「ヤマト様!」

「ヤマト……」

鈴明(スズメ)ちゃんにミサキちゃん」

 

 2人の所に戻ろうとしていたら、あちらの方からやってきた。

 

「よく、ここが分かったね?」

影鴉(かげからす)さんから戦闘が終わったと聞いたので、案内してもらいました」

「なるほど」

 

 ここまで案内したであろう、影鴉(かげからす)の1羽が、鈴明(スズメ)ちゃんの肩に止まっている。

 

「それにしても、そっちから合流って、何かあったのか?」

「いえ、何もなかったのですが、ミサキちゃんがどうしても不安そうだったので」

「……ヤマト、平気?」

「全然、ほらこのとおり怪我してないよ」

「……良かった」

 

 安心したかのように表情を緩めるミサキちゃん。少し気になる事はあるが、とにかく良かった。

 

「それでヤマト様。被害は?」

「死人、怪我人は居ないけど、店がごらんの有様だね。いったい損失は幾らになるんだか……」

 

 無事な商品を探すほうが難しいほど、荒らされた店内。命が助かっても、これじゃあなと思ってしまう光景だった。

 

「あ、それならデパート側と店で人外災保険(じんがいさいほけん)に入っていると思いますので、申請すれば、『人外存在』に襲撃される前の状態に戻せるだけの保険金を受け取ることができるかと」

「でも保険金が入るのって数ヶ月先って聞きますし、それまでの生活を考えると、店を畳むしかないですね……」

「えー! いま次の仕事見つけるの大変なんだから、この店潰れたら困る~」

「どうにかしてよ、オーナー!」

「無茶言わないで……」

「その件に関してですが、明日にでも市役所の窓口に行って、『人外存在』によって店の経営ができなくなったと伝えてください。あとは言われた通りに手続きをしてもらえれば最大1年間、月収の七割を特別支援金として受け取れると思います。こちらは審査が早いので、通れば月末以内には貰えるかと」 

「ほ、本当ですか? そんなの聞いたこと無いんですけど……」

「本当です、東京都公式ホームページでも記載されているので、詳しい手続きなどは、そちらを参考にしてください。こちらの方は雇用者、被雇用者関係なく手続きが行えます」

「……あ、オーナー、いまスマホで調べたんだけど、これじゃない!」

「マジじゃん、明日と言わず今すぐ行こうよ!」

「いやいや、今からは流石に、店の掃除しないとだし」

「あ、店のものは警察関係者が現場検証するまで動かさないでください! また事情聴取(じじょうちょうしゅ)もしっかり受けてください。審査のさい市役所側から警察に確認する場合がありますので、ちゃんと対応すればより早く申請が通ると思います」

「わ、わかりました。ありがとうございます!」

 

 いえいえ、頑張ってくださいと頭を下げた鈴明(スズメ)ちゃんは、俺たちの方へと戻ってきた。

 

「お時間を取らせてしまってすいません」

「ん? いやいや。そんな事ないよ。むしろありがとうね。俺は命は助けられるかもしれないけど、生活は助けられなかったと思うから」

「いえそんな、私はただ東京都が行なっている支援を教えただけに過ぎません」

「でも知っていたから出来た事でしょ? 鈴明(スズメ)ちゃんが努力してきたからできた事だよ」

「……ありがとうございます」

 

 照れたのを隠すためか顔を伏せる鈴明(スズメ)ちゃん。

 謙遜(けんそん)は大事だと思うけど、都がやってる支援が、すらっと出てくるのは本人がしっかりと調べて学んだからだ。

 俺も助けられたからね。鈴明(スズメ)ちゃんには自分がやってきた努力を誇って欲しいよ。

 

「アー!」

影鴉(かげからす)? どうした?」

 

 遠くから別の影鴉(かげからす)が飛んできて、近くにあった棚へと止まる。

 

「アヤシイ奴、発見!」

「怪しい奴? もしかして、この騒動に関係あるやつか? 何処にいる?」

参羽(サンバ)が見ている!」

「……“さんば”?」

 

 オーレーオーレーのやつ? それともガチサンバ?

