陰陽師が居る日本に召喚されたのは元日本人【悪魔】 作:庫磨鳥
――“海”とは、人間の住む事ができる大地よりも、広大な世界。
水圧に耐えられない肺呼吸の人間が存在しつづける事のできない領域。
ゆえに古来から、“海”は現世の一部でありながら、人間が
“海”には、多くの顔がある。
飲み込むもの。
沈めるもの。
荒ぶるもの。
解き放つもの。
変えるもの。
光を手折るもの。
育むもの。
――命を産むもの。
術があった。
その存在は確かにあった。
その術は人間が使ったものであるのだと証明された。
その術は天才の手によって完全なる再現に成功した。
その術は再現こそ出来たが、人の理だけでは足りないものであった。
術の再現者となった稀代の天才である彼女は必要な認可を待てず。桔梗家の予算を不正利用して用意した
これにより術の行使者は、9位であった序列は100位まで降格。不正利用した予算を返納するまで研究の凍結という処分を受けた。
逆に、それだけで済んだのは、この実験による術の再現自体は成功であり、確実に歴史に名前を残す偉業であったからだ。
――だけど、彼女は満足していなかった。
再現は出来たけど、完全再現には至っていない。
彼女が求めているのは神話の再現である。それを成すには地上で用意できる
ハテナは完全再現によって間違えていた部分を既に突き止めていた。
それは文献に記載されていた“海”の解釈であった。
“海”は世界の七割を占める領域であると同時に、神という存在を表す言葉だ。
だから彼女は――
この“海”は、眼の前に広がる海ではなく、全く違う“存在”を指しているのだと。
それこそ神話の出来事なのだから、その存在は“神”と呼ばれるものではないかと。
だがしかし『人外存在』では駄目だ。
この術にとって妖力はマイナスのものであった。
だから『人外存在』を
それが分かった時、ハテナは完全に手詰まりとなり、祈ることしかできなかった。
妖力とも呪力とも違う、無限に近いリソースを持った。
まさに【海】に等しい、人ならざる存在が現れる事を。
――その祈りは届き、【深海の悪魔】が自分の所へとやってきてくれた。
+++
≪――とはいえ、ヤマト君だけだったならば、結局のところこの術は発動する事はできなかった。おっとスズメちゃん、まだ台車に乗せられるなら後これも持っていってほしい≫
ハテナはヤマトと会話をしつつ、忙しなく準備をしており、時々手伝ってくれているスズメに指示を出していた。
≪君という存在を術の資源へと変換するための要素がもうひとつ必要だったんだ。これは君“たち”を見てようやく分かった。これも美人さんの興奮ポイントだったよ。欲しかった
「君“たち……もしかしてミサキちゃんも何か関係あるの?」
≪そのとおりだ≫
ヤマトとミサキ。
【悪魔】と人間の主従は、ハテナにとって足りなかった
≪ヤマト君。ひとつ聞いておきたいんだが、君は生命を生み出せるんだね?≫
「……うん、『布影』で作った生き物には命が宿るみたいなんだ」
子供たちを助けるためには必要な事だし、気づかれているなら良いだろうと、ヤマトは今まで、話していいか分からなかった秘密を打ち明ける。
≪その命が宿る現象。それは日本に来てからではないか?≫
「そう。【地獄】に居る時は、そんな事なかったんだけど……ミサキちゃんに関係あるんだね?」
≪そうだ、ああそうだとも! 間違いないだろう……! ……ふぅ、すまない、興奮が抑えられなかった。スズメちゃんをビックリさせてしまったよ≫
ハテナは、自分の考えが寸分たがわずに正解していく事に高揚を抑えられなくなってきているが、自分はTPOを弁えられる研究者として、冷静という二文字を心で復唱しつつ話を進める。
≪ヤマト君とミサキちゃんは今現在契約状態にある。これによってミサキちゃんの“属性”がヤマト君の存在に影響を与えているんだ≫
属性とは、その存在を象徴する概念。あるいは本質。そして陰陽師にとって運命にも等しい才能。
そして『人外存在』にとっては、正しく存在そのものを意味する。
大昔は五行思想によって大まかに木・火・土・金・水の5つに分類されていたものであるが、研究による細分化が進み、今では数百種類に及ぶ。
