呪われた真祖 作:俺はオモチャ、それでいい
「さてと────……」
蒸し暑い日が、ここ1ヶ月は続いている。
あまりの暑さに、アスファルトで出来ている片側ニ車線の道路は、陽炎によって揺らいでいるほどだ。このまま行けば、地面で目玉焼きを作ることだって可能になるかもしれない。
(宣言はした。後は方法ね。現状、知っているのは獲物がこの街にいるって事だけ。年齢、性別、背格好、術式、全て知らない。圧倒的な情報不足。楽しいスタートラインだわ)
アルクェイドは意気揚々と、街並みを歩く。
都会とは似合わない古くさい質屋、シャッターが閉められていつ営業してるのか分からないようなレコード店。
そんなありふれた、なにも特別ではない景色を背にしながら、最強の吸血鬼は頬をほころばせていた。
(とりあえず、一番手っ取り早い方法で)
アルクェイドはそう考えると、静かに足を止めた。
(呪力を帯びたモノ─────特に一定以上の呪力を持つ物体なら、わたしの表在感覚で感知できる。索敵範囲は大体4000メートルってとこかな。ドローインみたいに、常に意識を割かなきゃいけないんだけど)
緩やかに、そして透明な津波のように、アルクェイドの感覚が全方位に広がった。術式対象の個別選択のように、表在感覚が反応する対象を『一定以上の呪力を纏った人間』に限定する。
もし検索対象を『人間』から『生物』に変えると、何故か呪霊すらも対象に入ってしまうので厄介だ。
「…………多くない?」
アルクェイドが囁いた。
半径4000メートル以内には、15人にも及ぶ多くの術師が存在していた。術師というのは、基本的に数が限られている。年中人手不足と呼ばれるほど、人員が少ないのだ。
15人……同じ街で、15人。
百鬼夜行とまでは行かなくても、異常事態と言えるほどの状況だ。
(んー……やな状況。ここまでの人数なら、
もっとも近い術師までの距離は、おおよそ347メートル。どうやら二人組で動いているらしく、動きは単調だ。
(この呪力量から見て、片方はニ級相当。もう片方は……補助監督かしら?)
相手にならない。あまりにも矮小。
雑魚、小物、有象無象、烏合の衆。
しかし、話にはなる。
(周回遅れなら、先に走ってる人間の足を折っちゃえばいいだけの話。ついでに情報源として活用しちゃおっかな)
結局のところ、簡単だ。
どれだけ難易度が高い仕事でも、圧倒的な力で押し通ればいい。アルクェイドがその気になれば、大抵のことは実現してしまうのだから。
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「んで、『呪詛師』はどこだって?」
日常音が騒がしい、都会の街並みを練り歩く。
人工的とも言える車の走行音や工事音、街頭大型ビジョンの電子音などの合間に、蝉の鳴き声が木霊している。
日常的風景、事件があったと言うのに、まるで何も無いと思わせるような光景を後にしながら、二十代ぐらいの男性2人は汗をかきながら歩いている。
片方は半袖半ズボンの黒色の短髪、一般人としか思えない格好。もう片方は黒いスーツ姿の、見るからに季節外れの人間だ。
もう夏か、と呪術師である弥生諏訪木は不意に考えていた。
「現在も正確な居場所は掴めていません。ただ、先日も同様な事件がここから3キロほど離れた地点で起きています。恐らく、犯人はまだ移動していないかと」
「それで移動してたらどうすんだよ。働き損って奴だよなぁ。それとも、犯人捕まえるまで時給かさ増しし続けてくれんのかよ」
「いえ……そう言う訳では……」
「つーか、いったんその事件現場行かねー? 呪力の残穢とか色々情報あんだろ」
弥生は夏の蒸し暑さにイライラしながら、隣で歩く黒いスーツ姿の男、補助監督役に対して恨みつらみを吐き捨てていた。
補助監督は、四角形に折りたたんだハンカチで、額の汗を拭き取りながら言う。