 ……絶対どっちも違う。

 

「あー、その……この子たちの名前です。せっかくなんで付けちゃいました。参に羽と書いてサンバです……ううっ、やっぱりもう少しちゃんと考えるんだった」

「なるほどね」

 

 後半の小声は聞こえなかった事にしてあげよう。ちなみに俺は格好いいと思うよ。

 

「アー! ジブンは捌羽(ハチバ)!」

「ジブンは壱羽(イチバ)!」

 

 ……棚に乗っているほうが捌羽(ハチバ)で、鈴明(スズメ)ちゃんの肩に乗っているほうが壱羽(イチバ)らしんだけど、ごめん、生みの親だけど全然違いが分からない。

 

 ともあれ、その怪しい奴を別の影鴉(かげからす)が見ているらしいので、感覚を共有してそいつを見る。

 

 ──うわぁ、怪しい奴だ。

 

 人気のないデパートの階段にて、髪の毛がボサボサの、何十日も風呂に入ってなさそうな男が、薄ら笑いを浮かべて、なにかぶつぶつ呟いていた。

 

≪ふ、ひひは。死ね死ね死ね、ザマアミロだ。綺麗事並べる割には何もしないくせに。さぞ自分たちは良いことしましたって生きやがって……!≫

 

 ……牛蜘蛛をデパート内に解き放った犯人っぽい。

 でも陰陽師っぽくはないな。流石に話に聞く東京の妖力感知システムを潜り抜けて、『人外存在』を解き放つ凄腕には見えなさすぎる。。

 

≪まだまだ、まだまだ……全財産叩いてたくさんガチャを回したんだ。パーティはこれからだぁ!!≫

 

 キマっちゃってるなぁ。物的証拠もないのに断定するのは駄目だと思うけど、確定で良いだろ。

 とりあえず逃げないように捕まえよう。

 誤認逮捕だったら、【悪魔】だから法定に出られませーんで通そう……通せるかな? 

 にしたってガチャってなんだ? ソシャゲの事じゃないよな。ガチャポンの事か?

 そういう意味なら、何かを引いたって事に――。

 

「〈影の門〉!」

「ヤマト様!?」

 

 すぐさま男の側まで瞬間移動。

 伸ばした手は、ほんの僅かに間に合わなかった。

 

「〈混因封箱(コトリバコ)〉!――ガハッ!?」

「くそっ!」

「な、何だお前!? 警察呼ぶぞ、ボクは無罪だ、おまわりさ――」

「──おい」

「え──ひ、ひぃいいいいいいいいいいいい!!?」

 

 (わめ)く男を『布影』に巻き付けて壁に固定して動けなくしたあと、手っ取り早く話を聞くために、脅しつける事にした。

 特別な手段なんて必要ない。ただ〈影変身〉を解除して、俺の素顔を見せるだけ。

 

「ば、化け物!? 化け物ぉおお!!?」

「いいか、今から俺が聞くことを嘘偽りなく正直に答えろ」

「たすけ、食われる、誰か助けてくれ!!」

 

 ──ため込んでいた感情(怒り)が、一気に爆発する。

 

「答えろって言ってるんだっ!! じゃなきゃ本当にこの大きな口で、そのスカスカで(やわ)い頭を噛みちぎっちまうぞ!」

「ひっ!……わ、わかり、わかりましたぁ!」

 

 ガタガタと震えて怯える男は、いとも簡単に口を割る。

 単なる勘違いだったら、正真正銘の“悪魔”だなと思ったが、この反応。俺の予想通りで間違いないだろう。

 