ヤマトの【深海】も、そのひとつである。
≪元からミサキちゃんが生贄に選ばれた理由は、彼女の属性にあるのではないかと思っていたんだ。それで折角なら『布影』と一緒に調べてみたらビンゴだった≫
ミサキが受けた清めの儀式。その量と質を予想すれば、人間は心臓が動いているだけの物置になってもおかしくない。
それなのに人として生きる事ができるのは、ミサキの属性によるものであった。
≪ミサキちゃんの属性、それは【熱】だ≫
「熱?」
≪そう、【熱】という属性には命の存在証明、生命の息吹というべき概念がある。生きているという事は少なからず熱を持つ事だ。雛鳥を孵化させるために卵を暖めて熱を加えなければならないといった風にね≫
「……なんとなくだけど分かる」
人の体に触れた時、温かさという熱を感じて生きていると思った。その時の事を思い出して、ヤマトなりに命と熱の関係性を理解する。
≪ヤマト君は無尽蔵とも呼ぶべき膨大な命であるが、あくまでもそれは
それが『布影』から命が生み出されるようになった理由。それを聞いたヤマトは、今の状況を一瞬だけ忘れて〈
≪さて、本題だけど、ヤマト君とミサキちゃんを通して行いたい術が行使されればどうなるかというと、ヤマト君の存在を消費して対象に生命というプラスのエネルギーを吹き込み、外傷や穢れといったマイナスの概念を消失させる≫
「……子供たちは元通りになって助かるって事でいい?」
≪間違いない。ただし、この術を発動すればヤマト君の存在を消費する事になる。生物でいうところのカロリーを消費するのと同じだと思ってくれても構わない。それは数字にすれば、かなり膨大な量の消費になるが、君の存在全てに比べればに爪先ぐらいの量でしかないはずだ≫
「まあそれは良いんだけど……ミサキちゃんは安全なの?」
≪ヤマト君と術を接続するために多少の呪力は消費するけど、それも微々たるものだ。1度発動して安全性も確認している、何かしらの事故や間違いが起きてしまっても、決してミサキちゃんには危害が及ばないように対策もしてあるから安心してくれ≫
もし術の反動などが発生した場合、それらはハテナが全て身代わりになるようになっているのだが、あえて言う必要もないとしてヤマトには伝えなかった。
≪だがなにぶん、全てが初めてだらけだ。正直な話どんなリスクが有るのか未知数。それでもやるかい? ……いや、やってくれるかい?≫
ヤマトは黙る。
できれば、子供たちが助かるならしてあげたいが、ミサキちゃんの安全を考えれば、やるべきではないという気持ちが勝る。
「……1度テストして治すとかできればいいんだけど。この子たちを、いったん保護するって事はできないの?」
≪それは難しいだろうね。移動する事は可能だが、
『呪物』の隠蔽、保護は極刑、もしくはそれに近しい重罪である。
過去、陰陽師の事は陰陽師に任せなければならないというルールがきちんと定まる前。警察が陰陽師の意見を無視して呪物化した犯人を逮捕および、パトカーで警察署まで連行した。
これにより警察関係者および6kmの道のりに居た半径200メートルの人間。合計2000人以上が呪いの被爆者となり、数年以内に全員が命を失う事となった。
こういった事件は近代化が進み、人口増加と移動距離と共に被害数が増加していく事となり、より一層“穢れた存在”に対しての扱いが徹底的となった。
≪君が日本の平和を思ってくれるなら、助けるのは今しかない≫
どうしたものかと、ヤマトは悩む。
あるいはもう答えは決まっているが、気分が悪いため口には出したくないといった感じだった。
≪――ヤマト≫
「ミサキちゃん?」
そんな中、通話はスピーカー状態になっており、話を聞いていたミサキは自らの意思で、ヤマトと話をしたいとスマホを受け取った。
≪――私、助けたい≫
それは、短くも強い意思のあるお願いだった。
ヤマトにとって、ミサキが初めて自分から言った
「危険かもしれないよ?」
≪でも、助けたい≫
「……理由があるなら聞いてもいい?」
ミサキの言葉が詰まる。
話を聞いて、自分の心の中に湧いてきた気持ちを言葉にしなければと思うが、どう言っていいのか分からなかった。
