呪われた真祖   作:俺はオモチャ、それでいい

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呪詛師として

サク、サク、とかき氷を咀嚼する。

味はいちご、山の頂部から赤色のシロップがふんだんに掛けられ、さらにその上から練乳も掛かっていた。

アルクェイドはプラスチック製の、ストローとの併用が出来るスプーンで、それを混ぜながら呆れたように言った。

 

「かき氷って、思っていたよりも味がしないのよね。なんて言ったかしら。プラシーボ効果? クロスモーダル?」

 

ジャリジャリと渦のような混ぜられたかき氷は、血が滲んだ水たまりのようになった。

それでも、アルクェイドは退屈だと言わんばかりにかき氷を混ぜ続ける。

 

「そもそもわたしって、そういう脳の錯覚を利用した現象が効きにくいわけだし。こんな、たかだか原価50円前後の氷の盛り合わせの為に、300円払っちゃうのかぁ」

 

大きなため息を吐きながら、アルクェイドは背中を深く沈めた。飽きた、とスプーンでの渦巻きをもやめて、右手をだらりと下げる。

 

「……では何故、頼んだのですか?」

 

その時、アルクェイドの対面に座っていた男が、長く閉ざしていた口をようやく開いた。

かき氷のシロップの秘密も、それが自身に効きにくいという事実も、申し分なく知っていたのに、わざわざ注文した理由。

男は会話を広げる目的として、それを問いた。

 

だが、アルクェイドは眉を顰めると、

 

「それ、訊く?」

 

また呆れたように、そして不機嫌そうに、逆に目の前の男へと質問を投げ返した。

 

「…………すみません」

 

男にとっては、アルクェイドの結果が分かる行動は不可解であったが、アルクェイドからしてみれば、また違った見方をしていたのだ。

 

男の質問は、アルクェイドからしてみれば『何故、今日の朝ごはんはパンにしたの?』ぐらいの、回答が出しづらい面倒なものだった。

 

男はアルクェイドと、2年に近い付き合いをしている。そう頻繁に会ってる訳ではないが、それでもアルクェイドが、かなり傲慢で我儘な性格をしているのは分かっている。

 

「────ま、いいわ。別にお金に困ってるわけでもないし」

 

アルクェイドはそう言うと、かき氷を横に退けた。

 

「それで? 話があるんでしょう。時間を割いてあげるから、面白い話をしてよね」

 

彼女はあっさりと、本題を切り出した。

 

アルクェイドと男の関係は、言うなればビジネス上の友人だ。基本的に男の方からアルクェイドへと接触し、法外な金額を条件として依頼を申し込む。勘違いしてはならないが、男は仲介業者という立ち位置であり、本来の依頼人はまた別のところにいる。

 

当然だが、これは呪術規定に基づかない、違法な取引だ。アルクェイドは自身の力を市場に出し、権力者がその力を買っている。

アルクェイドは俗に言う、『呪詛師』と呼ばれる存在に近い。

その『呪詛師』とは、言うなれば悪人という立場だ。アルクェイド的には『悪だ』と糾弾されるのは些か不愉快ではあるが、それでも自身が世間一般的に言われる反社側の人間であることは理解しているつもりだった。

 

「……昨今、変死体が見つかる事件が多発しています」

 

仲介業者の男は、他人の会話に紛れるように違和感のない声色で語り始めた。

 

「年齢は10代から20代までと若く、性別は女性に限定。被害者同士の関係性はない。犯行が行われる時間帯は人が寝静まった深夜、殺害方法は決まって絞殺。首の傷が赤黒く変色していることから、長い時間に渡って首を絞めているとのこと」

 

「……」

 

「当初は愉快犯の犯行かと疑われ、警察が事件の捜査に当たっていましたが、『窓』が事件現場から呪力の残穢を発見。確定事項では無いようですが、十中八九『呪詛師』の仕業かと」

 

アルクェイドは黙って聞いていた。

目を合わせることもなく、まるでラジオの配信を聞き流しているかのようだ。男は相槌を貰わなくても、慣れたように話を続けた。

 

「今回の依頼は、その呪詛師の捕縛。出来ることであれば、『新鮮な状態』での提出が、依頼人の要望とのことです」

 