「てめぇが牛蜘蛛を放ったんだな!?」

「え? な、う、うしぐも?」

「さっきまで暴れていた『人外存在』だよ!」

「ぼ、ボクです!」

「お前、呪文みたいなの叫んでいたな、なんだあれは!?」

「み、み、未開封の〈混因封箱(コトリバコ)〉を開きました」

「それはなんだ!?」

「な、中に『人外存在』が入っていて、言うだけで開ける箱です!」

「てめぇ! 本当にその頭噛みちぎってやろうか!?」

「ごめんなさい! カッとなってやっただけなんです! 許して下さいっ!!」

 

 ビンゴ、大正解、予想的中。クソが。

 コイツが牛蜘蛛を放った犯人。

 そして今まさに、新たな『人外存在』をデパートに解き放ちやがった。

 

「どれだけ出した!! どこに出した!?」

「じ、十八ぐらい……ば、場所は覚えてない。店とか、ベンチの下とか、トイレとか、いろんなところに箱を置きました……」

「確かか!?」

「はい、本当です!! 嘘言ってません だから殺さ――ひっ!?」

 

 もう話を聞く必要はないだろうと、己の鋭利な爪先で、コイツの喉元に触れる。

 今日は初めて三人でお出かけをした楽しい1日になる予定だったのに。

 何度でも、このデパートに遊びに行こうとか思っていたのに。

 こんな大層な理由もなく、ただ単にむしゃくしゃしたから罪を犯しただけのカスに、全てが台無しにされかけている。

 いやもう、台無しになったのだろう。

 感情が爆発しそうになる。苛立ちが抑えられない。

 

 ──ほんのちょっと、指に力を込めたくなる。

 

「……お前が、いまここで殺されないのは、お前が人間で、ここが日本だからだ」

「は、はひ……?」

「その事を心の奥に()じ込で、自分のやったこと後悔してろ!!」

「ごっ!?」

 

 男を床に叩きつける。力加減を少しミスってしまい、悶絶(もんぜつ)しており、蹴りを入れたくなるが我慢する。

 

 ──ジリリリリリリリリリリ!!!

 

 火災警報器の警笛(けいてき)が館内全体に鳴り響き、それから館内放送で避難指示が出される。

 

「……ふぅ〜〜」

 

 全身を駆け巡る怒り、そして気怠(けだる)さを、ため息でリセットする。

 先ずはミサキちゃんと鈴明(スズメ)ちゃんの無事を確かめるため、〈影鴉(かげからす)〉の壱羽(イチバ)と感覚を共有。2人の周辺に『人外存在』は見えないが、警笛(けいてき)と館内放送によって不安そうにしていた。

 

 ……1度合流するか?

 正直言って、十八体もの『人外存在』が牛蜘蛛と同じぐらいならどうとでもなるが、間に合うかは別だ。

 今から動いても、もう手遅れかもしれない。

 それならいっそ、先に2人をデパートの外に避難させたほうがいい気がする。

 

 ……とはいえ、まだ落ち着ききっておらず、あと十秒だけ時間が欲しかった。

 

≪――ミサキちゃん、平気?≫

≪はい……ヤマトが居るから平気≫

 

 とにかく影鴉(かげからす)と感覚共有して、2人の様子を見ると、ちょうど話が聞こえてきた。

  

≪そ、そうですね。ヤマト様ならなんとかしてくれます。いまデパート内がどうなってるか分かりません。さっきのように合流するのは危険だと思うので、ここで待ちましょう≫

≪……ごめんなさい≫

≪え? な、なんでミサキちゃんが謝るんですか?≫

≪……≫

≪ミサキちゃん?≫

≪……私、悪魔の子だから……≫

 

 ミサキちゃんの言っている事が、すぐには理解できなかった。

 

≪も、もしかして、この騒動は自分が『人外存在』を引き寄せてしまったんじゃないかと考えているんですか? そ、その噂は根も葉も無いデマです!≫

≪……ごめんなさい、“でま”ってなに?≫

≪あ……≫

 

 そういえばミサキちゃんの前でちゃんと、悪魔の子に関して話をした事ってあっただろうか?