ヤマトは無言で待った。
≪……ヤマトや、スズメちゃんが助けてくれて……嬉しかったから――助けたい≫
ただ自分のしてもらって嬉しかった事を、誰かにもしたいと思った。
そんな当たり前の優しさ。
もし何か有れば、ミサキちゃんの命に関わるかもしれない。
本当に助けられるかも分からない。
言いたいことは沢山あったが、ヤマトはそれらを全て飲み込んだ。
「分かった。助けようか」
〈……! はい!〉
≪そう言ってくれると信じていたよ! 任せてくれたまえ、ミサキちゃんも、ヤマト君も万が一何が有っても怪我ひとつもさせないし、子供たちも救って見せるよ≫
口でこそ言わなかったが、もしこれで失敗したらハテナは命を持って責任を取るつもりだった。
それが失敗の代償の身代わりか、生涯の奴隷、それとも切腹かは分からないが、何でもするつもりの覚悟である。
なにせ彼女は、この術の再現に人生を費やすつもりだったのだ。なら自分が命を掛けて無ければ、この情熱は嘘になってしまうから。
≪それでは、ヤマト君。今から私の指示に従って動いてもらっても構わないか≫
「分かったよ……カタンさん、俺たちの話聞いてた?」
1度話が落ち着いた所で、そういえばスピーカーにしていなかった事を思い出し、話が分からないのではとカタンに尋ねる。
しかし、カタンは何処か上の空となっており、呼びかけに答えなかった。
「カタンさん?」
「……え? あ、すいません。話は聞いておりました……それでは私は扉の前に居ますので」
「大丈夫か?」
「はい、ほんの少しだけ疲れが出たのかもしれません」
「……そっか、じゃあ休んでてよ」
「はい、そうさせてもらいます」
なにか戸惑っているような感じにも見えるカタンに、ヤマトは声を掛けてみるも反応が乏しい。
なにが有ったのか気にはなるが、追求するのもなと気遣い半分、警戒半分でヤマトは何も言わない事にする。
≪ヤマト君。まずは〈影の門〉を、ミサキちゃんの側に出すように意識してくれ≫
「見ていないと何処に出るか分からないよ?」
≪それで構わない。むしろその方がいい≫
「分かった……こんな感じか?」
≪……ああ完璧だ。次に室内の全ての面に『布影』を張り巡らせてくれ≫
「床だけじゃなくて、壁や天井にもってことであってる?」
≪そうだ。そうすれば、その室内空間は深海。君の領域に等しくなる≫
ヤマトが言われた通りに『布影』を伸ばすと光源である照明は塞がれて、床や壁の境界線が分からなくなる。これによって室内が果ての無い暗闇になってしまったように見える。
光がなく何も見えないはずの世界なのに、ヤマトはこの室内にいる人たちがハッキリと見えた。
それは『布影』の中に入れた物体を認識する時と同じ感覚に思えた。
≪それでヤマト君の準備は終わりだよ。次は私たちの番だ≫
+++
――ハテナはヤマトと話す最中、スズメに協力してもらい準備をしていた。
いま現在、彼女たちの居る所は、没収されていたのハテナの実験場であった。
術を行使したままの祭壇が残されており、本来であれば解体処分される筈だったが、ここに作られたものの価値を理解した桔梗本家が惜しみ、待ったを掛けて当時のまま保存される事となった。
そんな室内を、ハテナは再び無断使用する。もしこれによって自分が桔梗の名を返上する事となっても、ハテナにとってはもうどうでも良い事であった。
実験場は室内と呼ぶには、違和感を覚えるデザインとなっていた。
室内全体が水色に染まっており、その上から白い文様が描かれていた。
スズメはこの室内を始めてみた時、天井が空とも海とも、あるいは床が海とも空とも取れるデザインになっていると思った。
そんな室内には、木造の橋が掛かっていた。
ハテナ、ミサキ、スズメは、その橋の中心の端にて立ち、水色の床を覗き込むように見ていた。
「ちゃんと、部屋の中央に開くか……」
座標を指定しておらず、ただミサキちゃんの側に出して欲しいとお願いしただけなのに、きっちりと部屋の中心部分に現れた〈影の門〉。
この
「できれば喜びのダンスでもしたい所だけど、いつバレて警備員が来てもおかしくない。ミサキちゃん、やはり身長が足りなさそうだから持ってきた台の上に乗ってくれ」
「はい」