男はとりあえず、最低限の情報を提示した。

これはまだ様子見の段階、商談は成立していない。ここから先に発展する可能性は、枝分かれした木のように無数にある。

それらに対応できるよう、カードは取っておく。商談において、最初から全てを出し切るのは文字通りの悪手だ。相手を満足させることが、ゴールへと繋がる鍵なのだ。

 

(……まぁ、『姫』さんはきっと受けてくれるだろ。確かに、傲岸不遜ではある。が、意外にも常識も持ち合わせている人だ。まだ『巨大な力を持ってしまった、生意気な少女』の範疇。互いに利がある契約しか持ち掛けないのは今までに示してきたし、今回だって変わりはない。後は、金額を提示して終わりだ)

 

そう、互いに利があるからこその取引だ。

依頼人は欲しいものがあるので金を払い、請負人は金を受け取って商品を渡す。金額自体も申し分はない。

というか、少しオーバーなくらいだ。

 

(『姫』さんは腐るほど金を持ってるだろうが……金は腐るものじゃない。味がしなくなるだけで、常に空腹を満たしてくれる高級料理。俺だって困ってないが、まだまだ欲しい)

 

このような、裏社会の仕事となると必然的に相場は高くなる。仲介業者である場合でも、当然通常の合法的な労働よりも破格な金が手に入る。

 

仲介業者の報酬は、前払いと後払いの2つで分けられる。前払いでは請負人を探すという仕事分の報酬を、後払いでは請負人の質と、その人物への依頼を成功させてくれた、仲介業者へのチップの意味を込めて。

 

指名制とフリー制、このどちらかになるが、今回は後者だ。報酬の金額は基本的に指名制の方が高い傾向があるが、それでも今回は悪くない。

 

そして何より、依頼人が依頼人だ。

男としても、成功させておきたい商談だった。

 

「…………金額は?」

 

そら来た、と男は口に出さず思った。

 

「最低でも四千万。呪詛師の状態次第で、八千万まで視野に入れるとのことです」

 

これも本当だ。

今回の依頼、依頼人にとってかなり特別なものだという。たった1人、たったの人間1人を捕えるだけで、多くの人間を救えるような大金だ。

もし今このファミレスでばら撒きでもしたら、殺傷事件だって起こりかねない。

 

男は小さな笑みを浮かべた。

あとはアルクェイドの「わかった」という言葉を受け取れば良いだけ。

なんだったら頷くだけでもいい、そして今回の話は終了だ。

アルクェイドは何があっても依頼をこなす。

否、こなせない依頼など無いのだから。

 

「わたし、思うんだけど─────」

 

ズ……。

ズズズズズズ…………、と。

空気が間違いなく、重く、狭くなった。

 

 

「なーんか、寝ぼけた依頼じゃない?」

 

 

「……………………」

 

店内が一瞬にして、静まり返った。

楽しそうにしていた4人家族も、休憩程度に立ち寄ったカップルも、食事を配膳していた店員も、先ほどまで不謹慎な話で盛り上がっていた女子高生も。

感情がない配膳ロボットが、愉快な音楽を流しながら通路を移動している。

その音だけが、ただ静かに響いていた。

 

「窓って、補助監督までとは行かずとも、高専側の人間よね? なんで高専の情報が、こちら側にまで漏れ出ているのかしら」

 

「……」

 

「高専は人命を取り扱う関係上、登録済みの呪霊や呪物の検閲が厳しいって聞いたことがあるわ。任務も同様、古きのものから最新のものに至るまで」

 

今、この場にいる全員がアルクェイドの話に熱中している。アルクェイド自身も、それは理解しているが、そんなのは二の次……いや、もう関係すらないと思っていた。

 

「窓が裏切った可能性もあるのでしょうけど、それは小さい可能性の話でしょう? そもそも、呪力の残穢からの犯人特定は、補助監督、または呪術師の仕事。話が通らなくない?」

 

「い────……」

 

男は否定しようとした口を必死に閉ざした。

数ヶ月前、とある依頼を託されたアルクェイドによって、黒い壁のシミにされた人間。あの姿が脳裏にフラッシュバックしたのだ。

 

「この依頼の内容は、『呪術師よりも先に、事件の犯人である呪詛師を生きて捕えること』。情報にどれだけの遅延があるか知らないけれど、呪術師はもう動き出している」

 