 もし有ったとしても、ミサキちゃんに分かるような話をした事が有っただろうか?

 

≪分からない……けど、私の所為だってみんな言っていたから、私が居ると不幸になるってみんなが言っていたから……≫

 

 ――誰に、どんな風に、なにを言われ続けたんだ?

 お前は悪魔の子だから、周りを不幸にするってか?

 

≪それは違います! そんなものは悪い大人がミサキちゃんを縛るために言った嘘にしか過ぎません! ミサキちゃんは何も悪くありません!≫

 

 鈴明(スズメ)ちゃんが必死に言葉を掛けてくれる。

 だけど、ミサキちゃんが今まで受けてきた言葉の数と比べれば、まだまだ足りていなかった。

 

≪――ごめんなさい≫

 

「〈影鼠(かげねずみ)〉! 散らばって『人外存在』を探せ!」

 

 生み出すのを渋ってられる状況じゃない。

 地面に広げた『布影』から、無数の〈影鼠(かげねずみ)〉を生み出し、デパート中に至る所に向かわせる。

 

 萎えて動きを止めたのは、(おろ)かでゴミ過ぎた。

 これで取り返しのつかない被害が出たら、顔向けができないどころじゃない。

 なんとしてでも、せめて命だけは助ける。ミサキちゃんの心が、少しでも軽くなるように!

  

「――〈影変身〉」

 

 『布影』を通して、俺はどこだって瞬間移動ができる。

 かなり便利な技であるが、実のところ遅い上に隙が多い。

 特に『布影』を出入りする瞬間は、1秒以上全く身動きが取れなくなる。

 たった1秒程ではあるが、俺みたいな【権能】を派生させた技ではなく、真の移動特化型【悪魔】と比べれば、あまりにも遅すぎる。

 そんな奴らに対抗するために俺は、この出入りの時間を短く、なお且つ移動と攻撃を同時にできる。そんな“姿”を開発した。

 

「〈(しのび)の型〉」

 

 ――体が軽い気がする、というか軽すぎる気がする。ちょっと足首を動かすぐらいで、風に乗ったティッシュペーパーみたいに飛んでいってしまいそうな、そんな感じ。どうやらこの姿も日本に来て変わったらしい。

 

 【地獄】の時は単に体を細くしただけみたいな感じだったが、今は首から下を見れば自分の姿は忍者……というかは、細く鋭利的(えいりてき)な輝きを(はな)つ、骨のようなフォルムのロボットみたいになった。

 顔がどうなっているかは分からないが、確認するのは後だ。

 

 影鼠(かげねずみ)の視覚が共有される。

 今まさに下半身がムカデで上半身がカマキリのような『人外存在』が、子供を抱きしめる母親に襲い掛かろうとしていた。

 

「〈残影線(ざんえいせん)〉」

 

 黒い線が床を伝い、俺と影鼠(かげねずみ)を繋ぐ。そうやって描かれた黒い線上に『人外存在』が乗っている。

 

「――(まい)る」

 

 『布影』に潜り、移動、体感0.1秒の時間の中。俺はあらかじめ決めていた、“腕を振るう”という動作を行った。

 

「──ひとつ」

 

 中継点とした影鼠(かげねずみ)の側に出る。

 人を襲おうとしていたムカデだかカマキリだか分からない『人外存在』を見ると、真っ二つに切断されていて、今まさに粒子となって消える所だった。

 襲われていた人たちは、何が起きたんだと目をまん丸にして呆然としており、こちらに気づく前に新たな〈残影線(ざんえいせん)〉を引いて、移動を開始する。

 

「ふたつ」

 