「スズメはミサキちゃんが落ちないように横から支えてくれ」
「わ、分かりました」
言われた通りにミサキは橋の端に設置された台の上に乗り、スズメはミサキを側面から抱きしめる。
「じゃあ、ミサキちゃん。これを持ってくれ。そう両手でしっかりと、重くないかい?」
「はい」
ハテナから渡されて握った棒。それは“矛”であった。
刃が無く物体を斬る事はできない、儀式用の道具。
見たもの全員が、新しいのに古い、愛おしいような受け入れがたいような、そんな相反する気持ちを抱かせた。
そんな“矛”を手に持ったミサキは、全く重さを感じず、またいつまでも持てるような気がした。
新しいのに古い。愛おしいような受け入れがたいような、そんな相反するものを同時に感じるものであり、ただの武器ではない事が分かる。
「では、その“矛”の尖っている方を〈影の門〉に刺してくれ」
「はい……っ!」
「ミサキちゃん、どうかしましたか?」
〈影の門〉に矛の
「なにか感じたかい?」
「……ビリっとした」
「ああ、それは魂同士の接続がオンになったと思ってくれればいい。魂は電気と同じ性質を持っているからね」
陰陽師界隈にとって魂という存在は必ずあるものだと既に証明されている。
その性質は今だに謎が多いものの、電気と同じ反応をする事が分かっていた。
ミサキが感じた静電気のような衝撃は、契約によってヤマトとの繋がりが起動したものである。
――ミサキは、この衝撃に覚えがあった。それはリヒトが現れる前に見た夢の中で感じたものだった。
「じゃあミサキちゃん。細かい調整は私の方でやるから、今から言う呪文を唱えて、矛をぐるぐる回してくれるかい? 『布影』をかき混ぜるようになんだけど、分かる?」
「はい」
「そう、そんな感じでゆっくりと回せばいいからね。それをしながらこう唱え続けてくれ――」
ハテナが太古の呪文を教える。
ミサキは矛で『布影』を混ぜながら唱えはじめる。
「——こをろ、こをろ」
こをろ、こをろ。
こをろ、こをろ。
ミサキは同じ言葉を、なんども繰り返し唱え続ける。
「え? あ、あのこれってもしかして神代の御業じゃっ!?」
「今はすべて等しく“陰陽術”さ。なら、私たちが使っても問題ないだろう?」
「え……っと、そう……いや、いやいやいや! 流石に皇室からのご指摘は免れないと思いますよ!?」
「なに、きっと問題ないさ……ところで桜間家御当主様に、折り言ってご相談したい事があるんだが、なるべく早めに取り次いでくれないか?」
「流石にお兄ちゃんにだって限界は……たぶん、あると思いますけど……すぐにご連絡しますね」
神話の時代。
後に日本となる大地を創ったとされる神の御業があった。
それは長年の研究の末に、実際に行われていたものである事が分かった。
「さあどうか見せてくれたまえ、私たちの祖先が行った、世界を変えるほどの奇跡を!」
++
こをろ こをろ
こをろ こをろ
電話から聞こえてくる詠唱が聞こえてくるたびに、ヤマトの方で変化があった。
その変化を、ヤマト本人は他人事のように見ることしかできなかった。
空間の何処からか、極小の泡が無数に現れた。泡は熱を覚えていて、触れれば心地のいい熱さを感じた。
泡は子供たちへと
ヤマトにとって、自分が引き起こしているだろう光景に、どこか命の生々しさを感じていた。
それはまるで、森の中の苔の密集地帯を見たような、海の中の藻の群生を見たような。あるいは数え切れない生まれる前の卵たち、あるいはバクテリア群を顕微鏡で覗き見た時のような、そんな気持ちに近かった。
「……傷が」
≪変化が現れたのかい!!?≫
「声がでかい……真っ白になっていた子供の肌が元通りになっていってる……他の子も同じような現象が起きてるよ」
≪なんてこった。早くその映像を美人さんに見せてくれたまえ!≫
異形と化してた子供たち、煙がはれて
それだけではない。花や結晶になっていた部分も、最初から無かったかのように元通りになっている。
≪ああ、凄い、本当に凄いぞ! こんなハッキリと効果が現れるなんて!! ヤマト君どうだい、体とかに異常はないか? お腹空いたとか!≫
「特にはないかな」
