陰陽師が居る日本に召喚されたのは元日本人【悪魔】 作:庫磨鳥
「――カタンいいかげん意地を張らず、俺たちに協力してくれないか?」
もう何度目か数えていない言葉に、
いや、だいぶ面倒だなと思った。
ヤマトが銭湯であった彼女は、自分の目上の人物にあたる鬼灯本家へと呼び出されていた。
分家であるカタンにとって、本家からの呼び出しというものは、どれだけ面倒であっても断ることが出来ないものであった。
なにせ断わると家に直接訪ねてきて、そっちの方がかなり面倒になるから。
そうしてやってきて、案内されたのはいつもの六畳ほど畳が敷かれた談話室。
先に座っていたのは。見慣れた腹が膨らんでいる中年の男性。
彼は『鬼灯シタザキ』。
名字からして分かる通り、本家へと籍を置く人間で、主な仕事は本家からの意向を分家へと伝える伝令役である。
本人に何かしらの権限があるわけでなく、本当の意味で伝える事しかできない立場である事から、彼の微妙な立場が伺える。
とはいえ、彼が顔役である事は変わりなく、いつも通り多少相手をするつもりでカタンは話し始める。
「『七星』の仕事を引き受けているのでは足りませんか?」
「そんなものは他の分家に任せて、俺たちのお願いを聞いてくれって言ってるんだ」
カタンは言外に断ったが、それを知ってか知らずか、シタザキは話を続ける。
「そういう訳にもいきませんよ。『七星』に舞い込んでくる仕事は、どれも一筋縄では行かないものばかり。いくら鬼灯の分家が
本家から特別な分家であると名前を与えられた七つの分家『七星』は、戦闘職の陰陽師ばかりな鬼灯の分家にとって憧れの名誉である。
よって『七星』に選ばれた分家は、戦闘能力が高い武家気質ばかりであり、強い陰陽師が居るのが当たり前であった。
しかし、いま現在『七星』に選ばれた分家は総じて技術系統に特化しており戦闘能力が低い。
この事は戦闘に長けた特徴をもった鬼灯の分家たちにとって、極めて納得のできない選抜であり、大きな不満を抱えるものであった。
本家は、この事を放置できない問題と判断。
よって、危険な戦闘有りきの仕事を『七星』が達成しているという実績を示し続けることで溜飲を下げている。
その『七星』たちの仕事を実際に達成しているのが、カタンであった。
彼女は仕事の報酬を全額受け取る変わりに、功績の全てを『七星』へと譲る本家の提案を了承。
『七星』の全て、つまり七つの分家の割り振られた危険な仕事を、たったひとりで
別にカタンは報酬が欲しくて、二つ返事で仕事を肩代わりした訳ではない。
生きてほしいという、亡くなった夫との約束を、自ら
「本家の考えは重々承知しておりますが、だからといって大きな犠牲を出していいというものでもありません。ですので、私はこのまま仕事を続けさせて貰います」
それ以外の事はカタンにとってどうでもよく、だからこそ“チャンス”を減らす提案なんて受け入れられる筈もないので、今回も適当な理由を並べ立ててお断りする。
「カタン、もう1度よく考えてくれ。日本政府は今年も陰陽師に関わる活動予算を元に戻さなかった。このままだと俺たちは働いた分だけ貧乏になって、最後には皆で仲良く飢え死にだ」
「だからって国から背を向けると?」
「この日本はおかしくなった。このまま従っても仕方ないだろ?」
カタンはこの話を聞くたび我慢できず、わずかに頬が釣り上がってしまう。
その日本をおかしくした政治家連中を、政党関係なく裏で支援をして勝たせたのは、お前たちだろうに、よくもまあ平気な振りをして言えるものだと。
カタンは〈
この術によって常人離れした聴覚と感覚を持つカタンは、いまだ鬼灯家が語る計画について、なにを目的としているかまでは知らないものの、彼らがその計画を達成するために何をしてきたのか、多くの事を把握していた。
予算を半分にした政治家たちを勝たせて、陰陽師界隈を先細りする未来に進めさせたこと。
暮らしていけないと言いつつも、本家は四大陰陽師家の一角である