「残念ながら、それは出来ません。事件現場はすでに別の術師が視ています。現在は警察が現場検証を行なっている為、我々の権限では彼らを退かすことは出来ません」
「ふざけんなよ。まじで無意味だろそれ。低級呪霊すら見えないパンピーに、何が出来るってんだ……?」
「…………」
弥生は無精髭を触りながら、これからの方針を考えていた。今回の『死体を弄ぶ呪詛師』の確保に、何故だか知らないが多くの呪術師が派遣されている。
この話を聞いた時は、てっきり一級相当の凶悪な呪詛師でも出てきたのかと思ったが、この任務に一級術師が配備されていないことから考えるに、そういう訳ではないらしい。
きっと数の暴力で、何とかしようとしている。
一級術師は貴重な人材である為、適所である呪霊の討伐などの任務に向かわせて、簡単かつ迅速に終わらせたい仕事は、自分のような下っ端術師に割り振っている。
確証はないが、そういう事なのだろう。
(……気に入らねーな)
弥生がこの任務に就くのは、今日からだった。
だから仕事内容と状況説明を兼ねて、補助監督がこうして横についている。どうやら、呪詛師捜索が思っていたよりも難航しているようで、こうして人員を増やしたという訳らしい。
(ま、報酬額自体は悪くない。呪詛師捕えた奴には特別金出るって話だが、別に捕えなくても給料は発生している。
はっきり言って、頑張るだけ損だ。
というか、この呪術師という仕事は頑張れば頑張るほど大損する。
やる気がある者には、多くの任務が降りてくる。
つまるところ、死ぬリスクが高くなる訳だ。
呪術師の仕事は基本的に命懸けで行うもの。数打ちゃ当たると言ったように、多くの任務を行えば行うほど、死ぬパーセントは積み重なる。
出来ることなら、死にたくない。
ただそれはそれとして稼ぎは欲しいし、この呪術という特別な力を振るって生きていたい。
そこらにいる一般人に比べれば、自分は特別なのだという自覚がある。輪廻転生が無いのだというのなら、この特別な一生を優越感に浸りながら終わらせたい。
(日下部さんみたいに、うまいこと立ち回りてーな。ま……あの人はあの人で、かなりのお人好しだから、ちょっと俺の理想からズレてんだけど)
しかし、どうしたものか。
今回の特別金は確かに魅力的な額だ。
相手が一級術師相当の実力ではないと言うのなら、探してやるのもやぶさかではない。一級以上なら迷うことなくお断りなのだが。
(迷うな〜〜〜中途半端だな〜〜)
もどかしい。
あまりにも、もどかしい。
弥生はため息をつきながら、レンガで出来たオシャレな街路を歩く。多くの人々とすれ違い、その真ん中を突き進むように堂々と進む。
それは自信の表れに近い。
自分という、特別な。
「─────────おい」
多くの人間と共に歩いていた弥生の足が、ピタリと止まった。唐突な停止に、補助監督は遅れて足を止めた。
「どうしました?」
「…………あいつ、呪術師?」
弥生は顎で前方を指しながら、小さく聞いた。
補助監督はその発言に眉を顰めながらも、指された方向に目を向けて確認した。多くの人が前方へと歩いていき、そして多くの人間が反対にこちら側へと向かってきている状況。
その中で、まるで飛び出している3D写真みたいに、やけに目に映る人物がいた。
肩まである金髪に、赤い瞳。
恐ろしく整った顔立ちは、畏怖すら覚えさせる。
僅かに笑みを浮かべながら、女性がこちらに向かってきていた。
「それとも─────呪詛師か?」
「…………いや……」
補助監督は困惑したように呟いた。
何故、弥生が彼女を術師として認識したのか、理解できなかったからだった。
「どうして、彼女を─────? 私には、ただの一般人にしか、見えないのですが……」
「は? マジかおまえ」
歩いてくる。
金色の髪を揺らしながら、白色の服を着た女が真っ直ぐと歩いてくる。
間違いなく、確信をもって言える。
俺たちを狙っている────!