≪そうか! それはなによりだ! ああ、君はまさに神、いや【悪魔】だったね! 【深海の悪魔】だったんだね! 私に間違いはひとつも無かったんだ! ただ神の領域だったというわけだ!≫
ついに我慢も出来なくなるほどにテンションが上がってしまったハテナは、思ったことをとにかく口にしているようだった。遠くのほうでスズメが落ち着いてと声を掛けているが、効果が無い。
ヤマトは早々に後で詳しい話を聞くかと、元通りになっていく子供たちを見守る事にした。
そんな中でカラフルな花と植物が体から生えている子供。の指が、ピクリと動いたのが見えた。
「う……あ……」
「意識が戻ったのか?」
≪いや、どうやら意識自体は戻っていないようだ。寝言のようなものだと思う≫
「えぁ……おっ……こ」
「……なにか話したそうにしている?」
何度か声から音を発したと思えば、次第に言葉になっている事に気づいたヤマトは、この子が何を伝えようとしているのかを聞こうと耳を傾ける。
「――ころして」
それは、小さな願いだった。
ヤマトは、その子を改めて見る。ここに居る子供の中でも幼い子だった。
――この子は、こうなるまでいったいどんな日々を送ってきたのだろうか。
もしも、意識がある中で、こんな体にさせられたのなら。どれだけ痛くて、苦しくて、絶望的だったんだろう。
そうだったら既に心が壊れてしまっているのかもしれない。
体が元に戻ったとしても、壊れてしまった心は直せない。
それに、この子たちは社会から排斥されている悪魔の子たちだ。ここで助かり社会に戻されたとしても、真っ当な生活をするのは難しい。
ここで殺したほうが、子供たちにとって救いになる。
それを否定する言葉を、ヤマトは持ち合わせていなかった。
「――ごめんね」
その願いを叶えられないと、ヤマトは謝った。
「【悪魔】に目を付けられたって事でさ。もう1度だけ生きてくれ……」
ヤマトは優しく、されど何よりも無慈悲にも聞こえる声で語りかける。
そんな中で思い出すのは、前世の自分の事だった。
――自慢できるような、大人になれなかった。
あるいは人間にすらなれなかった。
何者にもなれなかった。
存在するだけの何かにしかなれなかった。
子供の時は普通に生きてきたが、当時ありふれた不幸で全てを失い、そこからさらに小さな不幸と、不才と、病が重なり続けてこうなった。
だけど、全てを受け入れられるほど大人になれなくて。
その結果、年号が変わっても日雇いの仕事をし続けるだけの人間になっていた。
だからか、突然のある日。
せめて、自分の住んでいる場所が、少しでも良いものだって信じたくて。
せめて、好きになりたくて。
嘘でもなんでもいいから。
日本の良い所をネットで探し続けて、仕事先で知らない場所に行く度に何かをする事にした。
――それが前世でも、【悪魔】でも、生き続けられる理由になったんだ。
「……この日本にはね。色んなものがあるんだ」
ヤマトは【悪魔】らしく、一方的で理不尽な願いを子供たちに押し付ける。
「アニメやドラマを見たっていい。大きなスクリーンで見る映画もいい。漫画や小説を読むのもいい、少年系から少女系、ふるゆわから異世界、とにかく沢山見てみるのもいいかもね。またこれらの何かを創ったっていい。音楽を聞いたっていい、ボカロでもバンドでも何でもある、逆に楽器を始めたっていい。ネットとかで実況者やブイチューバーを見てもいい、始めたっていい。他にもSNSや掲示板とかもいいかもね。人に言い辛い趣味でも楽しくて、目立って迷惑を掛けないならやってもいいかなって思うしね。アクセサリーとかも作ってもいい。他にも芸術も合わせて色んなものが沢山あるよね。
前世でやれなかった事もある。
やりたかった事もある。
全てをやれるほど人間の人生は長くないけども、簡単にできないのは分かっているけど、日本に産まれたからには、何かをやってほしい。
それがヤマトの願いであった。
「この国には色んなものがあるからさ。とにかく触れてみて、最後の最後まで、もう駄目だなって思うまで――どうか生きて欲しい」
――しばらくして、子供たちは全員肉体が元通りになった。
ヤマトとミサキに何かしらの変化は無く、神話の再現は無事に終わりを告げた。