“悪魔の子”を危険な存在として世間から孤立させて、才能ある人材を囲いやすくしたこと。
なにやら怪しげな箱を作って、それを一般人に売っていること。
それ以外のことも、カタンは知っている。
だけど、カタンは何も言わないし、止めもしない。だからといって協力もしない。
もう、なにもかもどうでも良かった。
「カタン、別に難しい事をさせるつもりじゃない。ただお前を指示する陰陽師たちと一緒に、しばらくの間大人しく休んでくれていればいいんだ」
本家が望んでいること、それは未だに相手を選ばずに仕事をしているカタンたちを現場から離して、今よりも宮内庁の仕事を圧迫、『人外存在』たちの被害を広げる事であった。
しかし、休む事は今のカタンにとって、唯一といっていいほど嫌な事であった。
「来るとされる【災厄】は、どうするつもりですか? その規模からして全国の陰陽師総出で当たらなければならないと予想も出ています。流石に国の協力無くしては厳しいでしょう?」
「【災厄】に関しては、こちらで備えを進めている。それに今の日本が役に立つとは思えない。まあ元から日本政府は【災厄】相手となれば弱腰ばかりだったから、居ても居なくても変わりはないだろう」
シタザキの言葉を、カタンは現実を知らない子供の夢物語の様に聞いていた。
カタンは学生時代に【災厄】と戦った事があるから分かる。
アレは“人類では決して勝てない存在”だ。
だから日本政府は国と陰陽師を含めた日本国民の被害を最小限に抑える事を前提とした立ち回りを行っている。
シタザキは立場からして、それを何度も聞かされている筈なのに、まったく頭に入っていないようであった。
「……それに私はもう堕ちた星ですよ。そんな私が何を言ったところで
「いい加減にしろ! なんでそう仕事をしたがるんだっ!」
死後の世界の有無は、いまだ陰陽師界隈でもハッキリと分かっていない。
だけど、カタンにとっては1秒でも速く夫に会えるかもしれない事を、止めたくはなかった。
「いいか、これは鬼灯家当主様のご意思なんだぞ!?」
「代弁であると? ハッキリとそう言えますか?」
シタザキは分家との交渉事が上手く行かないと、当主の名前を借りる癖があった。
計画自体は本家が進めているものであるが、だからといって出していいと許可をとっていないのにも関わらず、名前を出して、さらに嘘を言ったのであればシタザキにとって、かなりまずい事態になりかねない。
案の定、カタンがちょっと揺さぶりを掛けただけで言葉を詰まらせた。
「と、とにかくだ! これを機会に新しい人生を考えたらどうだ? そろそろ四十になる体なんだ。昔の男なんて忘れて、才能がある男と子供をもうけて――っ!」
カタンは、わずかに呪力を解き放った。
それだけで、シタザキは圧倒されてしまい固まってしまう。
「……今のは聞かなかった事にします」
「お、おいカタン!」
「お互い忙しい身ですので、結論が変わらない話はここまでに致しましょう――それでは」
そういってカタンは部屋を出ていき、不快感が滲み出ている早足で玄関へと向かう。
「――このまま貴重な母体を腐らせるつもりか!?」
陰陽師の才能は、どうしたって血筋によって決まる。
だから男女共々、今の時代であっても、一定の年齢となれば家庭を築き、子供を設けるのが陰陽師界隈にとって当たり前の事であった。
特に、いつ死んでもおかしくない戦闘職が殆どの鬼灯家に連なる者たちは、その常識が強く深く根付いている。
「――この体は、すでに腐っていますよ」
カタンも例に漏れず。早くに結婚してから、何度も何度も愛し合った。
だけど、子を授かる事ができなかった。
――そんな自分の体を、カタンは心から憎んでいる。
+++
「――おい、カタン」
カタンは屋敷の外に出て、裏門へと向かう道中。聞き慣れた男の声に呼び止められる。
「おや、その声はタガキですか。まさか本家で会うなんて珍しい事もあるものですね」