 ――〈忍の型〉は〈影の門〉を使った移動に、アプローチを掛けた姿である。

 どうして、こういう事ができるのかは全くわからないが、この姿になると『布影』の中を通常よりも早く動ける。

 また、その僅かな移動の合間に行った挙動は、黒線が描かれた外に立体反映される。

 さっきの『人外存在』は、俺が『布影』の中で刃物に等しい切れ味を持った腕を振るい、それが〈残影線(ざんえいせん)〉上に反映された事で、切断されたという事だ。

  

「――みっつ」

 

 次の『人外存在』が映るたびに〈残影線(ざんえいせん)〉を引いて、潜り、腕を振るう。

 【地獄】の時は気にした事はなかったが、〈忍の型〉は、人に気づかれずに対象を殺すのにも適していた。

 

「――よっつ、五つ」

 

 気をつけなければならないのは線の上に人間を乗せないこと、反映される距離は5メートルぐらい。

 だから場所によっては線の引き方を考えなければならない。どれだけ遠回りになっても問題ない。腕を振るうタイミングが少し変わるだけで、移動時間が一瞬以上になる事はない。

 

 ほぼ同時『人外存在』の姿が、視覚共有で送られてくる。その数は7体。

 

「〈残影線(ざんえいせん)六連通(ろくれんどお)し〉」

 

 俺が起点になってさえいれば、〈影鼠(かげねずみ)〉同士を繋げる事ができ、それを用いて連続移動ができる。切り逃しをしないためにはシビアなタイミングを求められるが、【地獄】で練習しきっている。

 

 ――影が通り過ぎる。たったそれだけのこと。『人外存在』がバラバラとなる。

 

「七つ足して、十二」

 

 周辺に被害は出ているものの、まだ死傷者は居ないように見える。

 余裕が出てきたのか、こんなに被害が出ていると、ちゃんと保険は降りるのだろうか、国は補償をしてくれるだろうか、そんな心配が頭を過ぎってしまう。

 

 ……このデパートは長い間、営業停止になる。もしかしたら、そのまま閉店してしまうかもしれない。

 俺が出会った人たちは、みんな良い人たちばっかだった。

 そんな良い人たちの生活を、俺は守れない。

 だからせめて、命は絶対に助けるよ。

 もしもまた、営業が再開したら、なんの気兼ねも無くミサキちゃんたちと、また遊びに来るために。

 

「――十七! あと一体、どこだ!?」

 

 〈影鼠(かげねずみ)〉から、新たな光景が共有される。

 

「っ! マジかよ!」

 

 見えた場所は、ついさっきまで居たアパレルショップ『KOROMO』。

 綺麗に飾られていた服たちは、地面に散乱しており、ショーを行った試着室は無惨にも破壊されていた。

 

 田島店長が、人なんて簡単に飲み込んでしまいそうなほどの大蛇に巻き付かれていた。

 他の従業員は店の外に居て、店長に呼びかけていた。

 

「ぐっ……ああ……!」

 

 大蛇の『人外存在』と、田島店長は完全に密着している。〈残影線(ざんえいせん)〉による移動攻撃は、田島店長を確実に巻き込んでしまうため使えない。

 さらに言えば、巻き付いているのが厄介だ。『布影』を槍状にして突き刺すなどの攻撃は危険が(ともな)う。

 だったら1度拘束するなり、『布影』の中に飲み込むか? 

 いや、その間に大蛇は田島店長を絞め殺せる。

 

「――だ、だれかたす……ゔっ!!」

 

 大蛇が力を入れ始めた。

 考えている時間はない。

 俺は元の姿へと戻り、大蛇の目の前で姿を現した。

 

「また来た!?」

「やばいって、このままじゃ店長が死んじゃう!」

「はやく誰か助けて!!」

 

 後ろから、スタッフの悲鳴が聞こえるが気にしていられない。

 大蛇の体を掴んで、爪を食い込ませる。

 暴れて逃げようとする大蛇であるが、食い込ませた指先から『布影』を伸ばして固定する。

 接触していれば大蛇だけ巻き取れる。ヒバリさんの時とは違い遠慮する必要はない。

 全力で蛇体(じゃたい)を引っ張り、隙間を作って、田島店長を解放する。

 