(並以上の呪力が出てる訳じゃねえ。その逆……全く持ってその真逆……)
異常だ。初めて見る。
(呪力が『無ぇ』……! どれだけ雑魚かろうが、薄い粘膜みたいに呪力は人間に重なっている。これは必ず、絶対的にだ! もし呪力の操作が恐ろしく精密で繊細だったとしても、完全に0にすることはまず不可能……!)
眼があっている。
宝石のような眼だ。
それを見ていたら吸い込まれそうで、弥生は無意識のうちに視線を僅かに逸らしていた。
(天与呪縛─────フィジカルギフテッドか)
弥生は補助監督のスーツを背中側から引っ張ると、邪魔だと言わんばかりに自身の後方に移動させた。
「今すぐ『帳』おろせ。通常のでいい。下ろしたら範囲外に出て、他の術師に連絡しろ。出来ないならぶっ飛ばすからな」
「で、ですが……まだ人が────」
「1秒前の俺の言葉を思い出せよ、クソボケ」
弥生は本気で右手に力を入れるところだった。
それを乱雑に振るうだけで、補助監督の顔面を容赦なく殴り飛ばせる。
それを理解したのか、補助監督は何が何だか理解できないまま、掌印を結んだ。
「や……『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
帳────呪術界において、最も簡単な結界術。
外からの侵入を防ぎ、内部を視認できないようにする。展開すれば上空から影のような膜が円形に広がり、周囲一体が夜のように暗くなる。
半径にして100メートル。
簡易なコロシアムが創られた。
「急げよ。死んだら呪いに転じて、お前を殺すから」
「……っ!」
脅しになるのか分からない脅し文句を垂れて、早々に補助監督は退避させる。
問題は周囲にいる一般人だ。
帳自体は呪術であるため、目に見えてはいない。
しかし、今の一連のやり取りもあり────そして、これから起こるであろう戦闘をも含めれば、隠し通すことはまず不可能だろう。
……切り捨てるしかない。
(神様────頼むぜ)
悪運よ、見放さないでくれ。
弥生と、金髪の女────アルクェイドが対峙した。
距離にして3メートル。
双方睨み合うような形で、足が止まった。
「……こんな美人さんが、冴えない俺になんか用ですかい? 逆ナンしてくれんのなら……光栄ではあるんだけどさ」
「冴えないのは事実だし、咄嗟のネタも恐ろしくつまらない。自虐ネタは−300点。何より弱いから死んでいいよ」
「…………こっわ」
「ま、でもわたしは慈悲深いから、足だけ奪いに来た感じ。あと、わたしの質問に答えてくれたら、さらに慈悲を与えてあげないこともない。ほら、わたしって優しいでしょ?」
「あぁ……かもな。イカレポンチの中では」
弥生の頬に汗が流れる。
暑さのせいで出来た汗かと思ったが、それは間違いだとすぐに気づいた。
(やべぇ────こいつヤベェ……!! 話すだけで分かる! こいつは『ガチ』だ!! やばい!!)
震えている。体が芯から震えている。
失敗した、しくじった、ミスった、やらかした。
受けるべきではなかったのだ、こんな仕事。
「お前がいう、質問ってのは─────」
最悪の中の、最善を取ろう。
質問に答えて、慈悲を与えてもらおう。
さもないと、さらに後悔することになる。
「いったい、何だ……?」
自身の声が、小さく震えていること気づいた。
恐怖が相手に伝わっていないことを願う。
恐怖している事を知られれば、そこから漬け込まれるのが定石だ。いつもそうだったのだ、いつの時代からもそう。
「んー」
しかし、相手は違った。
相手はそんなことはどうでもいい。
恐怖していようが、していなかろうが、関係ない。
蟻は、従来通り、蟻。
そこに変更はない。
「とりあえず、足奪ってから訊くね?」
宣告された。
死刑を言い渡されたときの気持ちとは、きっとこのような感じなのだろう。逃れられない、それでも時を遡ってでも否定したい絶望感。それを噛み締めながら、弥生は生来己に刻まれた術式を発動させた。
呪術師って、だいたい何人ぐらいいるんだろ?
百鬼夜行の時は結構いたイメージあるんですけど……