「白々しいんだよ。気付いていた癖に声かけなきゃ無視して帰ろうとしていただろ?」
「ふふふ、そんな事ありませんよ」
「ちっ! 相変わらず癪に障る誤魔化し方をしやがって」
身長180センチ以上で、ガタイがいい体つきの男性。『
彼もまた鬼灯分家の陰陽師であるが、かなり異質な出で立ちをしていた。
「〈
「第六感とやらは健在みたいだな。あと勘違いするんじゃねぇ、用事があって着ていただけだ」
タガキの格好は、日曜日の朝に放送しているヒーローを象ったスーツであった。
ガゼルをモチーフにしたヒーローマスクを被っており、その素顔は分からない。
この姿の名前は 〈
「そうでしたか、撮影お疲れ様です」
「ちげぇよ! 用事って言ってるだろが!」
「子供に見せられない粗暴な態度を取っては行けませんよ。そういう契約でしょ? ブレイダーガゼル」
「お前相手に、行儀良くできるかっ!」
『ブレイダー』は、実際に朝9時半に放送している特撮ドラマに出てくるヒーローの名称。
特撮ドラマ自体はフィクションであるものの、屑星家とブレイダーのIP(知的財産)を持っている撮影会社と契約。
タガキはブレイダーの名前を使い。実際に『人外存在』という人々の脅威と戦う実在するヒーロータレントとして活動していた。
「ですが、最近では舞台の上に立っている方が多いと聞いていますが?」
「陰陽師としての仕事が来ない上に、こっちの仕事が増えてるんだから仕方ないだろ。昨日なんて修行じゃなくてヒーローショーの段取りで丸一日潰れちまったぜ。これじゃ腕が
タガキは自分の嫌な事には、例え仕事でも反抗する人間である。
しかし、態度こそ面倒みたいな事を言っているが、公の場や子供が居る場所では、粗暴な性格をしっかりと収めてブレイダー・ガゼルを演じ、イベントやショーなど手を抜いた事は一切ない。
つまり、ヒーロータレントとしての活動を悪くないと思っており、自分の意志で子供のために
とはいえ、根っからの俳優ではないので粗暴な部分を隠しきれていないのだが、それが保護者やら中学生など年頃の少年少女に人気を得ているのを、本人には内緒にされている。
「楽しそうですね」
「うっせぇ!!」
「全く本当に学生の時から貴方は変わりませんね……それで、なにか聞きたい事があるのではないですか?」
「ふん、やっぱ気付いてたじゃねぇか」
カタンは屋敷を出る前から、裏門でタガキが待ち構えている事に気付いており、もし本当に会うつもりが無かったら、出る場所を変えていた。
「最近、俺に来る仕事はタレント方面ばかりだ。戦事はひとつも来ねぇ。それが今は平和だからってなら別に構いやしないが。話に聞けば『人外存在』が東京のそこら中に現れたって話じゃねぇか」
「そのようですね」
「……なのに何故、俺はイベントの仕事ばかりしてる! 現実に存在するヒーローってコンセプトはどうした!?」
タガキは腹に貯めていたであろう、怒りを吐き出した。
学生時代と比べて抑え気味に発せられた声に、カタンは妙に時の流れを感じた。
「何かあったのですか?」
「……よくイベントに来るガキが、その『人外存在』の被害にあって怪我をしたってメールが届いた! その親から悪魔の子だから襲われたんですかって質問と一緒になっ!!」
ダンっと足で石畳を叩くと、
「相変わらず優しいですね、貴方は」
「茶化すな! 他にも『人外存在』が広がってる。これも最近は鬼灯家がまともに仕事をしてないからって話も聞いた! 政府の態度に腹立つのは分かるが、だからといって周りに被害が出たら本末転倒だろうが!」
ほら、やっぱり優しい。
始めた当初は似合わないって文句を言っていたが、カタンはヒーローという職業は、タガキにとって天職だと思っていた。ヒーロータレントという仕事を持ってきた張本人である夫と共に。
「だから本家に来たのですね。〈
「ふんっ、あしらわれて終わっちまったがな。それでお前の方はどうなんだ?」
「……特に、いつも通り、ただ日本政府に対して正式に抗議を行い、しばらく仕事を休めと言われました」