 地面に倒れそうになる田島店長を『布影』で支えて、そっと床に下ろす。

 見た感じ外傷は無いが、強い力で巻きつけられていたんだ、骨が折れていたっておかしくない。

 

 ――怪しかったから、とりあえず殺しておいた。

 そんな風に、理性の無い【悪魔】として動いていれば、ここまでの被害はでなかったのかもしれないと、余計な事を考えてしまう。

 

 大蛇は逃げられないと悟ってか、唯一動く頭で俺に噛みつこうとしてきたので掴んで止める。

 

「死ねよ」

 

 巻き付けていた『布影』を多方向に力を加えて、大蛇の胴体を無理やり引き裂いた。

 見た目は単なる大きな蛇だが、『人外存在』らしく、頭だけになっても生きていたので、そのまま握りつぶす。

 

 ──これで十八体目。犯人の言っていた数と一致する。

 〈影鼠(かげねずみ)〉には引き続きデパート内、そして、屋上と地下も探してもらっているが見つかってはいない所を見るに、本当にこれで最後と見て良いだろう。

 

「……店、酷い有様だな」

 

 ミサキちゃんと鈴明(スズメ)ちゃんと、田島店長や店員さんの皆で、本当についさっきまでたのしい時間を過ごしていたのにな。

 

 そうだ、田島店長は無事か?

 あんまり具合が悪いなら病院に連れて行った方が良いだろう。

 

「て……」

「っ!」

「……あー」

 

 店長は怯えた表情をしていた。姿勢から、なんとか俺から距離を取ろうとしていたのが分かる。

 そこで自分が今、【悪魔】の姿である事を思い出した。

 

 そうだよな。【悪魔】は怖いよな。

 ……声を掛けたりするだけでも体の負担を与えてしまいそうだ。

 もしもの時は、店の外でこちらの様子を伺っている店員さんたちが救急車を呼んでくれると信じて、このまま退散するか。

 

「……あ、え――あの!」

 

 床に作った〈影の門〉に潜っていく最中、田島店長が声を掛けてきた気がするが止まる事無く、2人の居るところへと戻った。

 そのさいに念の為、〈影変身〉で女性の姿になる。

 

「ヤマト様! ご無事ですか?」

「おう、俺はなんとも。階段のところに今回の騒動を起こした犯人を捕まえてある。後で場所を教えるから警察に教えといて」

「ええ!? わ、分かりました!」

「あと、ごめん、デパート内で十八体『人外存在』が暴れていたから戦ったんだけど、たぶん何処かの監視カメラに映っちゃったかもしれない」

「そうだったんですね……監視カメラの方は気にしないで下さい、ただ【悪魔】という事を誰かに言ったり、聞かれたりは?」

「それは無い」

「それなら匿名の外部協力者でゴリ押しできると思いますので、正体を隠したままに出来ると思います!」

「……逆に出来ちゃっていいの、それ?」

 

 おそらく警察の捜査なり、陰陽師側でも調べると思うけど、それで匿名希望で通っちゃうのって不味くない?

 思わずツッコミを入れたのが気分転換にでもなったのか、沈んでいた気持ちを切り替える事が出来た。

 

 俺には、やる事がまだ残っている。

 

「……ミサキちゃん」

「ヤマト……」

「あの、ヤマト様。ミサキちゃんは……」

「うん、分かってる」

 

 うつむいて暗い顔をするミサキちゃんと、同じ目線になるようにしゃがみ込む。

 

「ミサキちゃん。今回の事は、悪い人間が起こしたんだ。だからミサキちゃんは何も関係ないよ」

「……はい」

死んだ(不幸)になった人も居ない。デパートは……こんなになっちゃったけど、それもすぐに元通りになるさ、なんなら俺もできる範囲で手伝うしね」

 