「…………」

 

「加えて、呪詛師1人の捕獲に数千万。生きて捕えることが絶対条件。これもまた不思議な話だわ」

 

アルクェイドは退屈そうに、小さく言った。

 

「きっと、依頼主は随分とお怒りなのね。依頼内容に比例しない破格な報酬金は、気前が良いのではなく、どうしても叶えたい願望の表れ。考えてみれば、猿でも分かる」

 

「……ええ」

 

いまの今まで、言葉を挟む機会を伺っていた男は、慎重に言葉を選びながら喋った。自身の行動、言動、その全てが『死』に繋がっているのだと、いやでも理解したからだ。

 

「依頼主は……内閣官房長官」

 

男は苦虫を噛み潰したような顔で告げた。

 

(絶対条件の一つに、匿名として名を誰にも明かさない事も含まれている。だが……そうも、言ってられない─────)

 

これを知られれば、きっと殺されるだろう。

アルクェイドが依頼を受け、標的の殺害と引き換えに金を儲けてきたように、アルクェイドに代わる誰かが自分を殺しにやってくる。

 

しかし、もしもの死と、確実な死。

選択肢は難しくない。

 

「今年の5月、呪詛師によって彼の孫が殺害されました。その殺り方自体には特別目立った点はないのですが、問題は死体になった後です」

 

「死体になった後?」

 

「はい。その呪詛師は死体に装飾を施す趣味があるらしく─────その死体を見たことで、痛くご立腹だと」

 

「……ふーん。内閣官房長官ね。確か政権のNo.2よね?」

 

「はい」

 

「となると……そう。例え術師でなくても、情報自体は伝わる事もある、か」

 

呪詛師や呪霊の被害者、またはその家族が一般人である場合、詳細な情報が明かされることはない。また明かされたとしても、それは嘘で塗り替えられた価値のない情報がほとんど。

 

しかし、内閣官房長官ともなると話は別になるのだろう。呪術上層部としても、日本政権との繋がりはある程度持っておきたいし、出来ることなら借りだって作っておきたい。

 

きっと今頃、高専側は犯人の確保に勤しんでいる。

 

しかし、被害者の身内である内閣官房長官は、通常の罰では物足りないのだろう。警察や呪術師が犯人を確保すれば、決められた方法で罰が下される。

それを望まないクライアント側は、自身の手で罰を下し、裁きたい。

……もしかしたら官房長官の子供、つまり被害者の親が、そう願っている可能性もあるのかもしれないが、そこはあまり関係ないと、アルクェイドは思った。

 

結局のところ、呪術上層部と官房長官側で、求めているところが違いすぎるのではないだろうか。

 

「──────」

 

アルクェイドはその細い指を口に当てると、何かを思いついたように小さく笑った。

 

「いいわ。受けて上げる。品性の欠片もない血みどろの復讐劇なんて、絵本のお話みたいで素敵だわ」

 

アルクェイドが簡単に出した答えに、男は耳を疑った。

 

「よろしいのですか……?」

 

「─────貴方も大概ね。でもまぁ、仕事なんだから当然か」

 

アルクェイドは宝石のような赤い瞳を動かすと、テーブルの端に置かれている伝票を見た。

 

「権力者とのパイプ、実行役との関係性。貴方にとっては、カードの一つなんでしょうけど」

 

アルクェイドは300円程度のかき氷の代金だけが記された伝票を手に取ると、それを男の前へカタンと置いた。

 

 

「相手を選びなさい。地獄を見るわよ」

 

 

そう言うと、アルクェイドは席を立った。

 

「お会計、貴方に任せるわ。契約の証としてね」

 

「────完了予定は、いつ頃に?」

 

「獲物はこの街にいるのでしょう? 1日あれば十分よ」

 

アルクェイドはぷらぷらと腕を振りながら、気軽に立ち去っていった。この凍結されたような空気に包まれていながらも、まったく持って意に介してはいない。

 

彼女はこれから、宣言通り獲物を執りに行く。

どうやったら楽しめるかと、思案しながら。

 

 

 

 

 

 




アルクェイドの性格は、かなり冷酷になっています。
たぶん、少し解釈違いがあるかもしれないです……
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