「ちっ、結局それかよ」
カタンはいつも嘘を付かないが、全てを話さなかった。
自分にやる気が無いというのもあるが、タガキの身を案じる心が残っていたからだった。
もし、タガキが真実を知ったのならば、間違いなく本家に直接文句を言う。そんな事をすれば暗殺されるのは目に見えていた。
「……まあ、本家の言うことはともかく、最近のお前は働きすぎなのは確かだな、他の連中も心配してるぞ?」
「問題ありません」
「……ふん、そもそも俺たちに仕事が来なくなったのは、お前が働きすぎだからじゃないのか?」
「そうかもしれませんね」
「ちっ……そういうところも、相変わらずだな」
――タガキは昔を思い出す。
カタンとは陰陽師学校からの先輩であり、死んだ旦那とも交流を持っていた。
一緒に都会の街へと遊びに行ったこともあれば、死ぬかも知れない戦場を共に戦ってきた。
そんな慌ただしい学校生活が、卒業によって終わった後も長く関係が続き、カタンは胸に秘めていた恋を叶えた。
しかし、その先にあったのは、子を授かれないという現実。
伝統的な、陰陽師の家に生まれた
それでも、旦那がいる時は希望があった。しかし、その旦那も殉職してしまった。
カタンは見た目こそ、二十代後半から変わっていない。
しかし、まるで別人のように変わってしまった。
タガキたち友人たちは、それを分かっていながらも何も出来ていなかった。
「……あいつの願い。
「分かっていますよ」
「ふん、どうだかな……」
何を言っても駄目だった事を分かっているタガキは、話を打ち切って背中を向ける。
「おかえりですか?」
「ああ、これからちょっと野暮用だ」
「野暮用……もしかして戦事ですか?」
「そうなるかは相手次第だな。なんでもブレイダーを勝手に名乗って活動する陰陽師が現れたらしくてな。流石に見過ごす事はできないって、スポンサー様たちからのお達しだ」
ブレイダーのIP(知的財産権)を保有している企業から、ブレイダーの名前を勝手に使って『人外存在』と戦っている陰陽師が居るからどうにかしてほしいと、タガキに連絡が入った。
これがただの一般人であるならば、日本の法律に則って、企業側が対応するのだが、今回ブレイダーと名乗っている相手は陰陽師である。
陰陽師の問題は陰陽師が解決しなければ、どのような被害が出るか分からない。相手が人間相手でも危害を加える事を良しとする物である可能性を踏まえて、タガキが対応するのが当然であった。
タガキは面倒とは思うが、もしブレイダーを名乗る陰陽師が人を傷つけたり、殺したとなれば、ブレイダーという正義の味方としての名前に傷がつく。そうなればショックを受けるのは子供たちだ。
だから、どんな理由があるにしても企業の許可なく“
「どんなやつかは知らねぇが。難しい契約書を必死に理解してサインしまくる苦労も知らないで、ヒーローを名乗ったバカに、しっかりと著作権侵害というものを教えこんでやらねぇとな」
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「――くしゅん!」
「リーくん大丈夫? 風邪? 花粉症? マスクいる?」
「いえ、なんだか鼻がムズムズしまして……誰かが自分の噂でもしましたかね」
「え? なんでくしゃみすると誰かが噂してるってなるの?」
「そういうものらしいです」
「へー、そうなんだ! ……もしかして、私が毎日リーくんの事を気になっているから……だったり?」
「もしそうなら、くしゃみが出るのも悪くないですね」
「えー、ほんと!? じゃあこれからも、りーくんのこと思っちゃおうかななんて!」
「風邪と間違われるのは申し訳ないですし、ほどほどでお願いします」
「おーい、リヒトはともかくナコ~、いちゃつく前に仕事しろ~」
「あ、マリカ、ごめーん」
「最近はリヒト君だけ来て欲しいとか言われてるんだから、ここで頑張らねぇと別々の所で働かないといけなくなるからな」
「マジで頑張るよ!」