 俺の言葉は理解している。でも、本人の意思とは別に心が受け入れを拒んでいる。そんな反応だった。

 

「……ミサキちゃんは、これから色んな人と出会うと思う……その人たちが全員、幸せかになるかって言われると、“はい”とは言えない」

「…………」 

「でもミサキちゃん、俺はね。ミサキちゃんのおかげで日本に来られて、ミサキちゃんと一緒に居る日々が本当に幸せなんだ」

「……はい」

「不幸なんて、これっぽっちも思ってない。だから不安がらないで欲しい――そんな事を言う奴の言葉よりも、俺の……“家族”の言葉を信じて」

 

「俺はミサキちゃんと一緒に居て幸せだよ。だからこれからも、家族として一緒に楽しくやってこうぜ?」

 

「……はい……ぐす」

 

 ――こうして、泣かせちゃうのは二度目だな。

 いや、きっと辛い時に泣けなくなった子だから、温かい涙を流して、(から)し切って、初めて今まで受けてきた不幸を過去に出来る。そんな気がする。

 

「良かったねぇミサキちゃんっ!!」

「こっちも泣かせちゃってたわ」

 

 鈴明(スズメ)ちゃんが、すごい顔でボロボロ号泣していた。

 

「私もぉ! ヤマト様が居なければ死んでいましたしぃ!! ヤマト様が居たのはミサキちゃんが居たからでぇ!! だからミサキちゃんのお陰で、今日という幸せが有るんですぅっ!!」

「ハンカチ有る?」

「ありますぅ!! ズビビビビビ……!!」

「年頃の乙女が出しちゃいけない音出してるよ?」

「今日はプリクラ撮れませんがぁ!! また皆で一緒にこのデパートで撮りに来ましょうねぇ!!」

「うん、分かった、今度こそ三人でプリクラ取ろうね……自販機すぐそこにあるから、お水買ってこようか?」

「大丈夫ですぅ!!」

 

 鈴明(スズメ)ちゃん、涙もろいとは思っていたけど、ガチで泣くとこうなるんだなぁ。

 ……〈影変身〉しておいて良かった。【悪魔】の姿だったら勘違いじゃすまされない事が起こっていた。

 

 ――それから落ち着いた鈴明(スズメ)ちゃんは、やってきた警察官などの対応をテキパキと熟し、俺たちは特に事情聴取も無く、帰宅する事ができた。

 泣いていた時とのギャップが凄すぎて、流石に苦笑してしまい。鈴明(スズメ)ちゃんは恥ずかしそうにしていた。

 

 こうして俺たち三人のお出かけは、表立って言い難くなっちゃったけど、デパートに来て良かったと、確かに思えた。

 

 

 +++

 

「店長! 大丈夫ですか!? 救急車呼びますか!?」

「……ど」

「ど?」

「どうしよう私……助けてくれた人の見た目にドン引きして、お礼も言えずに怯えてしまって傷つけちゃったかも!?」

「そんな漫画みたいなこと本当にあるんですね! そしてそれがガチだったら助けてもらったのに、かなり無しムーブですよ店長!」

「やっぱり! どうしよう……気のせいじゃなかったら、結構ショック受けてた気がする!」

「まあ、見た目怖かったですもんね。私も途中からもしかして店長助けに来てくれたんじゃね? ってなりましたけど、最初は普通に敵の増援かと思いましたし」

「あの人、陰陽師だったのかな? 後でお詫びとお礼したいけど……今は店の事だよね~」

「正直言って、やっていけますかこれ?」

「まあ、すぐには無理だろうけどなんとかするよ。へこたれる時間も勿体ない! バイト代ちゃんと出すから、片付けする時は皆も手伝ってね!」

「は~い。生活に困らない範囲でやりまーす」

「……また会えるといいな」

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